ハクビ村へようこそ
ガガガンッ、と豪快な銃声が空気を揺るがし、それすらも置き去りにした小口径の弾薬―――5.56mmNATO弾が、射撃訓練場のレーンの向こうにある人型の的を的確に射抜く。
肩、腕、脚。致命傷にならない部位ばかりに弾痕が生じ、マガジンの中が空になる。訓練用に20発装填していたマガジンを外し、チェストリグから予備のマガジンを引っ張り出す。前方から傾けるように装着し、マガジンが固定されたのを確認しつつ銃を左へ傾け、左手を伸ばしてコッキングレバーを引いた。
大型化されたコッキングレバーのおかげで薬室への初弾装填がやりやすくなった。改造は無駄ではなかったことを実感しながら、再装填を終えた銃で的を狙う。
使用弾薬を東側規格の5.45mm弾から、西側規格の5.56mm弾に変更した『AK-19』だ。弾薬が変わったとはいえ多少弾道に差異が生じた程度で、使い勝手自体は特に変わったという印象は受けない。操作方法も同じだから、安全装置やセミオート、フルオートの切り替えでもたつくという事もない。
ガガンッ、とセミオート射撃の感触を確かめてから、セレクターレバーを中段の位置へ。ハンドガードに装着したアングルド・フォアグリップに手を添え、ストックを肩にしっかり当ててから、マガジンが空になるまでフルオート射撃。射撃訓練場の中がすっかり騒がしくなり、しかしすぐに静寂が訪れる。
キンッ、と床に落ちる薬莢の静かな音が、嵐の後の慰めのようにも聴こえた。
アサルトライフルやSMGはフルオートで撃つもの、というイメージがあるが、実際はそんなことは無い。基本的にはセミオート、近接戦闘時や弾幕を張らなければならない場合、その他止むを得ない場合を除き、フルオート射撃は封印というのが鉄則だ。
何故かというと、基本的にマガジンの中には30発程度しか弾が入らず、フルオート射撃を頻繁に使っていたらあっという間に弾切れしてしまうからである。弾を撃ちまくって弾幕を張り、敵を制圧するのは機関銃手の仕事だ。
そういう弾薬の消費の問題もあるし、命中精度への悪影響というのもある。やはりセミオートなら我慢できるが、立て続けに反動が牙を剥くフルオート射撃で全弾命中というのはかなり厳しい。
マガジンを取り外し、セレクターレバーを弾いて上段へ。コッキングレバーを引いて薬室に弾薬が残っていない事を確認して、やっとこのAK-19は人に害を与えない安全な存在に姿を変えた。
安全管理は徹底しなければならない。不意の暴発で仲間を傷付けることなんてしたくないし、安全管理を怠って死にました、なんて仲間に語り継がれるのも末代まで続く恥になる。こうした安全への配慮が身体に染み込まない限り、銃を使う資格などないのだろう。
訓練用に用意した弾薬を使い終え、さてそろそろ少し休もうかと椅子に腰を下ろした途端、またしても射撃訓練場の中で装薬の弾ける音が連鎖する。
ガン、ガン、ガンッ、とセミオート射撃で的を的確に射抜いていくのは、いつものメイド服―――予備のが7着くらいあるらしい―――に身を包んだクラリスだ。手にしているのはAK……ではなく、引き金より後方にあるマガジンと、ハンドガード上部から突き出た大きなキャリングハンドルが特徴的なアサルトライフルだった。
中国製アサルトライフルのQBZ-95、その弾薬を中国独自の5.8mm弾から5.56mm弾に変更した『QBZ-97』だ。使用弾薬が西側仕様であることから分かる通り、中国本国軍向けではなく輸出型である。
ああいう機関部が引き金より後方に配置されている銃は”ブルパップ式”と呼ばれる。ああする事によって銃全体のサイズを短く抑えられ、尚且つ機関部の位置が後退している事によって銃身を収めるスペースも確保でき、命中精度にも悪影響を与えない。
とくにコンパクトさが求められる室内戦などではありがたいが、問題点も多い。機関部がすぐ近くだから聴覚への影響も懸念されるし、左利きの射手に優しくない設計(これは薬莢の排出方向を切り替える機構があれば問題ない)などだ。
全長の短いブルパップ式として開発されたそれが、どうやらクラリス的にはしっくりくる得物だったらしい。
そんな事を考えながらクラリスの動きを観察してみる。
彼女の動きにはとにかく無駄がない。俺は試し撃ちをしていたんだが、彼女がやっているのはパヴェルが用意した射撃訓練プログラムの一つ、CQBモード。ランダムで出現する的を制限時間以内にいくつ撃ち抜けるかという訓練で、それの最高難易度に挑んでいるわけなのだが、今のところ全弾ヘッドショット、得点は780点。つまりは現時点でパーフェクトを堅持している。
信じられるだろうか。彼女、銃に触るのは今日が初めてである。
まだパヴェルから銃の使い方と分解整備の手順を軽く説明された程度だというのに、もうこれだ。まるで機械のように精密に、腰から上だけを動かして次々に的を撃ち抜いていくクラリス。
天才、とか才能という言葉で片付けるには、なんだか違和感がある。
まるで……どこかで銃を使った事があるような、そんな印象を受けるのだ。
動きに躊躇いがない。頭で考えるのではなく、肉体そのものに動きをインプットしているかのような……そう、普通のメイドの動きじゃあない。何度も何度も、何年も何年も同じ動作を繰り返し、身体に感触を焼きつけた熟練の兵士のそれなのだ。
だってほら、マガジンの交換なんか速度がエグい。マガジンが外れたかと思いきやもう新しいマガジンが差し込まれていて、コッキングレバーに左手が伸びているのだから。しかも視線はキャリングハンドル上のリアサイトから全然離れていない。
俺、あんなクラリス知らない。
やがてタイマーがゼロになり、ブザーが訓練終了を告げた。それと同時にマガジンを取り外して薬室から5.56mm弾を排出、安全装置をかけて銃を安全な状態に切り替えるクラリス。銃をそっと傍らに置いてからメガネをかけたクラリスは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてこっちを振り向いた。
「いかがでしたでしょうか、ご主人様?」
「パーフェクトだ、クラリス」
何も言うことは無い。というか、俺が彼女に教わるべきだと思うわコレ。銃の撃ち方といい、動きと言い、入隊間もない新兵とベテランの特殊部隊員くらいの差があるもん。
さて、クラリスが中国製のライフルを手に取るのは意外だったが、これで彼女も銃の扱いに慣れたというか、もう慣れてたというか……ま、まあ、でっかい戦力になるというのは認識できた。それと同時にクラリスの謎も一つ増えたわけだが。
クラリスのQBZ-97と俺のAK-19は、使用弾薬は同じ5.56mm弾。これで作戦中、もし片方が弾薬を使い果たしてしまったとしても弾薬を共有できる。とはいってもマガジンは別物なので、はいマガジンどうぞ、って渡してすぐ使えるわけではない事には留意しておく必要がある。
懐中時計を見た。黒曜石で作られた秘宝『イリヤーの時計』は、当たり前だが普通の懐中時計としても使える。決して狂うことなく、使い手の意志に反応して時を止める英雄の時計。何度かこっそり使って実験してみたが、今のところ判明しているのは”使い手の意志に反応する”事、”止められる時間は1秒のみ”という事、そして”停止した世界の中で俺だけが自由に動き回り、周囲の物体に干渉できる”という事。なかなかチートな代物である。
普通の時計としても使えるそれを見て時刻を確認。午前7時、そろそろ朝ごはんの時間。メニュー画面を開き、ライフルを装備中の状態から解除する。AK-19とQBZ-97の消失を確認してから、クラリスを連れて食堂車へ。
2号車の階段を上って食堂の扉を開けると、カウンターの奥には既にパヴェルが居た。
「おー、ご苦労さん。努力家だねぇミカ」
「こうでもしないと強くなれない」
「いいねいいねぇ、そういうところ好きよ。はい朝ごはん」
今日の朝食はトーストとスクランブルエッグにベーコン、レタスとトマトのサラダ。デザートにはフルーツヨーグルトまである。
「ありがと。はい、クラリス」
「ありがとうございます」
「いただきまーす」
トーストにバターを塗り、豪快に齧りつきながら窓の向こうを見た。こうして朝食をもぐもぐしている間にも、列車はそれなりのスピードで前進中。窓の向こうはちらほらと雪が降り始めていて、遥か彼方に見える山の上にはうっすらと雪が降り積もっているのが分かる。
ちなみに現在、機関車には運転手不在。そんなんで大丈夫かと思うが、パヴェル曰く『機関車には自動運転モードを追加してあるから大丈夫』との事だ。なんでも、動力を蒸気機関から魔力機関に切り替えることで、速度は落ちるが自動運転が可能になるのだとか。
機関車はソ連時代に試作されたAA20なんだが、中身はハイテクって事か。それだったら最新の機関車を作れば良かったんじゃないかと思うが、そこは突っ込まないでおこう。
スクランブルエッグを口へと運びながら、壁に貼られている地図に視線を移す。
昨日の夕方にボリストポリを発ち、この列車は今『工業都市ザリンツィク』へと向かって南下している。現時点での最終目的地は南方の港町『アレーサ』。レギーナの生まれ故郷で、リガロフ家のメイドを辞めた彼女が帰ったとされる場所だ。
「そういやあ、この列車にも名前付けたくね?」
カウンターの向こうでトーストの上にスクランブルエッグとベーコンを乗せ、ケチャップをかけるという随分とアレな食べ方をしていたパヴェルがポツリと呟いた。
「名前?」
「ああ。ただ単に”列車”って呼ぶのもアレだろ。これから長い付き合いになるんだからよ」
「それもそうか……」
それもそうだよな……考えておくか。
さて何が良いか。ギルドの名前を決めるのにも半日かかったのよな俺ら。というか途中から大喜利始まっちゃったし何なのもう。お前のせいだぞパヴェル。聞いてんのかパヴェル。
その時、窓の外を手作りの看板が通過していった。俺の見間違いだろうか、看板には『この先ハクビ村』って書いてあったような気がする。
何だハクビ村って。
地図を見てみるが、地図には載ってない。
「……パヴェル、これ何年前の地図だ?」
「2年前だ。そろそろ新しいの買わないとなぁ」
2年前の地図に載ってない村? たった2年の間にできたって事か。
「急にどうした?」
「あー、いや、外に看板が。”この先ハクビ村”って」
「へー、ハクビ村……」
変わった名前の村だなぁ、みたいな顔をしながら紅茶を口へと運んでいたパヴェルが、唐突にティーカップをカウンターの上に置いたかと思いきや、血相を変えてキッチンを飛び出した。
「はっ? オイオイオイどうしたどうした?」
「やばいやばい!」
大慌てで機関車へ向かうパヴェル。階段で盛大にすっ転んだようで、どたばたと大きな音が聞こえたが大丈夫だろうか。
それからしばらくして、列車が速度を落とし始めた。が、その速度の落とし方、つまりはブレーキの掛け方が尋常じゃない。いつものように駅に入る時の減速ではない。まるで前方に障害物でも見つけたような急ブレーキで、手にしていたトースト諸共左側へと吹っ飛ばされそうになる。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
「大丈夫ですかご主人様!?」
「朝食は死守した、大丈夫!」
食べ物は大事に食べないと。
外を見ると、減速した列車がゆっくりと駅のレンタルホームへ入って行くのが見え、パヴェルが慌てて飛び出していった理由を何となく察した。地図に載っていない新しい駅が迫っていて、あのまま自動運転モードに任せていたら駅に突っ込むところだったのだろう。
通常のホームに列車は停車しておらず、ワンチャン通過する事も出来ただろうが、もしあそこに列車が停まっていたら大惨事である。危ない危ない、看板に気付いてよかった。
朝食を何とか食べ終えて機関車へ向かう。1号車から炭水車の両脇に設けられたキャットウォークを経由して機関車へ向かうと、全身から脂汗をかいたパヴェルが息を乱しながら、ブレーキのレバーに寄り掛かって親指を立ててきた。
「せ、セーフ……」
「危ねえ……」
「いや、サンキューミカ。よく気付いたなお前」
「偶然です偶然」
いずれにせよ、何とか事なきを得た。それで良いではないか。
ハクビ村―――名前の由来的にハクビシンなんだろうなあ、なーんて思いながら駅の改札口を出たところで、それどころではない事に気付いた。
右を見てもハクビシンの獣人、左を見てもハクビシンの獣人。馬車に乗っているのも、向こうで畑を耕している農民も、みーんなハクビシンの獣人ばかりなのだ。さすがに二足歩行の獣に近い第一世代型や、より人に近い第二世代型などの違いはあったけれど、村民はみんなハクビシンの獣人。なんだか自分の故郷のように錯覚してしまうが、ミカエル君の故郷はキリウなので間違わないように。都会っ子なのよミカエル君は。前世は地方出身だけど。
「わぁ……ご主人様がたくさん居ますわ」
「見間違うなよ」
「大丈夫です。クラリスのご主人様はミニマムサイズでとってもキュートですから」
ミニマムサイズ言うな。否定できんけど。
やっぱりと言うべきか、当然と言うべきか、クラリスと2人で冒険者管理局を目指しているだけなのに、村民たちには滅茶苦茶ガン見されている。
原因はクラリスだろう。ハクビシンの獣人ばかりのハクビ村のど真ん中を、メイド服に身を包んだ蒼い髪の色々とでっかい美少女が歩いていれば注目されるのも当たり前だ。
みんなの視線を浴びながら、冒険者管理局の建物を訪れた。北海道の家みたいに二重になっている玄関から中に入ると、真新しい制服に身を包んだ受付嬢が笑顔で出迎えてくれる。もちろんその受付嬢もハクビシンの獣人のようで、俺と同じく前髪の一部と眉毛、睫毛が真っ白だった。
「ハクビ村へようこそ! 冒険者の方ですね?」
「はい。依頼を受けに来たんですが、何かありますかね?」
「ええと、確認ですがギルド名と冒険者ランク、ギルドランクをお願いします」
「ギルド名は血盟旅団、ランクはCです。俺たちはどっちもEランク」
「はい、照会しますので少々お待ちくださいませ」
言われた情報を手元にあるタイプライターに入力していく受付嬢。しばらくするとカウンターの奥にあるファックスみたいな機械から書類が出てきて、それを見た受付嬢が頷く。
「確認が取れました。掲示板はあちらになります」
「どうも」
さーて、どんな依頼があるかな?
【ゴブリン退治】
【ハーピー襲撃】
【ラミア討伐】
大体アレだ、ボリストポリと変わらない感じだ。違うのは討伐系の依頼ばかりだという事。これだけで、この村が置かれている状況がなんとなく察しがつく。
まあいいさ。とりあえず仕事を引き受けよう。
今はまだ下積みの段階。千里の道も一歩から、だ。




