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ルカ君の魔術練習


「はい、魔術教本の5ページ開いて。上から6行目からねー」


 黒板にチョークを走らせる音がブリーフィングルームに響く。懐かしい、転生前ミカエル君が学生だった頃に学校で良く聴いた音だ。親の声より聴いた音である。


 教本に書いてある重要なポイントを黒板にでっかく書きながらちらりと後ろを見ると、ルカは退屈そうな顔で教本を見ていた。


 何となく、彼の考えている事は分かる。


 教会で洗礼を受けてから1日が経過し、左手の甲に刻まれたエミリア教の紋章はすっかり身体に馴染んだ。もう彼の肉体は、その洗礼の証を体内に侵入した異物とは見做していない。


 だからきっと、今日からは早速魔術の練習に入るものと思っていたのだろう。しかし実際に始まったのは座学、それも電話帳を束ねたようなバチクソ分厚い魔術教本を見ながらの座学である。


 期待してたのとなんか違う……そんな不満が、ルカの表情からは読み取れる。


「ハイそれじゃあ魔術の分類について。魔術には”属性”の他に”特性”という分類がある。例えば雷属性だったら特性は”電撃”とか”磁力”になるけれど、使う魔術によってはこれに”熱”とか”斬撃”も付与される。まあ、ざっくり言うと【属性という大分類に内包される小分類】だ」


 魔術には様々な属性と、そこからさらに分けられる”特性”という分類がある。例えば俺の習得した雷爪の特性は”電撃”と”斬撃”、この2つの特性を持つ。相手によってはこの特性次第でダメージが増減するらしいので、属性の相性だけでなく特性も頭に入れておく必要がある。


 例えば柔らかい表皮に覆われている魔物で、雷属性に耐性がある奴が相手だったとしよう。


 その場合、通常の電撃はダメージを大幅に軽減されてしまうが、特性に”斬撃”が含まれる魔術を使用した場合、属性ダメージよりもそっちの特性ダメージの方が大きくなり、結果的に相手にそれなりのダメージを与えられる……というケースもある。


 だから習得する魔術の特性もしっかりと把握しておくことが重要なのだ。


 それともう一つ。


 俺が最初に習得したこの2つの魔術はあくまでも初歩的なものだ。小学校で習う簡単な漢字や算数の足し算引き算、そのレベルのものでしかない。そこから更に応用したり、あるいは自分で術式を組み替えて改造した魔術というのも習得すれば使えるようになるのだが、下級魔術から上位に位置するもの―――いわゆる”中級魔術”、”上級魔術”を発動するには、『触媒』と呼ばれる装備品を用意しなければならない。


 基本的に触媒は何でもいいとされ、魔術師の持つ杖や魔導書といったものがその代表例だ。剣でもナイフでも、その辺の石ころでもいい。とにかく、魔力の増幅装置として機能する触媒として運用するには、それらを教会に持って行って祈祷を施すか、あるいは自分でそういった処置を行う必要がある。


 つまり派手な魔術を使うには、触媒の準備は避けては通れない、という事だ。


 とはいえルカにはもう触媒がある。前まで俺が使っていた例の鉄パイプだ。


 触媒があるとどう違うのか、FPSをやった事がある人なら分かると思うが、『エイムアシストがあるかないか』くらいの違いだ。魔術の威力、射程、弾速も大きく伸びるので、魔術師にとっては必須となる。


 とはいえ、上を目指すなら触媒の素材は何でもいいというわけではない。破壊力や性能を求めるのであれば、出来るだけ”魔力損失”の小さい素材を使った触媒を選ぶのが理想である。


 電気と同じで、魔力にも流れやすい物質と流れにくい物質というものが存在するのだ。触媒に向かって魔力を流しても100%の魔力がそのまま増幅されるわけではない。この時に失われる魔力は”魔力損失”と呼称され、それを定めた数値を”魔力損失係数”と呼ぶ。


 今のところ、魔力損失が0%とされている物質はただ一つ―――”賢者の石”のみ。


「それとルカ、お前のその触媒だけど」


「ああ、これ?」


「そう。それ、魔力損失デカいから更新するなら早めにしておくことをおススメする」


「魔力損失?」


「教本の7ページ目にある」


 ページを捲る音に合わせ、俺も黒板に重要なポイントを抜き出して記載していく。


 触媒となる対象の物質にも魔力を流すのに適した物質とそうじゃない物質がある。


 例えば鉄板に魔力を流したとしても、100%の魔力がそのまま伝わるわけではない。物質によっては魔力はその抵抗を受け減衰してしまう。これを『魔力損失』という。


 物質ごとにその魔力損失を数値化した『魔力損失係数』というのが定められていて、ルカに与えた鉄パイプの場合は”0.56”となる。


 つまりは流れる魔力量に0.56を掛けた数値が変換の過程で損失する魔力量。実際に魔術として放出される魔力量は僅か44%でしかなく、ほぼ半減されてしまっているのだ。とはいえその損失を受けた状態でも魔術そのものはしっかりと増幅されていて、体感では触媒非使用時の1.5~1.8倍くらいの威力の増加が確認できている。


 だからできるならこの魔力損失係数が限りなく0に近い物質を触媒化するのが望ましいのだが、そんな都合の良い物質はそうそう無い。唯一0の物質があるが、それは『賢者の石』と呼ばれる結晶体のみである。


 しかし隕石の落ちた地域でしか採取できない事から、地球外からやってきた物質であるという説もある。とにかく貴重な物質で、そうそうお目に掛かれない。


 だから魔力損失係数ができるだけ最小で済む物質でお茶を濁さざるをえない、というのが今の魔術師たちの実情である。


「つまりどういうことなのさミカ姉?」


「どの物質にも100%の魔力が流れるわけじゃあない。流れやすい物質と流れにくい物質があって、出来るだけ魔力を100%に近い状態で流してくれる触媒を用意するのが好ましいって事さ」


「ふーん……じゃあミカ姉がくれたこれは?」


「魔力損失係数は0.56。これに100をかけてみろ、それが実際の魔力損失になる」


 そう言うと、ルカは机の端に鉛筆で小さく式を書いて筆算を始めた。いやいや暗算でやれよこのくらい、とは思うがツッコまないでおく。こんな変なところを否定して彼のやる気を削ぐような事はしたくない。


「ご、56%!? ということは、実際に放出される魔力って……」


「そう、実質半分以下だ。でもまあ、体感では1.5~1.8倍くらいには魔術の威力が増幅されてるから、はっきり言って”無いよりはマシ”ってレベルだな」


「はぇ~……だからミカ姉触媒変えたのか」


「そういうこと」


 俺としては、さすがにもっと上を目指したいからね……。


 ちらりと時計を見た。


 座学ばかりではルカも飽きるだろうし、そろそろ実際に初歩的な魔術をぶっ放してみるとしようか。












 射撃訓練場は、魔術練習にも使える。


 入り口にある『空室』と書いてあるプレートをひっくり返し『使用中』に切り替え、ルカと見学のクラリス、ノンナを連れて射撃訓練場の中へと入った。


 レーンの台を飛び越え、周囲にスペースを確保してから説明を始める。


「いいか、まずは魔術の威力とか命中精度よりも”魔術を発動する事”を目標にやってくぞ」


「うん、わかった」


 少しずつステップアップしていけばいい。時間はあるのだからじっくりやろう。


 基本がなっていなければ応用も出来ない。


「触媒ははっきり言って飾りだ、持ってるだけで良い」


「え、そんなもんでいいの?」


「ああ。中には触媒に魔術を乗せて攻撃するツワモノもいるけれど、基本は魔術の増幅装置っていう認識で良い。持ってるだけでいいよ」


「わ、わかった」


 そう言いながら鉄パイプを左手に持ち替えるルカ。彼が準備を終えたのを確認し、説明を始める。


「じゃあまず最初に目を瞑って息を吐け」


「ふぅー……」


 目を瞑って息を吐くルカ。指示通りにそれを何度か繰り返す彼に、続けて指示を出す。


「聞こえてくる音が自分の心臓の音だけになったら教えてくれ、次のステップに進む」


「わかったよ」


 余分な身体の力を抜く事。最初の内はこうやって、意識を自分の身体の内側へと向けると良い、と魔術教本にも記載されていた。俺も最初は教科書通りにやったものだ。


 やっぱり最初は教科書通りの手段を試す事、これに尽きる。そこから応用していけばいい。いきなり我流でやっても成功するのは本当に最初だけで、後からどんどん苦しくなる。そうやって失速しては消えていく魔術師は多いのだそうだ。


 できたよ、と小声で言うルカ。レーンの隅では、見学に来たノンナがワクワクしながら、自分の兄貴分が生まれて初めて魔術を発動する瞬間を見守っている。


「魔力を指先へ。段々と指先が暖かくなってくるのが分かる筈だ」


 目を瞑ったまま指を伸ばし、そのまま動かなくなるルカ。大丈夫だ、ゆっくり、ゆっくり……そう思いながら待つこと1分ほど、準備を終えたかのようにルカが目を見開いた。


 バチッ、と空気が弾けるような音がした。蒼いスパークが一瞬だけ弾け、ルカの左手の甲にある六芒星と幾何学模様の紋章が、仄かに蒼い光を放っている。


 完璧に同調した―――こいつ俺よりも才能在りそうだ、と思いながら、準備を終えたルカに向かって「やってみろ」と頷きながら合図する。


 ちょっと後ろに下がると、ルカは事前に教えた通りに姿勢を低くした。アンダースローでの投球のように伸ばした手を床に這わせる。


バチンッ、とまたしても電撃が迸る。放射される魔力の波形がどんどん大きくなっていき、放射されていく魔力の”揺らぎ”が特定の波形―――事前に学んだ魔術の発動に必要なレベルの波形と一致したのを確認したであろうルカは、両手を振り上げる。


 次の瞬間、地面を蒼い雷の斬撃が駆けた。


「!!」


 部屋の隅でそれを見ていたノンナが息を呑んだ。


 まだ小さく、数も少ない合計4本の雷の斬撃。しかしそれは大気を焦がしながら疾駆するや、射撃訓練場のレーンの奥で起立していた木製の的を見事に直撃。表面に黒々とした焦げ目を鮮明に刻んだ。


 初歩的な魔術の一つ、『雷爪らいそう』。


 雷属性の魔力を斬撃に見立て、前方へと扇状に拡散させながら放つ魔術だ。基本はこのように地面を這わせるような使用方法になるけれど、人によっては空中に飛ばすようなアレンジもするらしい。


 俺もやってる。


「は、え……ぇ?」


「お兄ちゃんすごーい!!」


 焦げ目のついた的を見て、ルカはだいぶ混乱しているようだった。


 空気の焦げる臭いの中、自分の事のようにキャッキャとはしゃぐノンナの称賛の声。それでやっと、自分も魔術を発動できるようになったのだという事を理解したようで、ルカの顔に歓喜の表情が浮かんでいく。


「やった……? ミカ姉、俺もやっと……!?」


「―――おめでとう、これでお前も立派な魔術師だ」


 ぽん、と肩を叩くと、ルカの野郎思い切り抱き着いてきやがった。


「ありがとうミカ姉! ミカ姉のおかげだよ、本当にありがとうっ!!!」


「ぐえー!!」


 ちょ、馬鹿お前力強……っ!?


 メキメキと悲鳴を上げるミカエル君の背骨ともふもふのルカ、そして後ろでスマホを取り出しては写真に収め変な笑い声をあげるクラリス。


 お前さ、写真撮ってないで助けて……。













「明日あたり、ルカをダンジョンに連れて行ってみようと思うんだ」


 2号車の2階にある、食堂車のカウンター席。


 パヴェルに出してもらったコーヒー(砂糖多めミルク多めのクソ甘ミカエル君仕様)を口に含むと、カウンターの奥で明日の夕飯の仕込みをしていたパヴェルは、スパイスに鶏肉を漬け込みながら言った。


「ルカを? 大丈夫なのか?」


「魔術は今日練習を始めたばっかりだけど、銃の使い方には慣れてる。それにアイツにもそろそろ実戦経験もさせておいた方が良いだろうし、ちょうど近くにEランクダンジョンがある」


 今のところ、ルカは一度しか実戦を経験していない。


 ついこの間、ウガンスカヤ山脈での事だ。列車へと押し寄せる無人兵器たちを迎え撃ったのが、ルカにとっては訓練以外での初めての発砲だったらしい。


 列車の警護という役割分担になっている以上、実戦経験が少ないのは仕方のない事なのだが……いつまでもその状態では、彼の練度向上には繋がらないだろう。


 それに今のルカはもう冒険者見習い。2年後の冒険者登録に向けての下積みの期間なのだ。だからこそ今のうちに実戦を経験させ、あわよくば大きな実績を作って将来有望な冒険者に育てた方が、この血盟旅団のためにも、そして何よりルカ本人のためにもなる、という事だ。


「なるほどな……それに丁度、資材に使うスクラップが足りなくなってたところだ。ついでに補充するとしようか」


「それがいい」


「俺としてはまあOKだ。ダンジョンに行く仲間の人選は任せる」


「はいよ」


 ルカがもし何か戦果を挙げたら、その時はみんなでお祝いしよう。


 そう思いながら、俺はマグカップの中身を飲み干した。





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― 新着の感想 ―
[一言] そうそう。自校ですら最初は学科から入ってシミュレーターを挟んでから実車に乗るんだから、座学は大切よ、ルカ君や。 ということで学科を受けないで車を乗り回してるクラリスさんには早く免許を取っても…
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