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最悪のピース


「これを見ろ」


 機械油の臭いが充満する格納庫の中、オイルの滲んだツナギ姿のパヴェルが言った。


 例の飛行船から鹵獲し、列車まで乗ってきたウクライナ製の歩兵戦闘車(IFV)、『BTMP-84』。見た目は車体後部が大型化したオプロートと言ったところで、角度次第では純然たる戦車と見分ける事が困難である。


 ウクライナ仕様のものとは異なり、漆黒に塗装された戦車の装甲の切れ目からは、微かに蒼い光が漏れている事に今気付いた。


 車体をまじまじと見つめながらパヴェルの傍らに向かいしゃがみ込むと、パヴェルが手にしていたライトで車体の一部―――装甲の取り外された中身を見せてくれた。


「なんだこれは」


 車体側面、履帯を覆っていた装甲の内側には、蒼く輝くプレートのようなものが挿入されていたのである。


 装甲の隙間から微かに漏れていた光の正体はこれなのだろう。パヴェルがライトを消すと、薄暗い格納庫の中で、そのプレートはスクリーンに投影されるプロジェクターのような光を発した。


「……触っても?」


「どうぞ」


 作業用の手袋を受け取り、そっとプレートに触れてみる。


 素手で直接触れたわけではないのではっきりとは言えないけれど、手袋越しの質感は窓ガラスのようだった。綺麗に磨き抜かれた、厚さ十数ミリ程度の窓ガラス。表面はつるつるとしていて、見た感じでは巨大なサファイアの塊から削り出されたかのよう。


「こりゃあなんだ?」


「”賢者の石”だ」


「賢者の石?」


 ぎょっとしながら、自分の腰に提げている慈悲の剣を見下ろした。この新たな触媒には素材として賢者の石が使われている。パヴェルが保有していた貴重なそれを使わせてもらった結果、魔力損失が限りなくゼロに近い触媒が出来上がった。


 賢者の石は魔力損失が0%。だから魔術師たちにとっては喉から手が出るほど欲しい素材なのだが、非常に希少な存在で、一説には地球外から隕石に乗ってやってきた物質であるとも言われている。


 そう、賢者の石はその魔力損失の低さから、魔術師の触媒に使うのが一般的だ。というか、それ以外の用途がないとまで言われている。確かに賢者の石は非常に軽く、更に硬いという性質がある。


 装甲として使うのは間違った選択肢ではないだろう……それ以上に魔術師用の触媒にする方が優先度は高そうな気はするが。


「賢者の石を装甲に使ってんのか……なんかもったいないような気もするが」


「そうでもないぞ。賢者の石は軽いし硬い。重量削減と防御力UPを同時に成し遂げられる、開発陣からすれば夢の素材だろうよ」


「それはそうかもしれないが……既存の兵器にそのまま組み込んで大丈夫なのか? 砲撃の反動リコイルで吹っ飛んだりとか、重量バランスが変化したりしないか?」


「俺もそう思って色々見てみたが、カウンターウェイトも兼ねて各所に追加装甲が搭載されているらしい。おまけに浮いた重量でエンジンも強化されてるから、元のモデルとは基本性能が比較にならんほど向上している」


「へぇ……ところで、この賢者の石は何で蒼いんだ? 普通は紅いはずだけど」


「賢者の石ってのはな、不活化されている時は蒼いんだ」


「そうなのか」


「ああ。んで、魔力が流れたりして活性化すると紅くなる。まあ、紅い状態の方が有名だからそういうイメージを持たれるのも理解できるが」


 俺の剣はそんな光らないぞ、とは思ったけど、純粋な賢者の石のみを使った場合だけの話なのだろう。俺の触媒は色々と不純物が紛れ込んでいるので光らないだけなのかもしれない。


 それにしても、あの飛行船の持ち主は一体何なんだろうか。


 船内に保管されていた大量の戦車に、ガラスの柱の中で培養液漬けにされていたロシア兵と中国兵、そして未来の日付が記された日誌……謎の飛行船を探る俺たちを消しに現れた”組織”の兵力に女兵士。


 謎は深まるばかりだ……もしあの飛行船が”組織”のものなのだとしたら、連中は賢者の石をこうして兵器に転用しているという事になる。


「それと、ちょっとラボまで来てほしい。例の飛行船で得た情報の解析が進んだ」


「……分かった」


 一番知りたかったことだ。


 パヴェルに言われるがまま、彼の後を追ってラボへと向かった。客車の3号車の1階、工房の後ろ半分を改装して用意された彼専用のラボでは、化学物質の生成や火薬の調合、特定の物質を瞬時に分解する微生物『メタルイーター』の人工飼育及び培養など、様々な実験や作業が行われている。


 例の”組織”関連の解析もここでやっている。例の女兵士―――シェリルと、クラリスの遺伝子が97%以上一致している、という解析結果を叩き出したのもここだ。


 中に入ると、既にクラリスが待っていた。俺の姿を見るなり椅子から立ち上がり、ロングスカートの裾を指でつまみ上げながらぺこりとお辞儀をして出迎えてくれる。


 促されるままに座ると、ツナギ姿のパヴェルが早くも説明を始めた。


「飛行船内部の研究室でダウンロードできた情報だ」


 そう言いながら自分のノートパソコンを立ち上げ、ファイルを開いていくパヴェル。『Unknown:01』と名付けられたフォルダを開いて動画ファイルをダブルクリックすると、かなり不鮮明な映像が再生された。


 衛星から撮影した映像だろうか。海へと突き出した朝鮮半島が見える。


 俺たちの世界だ―――そう思いながらパヴェルに視線を向けると、彼は頷いた。


 画面の右下には、『2025.10.11』という日付がある。


 2025年10月11日―――ミカエル君が死に、異世界転生した後の日付である。


 次の瞬間だった。静止画だと思っていた画面の映像の中に、唐突に白い泡のようなものが出現したのだ。


 朝鮮半島の付け根、ちょうど北朝鮮がある辺りだろうか。白い泡にも見えたそれは瞬く間に衝撃波を伴って拡散すると、朝鮮半島を大きく抉り―――南側に位置する韓国の一歩手前で、白い泡にも見えた爆発の閃光は消滅してしまう。


 後に残ったのは、大陸から切り離された朝鮮半島―――いや、島国と化した韓国だけだった。


「何だよ今の……」


「ご主人様、これはいったい……?」


 映像が切り替わる。


 画面右下にある日付は2025年11月1日のものだ。


 ロシアだろうか。T-90やT-72の改良型と思われる戦車たちが、殺到する無数のT-14と、あの飛行船の中で遭遇した黒いテントウムシのような無数の無人兵器を迎撃している映像が映っている。


 祖国を守らんとする彼らの熾烈な砲撃に無人機たちは次々に撃破されていくけれど、激流の如く押し寄せる圧倒的物量に、ロシア軍の戦車たちは次々に吞み込まれていった。


 後退しようとした戦車に取り付いた無人機たちが、機体前面にあるセンサー部のような場所からレーザーを照射している映像がアップで映し出された。おそらくだが、あれは戦車の中にいるであろう乗員を狙った攻撃だ。


 T-90の複合装甲が溶け、レーザーの照射にあっさりと道を譲る。映像に音声はないけれど、俺には戦車兵たちの怯える声と断末魔が聞こえたような気がして、背筋が冷たくなった。


 更に映像が切り替わる。


 日付は2025年11月10日―――場所はおそらくだが、中国だろう。


 SF映画に出てきそうな大都市の中で、中国軍の99式戦車と所属不明のT-14の群れが交戦している。


 アメリカと渡り合えるほど急激に成長した中国軍の練度は高く、複数の99式戦車の同時射撃でT-14の撃破に成功するものの、未知の侵略者たちの物量は想定外だったらしい。撃破された戦車から戦車兵と思われる乗員が脱出するや、後続のT-14と無数の無人兵器たちの群れが、99式戦車の車列に牙を剥いた。


 QBZ-95やQBZ-191で武装した兵士も奮戦するけれど、撃破しても次々に出現する無人機には歯が立たなかった。果敢に戦った兵士たちも無人機の放つ銃弾に倒れ、防衛線はどんどん崩壊していく。


 上空では中国の新鋭ステルス戦闘機であるJ-20が、Su-57に類似した戦闘機とそのミサイルに追いかけ回されているところだった。ロシア純正のSu-57かと思ったが、外見上の差異は多い。


 まず、Su-57には無い筈のカナード翼がある。更にエア・インテークが大型化され、それに伴ってエンジンノズルも大型化されている。推力はかなりのものであろう。それと2つ並んだエンジンノズルの間からはテールコーンが伸びており、まるで空を舞う悪魔のような風貌にも見える。


 やがてミサイルに喰らい付かれたJ-20が爆発四散、北京上空にその残骸を散らす結果となった。


「これは……”例の組織”の兵器か? こいつら、ロシアと中国を侵略してたのか?」


「ロシア? ちゅうごく……?」


「……次はこっちを見てほしい」


 一旦フォルダを閉じ、別の動画ファイルにアクセスするパヴェル。


 再生されたのは2分30秒ほどの動画。日付は2025年11月7日だ。映っているのはどこかの大都市のようだけど、街中の広告の看板には簡体文の漢字がびっしりと記載されている事から、そこが中国の大都市のどこかである事が分かる。


 兵士のヘルメットに搭載したカメラからの映像だ。黒い軍服の上にプレートキャリアを身に纏った兵士が、大通りの反対側にある建物へとAK-15を立て続けに撃っている様子が確認できる。狙っている、というよりは、そこから銃撃が飛んでくるから反撃している、と言った感じか。


 今度は音声付きで、パンパン、と乾いた音が何度も響いた。


『Щay dea almver7 air foece feёm maleeй, au der гauce air caveг(陸軍第七小隊より司令部、空軍による空爆を要請)』


《Дяws, au vam ■■■■■■■, au der гauce air caveг(了解、こちら■■■■■■■司令部、空軍への爆撃要請を行う)》


「……ノイズが酷いな」


「おそらくあそこには組織名が入るんだろうが……すまない、そこだけはどう頑張ってもノイズが除去できなかった」


 一番大事なところで、とは思ったけれど、パヴェルを責めるわけにもいくまい。むしろ、データの解析や復元作業を1人で手掛けているのだ。ここまで解析と復元を行った事は、むしろ称賛するべきであろう。


 しばらく中国軍との激しい銃撃戦が繰り広げられた後、向かいの建物に1発のレーザー誘導爆弾が投下された。ドン、と腹の底に響くような重々しい爆音が響き、パラパラと破片が降り注ぐ音が聞こえてくる。


 映像はそこで切れていた。


「これ……どういう事だ?」


「……分からん。だが、連中の持っている技術体系の全く異なる技術にバラバラの日付、中国、ロシア、北朝鮮の侵略……もしかしたらだが、”組織”はこの世界の存在ではないのかもしれん」


 この世界の存在では……ない?


「どういうことだよ?」


「そのままの意味だ。いや、あくまでも断片的に得られた情報からの推測でしかないが、奴らは何らかの方法で”異なる別世界を行き来できる”としか考えられない」


 随分とぶっ飛んだ、それこそB級映画みたいな設定が出てきたな、というのが正直な感想だった。異なる世界を行き来できる存在、それが”例の組織”。正直言って信じられないけれど、しかしそうでもなければ説明がつかない事がたくさんあるのも事実だった。


 この世界とは異なる技術体系に未来の日付。そして俺たちの前世の世界への侵略行為……あの映像が映画みたいな作り物(フィクション)ではない事は確かだ。そしてあの、飛行船の中に保管されていた中国兵とロシア兵の遺体……。


 もしやあの飛行船は、侵略を終えて帰還する最中にこの世界へと迷い込んだ飛行船だったのではないだろうか。


「それと……例の日誌の日付なんだが」


「日誌の日付?」


「ああそうだ。お前も見ただろ、1933年……未来の日付が記載されたこの日誌だ」


 そう言いながらパヴェルが取り出したのは、ビニール袋に覆われた例の日誌だった。クラリスが解読してくれた日誌には乗員のものと思われる記録が記載されていたけれど、その日付はどれも未来の日付となっていたのである。


「研究室にあったデータベースにアクセスしたら、システムの日付は2053年になっていたんだ」


「何だそれ……遥か未来じゃないか」


「おそらくだが、この世界の日付とこの日誌の日付はそれぞれ違う世界の日付を表しているんじゃないか、と俺は考えている」


「違う世界の日付?」


「そうだ。俺たちの存在するこの世界の時間軸と、”組織”の存在していた世界の時間軸……それぞれ異なる時間軸に基づいた日付、とは考えられないか」


 ちょっと待て……段々と頭がパンクしそうになってきた。


 頭の中の二頭身ミカエル君たちが、ホワイトボードに書いた情報を整理したりしているがみんなまあ混乱している。俺もそうだ。


 最初は”組織”を、この世界のどこかで結成された、高い技術力を持つ秘密結社的な存在であると考えていた。世界の裏側で暗躍し、世界を自分たちの思う通りに再構築しようと目論む謎の秘密結社……しかし実際は、そんな単純な話ではないらしい。


 別の世界からやってきた存在……ぶっ飛んだ話だが、今の時点ではそっちの方が信憑性が高いということだ。


「それだけじゃない。ミカ、今から120年前には何があった?」


「……旧人類の滅亡、前文明の消滅」


「その通り。じゃあ、この2053という数字から120を引いてみろ」


「?」


 頭の中で暗算する。


 2053-120=……。


「まさか」


「そう、1933年……そうなんだよミカ」


 あの日誌に記載されていた、新しい日付。


 それと重なるのだ。


「シェリルはご主人様を”文明の間借り人”と罵倒していましたわ……彼女たちはもしかして、獣人が前文明の遺物をそのまま使っている現状を把握しているのだとしたら……」


「そんな……そんな、まさか……?」


 こんな事があるのだろうか。


 ありえないと思っていた場所に、最悪のピースがはまり込む。









 【旧人類を滅ぼしたのは”例の組織”である】という可能性が。








 

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしてこの世界は…あの組織がうまく世代継承を行えず、宿業を清算することも出来ず、飽くなき武力強化に突っ走った世界なんですかね。ゴルバの中でありえない艦番号のアンドロメダ級を見た、2205…
[一言] とりあえず"例の組織"であることを前提としますが、同志大佐と同志団長が亡くなった後、"例の組織"は一体どうなってしまったのでしょう…? それに前世ミカエル君から現世ミカエル君になるときの"魔…
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