探索者たちの帰還
やっぱり執筆はPCからに限る。
曳光弾を含んだ弾幕が、列車に向かって殺到する無人機の群れを纏めて撃ち抜いた。
風穴から覗くのは機械部品だけではない。配線や基盤みたいな部品に混じって、嫌な光沢のあるピンク色の肉塊が覗いて、目にした者の嫌悪感をこれでもかというほど掻きたてる。あれを設計した技術者がそれも計算に入れていたのかは定かじゃないけど、機械にああいった生体部品を使う事に何のメリットがあるのか私には理解できなかったし、まともな神経じゃない、という思いしか込み上げて来ない。
MG3の銃身を覆うヒートシールド、その右側面にあるレバーを引いてヒートシールドを解放。耐熱手袋で覆った手を中へと突っ込んで、赤々と焼けた銃身を引っ張り出す。じんわりと伝わってくる熱で火傷する前に、床に敷いた耐熱シートの上に焼けた銃身を置いて予備の銃身と交換、カバーを閉じて射撃を再開する。
これで銃身交換は何度目かしら。
数えるのも馬鹿らしくなった。
こうして敵を撃って、銃身を交換して、弾切れしたら新しい弾丸を装填する。ただそれだけのルーチンワークが神経をすり減らしていくけれど、時折飛来する至近弾が、それを単純な作業にさせてくれない。これは命を賭けたやりとりなのだ、と嫌でも意識させられる。
空になった弾薬箱を蹴飛ばして、傍らに置いていた弾薬箱を引き摺る。中から7.62×51mmNATO弾の連なるベルトを引っ張り出して薬室に装填、コッキングレバーを引いて射撃を再開する。
ガガンッ、と敵の放った弾丸が、ドアガンとして装備されているMG3に備え付けられている防盾を貫通。鉄の焼ける嫌な臭いがじんわりと漂い、背筋に嫌な感触が走る。
『ダメですモニカさん、俯角がとれません!』
「こっちで何とかするわ!」
天井の銃座で応戦するイルゼからの連絡に応え、列車に接近してきた無人機を優先的に銃撃。着弾した箇所で血飛沫が噴き上がり、風穴を穿たれた無人機が1機、また1機と動かなくなっていく。
というか、射撃を外す方が難しいと思えるほど、敵の数は圧倒的だった。倒しても倒しても、凄まじい勢いで錆びていく無人機の残骸を、後続の無人機がカニみたいな脚で踏みつけながら前進してくる。
つくづく、機械とは厄介なものだと思う。
人間の兵士だったら、圧倒的な威力の機関銃を目の当たりにすれば恐れて逃げ出すか、士気を削がれて進撃は停滞する筈。でも機械にそんな感情はない。ただただ、プログラムされた命令を淡々とこなすだけの木偶人形だから、心理的な影響を一切受ける事はない。
そんな敵が圧倒的物量で殺到してくるとなれば、それ相応の火力が必要になる。けれども今の血盟旅団にはそんな火力なんて……いや、ある。
「イルゼ、ちょっと待ってて!」
『モニカさん!?』
MG3を薙ぎ払って殺到する無人機の一団を蜂の巣にしてから、私は客車のドアを閉めて立ち上がった。階段を駆け上がって通路を突き抜け、火砲車へと向かう。
中にある座席に座るや、座席に体重がかかったのを検知したシステムが勝手に立ち上がって、上方に折り畳まれていたモニターとレバー型のコントローラーが降りてくる。レバーを握ると、展開したモニターには外の風景と照準用のレティクルが表示される。
火砲車に搭載されている57mm戦車砲の照準システムだった。
パヴェルの話では、”チハ”とかいう兵器に搭載されていた主砲部分を独立させて移植、システム周りをかなり弄った代物なんだって。詳しくは分からないけれど、火砲車の前後に1基ずつ、計2門搭載された57mm砲が、この列車の最高の火力だった。
レバーを倒して砲塔を旋回。砲塔に搭載されたカメラからの映像が更新されて、レティクルの向こうには敵の無人機が映る。
「だぁっしゃらぁぁぁぁぁぁいッ!!」
足元にあるフッドペダル―――砲弾の発射スイッチを踏み込んだ。
ボムッ、と頭上で57mm砲が吼える。その咆哮から間髪入れず、レティクルの向こうの敵無人兵器群が爆炎と黒煙に取って代わられ、それが収まった頃にはちょっとしたクレーターが出来上がっていた。
やっぱり、機関銃とは次元が違った。
機関銃のような連射は出来ないけれど、一撃の威力が重い。ぞろぞろと殺到してくる敵を一網打尽にするには、やっぱりこういう火力が必要不可欠ね、と思いながら次弾を装填。砲手用の席の隣にあるエレベーターが駆動して、砲弾を火砲車の上にある砲塔へと送り込んでいく。
装填中を意味するバーが端まで溜まったのを確認してから、もう一度フッドペダルを踏み込んだ。
無人兵器の群れがまとめて吹き飛ぶ。抉られた地面の土と一緒に金属片や肉片が宙を舞い、雨のように地面に降り注いだ。
うん、こっちの方が効率がいい。
装填装置を操作しながら、ちらりと奥の方を見た。
高地の端から湧き出たかのように現れた敵の増援―――明らかに無人機よりも大型の兵器が7両、土煙を濛々と上げながらこっちに接近してくるのが見える。
照準器を最大望遠に切り替えて見てみると、それは武装したトラクターのようにも見えた。履帯があって、車体を装甲が覆っていて、その上にはレンガみたいなものがいくつも積み上げられている。そしてその車体の上には、同じようにレンガのような部品がびっしりと取り付けられた丸い砲塔があって、そこからは長大な砲身が(しかも見間違いじゃなきゃこっちの57mm砲より大きくない?)伸びている。
ガノンバルド戦の時、パヴェルが1人で乗っていた兵器(確か”センシャ”だっけ?)に似ているけれど、何か関連はあるのかしら?
トラクターと呼ぶにはあまりにも物騒すぎるそれに挑んでいるのは、あろうことか範三とリーファの2人。機銃の掃射を躱しながら(嘘でしょ?)肉薄するや、刀で履帯を切り落としたり、砲塔にあるハッチをこじ開けて手榴弾を投げ込んだりしている。
毎度思うけれど、何で血盟旅団って思考回路がおかしい人ばっかりなんでしょうね? え、あたしも片足突っ込んでるって? 嘘おっしゃい。
戦闘はとりあえず膠着状態に入った。けれども、喜んではいられない。ここからは互いに力比べ、終わる気配のない出血に先に耐えかねた方が敗北する消耗戦に突入した、という事。
数をそろえている相手の方が圧倒的に有利なの。
こっちが勝つにはこの物量を捌ききるか、それともミカ達が無事に帰還してここを離脱するかのどちらか。
あの3人、一体どこで油を売ってるのよ―――そう思った次の瞬間だった。
履帯を切られ行動不能になった敵のセンシャの砲塔側面から、いきなり火花が散った。
「……!?」
白煙がセンシャを包み込んだかと思いきや、火花を発したセンシャの砲塔の付け根やハッチから炎が芽吹いて、やがては砲塔を上へ上へと押し上げる火柱に姿を変える。
派手な火柱に、範三もリーファも戦うのを止めていた。
今のは何、と困惑する私の視界の中に、一瞬だけ”それ”は映った。
鋭利な銛を思わせる、灰色に塗装された鋭い砲弾。それが別のセンシャの車体側面を撃ち抜くと、同じように大量の火花と白煙を発して、やがてそのセンシャも同じように炎を吹き上げた。内部で荒れ狂う炎が砲塔を天高く押し上げて、まるでびっくり箱から飛び出すピエロのように砲塔が宙を舞う。
今の攻撃は誰が、と視線を巡らせる。砲塔を旋回させて索敵すると、やがて高原の端から砂埃を吹き上げて、新たなセンシャが姿を現した。
あれも敵……ではないみたい。確かに塗装は似ているし外見も見分けがつかない(強いて言うならお尻の辺りが大きい?)けれど、それが砲口を向けているのはあたしたちではなく、敵のセンシャの方だった。
『モニカさん、あの兵器は一体?』
「分からないわよ……」
でも、なんだろ……なんだか心強いような、そんな気がする。
《―――聞こえるか? だれか聞こえるか? こちらミカエル》
「ミカ? ミカなの!?」
ヘッドセットから聞こえてきた少女の声。声変わりする前の少年にも思えるほど高い声の主は、たぶんあたしがこの世界で最も信頼している仲間だった。
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ―――どんな逆境も、アイツと一緒ならば乗り越えられる気がする。そんな気にさせてくれる、不思議な仲間。
という事は、ミカとクラリスとパヴェルがあの兵器に乗ってるって事?
「ちょっと、何よその兵器!? どこで拾ったの!?」
《説明は後だ! 誰か、後部のハッチを開けてくれ! さっさと離脱しよう!》
「りょーかい、あたしに任せなさいっ!」
にんまりと笑いながら、あたしは火砲車の砲手席を後にした。席を離れる前に、ちゃんと戦車砲の安全装置をかけておくのも忘れない。兵器を扱う者、安全管理を怠るべからず―――パヴェルが口を酸っぱくして言ってる事だけど、本当にそうだと思う。安全管理が出来ていなければ、そのうち事故に繋がりかねない。
格納庫を通過して、最後尾の車両用格納庫に辿り着いた。端にある制御室のハッチを開けて中に入り、壁面にある電源を入れてからレバーを操作、車両の搬入出用ハッチを解放する。
幸い、例の無人機はまだそこまで肉薄してきていない。念のためグロック18C(これの連射癖になるのよね)を準備しておいたけれど、接近してくるのはミカたちが乗っていると思われるセンシャだけ。
早く帰ってきて、ミカ。
「弾種徹甲、9時方向!!」
「あいよ9時方向ォ!」
「クラリス、進路そのまま!」
「了解ですわ!」
旋回する砲塔から身を乗り出し、列車の状態を目視で確認する。確かに列車の左舷からは夥しい量の、それこそグンタイアリの群れみたいなレベルの物量の無人機が接近していて、その後方にはT-72まで控えているという地獄のような状況。よく持ちこたえたなと仲間たちの練度を称賛する一方で、とっととここを離れようという思いもあった。
「撃て!」
「発射!!」
ミカエル君が砲塔に引っ込むと同時に、125mm滑腔砲が吼える。装薬の爆発によって押し出された砲弾が空気抵抗を受け空中分解。古めかしい徹甲弾みたいな砲弾の中から、クジラの巨体へと投げ放つ銛を彷彿とさせる形状の、鋭利な砲弾が姿を現す。
APFSDS―――現代の徹甲弾。
BTMP-84の主砲から放たれたそれは、ちょこまかと動き回る範三やリーファを先に仕留めるのではなく、動かない列車を砲撃しようとしていたT-72の砲塔の付け根へと食い込んだ。凄まじい弾速で着弾した砲弾に常軌を逸した圧力がかかるや、ぐにゃり、と白銀の砲弾が飴細工のように変形する。
ユゴニオ弾性限界を超えた結果だった。押し広げられたAPFSDSが装甲表面をゴリゴリと削りながら奥へ奥へと押し込まれていき、大量の火花と白煙だけを残して、ついにT-72の砲塔の付け根に風穴を穿つまでに至る。
貫通した砲弾の残りが内部の装薬とか砲弾でも直撃したのだろう、その風穴から炎が漏れ出た頃には、ハッチも、そして砲塔と車体の付け根からも赤々と炎が溢れ出し、砲塔を天高く押し上げていた。
なるほど、これなら西側の戦車兵たちがT-72を”びっくり箱”と揶揄するのも頷ける。
砲撃を終え、砲塔の向きを正面に戻すパヴェル。既に前方には列車の車両用格納庫が迫っていて、制御室の外にあるキャットウォークのところでモニカが手を振っているところだった。
砲塔から身を乗り出して彼女に手を振り返すと、BTMP-84は減速しながら、列車の格納庫へと飛び込んだ。停車しエンジンが止まったのを待つよりも先に俺はBTMP-84から飛び降り、出迎えてくれたモニカに礼を言ってから機関車へと向かう。
「損害は!?」
「ゼロよ! とっとと逃げた方がいいわ!」
「ああ、同感だ! 範三とリーファを呼び戻してくれ!」
モニカに指示すると、彼女は腰のホルスターの中から信号拳銃―――ドイツの”ワルサー・カンプピストル”を取り出した。信号弾の発射だけでなく、グレネード弾的な感じの炸裂弾の発射にも対応した異色の銃だ。
銃座に上がった彼女が信号弾を放ち、前線で戦う範三とリーファに撤退を告げる。
炭水車をよじ登って機関室へ滑り込むと、無人機の猛攻に押され気味だったルカが泣きそうな顔でこっちを見上げてきた。
「み、ミカ姉~!!」
「よしよし、よく頑張った。後は任せろ」
ルカの頭をなでなで(ついでにもふもふ)してからAK-19を手に、接近してくる無人機たちを銃撃。可愛い弟分に怖い思いをさせた不届き者をセミオート射撃で撃ち抜いて、前方の機関車にいるフョードルに向かって大声を張り上げる。
「フョードル逃げるぞ! 窯に火を入れろ!!」
「りょーかい!! もう火は入ってるよ!!」
てきぱきと発射準備を整え、警笛を盛大に鳴らすルカ。それに呼応するように、フョードルも警笛で返答し、列車はゆっくりと動き出した。
範三とリーファもこっちに走って来るや、まだ無事だった無人機を踏み潰し、あるいは刀の切っ先で刺し貫いて黙らせ、客車のドアへと勢いよく飛び込んでいく。
仲間が全員列車に乗り込んだのを確認してから、遅れて機関室へとやってきたパヴェルが叫んだ。
「出発進行!!」
「りょーかい!」
列車がぐんぐん加速していく。
追いすがるように無人機たちが機銃を放つけれど、パヴェルが機関車と客車、そして格納庫に施した簡易装甲に阻まれて貫通には至らない。跳弾する甲高い音に返答するように、客車の屋根に据え付けられた機銃やドアガンが火を噴く音だけが聞こえてくる。
とにかく、今は一刻も早くこの危険地帯を抜け出さなければならない。こんな底なしの物量を持つ敵に付き合っていられるものか。
うっすらと霧のかかった高原を、列車はぐんぐん加速していった。もうこちらを追う敵の銃声ははるか後方。時折頭上を砲弾や銃弾が掠めるけれど、ここまで距離が離れれば命中は期待できないだろう。
もういいか、と機関車の中へ引っ込もうとした俺は、ふと霧の中に佇む戦車の存在に気付いた。
敵か、と思ったが、形状があまりにも異なる。
低い車体に円盤状の砲塔を乗せた東側の戦車ではない―――がっちりとした車体に、異様にデカい砲塔を乗せた戦車。冷戦中に試作されていた、MBT-70だ。
そう、先ほど俺たちの窮地を救ってくれた、あの黒いMBT-70である。
砲塔の側面には、白いスプレーで『BLACK FORTRESS』と書かれているのがここからでも見える。
ブラック・フォートレス……あの戦車の名前なのだろうか。
異様に大きな砲塔のハッチから、乗員と思われる巨漢が身を乗り出していた。身に着けているのは黒いロングコート、よく見るとフードのようなものも付いているのが分かる。頭には黒いベレー帽をかぶり、その上からヘッドセットを装着しているようだ。
うっすらと霧がかかっている事と、加速している列車から見たものだから、その戦車兵の顔ははっきりとは見えなかったが……。
「……パヴェル?」
こっちを敬礼しながら見守るその戦車兵の顔は、パヴェルにそっくりだったように見えた。
いや、まさか……ぎょっとしながら後ろを振り向くけれど、やっぱりパヴェルはそこにいた。火室の扉を開けてスコップで石炭をぶち込み、圧力計をチェックしている。
見間違いか、と再び戦車の方に視線を戻したけれど、そこで俺は背筋が凍り付いた。
―――いつの間にか、その戦車は姿を消していた。
幻でも見ていたのだろうかとは思ったけれど、地面にはしっかりと履帯の跡がある。超重量の鋼鉄のモンスターが、大地を踏み締めていた証はくっきりと残っているのだ。
「パヴェル、あの戦車はいったい……?」
「……まあ、戦場の守り神みたいなもんだよ」
「戦場の……守り神……」
あの戦車の正体が何であれ、彼のおかげで俺たちは救われたのだ。
一体何者かは分からないけれど、まずは加勢に感謝しよう。
ウガンスカヤ山脈を覆っていた霧は、徐々に晴れつつあった。
この先に青空が待っているように、苦難の先にはきっと良い事があるものだ。
今はただ、そう信じたい。




