霧の中で
スマホからの投稿です。
短いですがどうぞ。
戦車開発の歴史を遡ると、それは仮想敵国との戦車の開発競争とも言えるだろう。
敵国が強力な戦車を開発したという情報がもたらされれば、すぐさまそれに対抗するための戦車の開発計画がスタートする。より強力な戦車砲、分厚い装甲、そしてそれらをものともせずに巨体を動かすエンジン。
相手より強力な戦車砲を、相手より分厚い装甲を……いたちごっことなった戦車の開発競争の中で、しかし技術者たちは薄々感じていた。
「このままでは、戦車は途方もなく重量増加、大型化してしまう」と。
そこで彼らは、戦車砲の大型化ではなく、砲弾そのものを改良し対処する事としたのである。
APFSDSも、冷戦中の熾烈な開発競争の中で生まれた兵器のひとつだ。
そしてそれがまた、新たなT-72を更なるスクラップに変えてしまう。
敵戦車の車体後方、パワーパックが収まる部位をAPFSDSで撃ち抜かれたT-72が、黒煙を吐きながら擱坐する。動力源を撃ち抜かれればそれで終わりだ。砲塔の旋回も、移動もできない。
砲塔のハッチから身を乗り出し、迫り来る無人機の群れをAK-19で銃撃しながら、今しがた動かなくなった敵戦車を注意深く観察した。
パヴェルの推測通り、こいつらは無人なのかもしれない。
砲撃の被害が車内にまで及び、爆風や破片を浴びた乗員が全滅したというならばまあ、話は分かる。けれども、擱坐、あるいは撃破されたT-72からは、戦車兵が脱出してくる気配はなく、やや肌寒いウガンスカヤ山脈の風を浴びながら沈黙するばかりだ。
パヴェルの指摘する通り、確かに敵戦車の動きは、お世辞にも熟練とは程遠い。反応は鈍く、なぜそう動いたのか、疑問に思う点はいくつもあるのだ。
例えば今撃破したT-72もそうだ。こちらに回り込まれ、装甲の薄い車体後部を晒しているというのに、弱点ともいえるそれを庇いながら戦う素振りすらなかった。
撃てるものなら撃ってみろ、と言わんばかりにこちらに車体後部を向けーーーいや、そんな挑発じみた真似には見えなかった。まるで攻撃ばかりに夢中になり、防御が疎かになったようにしか見えなかった。
なんというか……ゲームに出てくるNPCのような、機械的なぎこちなさが見え、パヴェルの指摘は正しいのではないか、という結論に俺も至る。
無人機をまた蜂の巣にしたところで、車内に引っ込んだ。
砲塔が旋回し、次の獲物に狙いを定める。狙われたT-72が必死に機銃を撃ちまくりながら回避しようとするけれど、しかしパヴェルの狙いは相も変わらず正確無比だった。APFSDSは砲塔正面、同軸機銃のある部位を直撃し貫通、車内にまで突入する。
火花と鉄の溶ける臭い、そして白煙。
また新たな残骸が生まれるや、白煙に包まれた残骸は急激に変色。錆色へと変わり始めるや、粉末状に"分解"されていった。
残骸は残らない。
既に戦闘は乱戦状態だった。
確かに、敵戦車の統制のとれた正確な砲撃は恐ろしいものである。迂闊に近づけば、隙のない集中砲火を浴び、あっという間にスクラップにされてしまう。
しかし、一度距離を詰めてしまえばそれまでだ。各々が各個に判断しての散発的な砲撃など、恐ろしくもなんともない。
だがーーー。
「ーーー嘘だろ」
敵戦車全滅まで秒読みが始まり、こちらの有利が確定したタイミングで、戦況は容易くひっくり返される。
高地の向こうから、濛々と立ち上る土煙が見えたのであるまさかな、と思いながら双眼鏡を覗き込もうとした瞬間、ヒュン、と一発の砲弾が頭上を掠めた。
「くそったれ、敵の増援だ!」
俺たちを消すためにどんだけ兵力を投入するつもりなのか。
幸いなことに、敵戦車はT-72。恐らくは無人型、動きそのものはさっきと変わらないだろう。
しかし問題はそこではない。
「パヴェル、砲弾はあとどのくらい残ってる?」
「APFSDSが7発、残りはみんな多目的対戦車榴弾だ」
BTMP-84の弱点でもあった。
BTMP-84は戦車のようにも見えるけど、こいつは5名の兵士を車体後方の兵員室に乗せられる歩兵戦闘車。5人の兵士を乗せるためにキャパシティを割り振った皺寄せが、砲弾の搭載可能数を直撃しているのだ。
車内に即応弾22発、砲塔後部の弾薬庫に予備の砲弾8発、合計30発……通常の戦車と比較すると、弾数はあまりにも少ないと言わざるを得ない。
つまりは"息切れ"が早いのだ。
歩兵との連携を前提とした車両だから、純然たる戦車と比較すると基本的なスペックが見劣りするのは仕方のないことなのだが……。
とにかく、このままでは弾切れになってしまう恐れがある。いくらパヴェルが一撃で敵戦車を撃破していっても、わんこそばの如く矢継ぎ早に戦車を投入されてはたまったもんじゃない。
覚なる上はRPGでも担いで戦うか……?
「くそ、霧だ」
天は俺たちを見放したのだろうか。
逆境に悪天候まで重ねるとか、どんな嫌がらせだ?
敵のT-72が放った多目的対戦車榴弾が至近距離に着弾。ガガガッ、と破片が装甲にぶち当たり、心臓に悪い音を幾重にも響かせる。
ーーー段々と精度が上がっている。
冷や汗が額を伝い落ちていく。間違いない、敵は学習している。
砲撃の精度だけではない。動きにも変化があった。こちらに装甲の一番厚い正面を向け、その他の部位を極力晒さない。その状態で陣形を組み、怒り狂う牡牛のような勢いで接近してくるのである。
「クラリス、左!」
「っ!」
命じると、クラリスはBTMP-84を方向転換させた。
直後、敵戦車が放った対戦車ミサイルがすぐ近くを掠め、崩壊していく飛行船の艦尾を直撃した。
東側の戦車は、戦車砲から対戦車ミサイルが撃てる。
アメリカも冷戦中に同様のシステム(いわゆるガンランチャーである)を研究していたが、システムの信頼性から断念した。一応は実用化に漕ぎ着けたようだが……?
ソ連や中国の戦車は、現代に至るまで対戦車ミサイルの発射に対応した主砲を採用し続けている。
敵が放ったのは、"レフレークス"という対戦車ミサイルだった。
本気で殺しにきている。
見たところ、このBTMP-84に敵のミサイルをジャミングで逸らしたり、あるいは散弾で撃墜するといったアクティブ防御システムの類は装備されていない。だから敵からの攻撃は躱すか、そもそも撃たれないような立ち回りをするか、装甲に頼るしかないのである。
なけなしの砲弾、敵の増援、退路なし、援護なし。
四面楚歌とはまさにこの事なのだろう。
どうする、と頭を悩ませた。脳内の二頭身ミカエル君ズもこの逆境にはお手上げの様子で、なかなかいい案が浮かんでこない。
まさか増援までいるとは思っていなかったが、実戦で「そんなことは想定できませんでした」は許されないのだ。
これは俺の甘さが招いた結果だ。あそこで逃げておけば良かったか。
ヒュン、とAPFSDSが砲塔を掠めた。敵戦車の砲撃は精度を増している。
負けじとパヴェルが撃ち返し、増援の戦車を1両スクラップにするが、しかし敵の無人型T-72は止まらない。隣の仲間が被弾、炎上しようともお構いなしに突っ込んできて、125㎜砲を撃ち返してくる。
APFSDS、残弾6発ーーー果たして多目的対戦車榴弾だけでどこまで戦えるか……。
じりじりと近づく敗北の序章。
しかし開演のベルの代わりに響いたのは、爆音と装甲が引きちぎられる音だった。
「!?」
カッ、と紅い閃光が迸り、T-72の砲塔が驚いたように飛び上がる。車内の砲弾や装薬の誘爆に押し上げられた砲塔は、車体に落下すると、断面から破壊された砲尾や装填装置の一部を晒しながら急激に錆び始めた。
何が起きたのだろうか。当たり前だが、今爆発した戦車に対しこちらは発砲していない。
霧もさらに濃くなり、視界は最悪。ぼんやりと敵戦車と思われる輪郭が辛うじて見えるばかりだ。
次の瞬間だった。
こちらに接近していた増援の敵戦車が、真横から飛来した対戦車ミサイルの直撃を受け、砲塔の左半分を大きく抉られる形で大破したのである。
「ご主人様、敵の戦車が!」
「なんだ、何が起きてる?」
「何も見えんぞ」
霧の向こうで、閃光が弾ける。
その光が、乱入者の姿を、一瞬ばかりではあるが克明に映し出した。
車体に対して覆い被さるような巨大な砲塔に、太く短い主砲の砲身。アメリカのM1エイブラムスに近いフォルムだけど、どこか古臭い感じがする。
砲塔の上にはやけにでかい機銃……いや、機関砲が搭載されているようだ。
「MBT-70……?」
それが乱入者の正体だった。
冷戦中、戦車の恐竜的進化を受け、ソ連戦車の驚異に対抗するべく、当時のアメリカと西ドイツがありったけの資金と最新技術を惜しみ無く投入して製作された試作戦車である。
しかしアメリカと西ドイツ、両陣営が求める設計思想の違いや対立、開発費の高騰から開発は中止されたという経緯がある。
けれども無駄になったわけでもなく、この戦車開発で培われた技術はエイブラムスなどの戦車開発に生かされており、現代にも受け継がれている。
そんな問題児を引っ張り出してきたのはどこの阿呆なのか。その面を拝んでやる、とハッチを開けて身を乗り出すと、MBT-70のいる方角から何やら光が点滅しているのが見えた。
索敵用のサーチライトだろうか。どうやら発光信号のようだが……解読を試みるも、読み取れない。ミカエル君の知識不足もあるかもしれないが、俺には未知の符号を使われているようにしか思えないのだ。
「……クラリス、進路変更だ」
「え?」
砲手を勤めるパヴェルが、静かに言った。
「ここはヤツに任せて離脱しよう」
「しかしパヴェルさん、あの戦車は……」
構わん、とパヴェルはクラリスの言葉を遮った。
「俺の古い知り合いだ。ヤツなら大丈夫さ」
「……わかりました」
いつの間にか、T-72たちの注意は俺たちではなく、霧の中から現れた謎の戦車に向けられていた。ドン、ドン、と霧の中で、砲声がひっきりなしに轟く。
BTMP-84が進路を変え、離脱に移った。敵の攻撃がMBT-70に引き付けられている今しかチャンスはないーーーそれは分かるんだが、助けに来てくれた第三者に敵を押し付けて離脱する事に、罪悪感を感じずにはいられない。
霧が薄れ始めた。
振り向くと、薄れ行く霧の中で、果敢に砲撃するMBT-70の姿が見えた。
砲塔側面には、白いスプレーで『BLACK FORTRESS』という記載があった。
「亡霊め」
いつの間にか、砲手用のハッチを開け、パヴェルも砲塔から身を乗り出していた。
「……ありがとう、同志」
その言葉は、あのMBT-70に向けられた言葉なのだろう。
黒い戦車の後ろ姿に敬礼するパヴェルの隣で、俺も敬礼することにした。




