『血盟旅団』
ボリストポリの街並みを見るのはこれで二度目……しかしこれで、しばらくここを訪れることは無いだろう。そう思うと何だか寂しくなるが、仕方のない事だ。ここに留まっていてはいつ父上の追手に襲われるかも分からない。とにかく父上が俺を諦めるまで、キリウから遠ざかる必要がある。
オルハンスク駅にクルーエル・ハウンドの連中を置き去りにした俺たちが再びボリストポリを訪れた理由は単純明快、冒険者ギルド登録のためである。
個人で活動するならば別に登録は不要なのだが、これがパーティーを組んでの活動ともなれば話は別だ。ギルドとして管理局に登録しておけば、管理局側から情報提供や物資提供などの支援を受けることができる。
まあ、別に義務というわけでもないのでやらなくてもいいのだが、やっておいた方が色々と便利だよ、という事だ。やれることはやっておきたいし、今後このギルドが大所帯になって行くであろう事も予想がつくので、今のうちに支援を受ける体制を整えておきたい。
この意見は俺、クラリス、パヴェルの3人の総意だ。
列車がボリストポリ駅へと近付いていく。客車のドアを開けて身を乗り出していると、ホームにいる駅員が大きな旗を持って手旗信号を送っていた。機関車にいるパヴェルがそれに敬礼で返し、列車を通常のホーム……ではなく、そこから少し離れた位置にある別のホームへと停車させる。
ノマド用のレンタルホームだ。世界各地を移動するノマドのスタイルは様々だが、俺たちのように列車で世界中を移動するノマドもまた多い。そんな連中が好き勝手に通常用のホームに列車を停車させては物流の要たる列車の運行に支障をきたすので、このようにノマド用のレンタル式ホームが各駅に用意されている。
さっきの駅員の手旗信号の意味は分からなかったが、大方”レンタルホームへ誘導する”的な意味合いだったのだろう。
列車がちゃんと停車したのを確認してホームを踏み締め、改札口へと向かうべく階段へ足を―――というところで、やけに硬い手に肩を掴まれる。
「待てって」
「な、何だよ」
肩を掴むパヴェルに問うと、彼は苦笑いしながら言った。
「そう焦るな。ギルド登録もいいが、まだ決めてない事があるだろ」
「決めてない事?」
「ギルドの名前。どうすんだ」
「……あっ」
冒険者ギルド登録に必要な情報は以下のとおりである。
必須なのは『構成員の氏名』、『構成員の人数』、『ギルドのリーダー』、『活動拠点(ノマドの場合は記載不要)』、『構成員の冒険者ランク』、そして『ギルドの名前』。
そう、俺たちはまだギルドの名前を決めていない。
あー、そういやそうだった。何か忘れてると思ったらそんな大事な事を抜かしていたとは。
構成員は良いし、人数も大丈夫。活動拠点はノマドスタイルの冒険者だから記載不要。リーダーはなんか俺って事になってるし、ランクも全員分把握している。俺とクラリスがEランクで、パヴェルの野郎はなんとSランクらしい。何だよコイツ二周目プレイしてるんじゃねえだろうな?
パヴェルに案内され、2号車にある食堂へ。クラリスも呼んで2階に上がり、カウンターの前の席に着いた。彼女も隣に腰を下ろし、パヴェルはカウンターの内側へと回り込んで紅茶を淹れ始める。コーヒーではなく紅茶なのな、やっぱり……この過激派め。
「というわけで、休憩も兼ねてちょっと会議だ。ギルドの名前を決めようと思う」
「名前……ですか、パヴェルさん」
「その通り。登録には必須なんだ。他にもエンブレムとか決めておく必要もあるが、まあそれは任意だ。ちなみにエンブレムはもう考えてある」
そう言いながらメモ用紙を取り出し、サッとイラストを描くパヴェル。彼が描いたのは、口に血のように紅い剣を加え、翼を広げているドラゴンのイラストだった。確かにエンブレムとしては俺は良いと思う。
だがまあ、問題はそこじゃねえんだ。名前だよ名前、ギルドにまだ名前がない。
「あら、素敵なエンブレムですわ。クラリスは良いと思います」
「俺も賛成。エンブレムはそれでいいが……とりあえず名前をちゃちゃっと決めて、早いとこボリストポリを出ようぜ」
「せっかちなリーダーだなぁ。まあいい、とりあえずなんか案あるか」
名前……名前か。
「はい」
「はい、クラリス」
最初に手を挙げたのはクラリスだった。パヴェルに指名された彼女は席から立ち上がると、大きな胸を張って意気揚々と案を出す。
「”ミカエルと愉快な仲間たち”」
「「却下」」
「ふえぇ!?」
これならいける、という確信があったのだろう。いったいどういう思考回路ならそういった結論に至るのか興味が湧くが、これはアレだ、没。俺が恥ずかしい。
「な、何故ですかご主人様!?」
「恥ずかしいわ!」
「えぇ、そうですか?」
「う、うん……そういうもんよ」
俺の名前を入れるな名前を。
「あ、じゃあ次俺」
「ほい、パヴェル」
コトン、とジャム入りの紅茶が入ったティーカップをカウンターの上に置き、何故か得意気な顔を浮かべながら彼は案を口にした。
「”はらしょー☆大魔神”」
「同人サークルか!!」
緩いわ、緩すぎる。同人サークルならともかく、これから俺らは冒険者としてやっていく身なのだ。なんかこう、もっともう……勇ましい感じの奴をだな。
「えー、ダメか……ラノベの絵師やってた時の名義だったんだが」
「今なんつったお前?」
え、ラノベの絵師? パヴェルお前絵師やってたんか。イラストレーターさんだったんかお前。
前世の世界の職業だったんだろうか。でも銃の扱いに慣れれたし、こいつの前世の世界での職業は自衛官説あったんだけどなぁ……あれか、自衛官から絵師になったパターンか。
まあいい、今は彼の前世について詮索する時間ではない。とにかくギルドの名前を決めなければ。少なくとも活動していて恥ずかしくない名前を。
「では次はご主人様ですね、順番的に」
「うーん……」
どういう路線で行くか……頭の中で色んな案がぐるぐるしているが、とりあえず行けそうな感じの名前を絞り出す。
「”シュトルモヴィーク”とかは?」
「カッコいい響きですわね」
「おいおい、せっかく大喜利みたいな流れになってきたんだからさ、空気読めよ」
「何がじゃコラ」
お前大喜利やるつもりだったのか。
「つーかコレは駄目?」
「保留」
「ですわね。色々案を出してみて、ダメだったらそれにしましょう」
「そうするか」
次はクラリスの案。
「そうですね……ご主人様はハクビシンの獣人ですし……あ、”ハクビちゃんズ”とかは」
「可愛いけど却下」
「そんなっ! 無慈悲ですわご主人様!?」
「だってお前、こんないかにも強いですよ感出してるエンブレムでそんな可愛い名前名乗ったらギャップが」
「あー……」
第一、ハクビちゃんズってハクビシンの獣人俺だけやんけ。
次はパヴェル。
「……”第二ハクビ歩兵連隊”」
「第一はどこいった」
却下。なんでいきなり第二から始まるんだ……2から始まる部隊なんて聞いた事がない。
次は俺か。
「”モリガン”とかは?」
「それは前やった、ダメだ」
「前やったのか……なら仕方がない」
うってつけだと思ったんだがな、モリガン。由来はケルト神話の戦の女神”モリガン”、戦士に力を貸し、その戦士を確実な勝利に導いてきたという伝承があるから、依頼達成率100%を目指すという意味合いも兼ねて選んだんだがダメか。
三週目に突入。またしてもクラリス。
「”ハクビ騎士団”はいかがでしょう?」
「騎士団か……ハクビはともかく、そういうネーミングもアリかもしれない」
「どちらかというとハクビのほうがメインだったのですが……」
だからエンブレムとのギャップが。
「次、パヴェル」
「”ソビエツキー・ソユーズ”」
かなりソビエトを感じた。
なんでお前さっきからそんなにソ連推しなんだパヴェルよ……銃が使えて元絵師っていよいよ分らんぞ貴様。
いかん……なんかわからんが、ギルドの名前決めるだけでかなり時間費やしそうな気がしてきた。大丈夫かなコレ……。
食堂車の大きな窓の向こうは、夕日で真っ赤に染まっていた。燃え盛るような赤い、それはもう革命的な赤い空の中に黒い影がいくつか見える。ファシスト共の戦闘機……ではない、カラスだ。これから巣に戻る所なのだろうか。
ぼんやりとカラスを見上げ、食堂車の椅子に背中を預ける。
ギルドの名前の案が尽き、もう半日。おかしい、お昼前に始めた会議だった筈なのにもう夕方。なのに未だにまともな案は出ず、このままじゃ割と適当に出したシュトルモヴィークで決定になってしまう。
もうそれでいいじゃんというめんどくさがりな二頭身ミカちゃんと、ちゃんとした名前にしようという真面目な二頭身ミカちゃんの群れが、俺の頭の中でわーわーさっきから騒いでる……ような気がする。でも頭は回らず、こうしてぼんやりと空を見上げているだけなのだから結果はお察しの通りだ。
隣にいるクラリスはと言うと、疲れたようですやすやと寝息を立てている。まあ、今までまともな休憩を取る時間もなく、キリウからここまで頑張ってくれていたのだ。眠ってしまうくらいは大目に見ておきたい。というか、むしろ休んでくださいクラリスさん。過労死は嫌よ過労死は。
んでカウンターの向こうのパヴェルはというと、ついにウォッカの酒瓶を取り出してしまっている。キッチンの近くに空になったウォッカの瓶が7本、彼の片手に1本。お医者さんが見たら卒倒しそうな状況である。
「NTRを根絶せん限り日本に未来はないんじゃあ! ミカエルどん、倒幕じゃあ! ふはははははは」
大丈夫? 酔っぱらって幕末の人に憑依されてない?
ダメだこれ、せめて俺だけでも何とかしないと。
ええと……クラリスが昼間に出した”〇〇騎士団”的な感じのネーミングは個人的に刺さったので、この路線で考えて行こうと思う。
”鉄血騎士団”……なんかドイツ感ある。鉄血ってビスマルクの発言のせいかドイツってイメージあるよね。
嫌いじゃない……これは保留。
鉄血も良いんだが、なんかこう、仲間とのつながりを強くする、みたいな感じの意味が欲しい。鉄血は何だか”力こそ全て”って感じがして攻撃的なのだ。嫌いじゃないが。
頭の中の辞書を開き、今までインプットしてきた語彙力をフルバースト。一時期難しい言葉とか覚えようとしていたから、引き出しの中身はそれなりにあるという自負がある。え、中二病? 馬鹿やめろ、開けるな。それは黒歴史だ。開封厳禁。
あれはどうだろう、”血盟”とか。
血盟……軍団?
いや、なんか違うな。”血盟団”だとなんか寂しいし、もう一ひねり欲しい。
「同志、我が旅団の戦力はこの程度じゃあないぞ……ヒック」
酔っぱらったパヴェルの妄言が、良い感じにぴったりと合致する。
そうだ、旅団だ。
―――”血盟旅団”。
旅団といっても現時点での構成員は僅か3名。小隊どころか分隊とも呼べない規模であるが、そこはまあ後々仲間が増えるだろうし気にしない気にしない。いつか本当に旅団規模になるかもしれないし。
「そうだ、血盟旅団だ!」
「んぉ?」
「ふぇ?」
あ、クラリス起こしちゃった……。
ごめんクラリス、と一応謝りながらも、酔っぱらったパヴェルに言う。
「名前だよ名前! 血盟旅団!」
「おー……良いんじゃね?」
テキトーだなぁオイ。
「血盟……旅団……素晴らしいですわご主人様!」
「よし、早速登録行ってくる! パヴェルは出発の準備を」
「うぃー」
大丈夫かアレ。
ギルド登録の願書とペン、それと手数料の入った財布を手に、俺は食堂車の椅子から立ち上がって駆け出した。クラリスにはゆっくり休んでいてもらおう、登録だけだから俺1人で十分だ。
「冒険者ギルド”血盟旅団”、登録完了です」
「ありがとうございます」
「手数料として200ライブル頂戴します」
財布を取り出し、100ライブル硬貨を2つカウンターの上に置く。それを確認した受付嬢が硬貨を受け取り、これで晴れてギルド登録は完了となった。
登録証明書も貰ったので、これは後で食堂車にでも飾っておこう。多分ないと思うけど、管理局からの監査とかが入った場合にはこれを提示しなければならないらしい。
踵を返し、管理局前でタクシーを拾う。角張った車体に丸いライトをつけたような古めかしいタクシーがやってきて、俺の目の前でドアを開けた。
「どちらまで?」
「駅前まで」
「はいはーい」
冒険者ギルドについてだが、冒険者がそうであるように、ギルドにもEからSまでのランクがある。ギルドランクは所属する冒険者のランクの平均で決められ、低ランクの冒険者でもそのギルドランクと同じランクまでの依頼であれば、高ランクの仲間同伴という条件付きで受託できるようになる。
なので低ランクの冒険者にとってはワンランクどころかツーランクくらい上の仕事を受けられるという旨みがあるのだが、高ランクの人からすれば足手まといでしかないので、ギルドメンバーを募集しているところに低ランクの冒険者が名乗りを上げても除外されるのが当たり前だという。
まあ、実際身の丈に合わない仕事を受けてもそんなもんだ。背伸びは一段くらいでいい。
ちなみに出来立てほやほやの血盟旅団のランクはCランク。パヴェルというSランク冒険者のおかげで、俺とクラリスはCランクまでの依頼を受けることができるというわけだ。もちろんこれは管理局の審査にも影響し、ランク昇進を兼ねた昇級試験がより早く訪れやすくなる。
こっちにはありがたい話だが、パヴェルの足を引っ張り過ぎないように気を付けないと……とは思うが、アイツはマネージャーって言ってたんだよな。表には出ないつもりなんだろうか。
そんな事を考えている間に駅が見えてきた。停車したのを確認してから運転手に料金を支払い、タクシーを降りる。駆け足で駅の構内へと入り、駅員に冒険者バッジを見せた。これを提示し、ノマド用のホームに自分たちの列車がある旨を駅員に伝え、改札口を通してもらう。
階段を駆け上がりながら窓の外を見ると、ちょうどキリウからの列車が到着したようだった。降りてくるのはスーツ姿の男性やドレス姿の女性ばかり。貴族たちだろうか。どこかの屋敷で開かれるパーティーにでも出席するのだろう。
パーティーねぇ。俺は生まれてこの方一度も出席した事無いや。おかげでマナーをよく知らない。最低限のマナーはレギーナが教えてくれたけれど。
線路の上を跨ぐ通路を駆け抜け、ノマド用レンタルホームへと続く階段を駆け下りる。既に機関車からは黒煙が濛々と上がっていて、出発準備は済んでいるようだった。
「おう、ミカ! 登録は!?」
酔いからすっかり覚めたのか、機関車から顔を出して言うパヴェル。彼に登録証明書を見せると、満足そうにニヤリと笑いながら親指を立てた。
「よーし、乗れ! もう出発すんぞ!」
「分かってるよ!」
客車のドアを開け、中へと転がり込んだ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま。登録してきたよ」
クラリスにも登録証明書を見せると、彼女は興味深そうにそれをまじまじと見つめてから、俺の頭の上にぽんっ、と手を置く。
「お疲れ様ですわ。これでご主人様の夢がまた一歩近づきましたわね」
「ああ、でもまだまだこれからだ」
ここからは弱肉強食の世界―――結果だけが全てなのだ。
これからきっと、多くの苦難が待ち受けている事だろう。最近露になった俺の弱さとも、本格的に対峙しなければならない日が来るかもしれない。
それら全てを乗り越えなければ、未来は無いのだ。
―――上等じゃあないか。
勝利するのは―――自由を掴むのは、俺たちだ。
第二章『冒険者を目指して』 完
第三章『獣の枷、ヒトの自由』へ続く
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