鬼戦車BTMP-84
※BTMP-84は戦車ではなく歩兵戦闘車ですが、サブタイトル的にこっちのほうが語呂が良いのでこれでいきます。
巨大な船体が、ゆっくりと崩壊を始めた。
空中戦艦”エウロパ”―――数多くの機密情報を乗せたそれを、可能であれば完全な形で接収したかった、と”彼”は強く思う。
何故ならば、あの艦内に保管されていた情報は、彼らの望むものだったからだ。過去の栄光、他者を圧倒する力そのもの。今の彼らが喉から手を出すほど欲しているものが、そこにあったからだ。
だからそれが自らの手に入らないのであれば―――そしてそれが他者の、よりにもよって獣人たちの手に落ちるようならば、破壊してしまって構わない。それが”彼”の決断であり、だからこそ合計12両ものT-72を空中戦艦の完全破壊に差し向けたのである。
125mm滑腔砲の集中砲火を受け、いよいよエウロパが本格的な崩壊を始めた。内部の骨組みが露出するほどの熾烈な砲撃は、120年前にここに墜落し、110年前に除籍され、記録から抹消された特務艦に引導を渡すに十分な火力であった。
艦内に残されていた高圧魔力が爆発と反応し、急激な誘爆を誘発する。連鎖するかのように小さな爆発が幾度も繰り返され、空中戦艦の艦尾にあった対空砲塔や尾翼、辛うじて残っていたエンジンポッドが脱落、多くの破片が谷の底へと落下して、川をどんどん塞き止めていく。
頭から渓谷へ潜り込もうとするような格好で墜落していた空中戦艦の胴体部分に亀裂が入った。金属のぶつかり合う音やひしゃげる音、断裂する音が崩壊の旋律を奏で、120年前に墜落した老朽艦エウロパが最期の時を受け入れていく。
撃ち方止め、と念じ、”彼”は椅子のアームレストを指で軽く叩いた。それは瞬く間にすべてのT-72へと伝播し、思考を受け取った12両の戦車が一斉に砲撃をぴたりと停止する。
(結局、シェリルは戻らなかったか……)
止むを得ない事だ、とは思う。
戦争とは殺し合いだ。どんな最新兵器を投入しても、どんな奇策で敵に挑んでも、損害というものは生まれるものだ。損失ゼロの完全勝利など、映画やアニメの中だけの話なのである。
だからこそ軍人は、高価で替えの利かない兵器を忌避し、多少性能が低くても容易に損失を補充できる兵器を好む。
今回はその損失が、シェリルだったというだけの事だ。
胸の中に、ずきりと痛む何かを感じ、”彼”は思った。ああ、これが悲しみか、と。
娘同然に可愛がっていた兵士を失うこの感覚―――確かに、二度と味わいたくないものだ。
(……ん?)
どうか生きていてほしかった、と落胆する彼がエウロパの異変に気付いたのは、それからすぐの事だった。
幾重にも小さな爆発を生じさせ、急速に崩壊していくエウロパ。やがて船内に仕込まれていたメタルイーターも活性化を始め、崩落していく部品が急激に錆びていく。
そのまま崩壊していくかに見えたエウロパであったが―――艦尾にあるハッチが唐突に、内側から生じた爆発で吹き飛んだのである。
艦内で発生した誘爆―――では、ない。
それは内側からぶち破られたものだ。
1門の、125mm滑腔砲で。
(あれは……?)
舞い散る錆びた金属片と黒煙を突き破って姿を現したのは、”組織”の運用するT-72と同じ塗装の、漆黒のオプロート。
いや、違う。
戦車ではなく―――歩兵戦闘車だ。
車体後部を拡張、歩兵5名を乗せる事が可能な歩兵戦闘車―――BTMP-84。
エウロパに搭載されていたそれが目を覚まし、艦内から飛び出してきたのだ。
「エントリィィィィィィィィィィィィィ!!」
ぽーん、と格納庫から飛び出すと同時に、BTMP-84を瞬く間に重力が捉えた。それなりに高い位置にあった格納庫から飛び出せば、そりゃあ当然落下していくことになる。超重量の戦車……じゃなくて歩兵戦闘車ならば猶更だ。
オイこれ大丈夫なのか、と車内に掴まりながらパヴェルに問うけれど、彼はまるで深夜まで夜更かししてテンションがおかしくなった大学生みたいにゲラゲラ笑いながら、装填の指示を出してないのに勝手に次弾を装填し始めている。
床に円形に敷き詰められた砲弾の中からAPFSDSが選択され、装薬と共に砲尾から砲身の中へ。装填が完了し閉鎖機が閉鎖された直後、ゴゥンッ、と激しい揺れが俺たちを襲った。
大空へ羽ばたこうとしたBTMP-84が「いやいやさすがにレギュレーション違反やろ」と物理法則からのお叱りを受け、その憤りを叩きつけるかのように地面に着地……いや、落下したのだ。それはもう凄まじい揺れで、車内をしっかり掴んでいなければ、今頃ミカエル君は頭上にあるハッチの内側に脳天を強打しているところだった。
オイオイ、記憶喪失になったらどうすんだ。
『ぎゃんっ!?』
車体後部から、ちょっと間抜けな女の声が聞こえてきた。
さっきの戦闘で生け捕りにした女兵士だ。残念な事にBTMP-84の車内はそれほど広くはなく、3人の戦車兵が乗るので精一杯。しかもそのうち2名は身長180cmオーバーときたものだから、ただでさえスペースのない車内に4人も乗せたら悲惨な事になる。
というわけで、残念だが彼女は車体後部の兵員室に放り込む事にした。
もちろん目を覚まして暴れられては困るので、手足を番線でぐるぐる巻きにしてある。が、相手は素手で金庫の扉をぶち抜くほどのパワーを持つ竜人。ぐるぐる巻きに、それこそ肌に食い込んで血流をギリギリ圧迫しない程度の絶妙な加減で相手に配慮しつつ縛っただけでは不足という事で、その上からさらにダクトテープでぐるぐる巻きにしてやった。
『き、貴様ら……血盟旅団だな!?』
「ああ、そうだよ!」
『私を拘束してどうするつもりだ!?』
「色々と吐いてもらう、大人しくしてろ!」
『なんだと……!? バカな、”組織”が黙って見てるわけ―――』
「クラリス、右」
「はい」
パヴェルが言うと、クラリスはドリフトでもするつもりかと思ってしまうほどの勢いでBTMP-84を急カーブさせた。ちょうどカーブを終えた直後に、外に待ち構えていた敵の戦車(間違いないT-72だ)が発砲、APFSDSがBTMP-84の刻んだ轍を深々と抉る。
さて、そんな緊急回避をかまされれば、兵員室も無事でいるわけがない。
ゴッ、と鈍い音がしたかと思うと、『ふにゃっ!?』と間抜けな、しかも可愛らしい悲鳴が聞こえてきて、車体後部の兵員室が再び静かになった。
「これで静かになった」
「無慈悲すぎて草」
いいのかそれで。
さて、いつまでもギャグパートではいられない。敵はすぐそこに居て、こっちに向かって機銃を撃ったり、バカスカとAPFSDSを撃ち込んでくる。おかげで戦車砲がBTMP-84の真上を通過する音が鳴り止まないし、いつ命中弾が出てしまうのかと気が気じゃない。
「さてさて、殴り返しますかね」
「……」
装填されているのは実弾だ。
命中すれば敵戦車の乗員は……と困惑する俺に、心の中を見透かしていたのであろうパヴェルが言った。
「安心しろ、相手は無人だ」
「何故分かる?」
「反応が遅いからだ」
そう言い切って、パヴェルは右足で発射スイッチであるフッドペダルを踏み込んだ。
バオン、と125mm滑腔砲が吼える。冷戦中から現代に至るまで、東側戦車の主砲として採用されてきた最強の矛が火を噴く。装薬の、文字通り爆発的な運動エネルギーを受け取って送り出された砲弾のサボットが空気抵抗を受けて剥がれ落ち、中から鋭利な銛を思わせる形状の砲弾が姿を現す。
APFSDS。
直撃すると、凄まじい圧力を受けた砲弾が変形、流体と化し、敵戦車の装甲をそのまま強引にゴリゴリと削って貫通するという恐ろしい砲弾だ。榴弾みたく爆発はせず、加害範囲も極めて狭いが、しかし命中すれば戦車にはそれを防ぐ術はない。砲弾を装甲で弾く、なんて事も起こらないのだ。
全力で走行しながらの一撃は、しかしT-72のうちの1両、正面装甲と比較すれば脆弱な脇腹を捉えていた。ダムンッ、と爆発するような音と共に微かな火花と、白煙が被弾した戦車を包み込む。
それっきり、被弾したT-72は動かなくなった。
「まず1つ」
自動装填装置にAPFSDSの次弾装填を命じながら、パヴェルがニヤリと笑った。
「ご主人様!」
「!!」
クラリスの声に、ハッとしながら戦車から身を乗り出した。
砲塔近くに備え付けられているDShKMと防盾の向こうに、黒い群れが迫って来るのが見える。
例の無人機たちだ。飛行船の線内でも遭遇した、あの黒いテントウムシのような形状の無人機たち。一体一体の戦闘力はそれほど高くはなく、撃破も容易だけれど、あんな地面を埋め尽くすほどの規模で迫られたらたまったものではない。戦車の装甲で守られているならばまだしも、生身の歩兵にとっては対処が難しい兵器であろう。
クソッタレが、と悪態をつきながら、ハッチ付近のターレットリングに備え付けられているDShKMに手を伸ばした。安全装置を解除し押金を押し込むが、しかしソ連製の重機関銃はうんともすんとも言わない。
何だこれは弾詰まりか、と思いながら舌打ちし、ネイルガンを構えた。とにかく釘を無人機に向かってばら撒き、クラリスに向かって叫ぶ。
「そのまま踏み潰せ!!」
戦車の重量は、時として武器にもなる。
邪魔な障害物があるならば、その超重量で踏み潰してしまえばよい。鉄条網だろうとバリケードだろうと、放置された民家だろうと踏み潰し、粉砕してしまえばいい。
元はと言えば戦車は塹壕を突破するための兵器だ。相手が道に立ち塞がっているならば、それを力尽くで粉砕して突破口を切り開く―――道を作るための兵器、と言ってもいい。
バキュ、とBTMP-84の履帯が、無謀にも肉薄を試みる無人兵器の群れを踏み潰した。血のような、あるいはオイルのような何とも言えない質感の液体を吹き上げ、無人兵器たちが次々にその重量に押し潰されていった。
破砕機に放り込まれるゴミ袋みたいだ―――そんな事を思ったミカエル君の頭上を、ヒュン、とAPFSDSが掠める。
慌てて車内に引っ込むと、パヴェルが砲塔を旋回させて敵戦車に照準を合わせた。
フッドペダルを踏み込み、砲弾を放つ。
炸裂した装薬が、狭い砲身内部で暴れ回り、砲弾を外へ外へと押し出した。爆風と衝撃波すらも置き去りにし、サボットというドレスを脱ぎ捨てたAPFSDSは、その鋭利で獰猛な本当の姿を露にするや、先ほどこちらを砲撃した不届き者へ裁きの一撃をお見舞いする。
狙ったのだろうか、それとも偶然か。
砲弾は車体と砲塔の繋ぎ目、僅かな隙間へと滑り込んだ。被弾したT-72から派手な火花が上がるや、濛々と白煙が車体を覆い隠す。
が、異変が起こったのはその後だった。白煙のベールの中で黒煙が溢れたかと思いきや、あっという間に火の手が上がり―――T-72の砲塔が、びっくり箱さながらに天高く吹き飛んだのである。
誘爆だ。
T-72の砲塔内部にも、このBTMP-84と同じように円形に砲弾が敷き詰められている。自動装填装置が動作すると砲手が選択した砲弾が砲尾へと装填される仕組みだ。
砲塔後部の弾薬庫に保管されている西側の戦車とは、全く異なるレイアウトである。
この仕様のせいで、湾岸戦争の際には被弾したT-72が砲塔内の砲弾や装薬に誘爆し、砲塔が派手に吹き飛んで乗員全員が丸焼きになる、という無残な事例が多発した。今起こった現象はまさにそれの実演とも言えるものだろう。
しかし、それはこっちにも言える事だ。
床に敷き詰められた砲弾を見て、背中に冷たいものが走った。
もし被弾したら、俺たちは……。
次弾を装填したパヴェルが、俺に問いかけてきた。
「で、同志指揮官殿。奴らはどうする?」
ヒュン、と敵の砲撃が掠める中で問いかけられた質問に、俺は即答できなかった。
あくまでもこちらの目的は、列車に無事に戻る事。だからこの戦車部隊と無理に戦う必要なんてない―――大破したヴェロキラプター6×6の代わりに、このBTMP-84を持ち帰ってもいいだろう。
しかし、あと10両ものT-72を引き連れたまま列車に戻るのは何としてでも避けたい。
ならば、やる事は1つだった。
「―――殲滅するぞ」
「待ってました!」
ボムンッ、と125mm滑腔砲が吼える。
APFSDSはまたしてもT-72の砲塔の付け根を貫通。先ほどの車両と同じように、被弾したT-72がハッチから火柱を吹き上げるや、一気に誘爆した砲弾と装薬の力を受けた砲塔が、火柱と共に空へ舞い上がる。
こいつらばかりは、殲滅しなければ。
列車にいる仲間を危険に晒すわけにはいかない。
その意思を汲み取ったかのように、クラリスがBTMP-84の進路を変更した。
目標は、敵戦車部隊。
9対1―――無謀な戦いが、始まろうとしていた。




