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覇者の目覚め


 ガクガクと、手の震えが止まらない。


 ドットサイトのレティクルが手の中で微かに揺れる。銃口の狙いが定まらない。


 落ち着け、何度も訓練でやってきた事じゃないか。ミカ姉とパヴェルが教えてくれた事じゃあないか。今更ビビってどうするんだ、と自分を叱責するけれど、辛うじて立ち向かわんとしたなけなしの勇気も、傍らを掠めて壁に跳弾した銃弾の音を聞いた途端に挫けてしまう。


 AK-102を抱えながら、機関車の壁の陰に隠れた。


 あんな数の敵を、どうやって倒せというのか。


 もう一度顔を上げ、息を吐いて落ち着いてから、引き金を何度か引いた。


 当たったかどうかは分からないけれど、レティクルの向こうでは黒いテントウムシみたいな、でっかい機関銃を背負った機械の兵器が崩れ落ち、錆びた金属みたいな色に変色していくのが見えた。


「あ、当たった……? うわぁ!!」


 ガァンッ、と機関車の表面を敵の放った弾丸が打ち据えた。


 1体倒したところで喜んでいられない。列車の外からは大量の敵が、まるで濁流みたいに押し寄せてくるのだ。さっきまで広がっていたウガンスカヤ山脈、その中腹に広がる高地の美しい風景はどこへやら、ここから見えるのはとにかく大地を埋め尽くす大量の無人兵器ばかり。


 地面が真っ黒に染まっていた。


 マガジンが空になるまで撃ち、機関室へと引っ込んだ。呼吸を整えながら樹脂製のマガジンを取り外すと、それを受け取ったノンナが小さな手で、カチカチと5.56mm弾を込め始める。


 ビビってる場合じゃない。


 ノンナの小さな身体を見下ろしながら、怯える自分を蹴り上げる。


 俺がしっかりしなきゃいけないのだ。俺がノンナを守らなければならないのだ。


 ノンナとの間に血の繋がりはない。彼女は俺を”お兄ちゃん”と呼んでくれるけれど、俺は彼女の本当の兄ではない。


 それでも―――血の繋がりはなくとも、俺たちは家族だ。


 ならば兄として、最愛の妹のために死力を尽くして戦うまでの事。


 ビビるな、戦え。


 戦え、ルカ。


 ドパンッ、とマスケットの銃声が聞こえてくる。俺たちの機関車、AA20の前方に連結された大型機関車の機関士を担当するフョードル(ミカ姉の昔の弟分らしい)も、俺と歳がそう変わらないというのに1人で戦っている。


 だったら俺が負けるわけにはいかない。俺だって男だ、戦えるのだ。


 呼吸を整えながら、視線を火室へと向けた。


 金属製の扉の向こうでは、まだ炎が赤々と燃え盛っている。


 ミカ姉たちが戻ってきたらすぐ出発できるように、”窯”の火は絶やしてはならない―――それが機関士としての、俺の役割。


 ミカ姉たちが帰るべき場所を守り抜くためにも、仲間と機関車を守るためにも―――戦わなければ。


 ガガガガ、と弾丸の群れが豪快に無人兵器の群れを薙ぎ払っていった。視線を向けなくても分かる、モニカだ。モニカが客車に備え付けられたドアガンを使って、無人兵器の一団を丸ごと蜂の巣にしてしまったのだ。


 続けて客車の屋根の上にある銃座が火を噴き始める。シスター・イルゼが銃座につき、12.7mm弾で掃射をかける度に、射抜かれた敵の無人兵器が砕け散り、錆色の金属片へと姿を変えていく。


 負けじと俺もとにかく撃ちまくった。傍らに弾丸が着弾し、甲高い音と火花を発する。びくりと身体が震えるけれど、そのまま撃ち続ける。


 弾切れになると同時にマガジンを取り外し、空のマガジンをノンナに託した。小さな手を震わせながら空のマガジンを受け取り、弾薬箱から取り出した5.56mm弾を込めていくノンナ。


 そんな彼女の背後に、黒い影が迫った。


「ノンナ!!」


「!!」


 ギン、と紅い複眼が殊更強く煌めく。


 例の無人兵器だ。反対側から回り込んだと思われる1体が、その背中に背負った機関銃の銃口をノンナに向けている。


 拙い、このままではノンナが……!


 慌ててライフルを向けるけれど、間に合わない。


 1秒も立たぬうちに訪れるであろう最悪の結末―――認められるか、と心の中で吼えたその時だった。


 理不尽な現実を―――振り下ろされた踵が、力強く叩き潰したのだ。


「ほぁたァ!!」


 ごしゃあっ、とまるで金槌で叩き潰された虫のように、ノンナを撃とうとしていた無人兵器がリーファの振り下ろした蹴りで叩き潰される。いやいや丸腰で機械ぶっ壊すんかい、と目を丸くする俺たちの前に、相変わらず笑みを絶やさないリーファが姿を現した。


 背中には大型の狙撃グレネードランチャーを背負っているけれど、クラリス、パヴェル、範三と並ぶ血盟旅団最強格の1人であるリーファには、もしかしたら銃すら不要なのかもしれない。


「ケガないネ?」


「う、うん」


「ありがと、リーファお姉ちゃん」


「無理するないヨ、命守る優先ネ」


 そう言い、リーファは機関車の上を飛び越えて無人兵器の群れの中へとダイブした。


 新たな敵の出現を察知した無人機たちが、一斉に背中の機銃をリーファに向けて発砲し始める。大量のライフル弾がリーファに殺到するけれど、しかしその濃密すぎる弾幕を以てしても、リーファは捕らえられない。


 上半身を逸らして弾丸を回避するや、無人機の内の1機を踏みつけて笑みを浮かべるリーファ。無人機から吹き上がる血みたいな色合いのオイルを浴びている彼女を見て、俺は背筋が冷たくなった。


 さっきは面倒見の良い、近所の子供好きのお姉ちゃんと言ったような笑みを浮かべていたリーファ。けれども彼女はジョンファに生息するというパンダ、その遺伝子を持つ獣人。ミカ姉が言うにはパンダは熊の仲間で、れっきとした猛獣なのだという。


 その本性が剥き出しになったかのような―――オイルを浴びながら笑みを浮かべるリーファの顔は、まさにそれだった。


 そんな彼女の背中を、朱色の影が舞う。


 範三だ。倭国のハカマとかいう変わった服に身を包んだ彼が、手にした刀で無人機の群れをまとめて両断してしまう。弾丸を放って反撃してくる無人機もいるけれど、一体どんな反射神経をしているのか、範三はそれすらも刀を使って弾いてしまう。


「ふん、雑兵ばかりか……」


「そうでもないみたいヨ」


 くい、と顎で地平線の向こうを指し示すリーファ。


 相変わらず殺到してくる無人機すらお構いなしに踏み潰しながら―――黒く塗装された大きな兵器が、こっちに接近してくるのが見える。


 トラクターだろうか、と思った。履帯で地面を踏み締め、よく畑を耕している姿を想像するけれど、しかしそれが単なるトラクターなどではないという事はすぐに分かった。


 トラクターみたいな履帯、その上に乗っているのは装甲で覆われた頑丈そうな車体と、長大な砲身を持つ大砲だ。


 似ている兵器は見たことがある。ガノンバルド討伐作戦の時、パヴェルが乗っていた兵器にそっくりだ。たしか彼は”センシャ”って呼んでたけど……。


 しかもそいつは1体だけじゃない。地平線の向こうから、2体、3体、4体……うわ、まだまだ増えてる。


「―――大物ネ」


「リーファ殿、一つ勝負をせぬか」


「勝負?」


「左様。どちらが多くあのデカい奴を仕留められるか、某と勝負をしよう」


「ふふっ、悪くないヨ」


 2人はそんな物騒なやりとりをしてから、先を競うかのようにセンシャの群れに向かって真っ向から向かっていく。


 なんで血盟旅団の人ってヤバい人ばっかりなんだろ……普通は絶望する筈の局面なのに、あの人たちに限っては逆境さえも燃料のようなもの。一度火にくべれば、しばらくは燃え上がる。


 そういうものなのだろう―――戦いに適応した人は、思考回路まで変わってしまうのだろうか。


 早くも1体目の”センシャ”に肉薄した2人の姿を見守りながら、俺は戦い続けた。


 とにかく、ミカ姉たちがみんな無事に戻って来る事ばかりを祈りながら。












 ハッチから車内に滑り込むなり、パヴェルは内部にあった端末を操作し始めた。まるでそれがどういう仕組みなのかを理解しているかのように、あるいは長年扱ってきた仕事道具を再び手にする職人のように、素早くキーボードを叩く音が、爆音の切れ間に聴こえてくる。


 もちろん画面に表示されるのは見た事もない言語。しかしパヴェルはそれを知っているのか、躊躇せずにパスワードのようなものを入力していく。


 鍵が外れるアニメーションが再生されるや、彼は言った。


「……よし、いいぞ。システムは生きてる」


「エンジンは?」


 問いかけると、やってみろ、とパヴェルはクラリスに言った。彼女は恐る恐るそれっぽいスイッチを指先で探し、「これ?」とでも言いたげな表情でパヴェルの方を振り向く。


 彼が頷くと、クラリスは思い切ってスイッチを弾いた。


 パチッ、という音しか―――スイッチを弾く音しか聞こえてこない。


 さすがに経年劣化か……そりゃあ、推定で80年以上もメンテナンスされずに、こんな暗い格納庫の中に放置されていたのだ。それでまだ動くと考える方がおかしいのかもしれない。


 非常用のバッテリーから供給される電力を喰らい、仄かに光を放つモニターの光に照らされながら、俺は焦燥感に苛まれていた。


 早く脱出しなければ、この飛行船と運命を共にする事になる。


 車長用のハッチから身を乗り出す。防盾とDShKM重機関銃が搭載されている砲塔の向こうでは、いよいよ本格的に飛行船が崩壊を始めていた。崩落した天井が、格納庫の向こう側で放置されていたT-90の一団を押し潰し、大量の埃を舞い上げる。


 BTMP-84の砲塔にも天井の鉄パイプやら足場の一部やら、大きめの破片が落下を始めていた。今なんかミカエル君の頭のすぐ後ろにフランジ付きの配管が落下してきて、あとちょっと後ろに居たら脳天をカチ割られているところだった。


 たまらずハッチを閉めて車内に引っ込むと、パチッ、とまたスイッチを弾く音が聞こえてきた。


「エンジンの故障か?」


「いや……」


 車内の端末にあるキーボードを弾き、パヴェルは首を横に振った。


「異常はない、燃料だってある。動く筈なんだ……なのになぜ?」


 そう言いながら砲手の座席に座るパヴェルが見る画面には、BTMP-84の車体の図面が表示されていた。何と書いてあるのかは分からないけれど、未知の言語で『オールグリーン』的な事でも記載されているのだろう。


 燃料は満タン、エンジンは異常なし。


 なのに、コイツは動かない。


 機械のくせに、俺たちを試しているのか?


 自分を操るに相応しい者かどうか試しているとでもいうのか?


 狭い車内を移動して操縦手の席まで行き、クラリスが弾いていたスイッチを同じように弾いた。パチッ、と虚しい音だけが、狭い車内に響く。


 このままでは崩落に巻き込まれる―――その焦燥感に駆られているからなのだろう、一向に動く気配のないBTMP-84への怒りが込み上げてきて、気が付いた頃には握り拳を車内の壁面に叩きつけていた。


「動けよ、動けるんだろ!? なあ、動けるんだろお前は!?」


「ご主人様!」


 もう一度、壁を殴った。冷たく、堅い、無機質な感触だけが返ってくる。


 頭では分かっている。こんな事をしたって、動かない機械は動かないって事くらいは。


 機械が動かないというのには必ず原因がある―――それを取り除かなければ機械は動かない。理屈では分かっているのに、しかし平常心を内から焦がし、込み上げてくる激情に理屈は通用しない。


 頭で考える度に、理性が静止する度に、それは一層激しさを増していった。


「起きろ、とっとと起きろ! 起きて走ってくれ!!」


 ガンガンッ、と壁を叩いてから、呼吸を整えた。乱れた呼吸をそっと整えながら、もう一度―――望みをかけてもう一度、スイッチを弾く。


 動いてくれ―――しかしその望みは、どうやら眠れる兵器には届かなかったらしい。


 パチッ、とスイッチが弾かれる無機質な音だけが、狭い車内に響く。


 ダメか……パヴェルもクラリスも、顔に失望の色を浮かべる。


 そんな絶望の中に、外から聴こえる爆音とは異なる異音が混じったのを、俺たちは聞き逃さない。


 何か、スイッチの入った機械が目覚めるような重々しい音。やがてそれは甲高い音へと変わっていき、車内のモニターが一層強い光を放つようにすらなった。


 エンジンの起動―――瞬く間に目を覚ましたウクライナ製の戦闘車両に、砲手の席に座っていたパヴェルが笑いながら言った。


「ガッハッハッハッハッ! ミカ、お前コイツに認められたようだな!!」


「……ああ、だろうな」


 でもあり得るのか、こんな事って。


 てっきりゲームやアニメの中だけだと思ってたよ―――そう思いながら、車長の席に腰を下ろした。隣にある砲手の座席では、パヴェルが手元の画面を操作して自動装填装置を起動させているのが見える。


「初弾装填、弾種多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)。邪魔な隔壁を吹っ飛ばしてやれ!」


「はいよ指揮官殿!!」


 床下に円を描くように敷き詰められた、合計22発の即応弾。それが駆動音を発しながら旋回したかと思いきや、榴弾を保持していたアームが持ち上がり、主砲の砲尾へと砲弾、それから発射に使う装薬を装填していった。


 世界で初めて自動装填装置を搭載したT-64は、よくその自動装填装置の動作に砲手を巻き込む事が多かったそうだ。しかし、昔の失敗を教訓として再設計、それをウクライナの技術で昇華させたこいつは違う。もう、そんな事故は起こさない。


 クラリスの操縦(というかクラリスの奴、戦車の操縦なんていつ学んだ?)でゆっくりと前進し始めるBTMP-84。厳密には戦車ではなく、歩兵戦闘車(IFV)に分類されるそれが、同種の兵器が持つにしてはあまりにも強力すぎる主砲―――125mm滑腔砲の砲口を、格納庫の奥にある隔壁へと向けた。


「―――撃て(アゴイ)!!」


発射アゴイ!!」


 パヴェルの復唱の後―――ついに125mm滑腔砲が火を噴いた。





次回『鬼戦車BTMP-84』、お楽しみに!




※BTMP-84は戦車ではありません。



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