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竜人VS竜人


 コツ、コツ、と足音が近づいてくる。


 顔を出せばやられる―――遮蔽物から身を乗り出して銃を構えるよりも、いつでも撃てるよう構えながら近づいてくる相手の方が、引き金を引くまでにかかるタイムラグが短いのは考えるまでもない事だ。


 相手のミス、あるいはライフルの不発に賭けて飛び出そうとするほど、ミカエル君に楽観的な思考はない。


 ポーチの中から、M24型柄付手榴弾―――通称”ポテトマッシャー”を1つ取り出し、柄尻にあるキャップを捻りながら外した。この古いドイツ製手榴弾に安全ピンはない。代わりに、このキャップの中に信管に繋がる紐が収納されている。


 これを引き抜く事で、手榴弾は起爆できる状態となるのだ。


 頭の中で、俺たちと敵の推定位置、それからパヴェルが居るであろう位置を思い浮かべる。さすがにベテランのパヴェルならば、味方の手榴弾に吹っ飛ばされるようなドジはしないだろうし、遮蔽物の影に押し込められた状況を打破するために、俺が手榴弾を使うという事も想定している筈だ。


 ならば、と紐を思い切り引き抜いた。それから頭の中で2つ数え、遮蔽物の影からポテトマッシャーを思い切り投擲する。


 柄のついた古めかしい手榴弾は、狙い通りに天井を這う配管のうちの1つに命中しバウンド。カキッ、と金属音を発し、じりじりと接近していた敵の女兵士の注意を一瞬だけ逸らす。


 その直後だった。ドムッ、と重々しい爆音。それより一瞬早く、紅い閃光が薄暗い部屋の中を照らし出す。


 やった、とは思わない。


 相手はクラリスと同じ竜人―――アキヤール要塞地下での戦闘の際、俺たちはその力の片鱗を目の当たりにしている。あの女兵士も同様に、身体をドラゴンの外殻で覆い敵から身を守る能力を持っているのだ。


 ライフル弾すら易々と弾く蒼い竜の外殻―――それが一体どの程度の防御力なのかは分からない(クラリスで実験しようとかそんな真似は出来ないので不明である)が、少なくとも歩兵戦闘車(IFV)、あるいは主力戦車(MBT)クラスの防御力は持っている、と考えるのが自然であろう。


 もし仮にそうならば、歩兵用の手榴弾で何とかなる相手ではない。少なくともこの手榴弾に弾頭をいくつも束ねた集束手榴弾をぶち当てるか、対戦車兵器を直撃させなければ致命傷は見込めないだろう。


 それならば実弾で反撃しても殺す心配はない、と安堵する一方で、手加減できる相手ではないという事も重々承知している。少しでも隙を見せればその隙に殺されるような、そういう類の相手だ。何より向こうは全力で、こっちを”殺しに”来ている。


 今の一撃で注意は削がれた。


 姿勢を低くしながら、クラリスと同時に遮蔽物の影から飛び出した。


 こちらが移動するなり、ミカエル君の頭のすぐ上を数発のライフル弾が駆け抜けていく。AK-12の5.45mm弾……にしては、銃声が随分と”重い”。これは汎用機関銃クラスなのではないかと分析する俺の目の前に、例の鋼鉄のテントウムシを思わせる無人兵器が2機、先ほどの爆発で生じた爆炎の中から姿を現す。


 背負っているのはPK機関銃の車載型、PKT機関銃。戦車の主砲同軸に搭載する機関銃として設計されたタイプで、銃身交換を想定しないためその銃身は異様に分厚い。汎用機関銃というよりは重機関銃のような武骨さと迫力がある。


 それが火を噴くよりも先に、こっちのAK-19が火を噴いた。セミオート射撃で2発ずつ、的確に無人機の胴体前方、紅い光を放つセンサー部を撃ち抜く。


 被弾した無人機は血なのかオイルなのかも判別がつかない変な液体を撒き散らしながら力尽き、段々と錆び付いた粉末と化していった。


 オレンジ色の粉末をブーツで踏み締め、例の女兵士がやってくる。


 手には銃剣付きのAK-12。こっちが無人機に対処している間に、銃剣で白兵戦に持ち込もうという算段なのだろう。


 それが果たして、接近戦を嫌うミカエル君の弱点を突いた策なのか、それとも得意分野と俺の弱点が噛み合ってしまっただけなのかは判別がつかない。だがそれがどちらにせよ、相手の土俵で戦うほど間抜けな事をするつもりもなかった。


 前方に磁界を発生させつつ両足に力を込めてバク転。唐突な磁力の反発に、銃剣の切っ先の軌道が目に見えてブレる。すぐさま軌道修正する辺りは相手の練度の高さが窺い知れるが、しかしその一瞬さえあれば、回避には事足りる。


 バク転しながら空中でイリヤーの時計に時間停止を命令。主の命令に従ったかつての英霊の装備品は、1秒間のみの時間停止という能力を遺憾なく発揮してくれた。飛び交う弾丸も、迫り来る銃剣の切っ先も、世界の全てが凍り付く。


 時間という概念から、この俺1人だけが切り離された瞬間だった。


 バク転しながらライフルを握る手を放し、保持をスリングに任せつつ両手の指を空間に這わせる。その軌跡をなぞるように蒼い斬撃が生じ、ある程度飛翔してから女兵士の目の前でぴたりと静止した。


 久しぶりに使った雷属性魔術、”雷爪らいそう”。雷の斬撃を扇状に拡散させながら放つ、電撃と斬撃の2つの特性を持つ術である。


 その直後、時間停止が強制解除される。時間が再び動き出すや、女兵士の目元を覆う未来的なバイザーの向こうに、微かに驚愕の色が見えたような気がした。


 それはそうだろう、いきなり目の前の相手が消えたと思いきや、次の瞬間には目の前に雷の斬撃が合計10本も待ち構えていたのである。初見殺しもいい所だ。


 が、これで倒せるとは思っていない。


 外殻で防げば電撃をもろに受ける。だから彼女は、間違いなく回避を選択する筈だ。


 読みは当たっていたらしい。女兵士は左右から挟み込むような軌道で放たれた雷の斬撃たちを、後方ではなくむしろ前に踏み込む事で回避。標的を見失った斬撃たちが床を穿ち、バヂン、と弾けるようなスパーク音を発する。


 立ち止まればそのままスッ転んでしまいそうなほどの極端な前傾姿勢。手には銃剣付きのAK-12がある。


 銃口をこっちに向け、撃った。


 時間停止を発動、着地してから右へとジャンプ。静止した世界の中で、薬莢という金属のドレスを脱ぎ捨てて、獰猛な本性を露にした5.45×39mm弾が静止しているのがはっきり見える。


 時間停止を銃撃の回避に割き、効果時間が終了。俺の眉間を撃ち抜く筈だった弾丸が何もない空間を穿ち、またもや消えた標的の姿を女兵士が追う。


 そんなに俺ばっかりに夢中になっちゃって。


 ―――こっちが3人だって事、忘れてるだろ。


「―――!!」


 はっとした女兵士が、銃剣の切っ先の向きを変えた。


 慌てて突き出した銃剣の切っ先は、彼女の背後から忍び寄っていた竜人メイド―――クラリスの白い頬を浅く切り裂いたのみ。そんな掠り傷に怯むクラリスでもなく、次の瞬間には蒼い外殻で覆われた彼女の右拳が、プロボクサーの放つクロスカウンターの如く、女兵士の顔面に飛び込んでいた。


 ドパァンッ、と人類の拳が発する音とは思えない乾いた音が、研究室の中に響き渡った。


 がくんっ、と女兵士の頭が大きく揺れ、目元を覆っていた未来的なバイザーが砕け散る。そこから覗く血のように紅く、爬虫類のような竜人の瞳が、憎たらしそうにクラリスを睨んだ。


 ああ、コイツにも感情はあるのか―――どこまでも淡々と、ヒトの仔とは思えない程に無機質な振る舞いばかり見てきたものだから、その表情にはむしろ違和感を感じた。けれどもその一方で安堵もしていた事に、自分でも驚いた。


 やっぱりヒトはヒト。造られた生命いのちだろうと何だろうと、ヒトである以上は機械にはなれないのだ。


 逆もまた然りである。


 渾身の右ストレートを受け、ノックダウンするかに見えた竜人の女兵士。しかし竜人特有のタフさは彼女も持ち合わせているようで、金庫すら素手でぶち抜くクラリスのパンチを受けておきながら、彼女は平然としているようだった。


 両手を床につき、その反発でバネのように上半身を起こすや、続けて放たれたクラリスの左ストレートを両手でガード。大蛇のように腕を絡ませて立て続けの打撃を封じたかと思うと、まるで柔道の達人のように無駄がなく鋭い足払いで、クラリスを転倒させる。


 そこに外殻で覆った右拳を突きつけようとする女兵士だけど、クラリスの強さは俺が一番よく知っている。その程度であっさりトドメを刺される女ではない。


 ごろり、と素早く右へと転がって追撃を回避するクラリス。女兵士の右拳がめり込んだ床のタイルに大穴が穿たれ、ちょっとしたクレーターが出来上がった。


 起き上がり、今度はクラリスが仕掛ける。右のフックを薙ぎ払うが、女兵士はあっさりとそれを回避。しかしそれはあくまでも次の一撃までの布石―――本命を隠すためのフェイントでしかない。


 右のフックで隠していた右のハイキックが、空気を引き裂く音を奏でつつ女兵士の顔面へと向かう。


 それを両手で、しかも外殻で覆って受け止める女兵士の反射速度にも驚かされたけれど、しかしクラリスの蹴りの威力も凄まじかった。外殻の表面に激突したクラリスの右回し蹴りが、まるで装甲に激突する砲弾のような異質な音を響かせるや、女兵士をそのまま押し込んだのである。


 いくら外殻でダメージを軽減できても、被弾した衝撃までは完全に殺せない。苦しそうな表情を見せながら女兵士は吹っ飛ばされ、研究室の壁をぶち破って、そのまま隣の部屋まで飛んでいった。


 まったく介入する余地のない、竜人同士の熾烈な肉弾戦。援護しようにも両者の距離が近く、単純に動きも早すぎるせいで支援すらままならない。


 ガラッ、と配管や壁の破片が崩れる音を響かせ、さっきの女兵士がゆっくりと壁の穴から現れた。


 やはり、クラリスと顔つきは瓜二つだ。違いがあるとすれば、両者の体格に差がある事か。クラリスは身長183cm、体重85㎏。女性の格闘家ともいうべき体格をしており、その身体には戦うための筋肉が詰め込まれている。


 それに対して女兵士の顔つきはやや幼く、体格も華奢だ。戦うために鍛えているのだろうが、パワーではおそらくクラリスの方に軍配が上がるのではなかろうか。


 肉弾戦で劣勢に立たされているのがその証拠だった。


 口から血反吐を吐き、女兵士が口を開いた。


「……なかなかやる」


「……貴女こそ」


「ふん、”初期ロット”の個体に褒められてもな」


 ドンッ、と女兵士は足を踏み鳴らした。


 その衝撃で、足元に転がっていた鉄パイプが浮き上がる。回転しながら浮き上がったそれをキャッチした女兵士は、さながら棍棒のように鉄パイプをくるくると回して構えた。


 次の瞬間だった。風を裂く轟音と共に、その鉄パイプが投げ槍の如く投げ放たれたのは。


 紙一重で躱すクラリス。が、回避し終えた頃には既に女兵士は姿勢を低くして、クラリスの懐へと飛び込んでいた。


 格闘技において、体格の小ささとは必ずしも不利とはなり得ない―――それは確かに、身体が大きく体重も重い相手と真っ向から打ち合えば負けるのは当たり前である。


 しかし―――肉弾戦にも、やはりリーチという概念がある。


 身体の大きな相手は手足のリーチが長いが、しかし一度相手に接近を許してしまえば、対処できる技の数が大きく制限されるという脆さも併せ持っているのだ。


 あの女兵士はそれを一瞬で見抜き、クラリスの懐へと飛び込んだ。


「クラリス!」


「―――ッ!」


 外殻で覆ったボディブローが、クラリスのメイド服にめり込んだ。バガァンッ、と何かが破砕されるような音と、微かな衝撃波がこっちにまで響いてくる。


 外殻で防御はしたのだろう。しかし、衝撃までは殺せない。


 表面積の小さな拳、その一点に力を集中した鋭い一撃は、不可視の槍となって彼女の身体を真正面から打ち抜いた。


 メガネの奥で、クラリスが目を見開く。大きく開け放たれた口から空気が吐き出され、彼女はこれ以上ないほど苦しそうな素振りを見せた。


 最悪な事に、ボディブローが潜り込んだのはクラリスの鳩尾みぞおち―――鍛えようにも鍛えられない、格闘技における人体の急所、その一つである。


 ここに攻撃を喰らうと、とにかく呼吸が苦しくなる。空気を吸いたくても吸い込めなくなるのだ。転生前、空手をやっていた時に何度も先輩にここを狙われた日々を思い出す。


 ―――しかし。


 見開かれていたクラリスの紅い瞳に、獰猛な光が燈ったのを俺は見逃さない。


 普段は温厚で、俺に尽くしてくれるクラリス。


 彼女のスイッチが入った瞬間だった。


 ガッ、と伸びたクラリスの左手が、女兵士の頭を鷲掴みにする。限界まで伸びた角の生えた頭を掴んだクラリスは、そこから彼女の顔面に膝蹴りを叩き込みやがった。


 体重と衝撃を一点に収縮して放つ、距離は短いが必殺の一撃。


 それはまさに、城門を粉砕する破城槌の如き威力で女兵士の顔面を捉え、衝撃で脳を激しく振動させる。


 女兵士の目が虚ろになった。そりゃあ体重85㎏の竜人兵士が本気で放った蹴りを顔面に受けたのだ。その衝撃はグリズリーの本気の一撃に比肩するレベルに違いない。


 タフな竜人ですら脳震盪を起こしてしまう本気の一撃に、しかしその女兵士は耐えた。


 鼻血を流し、唇を切りながらも歯を食いしばった彼女は、渾身の力を振り絞ってクラリスの左手に腕を這わせた。そのまま彼女を背負い込むように身体を回転させ、勢いを乗せて投げ飛ばす。


 背負い投げでクラリスを投げ飛ばした女兵士は、先ほどの攻撃を受けた際に手放した銃剣付きのAK-12を掴んだ。その銃剣の切っ先をクラリスに向けるや、血まみれになった顔に獰猛な表情を浮かべながら、銃剣を突き下ろす。


 ガッ、とクラリスはその銃剣を外殻で覆った手で掴んだ。


 ギリギリと、刀同士が鍔ぜり合うような音が聞こえてくる。


 これで終わりだ、と言わんばかりに力を込める竜人兵。そのまま彼女は引き金を引くが、しかしクラリスの身体を覆う蒼い外殻は5.45mm弾の貫通を許さない。跳弾する弾丸から身を守るために姿勢を低くし、俺はホルスターからウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーを引き抜いた。


 安全装置セーフティを解除してあったそれをコッキングし、竜人兵の頭目掛けて引き金を引く。


 ドンッ、と重々しい銃声が響いた。シリンダーに銃身が大きく後退して、.455ウェブリー弾が女兵士の側頭部を強かに打ち据える。


 咄嗟に反応して外殻を展開したのだろうが、しかし先ほどのクラリスの顔面膝蹴りで脳震盪を起こしていた頭は、.455ウェブリー弾の被弾時の衝撃には耐えられなかった。


 ダメ押しの如く直撃したその一撃に、女兵士の身体から力が抜ける。


 ふらり、とクラリスに馬乗りになっていた女兵士の身体が崩れ落ちた。


「……大丈夫か」


「え、ええ……ありがとうございます、ご主人様」


 銃をホルスターに戻し、女兵士を見下ろす。


 手強い相手だったが……でも、これは大きな”収穫だ。


 組織の兵士を、こうして生け捕りにできたのだから。






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