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狩る者、狩られる者


 やはり、レコードで聞く音楽は格別である、と”彼”は考える。


 ノイズの一切を除去、音質を極限まで追求した音楽プレイヤーにはない魅力がある。ラッパのような蓄音機から流れる音楽、その中に紛れるノイズのせいなのだろう。最新の音楽プレイヤーで再生する曲とはまた違った顔を見せるものだ。


 その中でも特に、このクラシックはお気に入りだった。


 ドビュッシーの『月の光』。


 静かなピアノが織りなす旋律は、1人でいる時に聴きたくなる。美しく、しかし儚げなそれは、自分の外面ではなく内面と向き合う時にはうってつけの曲だ。


 大きな機械の椅子に背を預けながら、”彼”は頭の中で命じた。


【行け、同志シェリル。奴らを消せ】


 言葉には出さない。頭の中で、その命令を思い浮かべただけだ。


 しかし”彼”の思考はさながら電波のように、遥か遠方の地で任務に就く彼女―――シェリルの頭の中へと直接届いていた。


 息を吐き、目を瞑る。


 瞼の裏に浮かぶのは闇ではなかった。遠方の地―――ベラシアのウガンスカヤ山脈の風景が、瞑った瞼の内側に浮かぶ。夏でもなお解けきらなかった雪で白く彩られたベラシアの山脈。その中にある高地を爆走する武装車両テクニカルを、シェリルは追っている。


 この映像はシェリルからのものだ。


 彼女が見て、彼女が聞いて、彼女が触れたすべての感覚は、”彼”と即座に共有される。無論、彼女とて幼い頃から兵士として育てられたと言っても女性である事に変わりはなく、プライバシーには配慮をしているが、しかしそれが作戦行動中ともなれば話は別である。


 ”彼”は獣人たちが気に入らない。


 自らで文明を生み出す事を知らず、先人たちの文明をそのまま受け継いでいるだけ。創造主たる旧人類を疑う事もなく、文明の発達も前文明の異物の発掘に依存するばかり―――”文明の間借り人”、と揶揄したくもなるものである。


 そのような輩が、彼らの技術に手を出し、あまつさえ盗み出そうとしているのだ。


 そんな事は許されない。


 それは彼らの技術であり、彼らの財産なのだ。従って彼らは、私有地に無断で侵入し盗みを働く野盗と何も変わらない。


 だから排除を命じたまでの事だ。


(貴様らにこの”鉄と血の力”は相応しくない)


 抱いた苛立ちのせいなのだろう。


 いつの間にか、アームレストに添えた手に力が入っていた。













 唐突に、パヴェルがハッとした表情でハンドルを切った。


 ぐんっ、と身体が右へ引っ張られるような感覚を覚え、ヴェロキラプター6×6が左へと急カーブする。何だよいきなり、と抗議する間もなく、助手席から少し離れた窓の向こうに、数発の機関砲(しかも炸裂弾だ)が撃ち込まれた。


 ドパパッ、と爆ぜる地面。防弾仕様の助手席の窓に、爆発で生じた破片がいくつか食い込んで、透き通っていた防弾ガラスのところどころに白く白濁した傷跡が刻まれる。


「クラリス、無事か!?」


 耳に装着したヘッドセットから伸びるマイクに向かって叫ぶと、『な、なんとか!』とクラリスの元気そうな声が返ってきた。後ろを振り向くと、後部の窓ガラスの向こうに、荷台に設けられた転落防止バーを掴みながら何とか堪えつつ、ブローニングM2重機関銃の射撃準備をするクラリスの姿が見えた。


「パヴェルお前……まさか今の奇襲が分かって……?」


「それよりも敵襲だ! 備えろミカ!」


 一体何が、と思った俺たちの頭上を、1機の黒い影が通過していく。


 それは1機の戦闘ヘリだった。


 武装を満載したスタブウイングに二重反転メインローター、そして角張った、いかにも頑丈そうなキャノピー。闇のように黒く塗装された機体の胴体左右には、赤い星のエンブレムと『Ск-33』という記載が見える。機体識別番号だろうか。


「ありゃあホーカムか?」


 後方から忍び寄り、あっという間に俺たちの頭上を飛び越えていったヘリを見上げながらパヴェルが呟いた。


 Ka-50……ロシアで開発された、高性能攻撃ヘリコプターである。


 メインローターの上にもう一段のメインローターを乗せた”二重反転メインローター”という方式を採用しているのが特徴だが、最も特徴的なのは、その機体が単座型……すなわち1人乗りという点であろう。


 通常、攻撃ヘリというのは2人乗りのものが一般的だ。操縦を担当するパイロットと、機関砲を操作するガンナーの2名である。


 しかしKa-50はそれを廃し、パイロットが機体全ての制御を行うように改めた。それは核心的な試みと言っても良かったけれど、パイロットが機体全ての制御を担当するという事はつまり、パイロットにかかる負担が今まで以上に大きくなることを意味していた。


 そういう事もあって軍からはあまり良い顔をされなかった、という悲しい兵器である(とはいえきっちり採用されているが)。


 そんな変わったヘリを一体誰が飛ばしているのかと、空を舞う漆黒の影を目で追う。俺たちを仕留め損ねたロシアの単座ヘリは青空の中で旋回すると、再び武装を満載したスタブウイングと角張ったキャノピーをこっちに向け、突進する猛牛の如く突っ込んできた。


 よく見ると、そのKa-50にはロシア本国仕様のヘリと比較して差異がある事が分かる。


 キャノピーはガラス張りではなく、装甲化されているのだ。そしてその表面には、さっきトンネルの中で相手をした無人兵器のように、紅く輝く複眼状のセンサーのようなものが見える。


 他にも、よく見ると装甲の隙間から紅い光が漏れているのが分かる。あの光は一体なんだ?


 とにかく普通の攻撃ヘリじゃない―――それだけは確かだった。


 胴体右下にマウントされた30mm機関砲、そしてスタブウイングに搭載された23mmガンポッドが一斉に火を噴いた。いずれも炸裂弾、地上に展開する歩兵部隊を効率よく”狩る”ための武装だ。


 こっちは武装しているとはいえ、防御に関しては小銃弾を何とか受け止めてくれる防弾ガラスと簡易装甲程度。あんな装甲車ですら鉄屑にしてしまうような攻撃を連続で受ければ、俺たちもたちまちスクラップの仲間入りだ。


 冗談じゃない。


 荷台に乗ったクラリスが、襲撃してくるヘリ目掛けて果敢に重機関銃で応戦する。ドドド、と重々しい銃声は頼もしい限りだが、しかし相手が30mm機関砲と23mm機関砲で猛攻を加えてくるのに対し、こっちは12.7mm重機関銃1門のみ。損傷を与えられない事はないだろうけど、しかし攻撃ヘリの撃墜を期待するには少し火力不足が否めない。


 着弾の火花を散らせながらも、敵のKa-50は俺たちの頭上を飛び越えていった。


「くそ、どこの馬鹿だ!? あんなヘリを飛ばすなんて!」


「例の組織なんだろ!?」


 やはりパヴェルも同じ思いだったらしい。


 この世界であんな兵器を保有しているのは、例の組織以外に考えられない。他の転生者による襲撃の可能性も否定できないけれど、他の転生者に恨みを買った覚えなんて無いし、第一襲撃される理由がない。


 さっきのトンネルの中に眠っていた代物が、例の組織の財産だった―――その盗掘を防ぐために襲ってきた。そういう事なのだろう。


 これで例の組織との関係が、ほぼ決定的になった。


 窓を開けて身を乗り出し、AK-19を発砲。もちろん実弾だが、しかしこちらは口径5.56mm。運よくエンジンの吸気口エアインテークに飛び込むようなラッキーヒットでもない限り、撃墜はまず不可能と考えていい。


 小銃弾で撃墜できるほど、最近のヘリは脆くはないのだ。


 これからどうするべきかと思ったところで、パヴェルが列車への帰還ルートから大きく外れたルートを走行している事に気付いた。このまま列車に戻れば仲間を危険に晒しかねないし、列車には満足な対空兵器がない。一応、客車の上に連装重機関銃が1基ずつ、火砲車と警戒車にチハ(旧砲塔)の戦車砲が合計3門あるけれど、連装重機関銃はともかく、戦車砲は対空戦闘を想定した武装ではない。あくまでも近場で戦闘が起こった際の火力支援を想定したものだ。


 転生者の能力で対空ミサイルランチャーを召喚しようにも隙が無い。


「コイツ……転生者戦闘に慣れてやがる」


 サイドミラー越しに敵のヘリの位置を確認しながら、パヴェルが悪態をついた。


「転生者戦闘って……俺たちみたいなのと何度も戦ってきた相手って事か」


「ああ。さしずめ”組織”の”転生者ハンター”なんだろうよ」


 転生者ハンター。


 その響きに、背筋が冷たくなった。


 俺たちは狩られる側なのだ……向けられた猟銃の銃口から必死に逃れようともがく、野ウサギのようなものなのだ。


「どうする、列車に救援を要請するか」


「いや、駄目だ。無線を傍受される」


「俺たちだけでやるしかないって事かよ」


「そういう事だ、腹ァ括れ」


 はいよ、と返事を返し、助手席の窓から身を乗り出した。AK-19の引き金を引き、背後から機銃掃射を試みるKa-50へ5.56mmの返礼を射かける。


 5.56mm弾と12.7mm弾の弾雨がKa-50を打ち据えるけれど、しかし相手はロシアの戦闘ヘリの集大成、そのうちの1つ。その中には大損害を被ったアフガンでの戦訓もしっかりフィードバックされていて、装甲の厚い機体底面に当たった弾丸は、虚しく弾かれ火花を散らすのみだ。


 せめてグレネードランチャーでもあればな、と思い至ったところで、06式小銃擲弾を持ってきた事を思い出した。腰のポーチへと手を伸ばし、その中に収まっている3発のうちの1発を引っ張り出す。射撃を終えたばかりのAK-19、その銃口に装着してある89式小銃のフラッシュハイダーに、06式小銃擲弾を装着する。


 こいつは発射された弾丸を受け止めて発射されるトラップ式だ。だからガス遮断機の類を装着する必要はない。1発の弾丸さえあれば発射できる。


 ライフルグレネードを装着したそれを、助手席から身を乗り出しつつ構えた。来るなら来い、と息を呑む。


 獲物だと思って嬲り殺しにする算段なのだろうが、そうはいくか。


 追い詰められた狐は、ジャッカルよりも狂暴なのだ。


 機関砲が火を噴き、周囲に炸裂弾が降り注ぐ。飛び散った岩の破片がミカエル君の頬を軽く裂き、紅い雫が溢れたが、けれども照準器からは目を逸らさない。


 引き金を引いた。


 クラリスの12.7mm弾の連続射撃に紛れる形で放たれた06式小銃擲弾は、接近しながら機銃掃射してくるKa-50の機体の左側面、ちょうどスタブウイングの付け根の所に突き刺さった。成形炸薬弾が炸裂し、ヘリの装甲をメタルジェットが深々と穿つ。


「やったか……!?」


 しかし、その返答はスタブウイングに搭載された80mmロケット弾の掃射だった。爆炎を突き破るように放たれたロケット弾がピックアップトラックの周囲に次々に着弾、周囲があっという間に火柱に包まれる。


 怒り狂ったかのような猛反撃。そのうちの1発が、ヴェロキラプター6×6の助手席のドア、そのすぐ近くに着弾した。熱い、という感覚を感じるよりも先に右半身に鋭い痛みが幾重にも走るや、爆風を受けた助手席のドアが外れそうになる。


 せめて一矢報いようと身を乗り出していたのが仇となって、ミカエル君は外に放り出されそうになった。


「ああっ、クソッタレ!!」


 車から投げ出されそうになる俺を、パヴェルの手ががっちりと掴んだ。


 彼の手に引き寄せながら助手席へと戻ろうとする俺たちの頭上を、勝ち誇ったかのようにKa-50が飛び越えていく。コンパクトに旋回したロシアの攻撃ヘリは、武装が満載された機体正面を再びこっちへと向けた。


 機銃掃射で一気に勝負をつけるつもりだ―――。


 息を呑んだ俺に、パヴェルはダッシュボードから取り出したものを渡してくる。


「―――クソ野郎共を燃やせ!!」


 アメリカ軍で採用されている、ドイツ製グレネードランチャー『M320』。


 パヴェルの手を左手で掴んだまま、右手でM320を構えた。


 きっとあのホーカムのパイロットは、勝利を確信している事だろう。


 勝負の見えた戦いで、勝利の美酒の味を想像するのはさぞ楽しいに違いない。


 ―――そういうのを台無しにしてやるのも、また一興。


 30mm機関砲が火を噴くのと、M320の一撃が火を噴くのは同時だった。


 発射された40mmグレネード弾が、Ka-50のキャノピー右後方に着弾。成形炸薬弾が起爆して、機銃掃射で止めを刺そうとしていたKa-50に火の手が上がる。


 機銃掃射がぴたりと止まった。


 炎上する機体から、特徴的な二重反転メインローターが脱落する。いや、違う。あれは損傷したのではなく、脱出装置が起動したのだ。


 Ka-50はパイロット脱出の際、戦闘機のようにパイロットを上部へ射出する機構がある。けれどもそのままだとキャノピーが邪魔だし、何より真上で回転するメインローターでパイロットがミンチになってしまうので、炸薬を使ってメインローターとキャノピーを排除する仕様になっている。


 続けてキャノピーが排除され、黒いパイロットスーツに身を包んだパイロット(蒼く長い髪が見える)が、パラシュートも無しに飛び降りた。


 良かった、殺さずに済んだ―――そんな甘い事を考えている俺たちに、しかし新たな脅威が迫りつつあった。


 グレネード弾に相次いで被弾し炎上した敵のヘリが、機体を回転させながらこっちに向かって突っ込んできたのだ。


 パヴェルが慌ててハンドルを切るが、しかし今度はさっき排除された二重反転メインローター、その内の折れた羽の1本が、まるで投げ放たれた剣のようにこっちに迫ってくる。


 辛うじてヘリの墜落には巻き込まれずに済んだけれど、飛んできたメインローターの羽がヴェロキラプター6×6のルーフを貫通。俺とパヴェルの間にあったサイドブレーキのレバーをぶち抜いて、車体の底面まで串刺しにしてしまう。


 クソッタレが、と悪態をついた俺たちの目の前には―――断崖絶壁が、口を開けていた。




ネタに気付いた人はきっとFPS好きな人

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