山脈の中に眠るもの
T-55の件は、俺とパヴェルを除く異世界人の仲間たちには『ウガンスカヤ山脈から発掘された未知の兵器の調査』という事にして伝えている。
無論それは、ヴェロキラプター6×6の荷台に据え付けられたブローニングM2重機関銃の射手として、荷台に乗りながら周辺警戒を欠かさないクラリスも例外ではない。ここまでミカエル君の右腕として旅に同行してくれた専属のメイドにすら真相を伝えていない事には罪悪感を覚えるけれど、仕方のない事なのだ、と自分に何度も言い聞かせて割り切った。
そりゃあ俺とパヴェルは元々この世界の人間ではなく別の世界で生まれた存在で、ウガンスカヤ山脈から俺たちの世界の戦車が、誰かが意図的に持ち込まない限り存在する筈のない兵器が”発掘”された、という話をしたところで信じてもらえるとは思えない。
異世界で発掘された旧式の戦車―――冷戦中、それもソ連のアフガン侵攻の時点で旧式とされるほどの古い戦車、T-55。しかし俺にはどうしても、そのT-55と”例の組織”が無関係であるとは思えない。
思い出されるのはアルミヤ半島で、海賊連中と戦った後の事だ。キャプテン・ウルギン―――いつの間にか中身を機械人間にすり替えられていた海賊の首領を倒した後に現れた、クラリスに瓜二つの謎の女。彼女が手にしていた武器もまた、この世界には存在する筈のないAK-12だったのを今でも鮮明に覚えている。
が、あくまでも「何となく関係があるんじゃないか」という推測に過ぎない。第一、兵器の年代が違い過ぎる。つい最近ロシア軍が採用したような新型ライフルを配備しているような組織が、とっくの昔に時代遅れとなった旧式戦車を保有しているとも思えない。
単なる偶然なのだろうか。だとしたら、発掘されたT-55はなぜこんなところに?
謎は深まるばかりである。
クラリスは後部座席ではなく荷台にいる。彼女の聴覚が優れているとはいえ、ここで小声で話す分には盗み聞きされる心配はないだろう。そう思い、ハンドルを握るパヴェルに小声で問いかけた。
「……今回の一件、”例の組織”が絡んでいる可能性はあるかな」
「ゼロ、とは言い切れないな」
ピックアップトラックを爆走させながら答えるパヴェルの声もまた、真剣だった。いつものジョークと酒と煙草を何よりも好み、飄々とした掴みどころのない彼とは思えない声音に、パヴェルもまた今回の一件を重く捉えている事が窺い知れる。
スマホを取り出し、画像フォルダを開いた。セロから受け取った写真は画像に変換し、『おすけべピクチャ』と名付けられたフォルダの隣、『作戦用画像』と名付けたフォルダに保存している。残念だが隣のフォルダにはミカエル君の性癖が詰まった画像しか保存されていないので非公開という事にしておく。
フォルダを開くと、一番最新のところにセロから貰った例の写真の画像が取り込まれていた。画面をタップして開き、最大まで拡大。やはり砲塔の形状などからT-55である事が確認できるし、装甲表面に大量の土が付着している上に塗装も剥げている事から、本当にそれが長い間、土の中に埋まっていた事が分かる。
こいつの持ち主は、本当に誰なんだろうな?
発掘地点については、パヴェルが事前にドローンで空中から偵察しているから場所は彼が把握している。
その発掘地点を調査し、他にも何か埋まっていないかを調査する。もし何もなければそれでいいし、何かが埋まっていれば可能なものは発掘、持って行けないものは荷台に積んできた大量のC4で爆破処分し第三者の手に渡らないよう”処置”を行う。
とにかく、俺たちの世界の兵器がこっちの世界において不用意に拡散されてしまう事だけは何としても避けたい。誠実な軍人の手に渡るならばまだ良いが、これが腐敗した貴族や憲兵の手に渡ったら何のために使用されるか、想像しただけで背筋が冷たくなる。
ラジオでもかけようか、とパヴェルがカーラジオのスイッチを入れた。が、こんなヒトの生活圏から離れた山中で電波など受信できる筈もなく、カーラジオから聞こえてくるのは耳障りなノイズばかり。
音楽でも聴きたかったのであろうパヴェルは、舌打ちしてからスイッチを切った。
肌寒い風の中で、大地を覆う草花が静かに揺れている。やはりだけど木の類は見当たらず、おかげで視界は良好だ。ただ急勾配の連続で、さっきから車のサスペンションでも吸収しきれぬ衝撃でがっくんがっくん揺れているけれど。
いきなり現れたヴェロキラプター6×6に驚いて逃げ惑う鹿たちを目で追っている間に、車がゆっくりと減速し始めた。そろそろなのかな、と思いながら前を見ると、そこには大きく切り立った崖が迫っていて、付近には放棄されたと思われる山小屋もあった。
廃墟同然の山小屋の隣にヴェロキラプター6×6を停車させたパヴェルが、ウェポンラックからPPSh-41を手に取るなり真っ先に降りた。俺もシートベルトを外して車の外に出ると、山小屋のドアを半ば蹴破るようにしてぶち破ったパヴェルが、山小屋の中を索敵しているところだった。
調査に来ただけなのに、いったい何をそんなに警戒しているのだろうか。彼の行動に不安を覚えながら待つ事1分、素早く索敵を終えたパヴェルが戻ってきた。
「何してる?」
「いや……ちょっとな」
「?」
やはり”例の組織”を警戒しているのだろうか。
奴らは油断も隙も無い。人間を例の機械人間とすり替えて情報を奪い、必要とあらば機械人間に殺人すら命じ敵対組織に混乱をもたらす厄介な連中だ。それでいてこの世界の技術体系からは大きく逸脱した先進的な兵器を多数保有していて、そいつらは撃破後に自壊、消滅するから鹵獲しての解析もできたものじゃない。
崖の方に向かいつつ、スマホの画像フォルダを開く。
例のT-55の写真の背景と、崖のすぐ前の風景が一致している事を確認。よく見ると崖の壁面には大きなトンネルがあって、中にはダストまみれの照明と、崩落を防ぐためのコンクリート製のフレームで補強されているのも見える。
AK-19を構えながら、視線を地面に向けた。
乾燥した地面には、車のタイヤともまた違う轍が刻まれているのが分かる。幅広で、重量のある”何か”で地面を抉ったような荒々しい轍。きっと戦車の履帯だ、としゃがみ込んでそれを間近で見ながら確信した俺は、パヴェルとクラリスの方を振り向いて頷いた。
このトンネルの奥だ。
「……参りましょう、ご主人様」
「ああ」
ハンドガード右側面にマウントしたシュアファイアM600を点灯させ、横穴の中へと足を踏み入れた。
トラックが並走できそうなくらい大きなこの横穴の正体は、どうやらトンネル工事の途中で放置されたもののようだ。トンネルの中には掘削用の銃器やスコップ、つるはしといった道具が放置されたままになっていて、中には作業員の休憩スペースらしきものも設置されている。
非常用の発電機がまだ生きているのだろう、頭上にぶら下がったダストまみれの照明は、まだ弱々しい光を放っていた。
聞く話によると、ウガンスカヤ山脈に鉄道用のトンネルを掘る、という計画は前々から何度も立案されては計画が白紙化してを繰り返し、有耶無耶になっていったのだそうだ。着工に漕ぎ着けたのはもしかしてこのトンネルが初めてなのではないだろうか。
機関車の重連運転が必須、更には魔物が数多く出没する危険地帯とまで言われている山脈をより安全に、より簡単に、そしてより早く突破しようと考えるならば、山越えではなくトンネルで直行した方が遥かに合理的ではある。
最短ルートを作ろう、という発想は分からなくもない。
不可解なのは、それが再三白紙化され、結局は何もなかったことにされているという点だ。地質的にトンネルの工事が危険だと判断されたのか、それともクライアント側が十分な予算を集められなかったか……原因は分からん。
そんなところにまで例の組織が入り込んでいるのでは、と一瞬思ったが、そこまで行くともう陰謀論の域だ。俺はそんなアホみたいな話を真に受ける頭スカスカの連中とは違う。
奥に行くにつれて、段々と天井を補強するコンクリート製のフレームの数が少なくなり、土や岩肌の割合が増えてくる。この辺りはまだ作りかけなのだろう、と思いながら奥へと進むと、やがて茶色い土の壁が目の前に立ちはだかった。
おそらくだけど、例のT-55はここから発掘されたのだろう。よく見ると土の中に装甲の一部や剥げた塗装の表面と思われる異物が混入していて、水分を含んだ水とは違う光沢を照明の下で放っている。
しゃがみ込み、装甲の一部と思われる小さな金属片を拾い上げるパヴェル。背負っていたバックパックからサンプル保管用のケースを取り出した彼は、土の付着したそれをそっとケースの中に収めた。
同じように塗装の表面や、明らかに土とか石とは質感の違う金属的なものを次々にケースの中に収めていくパヴェル。疑念を抱きつつも機械のように正確なその作業風景を見守り、俺は何気なく視線をトンネルの中へ巡らせた。
きっとあの金属片は戦車の一部だったものなのだろう。どの部位の装甲なのかはさすがに分からないけれど、パヴェルに解析してもらえばそれが何なのか、何年前から埋まっていた戦車なのかが分かる筈だ。
少し掘ってみるか、と思い、その辺に転がっていたスコップを手に取った。乾燥した土が付着し、随分と年季の入ったそれを土の壁に突き立て、小さく穴を掘っていく。
隣ではクラリスも、持参した大型のスコップを使って穴を掘り始めていた。
さすがにこの中に埋まっているであろう他の兵器を全て持ち帰るのは困難だ。幸い、ここは作りかけのトンネルでまだ不安定。最深部でC4を起爆させれば容易く崩落するだろう。
全部は持ち帰れないだろうから、最悪の場合は崩落を利用して地面の中に永久に葬る他あるまい……そう思いながら突き立てたスコップの先端に、ガギッ、と何か硬いものが当たる感触が走った。
何か掘り当てたか、あるいは単なる岩か。スコップをその辺に突き立てて、汚れるのを承知で手で土を掻き出した。
「これは」
土の中から突き出ているのは、ライフルの銃口だった。マズルアタック、いわゆる銃口での敵への攻撃を想定したものなのだろう、マズルの縁には打撃時に殺傷力を上げるためのスパイクが、まるでミートハンマーのように用意されている。
周囲を軽く掘って、露出した銃身を引っ張ってみる。だいぶ抵抗があったけれど、しかし地中に埋まっていたそれは、やがてハンドガードとマガジン周りまで土の外に露出し、その正体を俺たちに教えてくれた。
AK-15K―――ロシアの最新型ライフル、AK-12のバリエーションの1つ。7.62×39mm弾(AK-47と同じ弾薬だ)仕様であるAK-15の短銃身モデルである。
「パヴェル」
「……こいつは”当たり”だな」
詳しく調べてみよう、とパヴェルが引っ張ると、グリップの部分を白骨化した手がまだぎゅっと握っている事に気付いた。
銃と一緒に埋まっていたと思われる、これの持ち主なのだろう。クラリスにも手伝ってもらいながら掘ると、土塗れのチェストリグに各種ポーチ、ブーツにボロボロの布切れ(おそらく衣服だったものだ)、そしてヘルメットも出てきた。
まさかロシア兵じゃないだろうなと思ったけれど、出てきたのは見た事もない形状のヘルメットだった。現代のヘルメットにしては大きく、後頭部までを覆う形状なのだ。前方には目元を保護するためのものなのだろう、可動式のバイザーがある(でも土がレールに入り込んでいて動かせない)。
昔のドイツが使っていた、シュタールヘルムを思わせる形状のヘルメットだった。
左側面には、随分と掠れているけれど赤い星が描かれているのが分かる。識別用のマークなのだろうか。何となくだけどソ連感がする。しかしヘルメットはドイツのヘルメットに近い……何だこれは。
一番特徴的なのは、その頭頂部だった。
「なんだこれ、穴がある」
頭頂部の左右に2つ、長円形の穴が開いているのだ。
通常、ヘルメットというのは頭を爆発の破片だとか、小銃弾から防護するためのものだ。だからこういう穴をあけるという設計は強度低下に繋がるし、そこから破片や弾丸が飛び込んでくる可能性も否定できないから推奨されない。
なのに、このヘルメットには穴が開いてある。それも戦闘で損傷したというよりは、設計段階からこうなっていたかのような自然な穴が。
土まみれのそれを傍らに置き、他に何かないか掘り進めた。
指先に土塗れの、少しざらざらした丸い何かが当たる。またヘルメットかと思って引っ張ってみるけれど、何かが違う。ヘルメットとは質感が異なる何かだ。
引っ張り出した途端、俺もクラリスも、そしてサンプルを採取していたパヴェルも息を呑んだ。
―――出てきたのは、人間の頭骨だった。
獣人のものではない。人間のもの……いや、違う。
土塗れのその頭骨は、明らかに異質なものだった。
頭頂部の左右から、やや外側に角度をつける形で”角”が生えているのだ。
イタリアには”チンクエディア”と呼ばれる刀剣が存在するが、その刀身を彷彿とさせるような、ブレード状の角だ。
頭蓋骨から隆起したそれは焼け焦げたように黒く染まっていて、さながら悪魔の頭蓋骨のよう。
しかし、この角は……。
ぎょっとしながらクラリスの方を見た。
竜人である彼女にも、頭に角がある。普段は頭髪の中に隠れているけれど、戦闘中になって興奮するなど、感情が高ぶると勝手に伸びるという竜の角が。
この頭蓋骨から生えている角も、そんな彼女の角と同じように見えて仕方がなかった。
「クラリス、これ……」
「それ……は……」
角の生えた、異形の頭骨。
それを見つめるクラリスの瞳は、動揺しているように震えていた。




