表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

260/969

調査開始


「ミカエルさん、交代の時間ですよ」


 銃座に上がってきたイルゼの声で、交代時間がやってきた事を悟った。


 食べかけのピロシキを口の中へと押し込んで一気に咀嚼、ゆっくりと飲み込んでから銃座をイルゼに譲る。さりげなく薬莢受けの中にモニカが捨てていったタンプルソーダの空き瓶を拾い上げてダンプポーチへ放り込み、特に何も敵らしきものは見えなかった旨を簡単に申し送る。


「今のところ、魔物とかが襲ってくる気配はないよ」


 首に提げていた双眼鏡をイルゼに渡しながら言うと、「なんだか珍しいですね」と言いながら彼女はそれを受け取った。


 夜行性の魔物は多い。狂暴な魔物ほど昼間は洞窟に潜み、日没と共に行動を活発化させるのが当たり前だ。しかもウガンスカヤ山脈はそういった魔物が数多く生息するベラシア有数の危険地帯。何も襲撃がない、というのはむしろ異常事態としか思えない。


 絶対何かあるでしょ、とは思う。実際にハクビシンの嗅覚が風上から流れてくる血の臭いを何度もキャッチしているのだ。列車から少しでも離れれば、たちまち魔物とエンカウントする事は間違いない。


 双眼鏡を受け取ったイルゼは早速それを覗き込んだ。既に外は暗く、双眼鏡をそのまま覗き込んだところで良好な視界は得られないが、パヴェルお手製のそれには暗視モードも搭載されている(前々から思ってたけどパヴェルの謎技術マジで何なんだ)。


 車内へと通じるハッチ(戦車の砲塔のハッチを流用したものらしい)の中からは美味しそうな香りが溢れてくる。濃厚な肉の脂が溶け込んだ、濃厚な香り。うっすらと香ってくるその中に紛れているのはサワークリームの匂いだろうか。


 多分今夜はボルシチだ。ノヴォシア人からすれば馴染み深い祖国の料理。皆で旅に出てからはラーメンやらカレーやら、転生前の世界で人気だった料理が数多く献立の中に名を連ねていたものだから、ノヴォシアやイライナで昔から食べられている料理が食卓に並ぶのは一周回って珍しいような気もする。


「何かあったら呼んでくれ。ここに信号拳銃もあるから」


「ええ、分かりました。ミカエルさんこそゆっくり休んでくださいね」


 母が我が子に向けるような笑みを浮かべながら、イルゼは優しく言った。


「明日ですよね、調査に行くのは」


「……ああ」


 そう、明日だ。


 こんなクッソ暗く、いつ狂暴な魔物が襲ってくるかも分からない劣悪な環境の中で、ウガンスカヤ山脈からT-55が出土したという場所を調査に行くなど正気の沙汰ではない。


 いくら同行するのがパヴェルにクラリスという、血盟旅団が誇るトップクラスの実力者たちであってもだ。


 ありがとう、と礼を告げてから、車内へ通じるハッチを開け、タラップを滑り降りた。銃座に残ったイルゼがハッチを閉じる音が頭上から聞こえてきて、静かに息を吐く。


 背負っていたAK-19に安全装置セーフティをかけてからマガジンを取り外し、コッキングレバーを引いて薬室に弾薬がない事を確認。意図的に弾丸を装填するか棍棒代わりに振り回さない限り、他者に危害を加えない代物と化したのを確認してから、自室に戻って机の脇にある簡易ロッカーの中にライフルを収めておく。


 原則として、血盟旅団ではメインアームは武器庫で管理する事としている。サイドアームに関しては各員の裁量次第としているけれど、これは魔物や野盗の襲撃に遭った際に即座に反撃するための最低限の武装として、常時携帯が許されている(その代わり安全に関する管理は徹底しなければならない)。


 で、こういったいつ魔物が襲ってくるか分からない危険地帯に滞在している間に限っては、メインアームも自室の簡易ロッカー内での管理、あるいは常時携帯が許可される。列車が外敵の襲撃を受ける可能性が高く、いちいち武器庫に鍵をかけて管理していたら素早い反撃が出来ないから、という理由だ。


 警備に割ける人員に余裕のある軍隊であればちゃんと交代で見張りとかするから武器庫での銃の管理を徹底できるんだろうけど、軍隊どころか1個分隊程度の規模でしかない血盟旅団にそんな余裕はない。


 とりあえず、食事中までAKを背負うわけにもいかないので、部屋にある簡易ロッカーに銃を収めておくことに。サイドアームのウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーは一応そのままにしておく。いつ魔物がマジで襲ってくるか分からないので、丸腰でいる事は避けたい。


 チェストリグも外して簡易ロッカーにぶち込み、食堂車へと向かった。


 食堂車ではみんな夕食を終えたようで、カチャカチャと食器を洗う音が流し台の方から聞こえてくる。厨房の方に居たノンナが俺の姿を見るや、「ミカ姉お疲れ様!」と元気な声で労いながら、俺の分のボルシチとチキンキリウを用意してくれた。


 席に着くや、すぐに料理が運ばれてくる。真っ赤なボルシチと香ばしい香りのするチキンキリウ。前世の世界のウクライナにも『チキンキーウ』という名前の鶏肉とバターを使った料理があったけれど、イライナにも同様の伝統的な料理がある。それがこのチキン”キリウ”だ。


 チキンキーウとの差異は、鶏肉の中に詰め込むバターソースに混ぜるのがディルではなく、イライナハーブになっている点だろう。どのくらい入れるかは調理する人の裁量次第で決まった分量はなく、家庭によってはアクセント程度にみじん切りにしたものを少量加えるか、むしろこっちが本体なのではないかと思ってしまうほどもっさもさになるまで入れたりするなど、家庭によって分量のばらつきが大きい。


 懐かしいな、キリウの屋敷に居た時によく母さんが作ってくれた。ちなみに母さんが作ってくれるチキンキリウの中身はニンニク入りのバターソースと少量のイライナハーブだった。


 付け合わせはマッシュポテトとグリンピースの塩茹で。ノヴォシアではステーキとかチキンキリウとかの付け合わせでよく見かけるコンビである。熱々のバターソースと絡めて食べると絶品なのだ。


「いただきまーす」


「めしあがれー」


 フォークを添えながらナイフでチキンキリウをそっと切ると、中からバターソースが溢れ出た。濃厚なバターの香りに混じって、イライナハーブのすっきりした香りも漂ってきて、ミカエル君の胃袋と食欲を直撃してくる。


 小さく切ったチキンキリウをフォークで口に運んで咀嚼する。バターの塩味とニンニクのアクセント、そしてイライナハーブの香りが後味をさわやかにしてくれて、あっという間に手が止まらなくなる。


 けれども一旦ナイフとフォークを置いて、スプーンに持ち替えた。


 こっちに夢中になるのもいいけれど、ボルシチが冷めてしまったら台無しだ。


 刻んだニンジンやジャガイモ、タマネギ、それから骨付きのでっかい肉(これ多分ガノンバルドの肉だと思うの)が入った赤いスープの上には、ででんと真っ白なサワークリームが乗っている。イライナでよく目にするボルシチはみんなこんな感じで、サワークリームが乗ってるものが主流だったりする。


 ガノンバルドの肉はかなり煮込んだようで、ちょっとスプーンを押し込むだけで切れてしまうほど柔らかい。スープと一緒に冷ましながら口へと運ぶと、微かな酸味とガノンバルドの肉の柔らかさにノックアウトされそうになった。


 ジャガイモやニンジンも柔らかくなってるし、かなり手間暇かけて作られた一品である事が分かる。


「どう、ミカ姉?」


「バチクソに美味いよコレ」


「えへへ、やった♪」


「ん、これまさかノンナが作ったの?」


 問いかけると、エプロン姿のノンナはニコニコしながら首を縦に振った。


「パヴェルさんにね、作り方前から教わってたの!」


「マジかすっげえ……」


 てっきりパヴェルが作ったものと思ってた。マジなのか、と視線を厨房にいるパヴェルに向けると、換気扇の前で煙草を吸っていたパヴェルが換気扇の前から一旦離れ、『マ』という形の煙を吐き出して答えてくれた(器用だなオイ)。


「将来はプロの料理人だなぁ、ノンナは」


「えへへー♪」


 ここから腕をさらに磨いたら本当にプロの料理人になれるのではないだろうか。


 ノンナの作ってくれた料理に舌鼓を打ちながら、素直にそう思った。













 普段用の靴から野戦用のブーツに履き替え、右のブーツに小型のブーツナイフを装着している間にも、ドババババッ、と散発的な銃声が聞こえてくる。


 こりゃあブローニングじゃなくてMG3だな、と銃声の”重さ”と発射速度の違いで判別しながら、簡易ロッカーの中から俺の分のAK-19と、クラリスの分のL85A3を引っ張り出す。


 FA-MASからつい最近装備を更新したクラリスは、受け取ったL85A3の感触にまだ慣れていないようだった。ロシア製ドットサイトのPK-120を装着、漆黒に塗装されたライフルのM-LOKハンドガードに手を這わせながら銃の感触を確かめるクラリス。大丈夫か、と問いかけると、クラリスは「大丈夫ですわ」と応じてくれた。


 アサルトライフルに限った話じゃあないけれど、銃というのは何度も何度も訓練を繰り返し、操作方法を身体で覚えていくものだ。コッキングレバーはどこか、とかそういう構造的な部分から、武器としての細かな”クセ”に至るまで、頭で考えなくとも身体が勝手に動くレベルにまで焼き付けていく。


 軍人というのはそうやって武器の扱い方を覚えるので、銃を更新する場合は可能な限り操作方法が近しい銃である事が好ましい。そうじゃなければ、何百時間、何千時間もかけて身体に覚えさせた訓練をまた一からやり直さなければならなくなってしまうからだ。


 やり込んだゲームのセーブデータが消えるようなもんだろうか(?)。


 そんなクラリスにちょっと不安を覚えつつも、06式小銃擲弾の弾頭を3つほど掴み取って腰のポーチへと放り込んだ。


 何でAKに06式小銃擲弾なんだと思われるかもしれないが、俺のAK-19はパヴェルお手製のアダプターを介して89式小銃と同じフラッシュハイダーを装備しているので、06式小銃擲弾をそのまま流用可能なのだ。


 グレネードランチャーのマウントに適さないM-LOKハンドガードに換装した事による火力不足を補おうとした結果である(おかげでアダプターを噛ませた分、ちょっと銃身が長くなってしまっているが)。


 私服の上にチェストリグを装着しAK-19用のマガジンを5つ差し込んだ。後はネイルガン用のコンプレッサーを内蔵したバックパックを背負い、バックパック側面にある専用ラックにネイルガンをマウントさせておく。


 釘の入ったドラムマガジンは専用のポーチがないので、とりあえず応急的な対策としてダンプポーチを臨時のポーチとして使う事にする。これは後で対策を考えておこうと思う。


 後は手榴弾。今までは通常の手榴弾を使用していたけれど、最近は第一次、第二次世界大戦でドイツが使用していた『M24型柄付手榴弾』、通称”ポテトマッシャー”を使用することになった。


 弾頭は大型で柄もある関係上、通常の手榴弾と比較すると大きく嵩張るけれど、威力が十分である事、柄があるので投擲しやすい事、そして何よりワイヤーや番線で弾頭を1つにまとめた『集束手榴弾』とすれば即席の対戦車兵器としても転用できる事から、大型の魔物に対する有効打になるとの判断からこっちが採用される事となった。


 これを3つ、腰のベルトに挟む形で携行する。


 サイドアームはウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバー。後は触媒となる慈悲の剣と素材剥ぎ取り、あるいは作業用のハンティングナイフ(栓抜き付き)、鉄板から自作した即席の投げナイフ5本。


 グロック18Cのロングマガジンをポーチに押し込み、大型のスコップを背中に背負ったクラリスも準備を終えたらしい。寝室のドアを開けてもらい、一緒に格納庫の方へと向かった。


 そこで、トイレから出てきたフョードルと鉢合わせになった。


「ああ、ミカ姉」


「おう、運転お疲れ様。しばらくここで待ってもらう事になるから、今のうちに休んでてくれ」


「分かった。どこか外出するんだって?」


「ちょっと調べものにね」


「気を付けてね、外は危ないから」


「ありがとう。それと、いつでも出発できるようにボイラーに火は入れたままにしておいてくれよ」


「了解」


 ツナギ姿のフョードルにそう伝えてから、格納庫へと向かった。


 2号車の階段のところに差し掛かると、ドババッ、とすぐ近くで銃声が響いた。視線を向けると、ホームへの出入りに使うドアを解放した状態で胡坐をかいたモニカが、壁の中に収納していたドアガン(MG3がフレキシブルアームを介して搭載されている)を使い、地平線の向こうへと断続的な射撃を行っているところだった。


「ごめん、うるさかった?」


「……何かいたのか?」


「ゴブリンの群れがちょっとね。こっちに興味持って近付く素振りを見せてたから、威嚇で撃ってた」


「当たった?」


「それは分からないわよ……気を付けてね」


「ああ」


 モニカと別れるや、背後からすぐまた銃声が響いてきてびっくりしてしまう。ミカエル君の耳に生息している二頭身ミカエル君もびっくりして気を失っている事だろう。


 そんなこんなで最後尾の格納庫へと向かうと、既にパヴェルは準備を終えているところだった。


 装備はAK-15、7.62×39mm弾を使うAK-12のバリエーションの一つだ。俺のAK-19とは兄弟のような関係のライフルである。銃身を延長しハンドガードにはM203を搭載、PK-120とブースターが機関部レシーバーの上に乗っているという重装カスタムだ。


 しかしそれは序の口と言わんばかりに、彼の背中にはとんでもねえ骨董品があった。


 ソ連軍が第二次世界大戦で使用した、PPSh-41である。7.62×25mmトカレフ弾を凄まじい勢いで連射する事が可能な、旧式のSMGだ。古いライフルの銃身を短縮してドラムマガジンを装着、銃身をヒートシールドで覆ったような形状のそれは、独ソ戦で猛威を振るったのだという。


 ホルスターの中に入っているのはトカレフTT-33だろうか。


「お待たせ」


「よーし、そんじゃあ行くか」


 そう言いながら、パヴェルはヴェロキラプター6×6に乗り込んだ。ドアの内側にある簡易ウェポンラックにPPSh-41を預けた彼は、シートベルトを締めてキーを捻り、眠っていたエンジンを目覚めさせる。


 助手席に座り、俺もシートベルトを締めた。


 クラリスは後部座席……ではなく、荷台に据え付けられたブローニングM2重機関銃についている。転落防止用のバーがあるので、身を乗り出したりするような真似さえしなければ振り落とされる事はない筈だ。


 まあ、クラリスの事だから自力で追い付いてきそうだけど……。


 制御室のルカにハンドサインを送ると、彼は頷いてからレバーを操作した。警報灯が黄色い光を発し、ハッチの開閉を知らせるブザーが格納庫の中へと鳴り響く。


 後ろへ倒れるようにして開いていったハッチの向こうには、緑に覆われたウガンスカヤ山脈の急勾配が見える。


 その景色の中へ、ヴェロキラプター6×6は駆け出していった。


 目指すはウガンスカヤ山脈に眠る、この世界の謎である。





 

※L85A3

 イギリスの開発したブルパップ式のアサルトライフルシリーズ。カービン型や分隊支援火器型(現在はマークスマンライフルとして運用)などのバリエーションがある。初期型は不具合が多発し散々な評価だったが、ドイツのH&K社の協力もあり大幅に改善。現在は優秀なアサルトライフルに生まれ変わっている。


※06式小銃擲弾

 みんな大好き自衛隊で採用されているライフルグレネード。89式小銃の銃口に無改造でそのまま取り付ける事が可能。


※M24型柄付手榴弾

 通称ポテトマッシャー。第一次、第二次世界大戦を通してドイツ兵が携行した。弾頭部を外して1つにまとめ、即席の対戦車手榴弾として運用した事例も。


※PPSh-41

 ソ連が第二次世界大戦で使用したSMG。大容量のドラムマガジンと凄まじい発射速度で猛威を振るった(のちにマガジンはバナナ型のものも支給)。発射速度が速かったのは航空機の撃墜も期待されていたからなんだとか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ