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機関士を雇おう


「いやあ、助かりました。これで石炭の在庫が確保できます」


 ソファに座るリュー氏はニコニコしながら、紅茶と一緒に運ばれてきた小皿の上からジャムをスプーンで掬い取り、口へと運んだ。


 今朝の新聞を見て、朝一番から草を生やしまくったのは言うまでもない。ヴィラノフチ憲兵隊上層部の、共産主義者(ボリシェヴィキ)との癒着による一斉摘発から始まり、後任の選定から組織改革、反対派の除名までが一晩で推し進められ、そして燃料集積所へトロッコで送られてきた15名のウロボロス構成員の逮捕まで至った。


 ミカエル君的には一番上のお姉ちゃんに「法務省のお友達によろしく~」ってお電話しただけなんだけどな。電話一本でここまで大きく、しかもスピーディーに現状が代わるって姉上の影響力ヤバすぎないか?


 コレもあれか、リガロフ家が誇るクソ親父が一族再興のために権力強化に明け暮れた結果か。政治的影響力デカすぎだろオイ。


「これがリガロフ砲ですか」


「リガロフ砲w」


「リガロフ砲……?」


 事情を知ってるパヴェルは紅茶を吹き出しそうになり、リガロフ砲の意味を察しかねたクラリスはきょとんとしながら首を傾げている(かわいいんだが?)。


 リガロフ砲とは、ミカエル君の電話一本で始動する戦略粛清政治兵器である。その気になれば腐敗した権力者の首を(比喩的な意味で)飛ばし組織構造の改革を推し進める事が可能なのだ。


 うん、親父とは関係がアレだけど、兄姉たちと良好な関係を築いていて本当に良かったと思う。


「ともあれ、これで機関車と機関士をお貸しできますし、我が社としても通常通りの営業を行えます」


「それは良かった。それで、お貸し頂ける機関士というのはどなたなのでしょうか」


 受付嬢が持ってきてくれたクッキーにジャムを塗りながら訪ねると、リュー氏はニッコニコで「少々お待ちくださいね」と言い、傍らにある黒電話の受話器を取りながらダイヤルを回した。


 こっちの世界ではダイヤルを回す方式の電話が主流だ。しかも地域によっては相手の所へ一発で電話が繋がるけれど、大半の地域は交換手の所へ一旦繋がってから相手の所へ電話を繋げてもらうという方式になっている。


 前世の世界では、歴史の教科書の中でしか見た事がない方式だ。でもダイヤル回すタイプの固定電話は前世の祖父母の家に置いてあったっけな。バブルの頃から現役の電話だって言ってたけど……。


 なんて前世の事を思い出して懐かしくなっていると、リュー氏は受話器に向かって優しい声で言った。


「もしもし、ああ私だ……うん、今応接室まで来てくれ。よろしく……ああ、今呼びましたので」


「ど、どうも」


 もう呼んじゃったのか、と困惑しながらジャムを塗りたくったクッキーを口へと運んだ。ジャムの甘酸っぱい味わいとバターの優しい風味、そしてなによりも暴力的な糖分が身体の隅々へと染み渡ってじつにはらしょーである。すまんな、とうぶんのほきゅうちゅーはあいきゅーがさがるんだ。


 頭の中に生息している二頭身ミカエル君たちが蟻の如く糖分に群がっている間に、コンコン、と応接室のドアを叩く音が聞こえ、リュー氏が「来たな」と笑みを浮かべながら言う。


「入りなさい」


『失礼しまーす』


 ……ん、なんか聞いた事ある声が。


 誰の声だろうか。少なくともミカエル君と顔を合わせた事のある人の声だけど、俺の知り合いに機関士なんていたっけか。


 嫌な記憶も含めて頭の中の記憶を掘り起こしている間に、リュー氏に呼び出された機関士が応接室の中に入ってきた。


 くりっとした丸い目に小ぢんまりとしたケモミミ。頭髪は茶色と白の二色で、綺麗な縞模様を描いている。もっふもふの体毛で覆われた大きな尻尾も同じ模様になっていて、骨格は人間……ではなく、獣寄りだ。第一世代型の獣人なのだろう。


 耐熱仕様のツナギに身を包んだ彼の目と俺の目が合った途端、お互いに目を見開いた。


「お前……まさかフョードルか!?」


「えっ……え、ミカ姉? え、え!?」


 間違いない、フョードルだ。


 キリウのスラムに住んでいて、俺にゴブリンの討伐を依頼してきた獣人の少年、フョードル。俺がキリウを離れてからはそれっきりで、今もまだスラムで生活しているものと思っていたのだが……。


 いやいや、まさかこんなところで再会することになるとは。


「あ、あの、ペリュコフさん? クライアントってまさか……」


「そうだよ、この人たちだ。知り合いかね?」


「知り合いも何も」


 何故か顔を赤くしながら俯くフョードル。もじもじと恥ずかしそうに、それこそ好きな相手に告白しようとしているかのような仕草を見せた彼は、顔を上げてからはっきりとした声で言いやがった。






「俺の……初恋の人です」


 




 盛大に紅茶を吹いた。














「いやーびっくりしたよ。まさかミカ姉がクライアントなんて」


「こっちこそびっくりだよ。お前キリウからベラシアまで来てたのか」


 フョードルはキリウのスラムに住んでいたシマリスの少年だ。幼少の頃、両親にスラムに捨てられたそうなんだが、本人はあまり覚えていないらしい。


 俺も実家であんな境遇だったので、よく屋敷を抜け出してはスラムに入り浸って遊んだり特訓したりしていた。フョードルと知り合ったのもそんなある日の事で、腹を空かせてぐったりしていた彼にピロシキを買ってあげたのが最初の出会いだった……気がする。


 それ以来、スラムを訪れる度に頻繁に会っていた。コイツやけに懐いてるなー、なんて思ってたんだけど、まさかそんな想いがあったとはね……。


 いや、小さい頃はコイツ『俺、大きくなったらミカ姉と結婚するんだ!』なんて言ってたけど、あれマジだったのか。俺男なんですが……。


 ホントお願い、一生のお願い。お願いだからみんな、俺の事を男と認識してくれ頼むから。


 なんで初対面の人どころか仲間から身内に至るまで俺の事女と思ったり性別忘れたりするんだろうか。


「うん。一応は日雇いの仕事を転々としてたんだけどね……それで機関士の助手をやったりとかしたんだけど、その時に褒められてさ。それからは機関士の助手の仕事ばっかり引き受けて仕事を覚えて、お金を貯めて資格も取ったんだ。そしたらペリュコフさんからウチで働かないか、って声をかけてもらって」


「へぇ、努力家だなぁ」


「ミカ姉ほどじゃないよ。小さい時から魔術の練習とか、1人でやってたじゃん」


 見られてて草。


「ミカ姉もすごいじゃん。聞いたよ、ガノンバルドに極東の……マガツなんたらをやっつけたって」


「マガツノヅチな」


「そう、それそれ」


「でもマガツノヅチを倒したのは俺じゃないんだ。ウチのギルドの仲間だよ。俺はそれを手伝っただけ」


「それでも凄いじゃんか」


 どうだかねぇ。


 それにしても、さっきから後ろでパシャパシャうるさい……何事かはまあ、何となく察しがついたけれど、一応後ろを振り向いた。


 スマホを取り出したクラリスが、歩きながら写真を連続で撮影しまくっている。もちろん被写体は俺とフョードルの2人だ。


「クラリス?」


「あっ、続けてください。お二人の絡みは尊いので」


 尊いってお前。


「……ねえ、あの人ってミカ姉が下水道に行った時に連れてきた女の人?」


「うん。ウチでメイドとして雇ってたんだ。今は俺専属のメイド」


「いいなあ……」


 羨ましそうに後ろを振り向くフョードル。そんな彼の視線が、歩く度に微かに揺れるクラリスのGカップのOPPAIに向けられている事をミカエル君は見逃さない。


 やっぱりね、男の子なら好きだよね大きいOPPAI。ミカエル君も好きだよでっかいOPPAI。


「にしても、すげえ数の機関車だなぁ」


 格納庫に保管されている機関車を見渡しながら、ぽつりとパヴェルが呟いた。


 ペリュコフ機関士事務所、そこから歩いて5分の所にある機関車の車両基地。元々はベラシア鉄道会社が保有する車両基地の一つだったそうだけど、事業の縮小(事業の見直しが原因だそうだ)によって民間に払い下げられ、ペリュコフ氏が買い取った施設なのだそうだ。だから近隣にはヴィラノフチ駅があり、ホームに停車する列車や通過する特急列車の姿が窓の向こうに見える。


 格納庫は扇状に広がっていた。蒸気機関車が15両、それもAA20程ではないが大型のものばかりがずらりと整備スペースに停車されていて、扇状に広がった線路の根元には転車台がある。


 これと同じ構造の格納庫がもう1つ、隣にある。そちらが第二格納庫となっているようで、そちらにも15両の機関車が収められているのだそうだ。


 フョードルが案内してくれたのは、コンクリートの壁に『Й-3』と記載された格納スペース。内部にはやっぱり巨大な蒸気機関車が停車している。煙室扉の正面には赤い星が描かれ、漆黒に塗装された車体に赤いライン状のアクセントが映える。どこか禍々しい塗装にも見えるけれど、それよりも力強さが強調されているのは機関車が大型だからだろう。


「これが俺の割り当てられてる機関車だよ。”GF-7”っていうんだ」


「でっか」


「そりゃあウガンスカヤ山脈を越えるからね。足回りも頑丈なんだ」


 馬力も凄そうだ。


 慣れた手つきで機関室へと上がっていくフョードル。俺もタラップに足をかけて機関室へと上がらせてもらったけれど、中は思ったよりも狭かった。


 2人も機関士が機関室に居たら、ちょっと動いただけで肩をぶつけてしまいそうなほどだ。けれども機関室の狭さに拍車をかけているのは、そんな機関室の壁際にででんと置かれたロッカーみたいな耐熱ケースだろう。


 チェーンが巻かれ、更には南京錠で厳重に施錠されているそれ。何となくだが正体は分かる。


 護身用の武器が入った耐熱ロッカーだ。


 道中、魔物や野盗に襲われるのも珍しい話ではない。無線機なんてリアルタイムで通信できる便利なものはこの世界ではまだ誕生すらしておらず(電話やモールス信号が最先端である)、そういった襲撃があった場合はとにかく自力で対応しなければならない苛酷な世界である。


 だから、民間の機関車でもこうして武装したり、あるいは武器を積み込んでいる事も珍しくないのだ。特にマスケットは自衛用の武器にもなるし、信号弾を装填すれば信号も撃てるから、ノヴォシア国内の鉄道法に明記されている”信号銃の備え付け”という規定を満たす事にも繋がる。


 余談だけど、血盟旅団のAA20にも同様のロッカーがある。


 耐熱ロッカーが選ばれるのはもちろん、黒色火薬の爆発を防ぐためだ。だから殺人的な暑さになる機関室の中でも、耐熱ロッカーの中だけは冷房の効いた部屋みたいな涼しさになっている。


「狭いな」


「うん、1人用だからね」


「1人用? この図体の機関車を1人で動かしてんのか?」


「そうだよ~」


 小柄な俺とフョードルが乗り込んだだけでこの有様なのだから、もしかして1人用かと薄々思っていたが……マジか。


「お前、これでウガンスカヤ山脈を往来してんの?」


「うん。往来って言っても、ミリアンスク側にもペリュコフ社の格納庫と機関士用の宿泊施設があってね。山越えをしたら機関車の整備が終わるまで休養、あとは向こう側からこっちに来るクライアントの列車と重連運転して戻って来るんだ」


「へえ……なんか苛酷だな」


「まあね。でも給料良いし、山の風景を見ながら機関車を運転するっていうのも悪くないよ」


「そういうもんか」


「そういうもんさ」


 テキパキと圧力計やら火室の中やらを点検するフョードル。すっかり手慣れた手つきで点検する彼の背中は、随分と大きく見えた。キリウのスラムで痩せ細り、毎日ゴミを漁るか日雇いの安い賃金で食い繋いでいた頃の彼ではないのだろう。


 弟分の成長に感心しながら、「それじゃあ駅で待ってるよ」と言って機関室を出た。


 タラップを駆け下り、外で待っていた仲間たちと合流。機関車の方を振り向き、その巨体を見上げる。


 これからこの機関車をAA20の前に連結し、ウガンスカヤ山脈を目指して出発することになる。


 もちろん、ウガンスカヤ山脈の突破は簡単な事ではない。列車でも一日以上はかかる。それに道中での休憩、それと俺とパヴェルが予定している”調査”を含めれば、ウガンスカヤ山脈の突破には二日以上かかるだろう。


 さて、その計画している調査だが……そんな計画が持ち上がったのは、セロからもたらされたある情報が原因である。


 ウガンスカヤ山脈から発掘された、謎のT-55の存在。


 この世界には存在する筈のない、ソ連製の戦車―――それがいったい何なのか、いったいどういう場所に埋まっていたのか、それを調査しなければならない。


 転生者がヘマをしてこっちの世界の人に鹵獲された、という可能性も否定できないが……もしそれが本当に地中から発掘されたものだというのであれば、この世界の謎を解く貴重な手掛かりになるかもしれないのだ。


 それに、そういった現代兵器がこの世界に不用意に拡散されるような事態は防ぎたい。


 幸いにして、その謎のT-55は移動させる際に原因不明の爆発を起こし、運搬しようとしていた業者共々完全消滅してしまったそうだが……。


 いずれにせよ、あの山脈には何かがある。


 俺たちが知るべき何かが。




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