機関士を探そう
ミカエル=ハクビシン(ジャコウネコ科)
ルカ=ビントロング(ジャコウネコ科)
ノンナ=パームシベット(ジャコウネコ科)
みんな同じグループ
「いやぁ、災難でしたねぇ」
教会の待合室で調書を取り終えた小太りの憲兵さんは、ウロボロスに襲撃されたのと、それを撃退したのはこれで二度目であるという記述を見るなりそう言った。
本当にその通りである。一度目はアルザで、そして二度目はこのヴィラノフチで。
何だろうか、ミカエル君が教会に行くのがフラグになっているのだろうか。それとも外で俺が教会に入っていくのを待っているのだろうか。もうそんな事を真剣に疑い始めるレベルでウロボロスとは縁があるらしい。
「とりあえず、お手柄でした。今回の件は冒険者管理局の方にも話を通しておきます」
「はあ……ありがとうございます」
「取り調べは以上です。お疲れ様でした」
ぺこり、と頭を下げ、席を立った。
懐中時計を見ると、パヴェルと約束していた時間まであと30分を切っている。せっかく街を散策しようと思ったのに、やった事と言えばクラリスに大量のドラニキを購入させたのと、教会に礼拝に来たらテロリスト連中の襲撃を受けた事、そしてその件について憲兵から取り調べを受けた事……信じられるか? これだけでミカエル君の貴重な2時間30分を浪費したんだぞ?
あークソ、腹立ってきた。
待合室の外に出ると、礼拝堂の天井にぶっ刺さったウロボロスの構成員を、長い脚立を使って憲兵たちが引っ張り出そうとしているところだった。
他の構成員たちも俺が取り調べを受けている最中に憲兵から必要最低限の応急処置を受け、意識を取り戻した者から順次連行されているようだ。
「ああ、ご主人様」
「お待たせ」
礼拝堂の長椅子に座って待っていたクラリスは、待合室の扉を開けて出てきた俺を見るなり安堵したような笑みを浮かべた。
何というか、彼女は犬みたいな性格だ。仲間と認めた相手には絶対に尽くすけれど、敵に対しては容赦しない。だからなのだろう、あんな笑顔を見せるのは俺や血盟旅団の仲間くらいで、赤の他人には愛想笑い程度。敵に至っては笑みすら見せない。
そして隣にいる範三はというと、さすがに2時間30分も放置されていては退屈だったのだろう。何を思ったのか礼拝堂の隅で刀の素振りをしているところだった。
日課なのだそうだ。毎日1万回、必ず素振りをする―――そうしなければ市村範三というお侍さんの一日は始まらないらしい。
マガツノヅチを倒すと誓った日から、一日たりとも素振りを欠かした事はないと聞いた時は驚いた。やはり、大きな目的を達成するにはそれくらいの不屈の意思が必要になるものなのだろうか。
にしても暑苦しい、見ているだけでサウナの中にいるかのような熱気を感じてしまうがこれは錯覚だろうか。しかもなぜ袴の上を脱いでいるのか?
「む? おお、ミカエル殿。戻られたか」
「うん。とりあえず、そろそろ行こう」
「しばし待て、あと3785回」
「いや時間が無いんだけど……」
「断固拒否する!」
「範三!」
「断る!」
「範三!!!」
「やだ!!」
が、頑固が過ぎる……!
さてはコイツあれか、妥協という言葉を知らないのか。自分の意見は何が何でも押し通しちゃう人なのか。そうなのか範三。
そーいや秋田犬ってかなり頑固な性格って聞いた事がある。範三は秋田犬の獣人なので、そういうところが性格とか人格に反映されてたりするのかもしれない。
これは獣人では珍しい事ではない。動物の遺伝子が、性格だったりとか身体能力、得意不得意に至るまで影響しているのだ。ミカエル君の場合はパルクールが得意だったり、フルーツ類が好きだったりするけれど、その辺はハクビシンの遺伝子による影響が大きい。
「わかったわかった、じゃあ10分以内で終わらせてくれ」
「かたじけない」
増速する範三の素振り。ぶん、ぶん、と刀を振るう異様な音が礼拝堂に響く。
ちらりとクラリスの方を見ると、これは困りましたわねと言いたげな顔でこっちを見て苦笑いしていた。
うん、確かにこりゃあ困った。
範三を仲間に引き入れる時、彼は『某は頑固だぞ』と言っていたが、しかし頑固の度合いが予想以上だった。
「おのれ魔術師め」
「ん」
困った、と思いながら範三の素振りを見守っていると、憲兵に連行されていくウロボロスの1人が吐き捨てるように言った。
視線の先に居るのはミカエル君―――つまりその言葉は、俺に向かって投げかけられている。
「神などというまやかしの存在に誑かされた哀れな魂め……地獄に落ちろ」
その罵倒を聞いて怒りを露にしたのは、意外にも俺ではなくクラリスの方だった。血のように紅い目を細め、怒りを滲ませながらウロボロスの構成員へ歩み寄ろうとするクラリス。さっさと歩け、と促していた憲兵がクラリスを止めに入ろうとするが、その前に俺が彼女を手で制す。
怒らなくていい、と視線で訴えると、クラリスは不満そうな視線を投げ返してきた。
いい、いいんだ。
勝ったのは俺たちなのだから。
「―――負け犬が吼えてんじゃねえよ」
ウロボロスの構成員を冷笑と共にそう突き放し、中指を立ててやった。
あっという間に沸点に達したのは、今度はあっちの方だ。憲兵を振り払って飛びかかろうとするが、しかし両側から腕をがっちりと抑え込んでいるのは訓練を受け、身体を鍛え上げた憲兵。治安維持のプロである。
民兵程度の訓練しか受けていない(そもそも訓練を受けたのかすら疑わしい)ウロボロスの構成員では振り払う事すら叶わず、よく聞き取れない呪詛を吐きながら外へと連行されるや、教会の外に停めてあったパトカーの後部座席へ、家畜みたいに放り込まれていった。
「すいません、シスター」
入り口のところでそのやりとりを呆然としながら見守っていたエミリア教のシスターに言いながら、天井に穿たれた大穴を指差した。
クラリスがウロボロスの構成員をぶん殴った時に出来上がった大穴だ。強烈なアッパーカットを受けたウロボロスの構成員はぐるぐると激しいスピンを繰り返しながら、ドリルみたいについさっきまであそこにめり込んでいた。
「血盟旅団です。レンタルホームの9番に居ますので、修理費の請求はそちらに」
「は、はあ……」
そりゃあまあ、弁償だろうな(というかアルザでもあったぞこんな事)。
こんな事を繰り返していたらそのうち教会を出禁になるのではないだろうか。信者なのに教会出禁って聞いた事がないんだが、ミカエル君嫌よそんな史上初の偉業(?)。
シスターに弁償代の請求先の説明を終え、ポケットからスマホを取り出す。電源ボタンを押してスリープモードを解除、メールアプリを開いてパヴェルに教会でやらかした件と請求が行くという旨を伝えると、30秒くらいで添付画像付きの返信が返ってきた。
『おk』という短すぎる返信と、一緒に添付された画像を見て吹き出しそうになる。
添付されていたのは1人用のベッドに俺、ルカ、ノンナの3人がぎゅう詰めで眠っている写真。ギルド内で『ジャコウネコ科ケルベロス』の通称で出回っている例の写真だった。
クラリスに見せるわけにはいかないなと思ったが時既に遅く、ぽたたっ、とミカエル君の頭の上に鼻血が降ってきた。
「と、尊い……ッ」
「……」
無言でティッシュを差し出し、心配するシスターに「ああ、いつもこんな感じなんでお気になさらず」と言っておく。いや、主の寝顔に加えルカとノンナの寝顔で鼻血垂らすメイドさんってなんやねん。
とかなんとかやっている間に範三の素振りも終わったようで、祈りを捧げるはずの場所で良い汗をかいた範三が清々しいスマイルを浮かべながらこっちに走ってきた。
「いやあ待たせた待たせた」
「待った待った」
「うむ、では参ろうかミカエル殿」
「そーしましょ」
シスターに挨拶してから、クラリスと範三を連れて教会を後にした。
ウロボロスの襲撃があった後だからなのだろう、教会の周辺には憲兵隊が規制線を張っていて、一般人の出入りを制限しているようだった。
がやがやと騒ぐ野次馬を尻目に、黄色いテープを潜ってとりあえずパヴェルとの待ち合わせ予定の場所へと向かう事に。
野次馬の喧騒も適度に遠ざかり、車道を走る車のエンジン音がBGMと化してきたところで、ふと範三が口を開いた。
「ところでミカエル殿、さっき教会で襲ってきた連中は何者なのだ?」
「ウロボロスっていう無神論者だよ、その過激派」
「無神論? つまり、神仏の存在を信じていないと?」
「そういう事ですわ。彼らに言わせると神はまやかしの存在で、人々を誑かす悪……だそうです」
クラリスが代わって答えると、範三は信じられないと言いたげな表情で、しかし憤慨しながら言った。
「神仏の存在を信じられんとは、なんと罰当たりな」
倭国では多くが東洋の宗教の信者なのだそうだ。神に逆らうという事は罰当たり、死後は極楽浄土に行けない……という教えが根強い事もあって、倭国に無神論者は居らず、信仰心の高さもあって国民全体の適性は平均的に高い方らしい。
「そういえば、範三は魔術とか使わないの? 適性は?」
「む、適性は無いと寺の住職に言われた」
「え」
ノヴォシア式の適性検査をすれば詳細な適性が分かるのだろうが……無い、と断言されたからにはおそらくE、それも適正はマイナス側なのだろう。
「武陽の魔法所にも入れなくてな。まあ、某は魔術など肌に合わんし、刀一本を極めた方が性に合う」
範三の強さの理由が分かった気がする。
たった1つだけ……『これならば絶対負けない』という強みを持っているのだ。魔術だとか銃だとか、いろんな要素に手を出すのではなく、自分が「これだ」と決めたもの1つを限界まで極めた結果がこれなのだ。
それが範三にとっては、幼少の頃から慣れ親しんだ剣術だったのだろう。
ガノンバルドを刀一本で討伐するという離れ業をやってのけるのも、これならば頷ける。
「なるほどねぇ……俺、どうしても色々手を出しちまうんだよな」
「はっはっは、ミカエル殿は何が自分に向いているか模索している段階なのであろう。それにミカエル殿は器用ゆえ、某よりも多芸多才な戦士になるかもしれぬぞ」
「多芸多才、ねえ」
なんか中途半端で終わりそうだな……二兎を追う者は一兎をも得ず、という諺もあるし、やっぱり絞った方が良いのだろうか。
となると真っ先に切り捨てるのは接近戦だろうか。俺、この体格だし接近戦はどうしても苦手になってしまう。銃と魔術で遠距離戦に徹していた方が良さそうだ。
などと考えつつ世間話に花を咲かせ、ヴィラノフチの街を歩いた。
パヴェルが待ち合わせ場所に指定していたのは、蒸気機関車を象ったモニュメントが印象的な建物の前だった。
プレートには【Пёриуков иаякда гаек кардра(ペリュコフ機関士事務所)】と記載されている。ウガンスカヤ山脈を越える際、重連運転で他の列車を補助するのが専門の機関士たちがいるという事務所だ。ここで機関士と契約し重連運転用の機関車を確保、双方の日程を確認して契約金を支払い、それから重連運転で山越え……という流れになるらしい。
そんな建物の前で、パヴェルは普通に待っていた。てっきりソ連兵のコスプレとかしながら待ってるんじゃないかな、とボケを期待していたミカエル君だったが、待っていたパヴェルがあまりにも普通過ぎてちょっと拍子抜けしてしまう。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
デートか。
などと内心ツッコんで虚しくなりつつ、煙草を吹かすパヴェルと一緒に建物の中へ。
中に入るとすぐそこに受付があった。来客と見るや受付の女の人が「いらっしゃいませ」と笑みを浮かべながら応じるけど、パヴェルは相変わらず葉巻から煙を吹いたままだ。
一応言っておく。パヴェルは笑顔を絶やさないムードメーカーというか、面倒見のいい兄貴って感じの奴だ。でも笑みを消すとあら不思議、一気に人相が悪くなるという変わった男である。元からこんな感じの人なのか、それとも”前の職場”とやらで身についてしまった威圧感が染み付いてしまったのかは定かではないが、こういう場面では間違いなくマイナスに作用する。
おかげでほら、傍らに控えていたガードマンが警棒に手を近づけつつ、いつでも動けるよう身構えている。
多分これでサングラスをかけスーツに身を包もうものならば、もうアレだ、裏社会を渡り歩いてきたマフィアの幹部のようにも見えるだろう。
「ええと、本日はどのようなご用件で?」
「血盟旅団の者です。ウガンスカヤ山脈を越えたいのですが、機関士を探しておりましてね」
「ああ、血盟旅団の方ですね。かしこまりました、少々お待ちください」
そう言い手元の電話のダイヤルを回し、重役の人に電話をかける受付嬢。その間に俺はパヴェルの脇腹を肘で軽く突き、煙草消せよ、と促す。
まだ半分以上ある葉巻を名残惜しそうに見つめたパヴェルは、確かにマナー違反だな、と納得してくれたようで、携帯灰皿の中に葉巻を押し込んだ。
「お待たせしました、所長がお待ちです。どうぞこちらへ」
連絡が終わったようで、建物の中へと案内してくれる受付嬢。
いい機関士が見つかるといいなあ、と思いながら、言われるがままに奥へと進んだ。




