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ヴィラノフチ


 ヴィラノフチは機関車の街と言われている。


 ウガンスカヤ山脈を越えていくためには機関車の重連運転が必須となっている。そうでもしなければ機関車の足回りに負荷をかけ、最悪の場合は山登りの最中で擱座という笑えない結果になる。


 鉄道会社としては重連運転用の機関車を確保しなければならないし、冒険者ノマドとしてもここを越えてミリアンスクに行くためには何としても重連運転を行わなければならない。


 ウガンスカヤ山脈にトンネルを掘るという計画が何かの理由で何度も頓挫、白紙化している事もあって、鉄道会社は重連運転用の機関車の車両基地をヴィラノフチに建設、そこから重連運転に使用する機関車を持ってくる事でそれに対応した。それが、ここが機関車の街と呼ばれる所以なのだそうだ。


 だんだんと車両基地も大型化し、鉄道会社の事業縮小によって一部の基地が民間に払い下げられてからは、山脈を越えるための重連運転用の機関車と機関士をセットで貸し出す(レンタルする)業者も現れ、今に至る……そういう事なのだそうだ。


 改札口で冒険者バッジを提示し改札を潜る。やはり大きな街という事もあって、駅も大きい。バラドノフ村の改札口は2つしかないんだけど、ヴィラノフチの改札口は首都圏の駅の如くずらりと並んでいて、利用者の多さを物語っている。


 駅の外に出るや、真っ先に駅前の広場に展示されている大型の蒸気機関車が目に入った。炭水車と一緒になって展示されているそれは、モニュメントとかレプリカの類ではなく、かつては本当にこの路線を走っていた機関車らしい。


 全長30mにも達する巨大なそれは、ヴィラノフチで建造されたという。型番は『Gz型蒸気機関車』。展示されているそれの前に置かれたプレートの説明によると、その初期ロットのうちの1両らしい。


 ちなみにチェルノボーグの機関車でもあるソ連のAA20に至っては全長33mである。何だろうか、でっかい機関車ばっかりで頭の中がバグりそうだ。


 機関室もそのまま解放されているようで、小さな子供たちがキャッキャウフフしながら機関士ごっこを楽しんでいるようだ。なかなかに微笑ましい光景だな、と思いながら見守っていると、美味しそうなバターとサワークリームの香りが夏の風に乗って流れてきて、クラリスの胃袋を無慈悲にも直撃する。


「じゅる」


「よだれよだれ」


 真顔のまま口の端から垂らしたよだれを拭き取ってあげながら、香りの発生源を見た。


 ベラシア名物のドラニキを売っている露店が、すぐそこにあった。ジャガイモを磨り潰して作ったパンケーキのようなドラニキはノヴォシア全土で食べられているし、他の国にも類似の料理があるらしいけれど、やはり本場のドラニキは格別だ。ジャガイモとバターの風味、そしてサワークリームの組み合わせは破壊力抜群である。


 でも、でもね。


 俺の記憶違いでなければ、クラリスはついさっき朝ごはん食べたばっかりなのでは???


 しかし一度食欲にスイッチの入ったクラリスは止まらない。貴族に仕える清楚なメイドさんのイメージをかなぐり捨てるや、飢えに飢えた肉食獣の如き速度で車道を横切り露店の前へ。懐から財布を取り出してどっさりとドラニキを購入するや、すっげえスマイルを浮かべつつスキップしてこっちに戻ってきた。


「たくさん買ってきましたわ♪」


「ヨカッタデスネー」


「お、おう……」


 見ろ、範三もドン引きしてるぞ。よっぽどだからなクラリス。分かってんのかクラリス?


「ご主人様もいかがです?」


「いや……俺はほら、まだお腹いっぱいだから」


「あら、残念ですわ。範三さんは?」


「む? ああ、いや、某も……うん、いい」


 口調が崩れるほど引いてるのか範三……。


 そんな俺たちのリアクションを意に介さず、すっごい笑顔でもぐもぐと山のようなドラニキを頬張るクラリス。頼むからメイド服汚すなよ……とはいっても、列車に山のように予備があるので心配はないのだが。


「ミカエル殿、クラリス殿はこんな大食いなのか?」


「まあ、ちょっと体質の関係で」


「体質」


 何度も述べるが、クラリスは獣人ではなく”竜人”である。


 人類の範疇を超えた高い身体能力を発揮するが、しかしその代償としてかなり”燃費”が悪いらしい。だから大量のカロリーを摂取しなければならないのだそうだ(クラリスの平熱は38℃らしいのでその関係もあるのかもしれない)。


 まあ、ざっくり言うと普通の人間ではない、という事だ。


 そうじゃなきゃ素手で金庫の扉をぶち抜いたりできないし……。


 早くもドラニキを平らげたクラリスを連れ、街を歩いてみる事に。


 植えられた街路樹はどれも大きく、夏の日差しを遮る日陰を歩行者に提供してくれていた。温かい風に揺れるざわざわという葉の音が何とも心地良く、木漏れ日が頭上できらきらと輝いている。


 ピャンスクは建物を樹に擬態……というか樹をくり抜いてその中に建物を作るという方式だったのだが、しかしヴィラノフチはそうでもないらしい。随分と雰囲気が違って見えるのはそのためなのだろう。


 ピャンスクのアレは飛竜の空襲が頻繁にあるためで、ああやって建物を偽装する事で空からの目を誤魔化すという意味があったようだが、ヴィラノフチはそれほど頻繁な襲撃があるわけではないようで、そういった偽装の類はない。


 しかし全く襲撃が無い、と言えば噓になるようで、よく見ると民家の屋根の上には擬装用のネットとガトリング砲が据え付けられていて、射手と思われる2名の騎士が煙草を吸いながら談笑しているところだった。


 やはりベラシアは魔境だ。


 茶色いレンガと、淡い朱色または白いレンガを組み合わせた伝統的な建築様式。優しい色合いのレンガが生み出すコントラストはちょっとした芸術作品のようだ。


 イライナでは白いレンガを多用した建物が多いので、この辺の色合いの違いを見ているのもなかなか面白い。


 周囲をきょろきょろと見渡しているからなのだろう、観光客と思われたようで、たまたま近くを通りかかった冒険者らしき男性に声を掛けられた。


「やあ、観光かい?」


「ええ。さっき来たばかりで」


「ん、イライナ訛りがあるようだけど、もしかして君たちイライナから来たのかい?」


「はい、キリウから」


「はぇー、そんな遠くから……とにかくようこそ、ベラシアへ」


「どうも」


 やっぱり訛りでバレたか。


 標準ノヴォシア語と比較すると、イライナ語は発音だったりアクセントの位置だったり、単語だったり違うところがそれなりにある。


 まあ、起源が同じでそこから派生した兄弟みたいな言語だからね、ノヴォシア語、イライナ語、そしてベラシア語は。


 ちなみにこれを言うとノヴォシア人はバチバチにキレる。何故ならば彼らはイライナ語を方言扱いしており、同じ言語だと主張しているからだ。


 他にも領土やら歴史認識やらで食い違いが多く、特にノヴォシアとイライナの関係はそんなに良くない。ジノヴィが前に『姉上がアメリアの独立戦争の記録を読み漁っていた』って不吉な事言ってたけど、まさかね……しないよね、独立戦争。まさかね?


 姉上ならやりかねないなあ、と背筋が寒くなる。


「まあ、あっちに鉄道博物館があるし、西側には教会もあるよ」


「エミリア教の教会はありますか?」


「うん、あるある」


「ありがとうございます」


「それじゃ、楽しんでね」


 なんかいい感じの人だったな……。


 それにしても、この街にも教会があるのか。ちょっと祈りを捧げて行っても良いかもしれない。そうやって信仰心を示す事で、魔術の適性に(若干だけど)プラスの補正がかかるからだ。


 劇的に変わるわけではないけれど、自分の信仰する宗派の教会があったらとりあえず行った方が良い。魔術師の常識である。


「最初に教会行っていい?」


「クラリスは構いませんよ」


「教会?」


「寺院みたいなもん」


「ふむ。まあ、某は構わぬ」


 とりあえず、最初の目的地が決まった。













 エミリア教の教会は街の隅にあった。


 ヴィラノフチ・エミリア教会―――朱色と白色のレンガで造られた建物と、騎兵のランスを思わせる尖塔が目印の建物だ。つい最近建てられたばかりのようで、周囲にある他の宗派の教会と比較すると真新しさが残る。


 入り口でシスターに礼拝に来た旨を伝え、左手の甲に刻まれた紋章を見せてから礼拝堂に入った。


 六芒星と幾何学模様―――13歳の時、キリウのエミリア教会で洗礼を受けたあの日から、手の甲に刻まれた魔術師の証。そして同時にエミリア教徒の証でもある。


 礼拝堂の天井にはステンドグラスがあり、空高く昇った日の光をカラフルに変色させている。


 礼拝堂の奥には、純白の石像が安置されていた。防具を身に着け、大剣を携えた女性の騎士の石像。あれがこの教会で信仰されている英霊、”蒼雷のエミリア”。蒼い雷を自在に操り、侵略者たちをことごとく返り討ちにして行ったその勇猛さから、敵からは”雷竜”、味方からは”雷騎士”と称されたのだという。


 職人の手によって精巧に造られたその石像は、顔の細部に至るまでを正確に再現しているようで、今にも動き出しそうな迫力があった。


 石像の前には水瓶が置いてある。水の張られたその中には、金銀に輝くコインが何枚も沈んでいた。他のエミリア教徒たちが祈る際に投じたものなのだろう。


「変わった寺院だな」


 周囲をきょろきょろと見渡していた範三がぽつりと呟いた。


 文化が違えば宗教もまた違うものである。


「その水瓶は?」


「ええと、賽銭箱みたいなものだよ」


「ふむ……」


 財布から5ライブル硬貨を取り出し、水瓶の中へと投げ込んだ。


 両手を合わせて目を瞑り、石像へ向かって祈る。もっと強力な魔術が使えますように、なーんて心の中で思い浮かべそっと目を開けた。


 祈り方もまた、宗派によって大きく異なる。エミリア教の場合は仏教に近いスタイルで、こうして両手を合わせて目を瞑るだけでいい。


 中にはイスラム教の祈り方みたいな宗派もあるらしい。


 とりあえず、これで礼拝は終了。帰ろうか、とクラリスに言ったその時だった。


 唐突に響いた銃声が、礼拝堂の中の静寂を終わらせた。


 ドパンッ、と弾けるような音。シスターや、他に訪れていた信者たちの悲鳴が礼拝堂に響く中、どたどたと荒々しい足音を響かせながら、7名ほどの男たちが礼拝堂の中へ足を踏み入れる。


「動くな!」


「我々は宗教解放団体ウロボロス! 諸君ら人民を神や精霊、英霊といったまやかしの存在から解放するためにやってきた!」


 ―――帰りたくなってきた。


 めんどくさい連中の出現に、ミカエル君は溜息をつきながら頭を抱える。


 宗教解放団体ウロボロス―――要するに無神論者たちの集まりだ。


 魔術は宗教と密接な関係があり、信仰心と適性が無ければ使えない。つまり神や英霊の存在を否定する無神論者は原則として魔術が使えないのである。


 無神論に傾倒する人は様々で、最初から神の存在を否定している筋金入りの無神論者もいれば、生まれつきの適性が低く魔術の発動は絶望的、と判断された者が絶望し、無神論者と成り果てるケースまで様々だ。


 まあ、神を信じないのは勝手だが、しかし自分の主張に他人を巻き込まないでほしいものである。


 めんどくさくなったので、まだ名乗っている最中のウロボロスの団員に向かい、俺は抜き放った慈悲の剣を投擲していた。


 回転すらせず、真っ直ぐに飛翔したそれは鉄仮面を被るリーダー格の男の頭をすこーん、と直撃。しかし鉄仮面は割れたがその下から現れた顔から血は溢れず、剣は幽霊を切りつけているかのようにも見えた。


 あれはあくまでも生物の意識だけを攻撃する剣だ。だからどう頑張っても、あれで人は殺せない。


 突然のリーダーの戦線離脱に他のメンバーが浮足立つ間に、続けて磁力操作魔術を発動。リーダーの眉間にぶっ刺さっていた剣が勝手に引き抜かれ、返り血の一切ない剣が見えざる手に振るわれて2人目のメンバーを斬り付ける。


「うわ、何だ!?」


「くそ、アイツだ! あのチビだ!」


「ミカエル殿、あれは敵か」


「そうだ、殺すなよ」


「ご主人様をチビ呼ばわり……万死に値しますわね」


 ゴキッ、と指を鳴らし、クラリスが突っ込んでいった。それに遅れて範三も、しゃもじから貰ったという満鉄刀を引き抜いて前に出る。


 ウロボロスの連中に反撃する暇など無かった。発砲するべくフリントロック式のピストルを引き抜くよりも先に、ゴッ、と鈍い音と共にクラリスのアッパーカットが顎を直撃。思い切りぶん殴られた哀れなウロボロスの構成員は激しくスピンしながら天井へ吹っ飛ぶと、そのまま天井に上半身をぶっ刺し、腰から下をだらんと垂らしたまま動かなくなった。


 アレ死んでないよね、と不安になるミカエル君。今度は範三が、引き金を引こうとする敵へ飛びかかりつつ刀を振り下ろす。


「殺すなよマジで!」


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇ―――ぇぇぇぇえええ!? えぇぇぇぇいッ!!」


 慌てて刀をくるりと回し、刃ではなく峰で相手の鉄仮面を思い切り殴りつける範三。ごぉん、とお寺の鐘を打ち鳴らすような音がした。


 危ない危ない……。


 指を指揮棒タクトのように振るい、遠距離から敵を慈悲の剣で斬りつけていく。


 教会に踏み込んで信者やシスターを人質にし、身代金でも要求する腹積もりだったのだろう。しかしウロボロスの連中を待ち受けていたのは平穏な一日を早くも台無しにされ機嫌が悪いミカエル君と色々ヤバいメイドさん、そして腕の立つお侍さんの3人。


 まともな訓練を受けていないであろうウロボロスの連中が太刀打ちできるわけもなく、3分足らずで騒動は鎮圧される事となった。






 にしても、前にもこんな事あったよね……。



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[一言] どこかのエミリアさん>>>「力が欲しいか?ならばくれてやる。戦え!丁度いい玩具を用意した。」 多分ミカっちはこういうトラブルの星の下に生まれてるんでしょうね。
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