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新たな街


 血盟旅団の団員が寝泊まりする寝室は、1号車にある。


 列車の客車は全て2階建て。車両の前後に乗り降りするための扉があるんだが、その扉のすぐ近くに1階と2階に行くための階段が配置されている。かつて2階建ての新幹線にMaxってあったけど、内部はあんな感じになっている。


 1階は元々寝室が連なるスペースだったんだけど、そこまで寝室が必要にならない事、そして作戦会議に使う部屋が無い事を理由にパヴェルが改装。彼の寝室1部屋を残して壁をぶち抜き、繋げてブリーフィングルームとしている。


 2階は普通に寝室がある。車両の左側に通路があり、右側に寝室を配置するというレイアウトだ。窓は大きめになっていて、寝室からも通路からも外の景色が良く見える(しかも防弾仕様。ぶち抜きたきゃ対戦車ライフルでも持って来い)。


 洗濯を終えたタオルの山を抱え、コンコン、と寝室の一つをノック。『どうゾー』とジョンファ訛りのあるノヴォシア語が聞こえ、寝室のドアを横へとスライドさせる。


 部屋の中に居たのはリーファと範三だった。


 寝室は2人部屋で、ベッドは二段ベッド。部屋の入り口から見て左側に二段ベッドが、右側に机や本棚が配置されている。基本的に部屋の中の装飾とかは個人で自由にしていいという事になっているんだが、加入したばかりの範三はともかく、リーファは早くも私物をどんどん置いているようだ。


 壁には大きく『福』と書かれた赤い布(中国とかでよく見るアレだ)が掛けられてあるし、どこから手に入れたのか、ジョンファのお守りみたいなものも置いてある。


 そしてそんな彼女のルームメイトとなった範三はというと、二段ベッドの一段目でちょっと窮屈そうに屈みながら、刀の手入れをしているところだった。しゃもじから貰った満鉄刀という刀らしい。過度な装飾はなく、実用性のみを重視したそれには、無駄を削ぎ落した得物にしかない一種の美しさがある。


 2人は仲良くやっているのだろうかとちょっと心配になっていると、刀の手入れをしていた範三が顔を上げた。


「おお、ミカエル殿」


「やあ。住み心地はどう?」


「うむ、この”べっど”とかいうのは寝心地が良い。某には少々窮屈だが……」


「だから言ったヨ、範三身体大きいから上で寝る良いって」


 そりゃそうよ。


 範三の身長は186cm。パヴェルどころかクラリスよりもでっかい(パヴェルで180cm、クラリスで183cm)上に体重は110㎏。いや、秋田犬は日本犬の中でも大型って聞いているけど、いくら何でもデカすぎやしませんかね?


 犬って言うより熊みたいだ。


 もちろん身体中筋肉でバッキバキ、マガツノヅチを討つためだけに鍛錬を積んできたのは伊達ではないらしい。

 

 そんな彼に二段ベッドの一段目は確かに狭いような気はする。あれ勢いよく起き上がったら絶対頭ぶつけそうなんだけど……。


「しかしなリーファ殿、女子おなごが下で某が上というのもなんというか……なんか許せんのだ」


「頑固者ネェ。ダンチョさん、範三ったらずっとこの調子ヨ」


「あははは……」


 範三らしいといえば範三らしい。


 頑固で、一度決めたことは決して譲らない。


 多分それは秋田犬の性格も反映されているのだろう。秋田犬は身体が大きくて頑固な性格なのだそうだ。


 範三は秋田犬の獣人、それも骨格が獣に近い第一世代型。たぶん彼の性格は秋田犬の遺伝子も影響しているんだと思う。獣人の性格とか特技は、その獣人が持つ動物の遺伝子にも左右されたりするから。


「とりあえず、洗濯したタオルここに置いとくから」


「かたじけない」


「ありがト」


 洗濯を終えたタオルをカゴごと部屋に置いて、2人の部屋を後にした。


 洗濯物はシャワールームの前に2つ並んでいる洗濯機(パヴェルお手製)


 まあ、今のところ範三の私物は殆どなかったけど、これから増えていくだろうとは思う。こういう自分のスペースには個性が出るものだ。


 ちなみにミカエル君の部屋には大量のマンガやラノベ、あとはスクラップを加工して自作したシャール2C(フランスの超重戦車)の模型がある。こう見えてミカエル君は手先が器用なのだ……というか、スクラップを色々弄っているうちにこうなった。


 最近ではナイフとか自作できるようになった。さすがに鍛冶職人が作り上げたような立派な出来ではないが、とりあえず必要最低限の機能はあると思う。


 いつかパヴェルに弟子入りしようかな、なーんて思っているうちに、窓の外の景色が変わり始めた。


 森の樹々が窓の外を流れていく向こうに、巨大な人工物が見えてきたのである。


 茶色いレンガで造られた頑丈そうな防壁。線路はその防壁の内側へと伸びていて、鋼鉄製のゲートが解放されているのがここからでも見える。


 防壁の分厚さは信じがたい事に10m程度。ちょっとしたトンネルと化したそのゲートの向こうには街が見える。


 ヴィラノフチの街だ。


《ご乗車ありがとうございます。間もなくヴィラノフチ、ヴィラノフチ。お降り口は右側です。なお当列車は重連運転を引き受けてくれる業者を探すため、しばらく停車いたします。キリウ行きはお乗り換えです》


 スピーカーからパヴェルの声が聞こえ、ちょっと笑いそうになった。確かにヴィラノフチからもキリウ行きの列車は出ているが、ここでそっちに行く列車に乗る奴はいないだろう。


 さて、またしてもここでしばらく停まる事になる。


 この先に広がる山脈、ウガンスカヤ山脈を越えるためにはもう1両の機関車を連結して重連運転で行かなければならないからだ。ウガンスカヤ山脈にはトンネルが無く、線路は山脈の急勾配を上がったり下りたりといった感じに敷かれているそうで、機関車にかかる負荷がとんでもなく大きいのである。


 AA20みたいな大型の機関車、しかも足回りがちょっとアレな機関車ならば猶更だろう。おまけに牽引しているのは客車3両、火砲車1両、格納庫がある貨車2両。機関車の前には軽度の武装を搭載した警戒車があり、そちらにも動力があるとはいえ、あくまでも車のガソリンエンジンを流用したものに過ぎない。馬力では機関車には及ばないので、コイツも動員して重連運転というのはちょっと無理がある。


 やっぱりもう1両、機関車を連結する必要がありそうだ。


 ゲートをくぐると、ヴィラノフチの街の全容が明らかになった。


 ベラシアの伝統的な建築様式なのだろうか。茶色、あるいは淡い朱色のレンガと白いレンガで造られた、透き通るような色合いの建物が連なる。


 城郭都市の中でありながら、しかし街の中は植物の緑で溢れていた。街路樹はやや大きく、車道を緑色の天蓋で覆いつつある。公園のベンチの向こうにはかなりの樹齢を重ねたと思われる巨大な樹がどどんと屹立していて、枝を四方八方へと伸ばしていた。


 自然を重んじるベラシアらしい場所だ、と思う。


 しかし”機関車の街”と言われるヴィラノフチである事を嫌でも意識させられる光景もあった。


 その公園の中に、真っ黒に塗装された蒸気機関車が展示されているのだ。役目を終えた旧式の蒸気機関車なのだろうか。自由に運転席に乗ったりできるようで、兄弟と思われる幼い子供たちが、機関士ごっこをして遊んでいるところだった。


 窓を開けて身を乗り出すと、機関車の向こうで手旗信号を送る駅員の姿が見えた。紺色の制服に身を包んだ駅員からの誘導に従い、警笛で返答を返したパヴェルとルカが列車をレンタルホームへと進ませる。


 ”09”と表示されたレンタルホームに、血盟旅団の列車『チェルノボーグ』は滑り込んだ。周囲のレンタルホームには他の冒険者ノマドのものと思われる列車も複数停車していて、中には新たにヴィラノフチを訪れた俺たちに手を振ってくれる冒険者もいた。


 フレンドリーな感じの彼らに手を振り返しているうちに、列車はホームでぴたりと停まる。


 一旦部屋に戻り、テーブルの上に置いていた拳銃のホルスター(中にはウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーが入っている)と大事な俺の触媒、慈悲の剣を身に着け、クラリスを連れてホームへと降りた。


《間もなく、3番線に10時32分発、ミリアンスク行きが参ります。危険ですので白線の内側まで下がってお待ちください》


《6番線、特急が通過します。ご注意ください》


《14番線の列車は、飛竜による襲撃の影響で15分の遅れとなっております》


 やっぱり大きな街の駅とあってか、ホームはスピーカーから響く放送で随分と賑やかだ。キリウの駅もこんな感じだったのかな、と思いながら周囲を見渡していると、ノマド用のレンタルホーム群の向こうにある在来線のホームを、ミリアンスクからピャンスク方面へと向かうと思われる特急が凄まじい勢いで通過していった。


 さっきアナウンスがあった特急だろうか。


 ノヴォシアの列車も到着時刻は正確だ。どのくらい正確かと言うと日本の鉄道と同じくらいで、人身事故やら魔物の襲撃の影響を受けての遅れさえなければ、寸分の狂いもなく時刻表通りの時間に駅に到着するほどである。


 まあ、鉄道が広大な帝国の領土内を結ぶ重要な移動手段として発達を見せれば、それの管理もしっかりと行き届くのが当たり前である。あるいは鉄オタの転生者でも鉄道管理局に勤務していて、そいつがダイヤグラムを作成したのだろうか?


 そろそろ別の列車が到着するのか、駅の構内にカリンカをアレンジしたチャイムが響いた。


《2番線に、ピャンスク行きの列車が到着します。危険ですので白線の内側までお下がりください》


 ホームに響くアナウンスを聞きながら機関車の方へと向かった。


 熱気の立ち込める機関車の中では、ツナギ姿でせっせと蒸気機関の停止操作を行うルカと圧力計の監視を行うパヴェルがそれぞれ自分の仕事をしていた。これから重連運転で山脈の向こう側まで付き合ってくれる業者を探さなければならず、いつになったらウガンスカヤ山脈へ出発できるようになるかは不透明である。下手をすれば一週間程度の停車になる可能性も否定できないため、こうして窯の火を消し蒸気機関を停止する必要があるというわけだ。


「おう、ミカ」


「やあミカ姉」


「やあ、お疲れさん。パヴェル、業者はどうする?」


「早いうちに見つけて契約してた方が良いだろうな」


 だんだんと下がっていく圧力計の針を凝視していたパヴェルは、石炭で黒くなった顔を伝う汗をタオルで拭き取りながら言った。


 言うまでもないが、蒸気機関車の機関室は暑い。冬場ですら汗をかくほどなのだから夏場は大変だ。しかも安全上、半袖や短パン姿での運転はご法度。火傷やその他の負傷を防ぐためにもツナギや作業着での運転が望ましい。


 熱中症を防ぐためなのだろう、運転席には保冷容器に収まった大きめの水筒が用意されている。


 本日のベラシアの気温は25度。だいたい初夏の日本くらいの気温だが、ベラシアは日本ほど湿度がいやらしくないのでじっとりした暑さはない……のだが、こうも熱気が立ち込める運転席で長時間運転というのはなかなか大変だ。


「うへえ暑ちい……溶けるぅ」


 タオルで汗を拭きながらルカが呟いた。


「ミカ姉。このままだと俺溶けちゃうよ」


「大丈夫、そうなったらまた冷蔵庫で冷やしてやるから」


「ひえぇ……」


 彼に水筒を差し出しながら「熱中症気をつけてな」と労うと、ルカは笑みを浮かべながら水筒を受け取った。


「蒸気機関の停止と足回りの点検終わったら事務所に行こうと思う」


「その時は俺も行くよ」


「分かった。つってもあと3時間くらいはかかるだろうし、アレだったら街を見てきてもいいぞ。終わったらスマホに連絡入れるから」


「りょーかい。んじゃ街でも見てくるかクラリス」


「かしこまりました」


 せっかくのヴィラノフチだ。機関車の街とも言われているし、鉄道博物館があるとは聞いている。そういうところを見てみるのも悪くないかもしれない。


 とりあえず3時間、街を見物して時間を潰そう。


 そう思いホームを離れようとすると、後ろから範三が走って来るのが見えた。


「ミカエル殿ー!」


「あれ、範三」


「どこへ行くのだ?」


「ちょっと街を見物に。範三も来る?」


「うむ、異国の地を見て回るのも面白そうだ。某もお供致す」


「それでは3人で参りましょうか、ご主人様」


「そうしよう」


 3人で、ねえ。


 見知らぬ街を見て回るのはまあ、旅行気分で面白いとは思うのだが。


 何もトラブルとか起きなきゃいいなあ、という思いが頭の中をぐるぐると回っていた。


 ……多分無理なんだろうなぁ。





 

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