イギリスの銃
7月。
過酷な冬が訪れるノヴォシア帝国にとっての、あまりにも短い夏の始まり。
この国の、というかイライナ、ベラシアを含めたノヴォシア周辺の地域の四季は冬に偏っている。冬が長く、他の季節が短いというべきだろうか。
夏、と言える時期は7月から8月下旬まで。9月になればもうストーブの出番がやってくるほど急速に気温が下がり、10月下旬、地域によっては10月上旬には降雪が観測される。11月にもなれば積雪がヤバすぎて国内の全ての物流はストップ、ここからは蓄えておいた物資で長い長い冬を乗り切らなければならない。
何せ10月下旬から4月、地域によっては5月までが冬なのだ。だから雪解けからもうスタートダッシュで来年の冬への備えを始めなければ間に合わない。
『ノヴォシアの冬は人を殺す』、『働き者だけが勝利する』。冬への備えを怠るな、という先人たちの言葉は、この国に数多く残っている。
というわけで、今はその短い夏。
ノヴォシア帝国内では珍しく、ちょっと長袖では暑いんじゃね、って感じの気温。ラジオから流れてくるアナウンサーの声によると、本日のベラシアの気温は25度らしい。
日本の夏よりちょっと涼しい程度だけど、日本と違ってこっちの空気は乾燥しているので、湿度は低く思ったよりも快適だ。
一応列車の中にはパヴェル自作のエアコンもある(客車に備え付けてある小型発電機で電気を供給している)のだが、この調子なら窓を開けるだけで何とかなりそうだ。今年は冷房なしで乗り切れるのではないだろうか。
などとそんな事を考えながら、解放したシリンダーに1発ずつ、.455ウェブリー弾を装填していく。1発、2発、3発、4発、5発、6発……スピードローダーがあればもっと素早く装填できるんだが、そっちは用意してなかったのでまた今度。
リボルバーのシリンダーに6発の弾丸が装填されたのを確認してから、中折れしてシリンダーを解放していたリボルバーをカチリと閉じる。
騎士の剣のようにすらりと伸びた優美な銃身を掴み、ハンドガンのスライドを後方へ引く要領で引っ張った。するとグリップから上、銃身からシリンダーまでを含めたフレームがハンドガンのスライドの如く後退し、特徴的な溝が刻まれたシリンダーがそれに合わせて回転。後退したシリンダーに押される形で、撃鉄が起こされる。
射撃準備を終えたところで、ミカエル君の手には些かでっかいイギリス製リボルバー……『ウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバー』を右手で構えた。アイアンサイトの向こうには、射撃訓練場のレーンの奥にある人型の的が良く見える。
ふー、と息を吐き、引き金を引いた。
ドパンッ、と.455ウェブリー弾が吼える。その反動でグリップから上のフレームが後退、幾何学模様にも見える溝に噛み込んだ突起がシリンダーを回転させ、後退したシリンダーによってまたしても撃鉄が起こされる。
木製の的の右肩辺りに、.455ウェブリー弾の弾痕が刻まれた。
イギリスの誇る大口径弾、なかなか反動がある。
そんな調子でどんどん撃った。発砲回数が6回を数えたところでシリンダーを解放、空になった薬莢が勢いよく飛び出す。
オートマチックリボルバーという形式の銃は数が少ない。ミカエル君が知ってるだけでも、このウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーと、イタリアのマテバくらいである。他に知ってる人が居たら是非ともこっそり教えてほしいものだ。
昔のイギリス軍が採用していたダブルアクション式の『ウェブリー・リボルバー』の引き金は重く、発砲するためには引き金を引くために大きな力を込めなければならなかったという。そのためついつい指に力を込めすぎて引き金を引いてしまい、そのせいで銃が揺れ狙いを外してしまう(いわゆる『ガク引き』というやつだ)という事例が多発したのだとか。
まあ、ウェブリー・リボルバーは引き金を引くと発砲とシリンダーの回転による次弾用意までの2動作を行う『ダブルアクション式』なので、引き金が重くなるのは構造上仕方のない事なのだが。
けれどもこのウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーはあくまで引き金の役割は発砲のみ。シリンダーの回転による次弾用意は反動を利用しているので、引き金は軽い。しかも命中精度も優秀なので、素早い射撃と高い命中率を両立した理想のリボルバー……と当時のイギリスでは謳われていた。
このリボルバーは採用されなかったけれど、ボーア戦争や第一次世界大戦で使用された。
そしてそこで、問題点が明らかになる。
反動を利用してシリンダーを回転させるというこの機構……ここに泥などの異物が入り込むと、簡単に動作不良を起こしたのである。
他にもサイズがデカいなどの問題点もあって生産されたのはごく少数に留まる。現代においてはかなりレアなリボルバーとされているのだとか。
何気にイギリスの銃に初めて触れたけれど、これは悪くないかもしれない。サイドアームの1つとして使わせてもらおうか、と思いながら、弾の入っていないウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーを眺める。
ミカエル君の小さな手にはちょっとデカい。銃身も命中精度向上と弾速UPを期待して少し延長したので、更にデカい銃になっている。
後でパヴェルにホルスター作ってもらおうかな、と思いつつシリンダーを解放、ポケットの中の.455ウェブリー弾をまた1発ずつ装填……している俺の隣に、2丁の銃を手にしたクラリスが立った。
彼女が持っている銃を見て、俺は目を丸くしてしまった。
持っているのはウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバー……ではなく、イギリス軍将兵のサイドアームとして二度の世界大戦を戦った老兵にして相棒、『ウェブリー・リボルバー』。多分数ある派生型の中の一つであるMk.Ⅵであると思われるのだが、それに装着しているアタッチメントが何というか、奇抜というか、なかなかアレだった。
まるでレイピアのように優美な、フランス製銃剣が装着されているのだ。
何だお前と言いたくなるが、しかしあれは決して無茶な改造などではない。
信じてくれる人が何人いるか分からないが……あれはれっきとした正規のアタッチメントだったりする。
というのも、あれが活躍したのは第一次世界大戦。ウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーと違って汚れに弱い機構を有していなかったウェブリー・リボルバーは、その信頼性の高さが高く評価されていた。
第一次世界大戦で多発した塹壕戦は接近戦の連続だ。銃剣付きのライフルでは長すぎ、故に塹壕戦ではショットガンやSMG、ハンドガンにスコップ、あるいは手作りの棍棒にその辺の棒切れ、ナイフ、挙句の果てには自分のヘルメットやその辺の石、最後の手段として己の拳……というレベルの熾烈な接近戦が繰り広げられた。
そんな地獄のような白兵戦に対応するべく、拳銃に銃剣つけようという発想に至るのはまあ分からんでもない。現代にそういう拳銃が殆ど残ってないので結果は察してほしいものだが(※チェコは拳銃用の銃剣を作ってたりする)。
さてさて、イギリスの誇るリボルバーを2丁も手にしたクラリスはレーンの前に立つや、次々にパタパタと起き上がる木製の的へ次々に.455ウェブリー弾の洗礼をお見舞いしていった。さながら西部劇のガンマンの早撃ちのような速さで、だ。
しかも2丁拳銃でそれをやっているのである。
分かる人もいるだろうけど、2丁拳銃はあまり実用的な戦い方とは言えない。人間はどうしても2丁のうち片方に集中してしまい、もう片方の拳銃の方がおろそかになってしまうからだ。
じゃあばら撒けばいいじゃんとなるかもしれないが、そういう用途ならば最初からSMGでよくね、となってしまう。
だから2丁拳銃が活躍できるのはフィクション、創作の中だけ……今朝ベッドから出てくるまで、ミカエル君はそう思っていた。
けれどもクラリスはどうだろうか。
どちらか片方に意識を集中させているわけでもなく、左右の手に握ったリボルバーを縦横無尽に操っては、面白いくらいヘッドショットを成功させている。
彼女は2つの目標を同時に補足して対処できるとでもいうのだろうか。まるでヒトの姿をしたイージスシステムみたいだ、などと改めてウチのメイドの人外っぷりに呆然としていると、片方6発、合計12発の弾丸を撃ち尽くしたクラリスが同時に薬室を解放、12個の空薬莢を床にぶちまける。
射撃訓練の結果は全弾命中、しかもヘッドショットである。
「お、おお……」
「フンス!」
銃を台の上に置き、得意気に胸を張るクラリス。Gカップの揺れるおっぱいに目が行くが、しかし本当に彼女が味方であるというのが頼もしい限りである。
《機関車より各員、機関車より各員。後方より特急が接近中。進路を譲るため待避所に10分停車する》
パヴェルの声がスピーカーから聞こえた。
ウェブリー=フォスベリー・オートマチックリボルバーの安全装置をかけ、レーンの台の上に置いたまま、射撃訓練場の窓を開けた。
ヴィラノフチへと続く線路を走っていたチェルノボーグが、線路の脇に用意されている待避所の中へと入っていく。ぐんっ、と車両が揺れ、ポイントを踏み締めた車輪ががたんと揺れた。
列車で旅をしている時によくある事だ。路線によっては各駅停車ではなく、主要な駅のみに停車してそれ以外を全部すっ飛ばしていく特急列車が運行している事もある。単純な運転速度だけでなく、停車駅が少ない分スピードも速いので、ノマドの機関車を運転するスタッフは駅に停車した際に時刻表を貰って列車をチェック、後方から追突されないよう予め待避所に入るなどの対処をしなければならない。
そのため、列車の本数の多い路線にはこういった待避所が数多く用意されている。
運転手は本当に大変だ。特急列車の時刻表からどのくらいの時間になったら待避所に入るべきか、そもそも待避所がどの地点に配置されているかを全て把握し運転計画を立てなければならない。ただ機関車を走らせて駅が近くなってきたらブレーキ、という仕事ではないのだ。
待避所の中でブレーキをかけ、AA20が甲高い音を響かせながら停車する。
ぴたりと止まった窓の外の景色を眺めながら、特急って事は貴族専用列車なんだろうな、などと思いぼんやりと外を眺めていると、後方から重々しい警笛の音が響き、濛々と立ち昇る黒煙も見えてきた。
環境保護団体が見たらガチギレしそうな勢いで黒煙を発し全力疾走してきたのは、2両の大型機関車を連結して重連運転をしている特急だった。ソ連の”FD型蒸気機関車”に似た形状の、大型の蒸気機関車の重連運転。鋼鉄の猛牛とでも例えるべき威容が、凄まじい速度で俺たちの列車の脇を通過していった。
機関車の炭水車には、紅い文字で『Беласйа ёхгресс(ベラシア・エクスプレス)』と記載されている。
確かベラシア地方を南北に横断している特急だった気がする。ピャンスクの駅でも停車してたな、とガノンバルドの一件でゴタゴタした記憶の中から駅のホームの風景を引っ張り出しているうちに、優美なデザインの、いかにも金持ちが乗ってますよと言わんばかりの豪華な客車を牽引した特急列車は、黒煙だけを線路の上に残して走り去っていった。
重連運転しているのは、ウガンスカヤ山脈の突破を前提としているからだろう。急勾配の連続は、機関車に大きな負荷をかける。それを防ぐために2両の機関車を連結して、ぶっ壊さないようソフトに運転して山越えしましょうねという事だ。
特急列車の通過を見ていると、駅のホームで目の前の線路を新幹線が通過していった時の事を思い出す。転生前、前世の世界ではなかなアレに慣れなかった(多分今も無理だろう)。幼少の頃に至っては、お盆で東京に帰る叔父や従兄弟を送りに行った際に目の前を特急列車に通過され、あまりにも大きな音で泣いてたらしい。
新幹線ほどの迫力はないけど、蒸気機関車にはああいう最新の車両には無い迫力がある。
さて、俺たちもそのウガンスカヤ山脈をこれから越えなければならない。
ヴィラノフチで重連運転を買って出てくれる専門業者を探し、機関車を連結して一緒に山越えだ。業者を雇う金はマガツノヅチ討伐の報酬から抽出するそうで、金は問題ないらしい。
そしてウガンスカヤ山脈を越えれば、目的地のミリアンスクだ。
ベラシア最大の都市、と聞いているが、どんなところなんだろうか。
「ヴィラノフチには美味しい食べ物あるでしょうか、ご主人様?」
「ヴィラノフチは”機関車の街”らしいから、どっちかというと鉄道博物館とかそういう場所ばっかりだと思うよ?」
「……」
しょぼーん、と分かりやすいくらい落ち込むクラリス。この食いしん坊め。
とはいえ、旅先での食事も楽しみの一つというのは事実だ。特に自分が触れた事のない文化とあっては、食文化にも興味が向くのは当たり前だろう。
まあ、でも美味しいものはある筈さ……そうクラリスにフォローしておきながら、そっと窓を閉じた。
特急列車を先に行かせたチェルノボーグが再び走り出したのは、その後だった。




