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俺たちの”家”

今回、寝台列車部分の設定につきましては鉄オタのリア友に設定協力を頂きました。この場を借りて感謝を申し上げます。

サンキューリア友!!


 ミカエルを捕えるか殺せ―――そう依頼した暗殺ギルド『クルーエル・ハウンド』の連中から定時連絡が途絶え、既に1日経つ。


 返り討ちに遭ったか、それとも捕捉できずに報告を渋っているか。九分九厘前者であろう。そう思うと腸が煮えくり返りそうになるし、葉巻を持つ右手にも自然と力が入る。


「あなた、あんな害獣の子なんて諦めてしまいなさいな」


「冗談じゃない。リガロフ家の名に泥を塗られたのだぞ。やられたままでいられるか」


 書斎の窓から外を眺めていた妻のオリガが、まるで呆れたかのようにどうでもいいような口調で言った。害獣の子、確かにそうなのだろう。貴族の結婚相手はライオンや虎といった勇ましい獣人が喜ばれ、農作物を荒らす害獣ハクビシンの獣人などもってのほかだ。そのハクビシンの獣人として生まれたミカエルが、貴族たるリガロフの姓を名乗っている事は例外中の例外と言っていい。


 彼の件については、私にも非がある。オリガがマカールを身籠っている時、つい欲望に負けレギーナに手を出してしまった結果がこれだ。最終的にレギーナはミカエルを身籠り、今に至る。


 あの時、ミカエルを妊娠したレギーナを追放していればこうはならなかっただろう―――最近、そう思うようになった。だがそうできなかったのは、レギーナに対する愛情がどこかに残っていたからなのかもしれない。


 害獣呼ばわりされ、忌み嫌われているハクビシンの獣人との間に、貴族が子をもうけるなど……私の父が耳にすれば激怒するであろう。


 だからミカエルの扱いにはかなり困った。一応はリガロフの名を名乗る事を許したが、それでも私とオリガの子ではなく、レギーナの子―――つまりは庶子だ。だから家督の継承権も無く、成長したらどこかの貴族の屋敷に婿として差し出すつもりだった。


 しかし―――私はアイツを、過小評価していたらしい。


 アナスタシアの言う通りだ。ミカエルは貪欲に力を求め、自ら束縛を打ち破り、自由を手に入れようとしている。憲兵隊の追撃を躱し、暗殺ギルドまで退けたのだ。確かに他の姉弟たちのように才能は無いだろうが、力がある。


 だからこそ、ミカエルを取り戻したい。


「メイドの子なんかに、そんなに執着する事などあるのかしら」


「お前には分からんさ、オリガ」


 窓の外で訓練中の私兵部隊を見ていたオリガの目つきが険しくなった。自分の子よりも、卑しいメイドとの間に生まれた子にここまで執着するのか、という嫉妬の目。


 電話に手を伸ばし、ダイヤルを回して法務省を呼び出す。憲兵隊では話にならん、この一件は完全にマカールの手に余るレベルに達した。ならばこちらも、より強力な”駒”を動かす他あるまい。


『はい、キリウ法務省』


「リガロフだ。息子を頼む」


『かしこまりました、少々お待ちください』


 ノヴォシアの国歌ではなく、かつてのイライナ公国の国歌をアレンジしたオルゴールのメロディがしばらく流れた。歌詞はないが力強く、そしてどこか儚げな旋律。しかしその美しい旋律でも、焦燥感に駆られつつある私の心にはまったく響かない。


『―――はい、父上。ジノヴィです』


「久しいな、元気だったか」


『ええ、おかげさまで。法務官補佐として充実した毎日を―――』


「それは良かった。早速だが父の頼みを聞いてほしい」


 挨拶はいい、という意図も含めて彼の言葉を遮る。今はいい、そういう挨拶は不要だ。今すぐジノヴィには動いてもらいたい。


『……それで、どのようなご用件で?』


「強盗の件だ。最後まで言わなくとも分かるだろう?」


 リガロフ家が強盗の被害に遭った―――その話はマカールよりも先に、ジノヴィの耳に入っている筈だ。憲兵たちの上に立つのが法務官たち。その見習いなのだから、国内の犯罪に関する最新情報は耳に入っていて然るべきである。


『ええ、存じております』


「アレの犯人はミカエルだ。奴は今、ボリストポリに潜伏している。憲兵隊では役に立たんのだ……そこで法務省の実働部隊を動かしてもらいたい。できるだろう?」


 法務省の実働部隊―――犯罪者に対抗するため組織された、精鋭部隊。


 銀行強盗の制圧や反逆者たちの鎮圧、国家の転覆を目論む共産主義者ボリシェヴィキの摘発から過激派の殲滅まで、あらゆる凶悪犯罪をこの国から消し去る祖国の番人。ジノヴィはその番人の見習いとして、法務省に籍を置いている。


 奴が働きかければ法務省も重い腰を上げる筈だ。キリウの憲兵隊にも、法務省にも、我がリガロフ家の息のかかった高官が所属している。嫌とは言えない筈だ。


 しかし、返ってきた返事は私の期待を大きく裏切るものだった。


『……父上、残念ながら部隊は動かせません』


「なんだと?」


『確かに強盗の被害があった、これは事実です。ですがその犯人がミカエルだと決まったわけではありません』


「何を言っている、ミカエルに決まっているだろう!?」


 思わず思い切り机を叩いた。傍らにいたオリガが怯えるが、意に介さずに話を続ける。


「ミカエルがやったんだ、家を出るついでに宝物庫を襲い、金塊に宝石、そして秘宝まで奪っていった。そうに違いない!」


『―――証拠はあるのですか?』


「証拠だと!?」


『はい、ミカエルがやったという証拠です』


 これだけ怒声を浴びせられても、ジノヴィの声音は変わらなかった。まるで感情の無い機械のように、淡々と事実だけを述べるジノヴィ。法務官たるもの、常に公正たれ―――法務省の教訓を忠実に守っているのは素晴らしい事だが、これが私の息子なのかと少し恐ろしくなる。


 昔はもっと感情豊かだった。教えたことをそのまま覚える良い子だった―――なのに、今のジノヴィは冷徹な、法に則って罪人を淡々と裁く機械のように思えてならない。全く変わらぬ彼の声音でそこまで悟ってしまったせいで、形勢は完全に逆転してしまう。


『”疑わしきは罰せず”、ノヴォシア帝国憲法の原則の一つです。確かに屋敷が強盗被害に遭ったのは事実ですが、憲兵隊の捜査でもミカエルが犯人であるという確たる証拠が出て来なかった以上、法務省も動けません』


「だが―――」


『第一、ミカエルは一族に……いいえ、貴方に反感を抱いていた。違いますか?」


「っ」


『父の束縛から逃れようとし、自分に従順なメイドを連れて家を出た。たまたまその時期が強盗のあった時期と重なったという可能性も捨てきれません。いえ、確たる証拠がない以上そう判断せざるを得ないのです』


「ジノヴィ、貴様……父の言う事が聞けないのかっ!?」


『言う事を聞く、聞かないの問題ではありません。確かに育てていただいた恩はあります、途方もない恩が。しかしそれとこれとでは別問題です、父上。私は今や法務省の人間、偉大なる祖国に奉仕する立場なのです。私情で動く事の許されぬ法の番人……それは貴方もご存じの筈』


「確かにそれは……」


『では、私は忙しいので失礼します』


 ガチャン、と電話を切られる音。接続の切れたことを知らせる電子音を聞きながら、ゆっくりと受話器を電話の上に戻す。


 どいつもこいつも……親不孝者め。


 ミカエルは盗みを働き、マカールはその弟すらも満足に逮捕できず、ジノヴィに至っては父の頼みも聞けないとは何たることか。庶子であるミカエルはともかく、貴様らを育てて今の立場にしてやったのにいったいどれだけの金をかけたと思っている? いったいどれだけのコネを使ったと思っている?


「あなた……」


「私兵部隊を動かす。隊長を呼べ」


「……」


 こうなったらリガロフ家の私兵部隊を投入してでも……!


 逃がさんぞ、ミカエル。


 貴様の心も体も、この私のものだ……!













「奴が情報を吐いた」


 車両基地の一室、パヴェルがいつも生活に使っている休憩室で休んでいると、狼犬の剣士に尋問していたパヴェルが仕事を終えて戻ってきた。さすがに血まみれのツナギ姿ではなく、膝に穴の開いた紺色のジーンズに黒いTシャツという現代的な服装だが、どういうわけか黒いTシャツの正面には紅く『愛』という漢字がプリントされている。


 あんな武将いたよね。


「結果を聞く前に一ついいか」


「なんだね同志」


「何をしてきた?」


「ナニをしてきた、以上」


 待て待て待て。


「まさかお前……」


「情報吐かせて棍棒でメス堕ちさせてからボコボコにしてきましたが何か」


 うわぁ。


 結局全部やってんじゃん。結局全部やってんじゃん!


 なんつー鬼畜……今回ばかりは相手が可哀想になってくる。身体だけじゃなく心にも一生消えない傷が刻まれてしまったことだろう。憲兵には突き出すが、出来れば良い精神科を紹介してあげてほしいものだ。


「んで結果だが……クライアントはリガロフ家当主のステファンという男。お前の父親だ、ミカエル」


「……依頼内容は」


「”ミカエルの拘束、ないし殺害”」


「あの人は……ッ」


 隣に座っていたクラリスが憤る。彼女もまた、俺が屋敷で何をされてきたかを見てきた人間だ。父上に対する不信感と怒りは、2人で共有している。


「それともう一つ。クルーエル・ハウンド、つまり今回襲ってきた連中がしくじった場合に備えて、私兵部隊の出撃準備も進めているらしい」


「……そうか、ありがとう」


 貴族が私兵部隊を持つ、というのは、少なくともこの世界では珍しい事ではない。資金や権力に余裕のある貴族は各地から腕のいい兵士たちを金で雇い入れ、自分の権限で動かせる軍隊を作り上げてしまう。それは大体高価な装備に煌びやかな軍服を与えられており、首都にいるような大貴族の私兵部隊に至っては、帝国の騎士団よりも潤沢な資金で賄われているという噂だ。


 貴族の私兵部隊とはすなわち、「自分はこれだけの兵士を揃えられるだけの富があるんだぞ」という外部へのアピールに他ならない。


 残念な事にリガロフ家もその例外ではなく、私兵部隊を保有している。規模は騎士団の一個旅団程度だが、それでもキリウの貴族たちの中では最大規模の私兵部隊である。


 さすがに全部隊を投入してくるというわけはないだろうが……一刻も早く、ここを離れた方が良さそうだ。


「パヴェル、改装の状況は?」


「終わってる。石炭も重油も積み込んだ、水の補充も十分。食料も積み込んである。命令があればいつでも行けるよ、指揮官」


「……指揮官? 俺が?」


 いきなり指揮官と呼ばれたのでびっくりしてしまう。こんな、まともな戦闘の経験もない青二才を指揮官として祭り上げるというのは、明らかに人選ミスのような気もするのだが。


 だって、この中で一番経験豊富なのは明らかにパヴェルだろう。俺たちを助けに来てくれた時の動きと言い、さっき襲撃者3名をあっさり返り討ちにしてみせた力と言い、どう見てもただのスクラップ業者とは思えない。


 指揮官として上に立つべきはコイツだ、それは間違いない。


「俺はマネージャー、裏方に徹するよ。お前らと違って情報網もあるし、色んな”裏事業”のコネもある。舞台裏で暗躍するから、表舞台はお前らが頑張りな」


「お、おう……」


 そう考えると合理的……なのか?


 まあいい、準備が出来ているというのなら、やる事は一つだ。


「ならすぐ出発だ」


「了解、指揮官殿」


「はい、ご主人様」


 ここに留まっている理由はない。さっさとボリストポリを離れよう。とにかく、今はそれが最大の目的だ。












「おお、すげえ」


 ソ連製機関車のAA20が牽引する事になるのは、3両の客車だった。パヴェルの話では廃棄されていた寝台列車の客車をレストアしたものだそうだが、外面も、そして中身も、つい数日前に製造された新品の車両と何も変わらないように見える。


 客車の最大の特徴が、”二階建て”の車両になっているという点だろう。前世の世界でもほんの数年前まで二階建ての新幹線が走っていたが、あんな感じの構造になっている。


 1両目は1階も2階も客室に割り当てられている。進行方向から見て右側の窓際に通路が配置されており、車両内の左側には客室がずらりと並んでいる。横にスライドするタイプのドアを開けて中を見てみると、外の景色を一望できる窓と二段ベッド、きれいに掃除された机と椅子があった。机の上にはご丁寧に暇つぶし用のコミックとラジオがある。


「え、これ全部パヴェルが?」


「おう。窓は全部防弾仕様だから外からの狙撃にも安心だな」


「地味にすげえわ」


 部屋についての話をしたのに防弾ガラスの窓について返されたんだが。


 客室のデザインはどれも同じで、少なくとも14名は寝泊りできるようになっているようだった。さすがに貴族御用達の列車のように豪華な内装というわけではなく、どちらかと言うと質素な感じがするが、個人的にはそっちの方が落ち着く。


「良い感じのお部屋ですね、落ち着いていて」


「ありがとよ」


「ああ、良い感じ。ここでコーヒーでも飲みたいな」


「なに?」


「え?」


「今何と言った?」


「いや、ここでコーヒーを……」


「コーヒー? コーヒーだと? お前、あんな泥水を飲むのか?」


「じゃあ何を飲めって……」


「ノヴォシア人なら紅茶ティーを飲めってんだ、まったく」


 えぇ……?


 いや、紅茶ってイギリス人がしょっちゅう飲んでるイメージあるんですが……。


 というかパヴェル、お前紅茶過激派だったのか。そーいや部屋で出されたのも紅茶だったな。ジャム入りの美味いやつ。


 彼に案内され、2両目へ。1階は前半分がシャワールームで後ろ半分が生活必需品を積み込むための倉庫になっていた。もちろんシャワールームは個室になっていてプライバシーは保護されているし、倉庫の方には野菜や保存食の入った木箱がどっさりと積み込まれている。壁際に配置されたタンクに入っているのは真水のようだ。


 2階は食堂車になっているようで、カウンターとキッチン、数人でくつろげそうなテーブルと椅子が用意されている。パヴェルの好みなのか、食堂車にはすでにジャズが流れていた。どちらかと言うと落ち着けそうな空間という感じの内装なのに、曲のせいで大分アメリカンな感じになっている。


 3両目、つまり現時点で最後尾となる車両には、前の2両とは異なる設備が用意されていた。


 1階には大量の工具と機械、そしてバラバラに分解されたライフルがいくつか置かれた空間になっていた。銃器販売店ガンショップを思わせる空間で、個人的にここが一番ワクワクする場所だと思う。


「ここは?」


「ここは”工房”だ。武器はまあ、転生者の能力を使えばいくらでも用意できるが……ここではまあ、色んなものを造れる。コピー生産したAKからクロスボウ、ナイフに剣、日本刀までなんでもござれだ」


「パヴェルが造るのか?」


「もちろん」


 戦えるしスクラップのレストアまでやるし、ついには武器の製造か。何なんだこの男は。


 彼に案内されて2階へ。


 2階はスペースを丸ごと使った射撃訓練場になっているようだった。さすがに長距離射撃の訓練は出来ないけど、アサルトライフルやSMG、ハンドガンと言った武器の試し撃ちから射撃訓練まではここで行えそうだ。


 下が工房で上が訓練場か。工房で作ってもらったやつの試し撃ちで通う事になりそうだ。


「今のところはこれが全部だ。良い感じのスクラップとか廃棄車両を見つけたら、レストアして連結していこう」


「ああ、その時は頼む」


「おう。とりあえず、今日からここが俺たちのホームだ。楽しんでくれよ」


 そう言いながらウインクし、機関車の方へと歩いていくパヴェル。俺は目を輝かせながら射撃訓練場のレーンにつき、AK-12を準備して射撃訓練を始めることにした。


 俺たちの”ホーム”、か。


 いいね、楽しそうだ。






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[気になる点] 暗殺者のケツメドどうなっちゃったんだか…詳しく、いや説明しなくていいですw 御愁傷様
[良い点] コーヒーだと?君はあの下品な泥水を飲むつもりなのか?凱旋飛行の最中に!? どっかのゼロと蛇の無線通話が…うっ…
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