生きる理由、新たな目的
聞くところによると、ノヴォシア……というより西洋の冒険者には2つの種類があるという。
1つは特定の地域に定住し、そこに拠点を構え活動する冒険者。これは倭国でもよく見かける類の冒険者で、拠点とする地域との繋がりが強く、また周辺地域の住民たちからも頼られる存在となりやすい事が利点として挙げられる。
魔物の討伐から逃げ出した家畜の確保、家を留守にする間の子供の世話に至るまで……とにかく報酬を払えば何でもやってくれる便利屋、といった感じであろうか。
薩摩でも農業用の用水路を新たに作る工事で、複数の冒険者が駆り出されていたのは目にした(もちろん某も手伝った)。
そしてもう1つは、倭国ではあまり目にする事のない”のまど”と呼ばれる冒険者。特定の地域に拠点を構えるわけではなく、各地を旅しながら仕事をする者たちの総称なのだそうだ。のまどとは、異国の言葉で『遊牧民』を意味する言葉と聞いている。
なるほど、蒙古の遊牧民の如く各地を転々と移動して仕事をするからそう呼ばれるようになったというわけか。確かに両者は似ている……扱うのが家畜か、それとも武器かという点で大きく異なるが。
血盟旅団はその”のまど”と呼ばれる方の冒険者ぎるどであるそうだ。だからなのだろう、列車の中はまるで家のようだ。寝室だけではなく食堂もあり、厠があれば風呂もある。これで生活しながら各地を移動し、仕事をしてきたというわけか。
なかなか興味深いものだ、と思いながら車両の中を移動し、ミカエル殿が居るという工房を目指す。
生活のための設備だけでなく、簡易的な鍛冶工場まである事には驚いた。
車両を後ろに向かって進んでいく度に、金槌で鉄を打つ音が微かに聞こえてくる。扉を開け、車両間の連結部を飛び越えて後方の車両の扉を開けると、窓を全開にしてもなお抜け落ちる事のない溶けた鉄の臭いと熱気が、工房のあるという車両の1階を満たしていた。
血盟旅団の列車は、最後尾の格納庫を除いて2階建てになっているというのだから驚きだ。狭い空間を少しでも有効に活用しよう、という設計者の創意工夫が見て取れる。
薄暗い工房の中、鉄を打つ音と舞い散る火花、そして赤々と燃える小さな鉄板を金槌で打つ小さな人影が見えた。
ミカエル殿だ。
あんな小柄な少女だというのに、窯で赤く焼けた鉄を、大きな金槌で何度も何度も叩いて形を整えつつ鍛えている。しかしその手つきは一流の鍛冶職人というよりは、職人に弟子入りして1人でやってみろと言われた見習いのようなぎこちなさもあった。
叩いている鉄も、よく見るとちゃんとした鉄板ではなく、どこかで拾ってきたのであろう古びた工具である事が分かる。それを叩いて鋭利な刃物に鍛え直し、短刀(にしては些か小さいので投擲用の得物だろうか)に造り直しているらしい。
古いものを再利用する―――倭国でもよく行われている事だ。西洋ではそういった行為を”りさいくる”と呼ぶのだとか。
少々話が脱線するが、某が赤子の頃に身に纏っていた寝間着も、元々は古くなった父上の袴だったのだそうだ。そこから母上が使えそうなところを切り取って、赤子用の寝間着に仕立て直してくれたらしい。
そんな事をぼんやりと思い出していると、じゅう、と焼けた鉄を水が急速に冷却する音で我に返った。
「ああ、ミカエル殿」
口を開き彼女を呼ぶと、本来の色に戻った鉄屑の短刀の形をまじまじと見ていたミカエル殿がこっちに視線を向けた。
「範三。身体の調子はどう?」
「うむ、イルゼ殿のおかげで絶好調だ」
「それは良かった」
「その節は世話になった。ミカエル殿にも看病を手伝って頂いたそうで、なんと礼を申せばよいか……」
「いやいや、そんな……俺は当然の事をしたまでだよ。とにかく範三が無事でよかった」
裏表のない笑みを浮かべ、ミカエル殿は言った。
出会ったばかりの頃から思っていたのだが、おそらくミカエル殿には本当に裏表がないのだろう。嘘をつくのが下手くそで、いつも本心で相手と接するような、そのような人物に思える。
だからなのだろう、接している内に『この人なら信用できる』と思ってしまうのは。
彼女の元に集ったであろう血盟旅団の面々も、同じような心境に違いない。
「ところでその、某を呼んでいたとパヴェル殿から聞いたのだが」
「ああ、うん」
用件を言うと、ミカエル殿は鍛えたばかりの投擲用短刀を傍らの作業台にあった万力に挟んだ。万力をがっちりと固定するや、傍らに置かれていた番線を伸ばし、短刀の持ち手の部分にぐるぐるときつく締めながら巻いていく。
滑り止めにするつもりなのだろうか。
「範三さ」
「なんだ」
「―――今、虚しいだろ」
呼吸が止まりそうだった。
全てを見透かしていたように、さらりと言ったミカエル殿。小柄な彼女の後ろ姿は、しかし実際の身長以上に大きく見える。
何故分かった、とは言わない。
というより、なんと返答をすれば良いのか……最善の返答が頭に思い浮かばず、しばし金属の擦れ合う音だけが工房の中に響く。
その沈黙が、某の答えになってしまった。
「マガツノヅチを討ち果たし、見事に家族と道場の師範、兄弟子たちの仇を討った……それも倭国を遠く離れた北国、ノヴォシアという異国の地で。並大抵の覚悟で出来る事じゃない。一度決めた志を曲げず、最後まで貫き通す意志の強さ……本当に、敬意を表さずにはいられない。俺には無いものだ」
くるりとこちらを振り向いたミカエル殿の目つきは真剣そのものだった。某の傍らで疲れ、眠りに落ち、猫のように喉を鳴らしていた少女と同一人物とは思えない。
「でも、だからこそ―――それだけの意志の強さと復讐心を糧にここまで来たからこそ、今はこれ以上ないほどの虚しさ……というより、喪失感を感じている。違うか?」
「……いや、お主の言う通りだ」
某も嘘をつくのは苦手な方だが、しかしそんなにも顔に出やすい方なのだろうか? それともミカエル殿が相手の心を読む術に長けているのか、あるいは本当に、比喩表現なしで相手の心の中を読み取る妖術の類でも身に着けているのだろうか。
まるで某自身に問いかけられているかのように、本心を次々に言い当てられる―――故に、ただ肯定する事しかできなかった。
「マガツノヅチへの復讐、それが生き甲斐だった。それに元々は彼奴を討ち果たした後の事など考えてはいなかった。刺し違えるか、あるいは彼奴の首を皆の墓前に備えた後、この腹を切って三途の川を渡るつもりでいた」
「……それじゃあ勿体ない」
ミカエル殿の言葉は風のようだった。
心の中に滞留した何とも言えぬもやもやした気持ちを、その霧のような考えを勢いよく吹き飛ばしていくかのような、そんな勢いがある。
「じゃあやっぱり、この後の事は何も考えていないと?」
「うむ……どうしたものか。倭国に戻るか、それとも……」
倭国に戻る手段ならばある。ノヴォシアの港から倭国へと向かう商船に乗せてもらえばよいのだ。もちろん金は払わなければならないが、幸いマガツノヅチ討伐の報酬で金はある。倭国行きの船に乗せてもらっても釣りがくるであろう。
しかし―――倭国に戻ったところで、何をすれば良いのか。
薩摩で道場でも開くかとは思ったが、某の剣術もまだまだ未熟。道場を開ける程立派なものではない、とは理解しているつもりだ。
ではノヴォシアに残るべきか?
既に某には肉親はおらぬ。親や親族も皆、マガツノヅチの放つ炎で焼かれた。
市村家の人間は某1人だけだ。
だが、ノヴォシアに残って何をすれば良いのか?
親族はいない、友人もいない。パヴェル殿から貰った翻訳装置のおかげで意思の疎通に関する諸問題は乗り越えたが、それだけだ。そこから先は何もない。土地勘もない、文化も違う異国の地。そこで何をしろというのか。
まるで広大な海原にいきなり放り出されたような疎外感を感じていると、ミカエル殿は万力に挟んでいた短刀を手に取った。万力から外したそれをくるりと回し、壁にぶら下げてある的へと向かって無造作に放り投げる。
忍の投げ放つクナイのように……とはいかなかったが、回転しながらミカエル殿の手を離れたそれは、すとん、と綺麗に的の真ん中から少し上のところに突き刺さった。
「実はさ、その件でちょっと提案があるんだけど」
「提案?」
的に歩み寄り、突き刺さった短刀を引き抜いたミカエル殿が言った。
「もし、この後の事が何も思いつかないならさ―――どうだろうか、俺たちと一緒に来ないか?」
「……え?」
一緒に来ないか、とは。
それはつまり―――某も一緒に、ノヴォシアを旅するという事なのだろうか。
復讐に燃える異国の剣士ではなく……血盟旅団の一員として。
「俺たちはまだ、結成して1年も経ってない新興ギルドだ。規模も小さいしメンバーも少ない。けれども、これから臨む旅路はきっと苛酷だ。だから仲間が欲しい。共に背中を預けて戦える、信頼できる仲間が」
信頼できる……仲間……。
ミカエル殿たちと共に戦ったマガツノヅチ戦。あの時、某は彼女たちに背中を預けた。仇討ちを成し遂げるため、血盟旅団の団員たちに背中を預け、彼女たちが魔物の群れを押し留めてくれていたからこそ、マガツノヅチとの戦いに集中できた。
あの時のように、背中を預けて戦える仲間が欲しい―――ミカエル殿はそう言っている。
「どうか、一緒に来てはもらえないだろうか」
「……某は頑固だぞ」
「それは分かってる」
「本当に良いのか?」
「これは皆と話し合って決めた事さ」
先ほどまで抱いていた疎外感が、薄れたような気がした。
異国の地で出会った新たな仲間たちと、共に旅をする―――それも悪くないのではないか。そう思うと、復讐を終えてぽっかりと口を開けていた心の穴が埋まっていくような気がして、安堵を覚える。
ああ、そうか。
やっと見つかったのか。
これから何をするべきか。
復讐を終えた後の、生きる意味が。
「ふふっ……ふふふっ」
「な、なんだよ」
「いや……なるほど、面白い提案だ」
ちらりと視線を腰に落とした。
マガツノヅチ討伐の折、しゃもじ殿から頂いた満鉄刀がそこにはある。
曰く『寒冷地での扱いに向いた刀』。ノヴォシアは冬を迎えると極寒の地獄と化す、と書物で読んだことがある。
今思ってみれば、ただ単にマガツノヅチを倒すためだけではなく、その後の事も考えたしゃもじ殿の粋な計らいだったのかもしれぬ。
「異国の地で、剣士としての名を轟かせるもまた一興……うむ、承知した」
にっ、と笑みを浮かべ、ミカエル殿の顔を見下ろした。
「―――ミカエル殿の旅路、某も同行させて頂こう」
「はい、こちらがギルドへの加盟証明書となります」
受付の狸のお姉さんから加盟証明書を受け取って、管理局の建物を後にした。
これで晴れて範三も血盟旅団の仲間入り―――とはいっても彼のランクはまだEランクだったそうで、ギルドランクはそれによりBからCへ下降してしまった(ギルドランクはメンバー全員のランクの平均で決まる)けれども、彼の実力ならばすぐランクアップするだろう。
というよりも、マガツノヅチ討伐に参加しそれを成し遂げたという大き過ぎる功績はちゃんと管理局本部に届いている筈だ。昇級ナシ、というのはちょっと考えづらいのだが、まだどうするべきか上層部で話し合っている段階なのだろうか。
まあいい、いずれ分かるさ。
範三とクラリスの3人で村の駅まで戻ると、レンタルホームの脇にある空き地に随分といかつい車両が停車している事に気付いた。
傍から見ると軍用トラックのようで、しかし側面には荷台らしき部位に乗り込むためのドアがある。キャンピングカーなのだろうか?
そのドアが開いたかと思うと、しゃもじがおもちと一緒にヴォジャノーイのジャーキーをもぐもぐしながら降りてきた。
「もう行くのか?」
「ええ。ちょっとドルツ地方の方に行こうかなって」
ドルツ―――前世の世界で言うとドイツの辺りだ。とはいってもまだ統一されてはおらず、イルゼの故郷であるグライセン、ベルエルン、ヴァクセンなどの国に分かれ群雄割拠の状態にあるのだそうだが。
ドイツ帝国ならぬ”ドルツ帝国”の誕生は、もう少し先になりそうである。
「ところでその車は?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね! これは【Bimobil EX 435】、キャンピングカーよ!」
アレやっぱりキャンピングカーだったのか。
「ウニモグU4023がベースになってるのよ! ほらほら感じるでしょ、このウニモグ感!」
「ウニモグ感」
ウニモグ感とは。
そーいやしゃもじたちが乗ってたRipsaw、マガツノヅチに破壊されてるのよな……なるほど今度はこっちに乗り換えか、なーんて考えながら相変わらずのしゃもじのテンションに振り回されていると、また別の車のエンジン音が聞こえてきた。
今度は何じゃい、と思いながら振り向くと、これまた見覚えのある車がこっちに向かって走ってくるのが見え、運転手の顔が見えるくらいの距離になるよりも先に、俺は思わず手を振り始める。
こっちに向かって走ってきたのは、トヨタのランドクルーザー70。
そして運転席でハンドルを握るのは、褐色の肌に銀髪、身長は2m超えで尻と胸はソシャゲのキャラの如く特盛りで、豊かなバストの下にある腹筋はバキバキと、そりゃあもう性癖が大渋滞を起こしているような、そんな狼の獣人の女だった。
キャンピングカーの隣に停車したランドクルーザー70。運転席から出てきたのは、やっぱり彼女だった。
「久しぶりだな、ミカ」
「セロ!」
「なんだかヤバい奴が出た、って聞いたものでな。加勢しようと引き返してきたんだが……この様子だとお前たちが倒してしまったか」
そう言っているうちに、後部座席から彼女の主人―――マルガレーテも眠そうに瞼を擦りながら降りてくる。どうやら移動中、昼寝でもしていたらしい。
さて、俺たちはともかく初対面となるしゃもじ、おもち、範三の3人。
リアクションはやっぱり思った通りだった。
「「デッッッッッッッッッッッッッ」」
「でっかー」
迸る感情を素直に口にするしゃもじと範三、そしていつもと変わらず眠そうな声のおもち。
3人のリアクションに無事腹筋を破壊されたミカエル君は、ゲラゲラ笑いながらも戦友に言った。
「ま、まあ、せっかく来たんだ。飯でも食っていきなよ」




