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死闘の果て


『範三。あれはね、流れ星というのよ』


 あれは幼き日の某が、初めて流れ星を見た時の事だった。


 無数の星が散らばる夜空を見上げながら、母上からそう教わった。曰く『西洋では流れ星は幸福の先触れであり、人の願いを叶えてくれる』という伝承があるのだそうだ。


 その光景を見て、あの時の事を思い出した。


 大地から、力強く夜空へ駆け抜けていく流れ星。空から落ちてきたのではなく大地から夜空へと旅立っていったそれは、闇夜を漂う雲に大穴を穿つと、夜空を埋め尽くす星の一つとなった。


 もちろんそれは本物の流れ星ではない。


 この魔力の気配―――命を燃やすかの如く力強い魔力は間違いない、しゃもじ殿のものだ。


 彼女はいつも全力であった。海産問屋の娘とは思えぬほどの根性と、刀を握るに相応しい技量、そして何より女子おなごとは思えぬ屈強な身体を持った、刀を振るうためだけに生まれてきたような少女―――少なくとも、某はそう思っている。


 彼女も戦っているのだ。こんなところで、某が負けるわけにはいかぬ。


 仲間の魔術の光に鼓舞され、口の中に溜まっていた血を吐き捨てた。


 刀を地面に突き刺し、支えにして何とかよろよろと立ち上がる。


 それにしても……地に落ちたとはいえ、相手は神話の時代から存在するいにしえの龍。追い詰めている筈が、全くそのように感じさせないのは、さすがはマガツノヅチと言ったところか。


『キュルルルル……』


 唸り声を発しながら某を睨むマガツノヅチ。その身体には幾重にも刀傷が刻まれ、黄土色の美しい鱗はうっすらと赤黒く染まりつつある。天を自在に舞う龍である筈が、こうして見てみると地の底から蘇った魔人のようにも思え、何とも言えぬ威圧感を感じる。


 今度は、マガツノヅチが先に動いた。


 傷ついた身体に鞭を打つように、傷口から血を迸らせながらも巨体をくねらせる。それに呼応するかのように、彼奴の周囲に突如として白く濁った結晶のようなものが生み出されたかと思うと、それはすぐに白銀の槍の形を成した。


 ミカエル殿が”めたんはいどれえと”と呼んでいたものだ。可燃性の空気を結晶化したもの……説明を受けたが、そういった学問は某の専門外。辛うじて読み書きと簡単な算術はできるが、それ以外は何も知らぬ。


 だが、それが危険なものである事は重々承知している。火を近づけるか、あるいは温度が上がると爆ぜ、大筒の如く周囲の物体を粉々にする―――要するに火気厳禁、ということだ。ごく僅かな火花ですら命取りになるかもしれぬ。


 それが怖くて侍ができるか、と某は踏み込んだ。草履で焼けた大地を思い切り蹴り、激痛を上げる肉体に鞭を打って走り出す。


 目指すはマガツノヅチの首。しかしそこに至るまでに、あの白銀の槍衾やりぶすまを越えていかねばならん。


 某が真っ向から勝負すると見るや、マガツノヅチは白銀の槍を次々に撃ち放った。勢いよく空気が漏れ出るような音を響かせ、空中にぴたりと静止していた槍たちが一気に目を覚ます。


 ごう、と迫る槍を、上半身を逸らして躱した。頬が軽く裂け、血が溢れ出るがそんな事はどうでも良い。この身体はまだ走れる、まだ言う事を聞く。まだ戦えるならば、それは全て掠り傷よ。


 腹をぶち抜く勢いで迫ってきた槍の一本を、振るった刀の峰で弾いた。両断してやってもいいが、エゾや津軽の氷に似た質感の物体ならば、斬るよりも打撃で砕く方が有効だ。その読みは正しかったようで、穂先を砕かれた槍は狙いを逸れ、某の後方にあった廃屋の一つに突っ込んだ。


 埒が明かぬと断じたのであろう、マガツノヅチの口から炎が漏れた。


 またあの炎の雨を吐き出す腹積もりだ―――それで一気に氷の槍を起爆させ、決着(王手)を狙おうとでもいうのか。


 そう易々といくものかよ、と刀を前方へ思い切り突き出した。やがて切っ先を直撃したのは、某の首を狙う軌道で迫っていた例の氷の槍、そのうちの1本。


 真正面から刀で串刺しにされたそれ諸共、某は身体をくるりと一回転させ、勢いを乗せて刀を振るった。ぶんっ、と遠心力で串刺しにされていた氷の槍が抜け、本来の持ち主―――マガツノヅチの方へとすっ飛んでいく。


 そんな事にも気付かずに、マガツノヅチは盛大に炎の雨を吐き出した。燃え盛る岩にも似た何かを雨のように吐き出し、更なる火の海を生み出そうとするマガツノヅチ。しかし真っ先にその炎に触発されて爆ぜたのは、あろうことか自らの方向へすっ飛んできた1本の氷の槍だった。


 某が今しがた、送り返した代物である。


『!!』


 己の失策を悟ったマガツノヅチ。しかし、『覆水盆に返らず』とはよく言ったものだ。既に炎の雨は吐き出され、それの纏う熱風が氷の槍に触れようとしていた。


 一瞬、某は氷が燃えるのを見た。


 氷と炎、相反しているが故にありえない現象に見えるが―――確かに見たのだ、マガツノヅチが生成した氷の槍が、彼奴の吐き出した炎を浴びて燃え盛る瞬間を。


 しかし次の瞬間には真っ白な閃光が生じ、周囲の空気を吸い込んだかと思いきや、猛烈な爆風と化して牙を剥いた。どんっ、と腹の奥底に響く花火のような重々しい轟音が五臓六腑ごぞうろっぷを揺るがして、さながら巨大な手に打ち払われたかのごとく、身体が後ろに吹き飛ばされそうになる。


 それなりに離れていた某でこれなのだ、目前で槍を炸裂させる羽目になったマガツノヅチはひとたまりもあるまい。


 未だ燃え盛る炎の中を突っ切り、両手で刀の柄を握りながら大きく跳躍する。

 

 左右に開けた炎の向こう、そこに居たのは傷だらけのマガツノヅチだった。


 先ほどの炎と衝撃をもろに受けたのだろう。炎属性には耐性がある、という事は承知している(事実、彼奴は火を畏れる素振りを見せない)が、しかし衝撃はどうしようもない。爆風に嬲られ、衝撃をもろにうけたマガツノヅチの瞳はどこか虚ろであった。


 脳震盪でも起こしたのか、とは思ったが、すぐにその瞳に怒りの炎が宿るのを某は見逃さなかった。


 さすがは古の龍、この程度で倒れはせぬか。


 ―――それでこそ。


 にんまりと、血まみれの顔に笑みを作る。


 それでこそ、討ち取り甲斐があるというもの。戦う意志を失い恐れ戦くばかりの腑抜けを切るなど、武士の誇りに反するものだ。全力で向かってくる相手を、こちらもまた全力で斬り捨ててこそであろう。


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!」


 空中でぐるりと身体を一回転。回転の勢いで遠心力を味方につけ、更にすべての体重を一太刀に込める。


 これは、当たる。


 確信を持って振るったその一太刀は、マガツノヅチの眉間を狙い通りに捉えた。


 ズッ、と切っ先が味噌に包丁を突き立てたかのように沈む手応えがあったかと思いきや、すぐ目の前で紅い飛沫が迸った。紅く、熱く、鉄臭い紅の飛沫。今を生きる生命の証だ。それに混じるは硫黄ともニンニクとも言えぬ、何とも奇妙な悪臭。


『ギィィィィィィィィィィ!!』


 マガツノヅチの絶叫が、炎に呑まれつつある廃村に響いた。


 眉間に大きな傷を受けたマガツノヅチが、断末魔のような絶叫を発してのたうち回る。狙ったのか、それとも単なる偶然か、血に塗れたマガツノヅチの巨体が某の身体にぶつかり、空中であるが故に踏ん張る事もままならぬ某はそのまま派手に吹っ飛ばされ、地面に激突してから廃屋の中へと突っ込む羽目になった。


 天地がどちら側かも分からぬほど回転し、やっと平衡感覚が戻ってきた……というところで、肩の辺りに鋭い何かで刺し貫かれているような、何とも嫌な痛みが駆け上ってくる。


 左肩を見てみると、そこには黒く焼け焦げ、微かに燻りを残した木材の切れ端が突き刺さっていた。


 刀を床の上に突き立て、歯を食いしばりながら強引に木材の切れ端を引き抜いた。文字通り肉が裂ける程の痛みが一瞬にして脳天まで駆け上ってきたが、この程度の痛みなどまだまだ序の口。


 父上の拳骨に母上の平手打ち、そして薩摩の師範や兄弟子たちに竹刀で滅多打ちにされた時の痛みに比べれば蚊に刺されたようなもの。


 巷では”えりくさあ”なる治療薬が出回っているようだが、それに頼るつもりは無いし、持ち合わせもない。今の某の持ち物はこの刀一本のみ。


 はっとしながら右へと転がった。直後、廃屋の天井がガラガラと崩れ、火の粉を盛大に撒き散らしながら、大蛇の如き巨大な尾が天井から打ち下ろされてくる。


 もし今の一撃に気付いていなければ、あそこでマガツノヅチの追撃を受け、押し潰されていたであろう。


 左肩の痛みを無視し、刀をマガツノヅチの尾へと振り下ろした。引き戻す途中だったようで、某の一撃が捉えたのは尻尾のほんの先端部のようだったが、ぶづっ、と肉を断つような感触は確かにあった。


 ビッ、と紅い雫が周囲に飛び散り、黄土色の鱗で覆われた尾の先端部が半壊した廃屋の床に転がる。本体から千切れてもなおもぞもぞと蠢くそれに刀を突き立てて介錯し、廃屋に穿たれた大穴から外を睨んだ。


 マガツノヅチも傷だらけだった。


 傷を負っているのは某だけではない。彼奴もまた、同じような痛みに抗いながら戦っているのだ。


 どちらが先に倒れるか―――某の戦は、我慢比べの様相を呈していた。


 あるいは、どちらも出血の果てに共倒れとなるか。


 全ては御仏のみぞ知る―――。













 魔力欠乏症、という言葉は、武陽(江戸)魔法所(魔術学校)で最初の頃に習った。


 曰く、『魔力の大量放出により、体内の魔力が大きく欠乏している状態』。まあそのままの意味ね。名称を見れば何となくどういう状態なのか理解できるけれど、まあそういう事よ。


 初歩の初歩で習うという事は、それが真っ先に頭に入れておかないとヤバい、という事。


 というのも、この世界では魔力は”生命エネルギーの一部”とされているから。


 魔術はつまり、神々や精霊、英霊たちの力。私たち獣人はそれを信仰する事で力の一部を借り、魔力という動力源を動員してそれを発動する。


 だから魔術を使い過ぎたり、魔力消費量の大きい大技を連発していればあっという間に魔力が枯渇、最悪の場合は死に至るというわけ。


 生命維持に必要な魔力量は、概ね自分の最大魔力量の11%。個人差はあるけれど、だいたい20%を下回ってきた辺りから脈の乱れや発汗、倦怠感などを覚え始め、それが更に進行すると目や鼻、耳からの出血など、より重篤な症状が現れる。


 ぽたっ、と床の上に滴り落ちる自分の血は、いつの間にか赤ワインをこぼしたような、ちょっとした水溜りを形作っていた。燃え盛る炎に照らされながらそこに映る自分の顔を見て、ああ、ちょっと調子に乗りすぎたかな、という後悔が頭を上げ始める。


 随分と酷い有様だったわ。血涙に鼻と耳からの出血。頭の中はまるで強い衝撃でも受けたかのようにぼんやりとしていて、さっきまで自分が何をしていたのか思い出せない―――これは軽度の記憶障害かしら、と思っていたその時、まるで身体の表面を大蛇が蠢くような不快感を覚えた。


 何かが身体の中に入り込んでくる感覚―――まさか、と思いながら視線を左手に向けると、やはり予想通りの現象が発生していた。


「こ、こんな時に……!」


 左手に持った脇差―――倭国で手に入れた妖刀のそれが、赤黒い光を発して左手を取り込もうとしていた。濛々と、まるで家から炎が立ち上るかのように吹き出した赤黒い瘴気が左の手首から先をすっかり飲み込んで、そのまま手首の先をも侵食し始める。


 油断した。


 私専用の触媒に生まれ変わったとはいえ、これは未だに妖刀としての特性を併せ持っている。持ち主が少しでも隙を見せようものならば、たちまち身体を乗っ取ろうとしてくる―――かつて私が倭国で斬った妖刀これの持ち主もそうだった。すっかり瘴気に呑まれ、我を失い、辻斬りに成り下がっていた。


「なめるな……ぁ…っ!!」


 血まみれの右手で左の手首を思い切り握り、全力で抗う。


 私はお前に打ち勝った。だからお前を手に入れた。お前のものは私のもの、お前はもう私の力の一部。


 一度軍門に下った妖刀が、謀反を起こすとは何事か。


 小癪な妖刀の瘴気を精神力だけで強引に抑え込み、ちらりと視線をガノンバルドへと向けた。


『グ、ガ……ァ』


「……嘘」


 ―――ガノンバルドはまだ、生きていた。


 私の全力の一撃を、天をも穿つプラズマの一閃をもろに受けてもなお、まだ息があった。大きく融解した胸板から溶けた外殻や焼け焦げた肉を覗かせ、今にも絶命しそうな弱々しい呼吸ではあったけれど、その竜はまだ生きていた。


 生きて、なおも戦いを続けようとしていた。


 恐怖は感じなかったけれど、その生への執着には圧倒された。あんな、今にも死にそうな傷を受けてもなお立ち上がり、そればかりか戦おうとするなんて信じられない。


 これが竜―――古代から人類が、決して手の届かぬ絶対者としていた力の象徴たる所以。


 さて、どうするべきか。


 剛腕を重そうに持ち上げ、せめてお前も道連れだ、とばかりに振り下ろそうとしてくるガノンバルドを睨みながら、私は考えを巡らせる。


 体内の残存魔力量は、体感だけど間違いなく15%を下回っている。血涙に耳、鼻からの出血、そして意識の混濁―――これだけ症状が出ていれば、その残量を推し量るに十分すぎた。


 これ以上の魔術の発動は、割とガチで死に直結する。


 ならばどうやって戦おうというのか。大技の連発で酷使した肉体に鞭を打ち、この妖刀で戦うしかないのか。いつまた身体を乗っ取ろうと謀反を起こすか分からぬ存在を振るい、竜を討つしかないのか?


 何か抗う術は、と視界を周囲に巡らせていた私の目に、”それ”は映った。


 あれだけの熱風とプラズマの奔流の中、1本だけ残った同田貫。周囲の火の海に照らされ、鋭い朱色に染まったその刀身がやけに美しく、私の瞳の中にその光を落とす。


 ―――それは手負いのガノンバルドが攻撃態勢に入ったという事に比べれば、どこまでも続く血の海に垂らされた蜘蛛の糸の如く、本当に小さな情報だった。


 けれどもそれは確かに、限界まで消耗しきった筈の私には『見えた』。


 頭ではなく全身、身体中すべての細胞でそれを理解するや、その刀身に火の海を映す同田貫を引き抜いて走った。


 さっきまで立っているのがやっと、誰かに突き飛ばされただけで倒れてしまいそうだったと言うのに、一体この身体のどこにそんな力が残っていたのか、自分でも分からない。


 けれども進むべき道が目の前にあるならば、全身全霊でそれを踏み締めるだけで良い。それは確かだった。


 ―――見える!


 ガノンバルドの懐へと飛び込み、目を見開く。


 どこをどう斬ればいいのか、身体が―――雪船ハナという少女を構成するすべての要素でそれを理解していた。『これならばいける』、『これならば斬れる』という不思議なまでの確信が、私に範三の真似をさせた。


「だァァァァァァァァァァァァッ!!」


 外殻の繋ぎ目、すなわち関節部に、振り払った同田貫の刀身が深々とめり込んだ。バヅッ、と太い枝を剪定鋏で断つかのような硬い手応え。それはきっと骨を断つ音なのだと、本能で理解した。


 ただの斬撃ではない―――深く踏み込み、刀身の周囲にちょっとした衝撃波を発生させ、疑似的に刃渡りを拡張させた状態での”深い”一撃。渾身の力で振り抜いた直後、がくっ、とガノンバルドが体勢を崩した。


 剛腕ではない方の前足、その片割れを、関節から一刀両断していたのだ。


『ゴアァァァァァァァァァ!!』


「行ける、今ならばっ!!」


 食い縛った歯の隙間から血が溢れた。


 それでももう、止まらない。


 一度燃えた闘志はもう、止まらない。


「斬れる!!」


 ガノンバルドが憎たらしそうにこちらを睨んだ。


 ガノンバルドの首はそれなりに長い―――それがあんなにも自由に動くならば、そう、可動部と呼べるだけの部位なのであれば、そこにももちろん柔軟な動きを可能とするための隙間が、関節の隙間がある筈。


 ドン、と踏み込んだ。床がぶち割れるほどの力を込めての踏み込みに、ガノンバルドの視線が追い付いていない。


 その勢いを乗せ、渾身の一撃をガノンバルドの首に叩き込んだ。


 


 ―――パキン、と硬質な音が響いた。




 くるくると回転しながら、私の左斜め前にある地面の上に、ドッ、と刀の刀身が突き刺さった。たった今ガノンバルドの前足を切断し、その首をも刎ねようと振るった同田貫、その刀身だった。


 鍔の先から3分の2が消失した、折れた同田貫を手に、私はそのまま硬直していた。


 ずるり、と何かが滑るような音。湿った何かが滑り落ちるような音が背後から聞こえたかと思いきや、ガノンバルドの首がすぐ後ろに落ちていた。


 目を見開いたまま首を刎ねられたガノンバルドの身体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。やがてガノンバルドの肉体が火の海に沈んでいくと、私の身体からも力が一気に抜けていった。


 ―――ああ、そうか。


 魔力消費量が危険域に達した状態になってやっと、理解できた。


 前世と同じ状態なんだ。


 ボロボロの身体に、無闇と冴えた剣の勘。


 そして何より―――魔力が無い。


 そうか、これだったのかもしれない。魔力という便利な力の動力源があったからこそ―――魔力こそが、私の勘を曇らせていたものの正体だったのかもしれないわね……。


 こんな形でそれを理解するなんて、何とも皮肉な話だわ。


 死力を尽くした戦いの先にこそ、見えるものもある。私はこれを求めていたのかもしれない。血飛沫舞う死闘の果て、その先にあるもの。きっとこれがそれなのだと、私の追い求めていたものなのだと……。


 今ならば、胸を張って言える。


 私はようやく、前世の私を超える事が出来た。


 前世の心眼()、今の人生で鍛えた身体、そして前世と今世を通して磨いた技と積み上げた知識。


 前世で得られなかった自由、今世で羨んだ己の中の己、前世と今世を合わせて渇望している生きる実感。


 その全てが、それら全てが今の私を形作っている。それら一つ一つが、私という存在を満たしている。


 今まで散々言ってきたけれど、神様って本当に居るのかもしれないわね……。


「アエオイナカムイ、火之夜芸速男神ひのやぎはやをのかみ、香取大明神、鹿島大明神、諏訪大明神、アペフチカムイ、天火明命あめのほあかりのみこと、トカプチュプカムイ……私たちを見守る総ての神よ、御照覧あれ」


 折れた同田貫を手放しながら、ゆっくりと周囲を見渡した。


 ガノンバルドの血の臭いに引き寄せられたのか、いつの間にか無数の魔物たちが集まっている。ゴブリンにハーピー、ラミアにヴォジャノーイ……ノヴォシアでよく目にする魔物たちが、唸り声を発しながらこちらを睨んでいた。


 ……さて、と。


 こいつら鏖殺して、さっさとみんなの所に行かないと。


 大丈夫、もうそんなに時間はかからない。






 ―――今宵の私は、一味違うから。












 

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