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異世界合戦 1888


 倭国にも、こういう魔物が大挙して押し寄せてくるような現象はあった。


 何が原因なのかは今でもなお不明。魔物たちの生態系が土地の乱開発で縮小したことにより、餌を求めて人里へ降りてくる魔物が群れを成したという科学的な仮説から、死者たちの怨念が魔物たちを駆り立てたというオカルトチックな仮説まで幅広い。


 けれども確かなのは、その度に倭国の人々は武士だろうと農民だろうと立ち上がり、辛くも魔物たちを退けてきたという事。


 倭国では、こうした魔物の大移動を『百鬼夜行』と呼んでいる。


 担いできたBLACKHAWK!のサンダースレッジハンマー、おもちに持たせていたトマホーク、それと転生者の能力で召喚したマチェットやら何やらで私たちの持ち場(想定戦場)を、私たち有利に整えるのに、それほど時間はかからなかった。


 戦闘時、私たちの行動の邪魔になるような障害物は、かつての個々の住民には悪いけれど取り壊させていただいた。もちろんただ単に破壊しただけではなく、足場として機能するようにしたり、積み直してバリケードとしたり、あとは簡単な罠(お粗末なIED(即席爆発物))を仕掛けたり、前方にクレイモアを設置したりと、とにかくやれるだけの事はやった。


 なんで海産問屋の娘がIED(即席爆発物)の作り方なんて知ってるかって? そりゃあもうアレよ、乙女の嗜みよ。倭国の乙女はみんな心に爆発物を持ってるし、これが出来ないとお嫁に行けないなんて言われながら育ったのよ。嘘だけど。


 それはさておき、敵の数が圧倒的である以上、じりじりと後退しながらの戦いになる。けれども、それに関しては何の問題もないわ。私たちは本来、私とおもちの2人だけ。多勢に無勢という状況が必然的に多かったから、こういう戦い方には慣れている。


 複数想定した後退経路のそこかしこに、予備の刀も設置しておいた。これが何代も受け継がれてきた本物の名刀だったらアレだけど、設置した刀はいずれも転生者の能力で召喚した代物ばかり。瞬時に召喚、解除の切り替えができるから、躊躇なく使い捨てる事が出来るというのは個人的に高ポイントだと思うわ。


 例えそれがどんなに貴重なものであっても。国宝(長谷部国重)だろうと天下五剣(三池典太光世)だろうと、贅沢に使わせてもらうつもりよ。


 戦の準備を終え、じりじりと近付いてくる戦の気配に戦意を研ぎ澄ましながら、ふと永禄の変の剣豪将軍(足利義輝公)を思った。足利氏伝来の銘刀の数々を鞘から抜き放ち、二条御所の畳に突き立ててゆく時の義輝公はどのような心境だったのだろうか、と。


 まあ、今の私と違う事だけは確かね。あちらは換えの利かない一点物。鎌倉幕府滅亡により成り上がって十三代、それを集め伝えてきた足利将軍家が、二百数十年前に偉大な祖先(尊氏公)がまさにそうしたように、下剋上されようとしているまさにその時に向き合う事になった彼には、畳に突き立ててゆく銘刀たちを後世に伝えてゆく事は出来ぬ、という諦めや口惜しさもあった筈。


 けれども、今の私にそのような哀愁は微塵もない。


 あるのはただ、NK-POPの歌詞の如く燃え盛る闘争心があるだけよ。


 まあ、そもそも義輝公が二条御所の畳に刀を突き立てまくった話というのは創作である、という説もあるらしいけど(実際は薙刀で応戦したんだとか)。


 兎にも角にも、これでやるべき事は概ね片付いた。


 後は時が来るまで待って、隣でヴォジャノーイのジャーキーをもっちゃもっちゃと食べているおもちの機関銃―――『PKP-SP』の掃射で敵を薙ぎ倒しつつ引き付け、私がその全てを斬り捨てる。


 一応私も『L119A2CQB』を持っているけれど、接近戦が迫ってきた時点で予備マガジンを入れたリグ諸共召喚を解除して消す予定。白兵戦において、やはり銃は無用の長物と成り果てる。


 範三の手前もあるけれど、やっぱり私の本懐は刀。戦い方に拘りはないけれど、本気で戦うならば曲がりなりにも前世から振ってきたこれしかない、と言えるだけの自信と自負がある。


 そしてそれが―――満足に振るう事も出来ず、身体を病魔に侵され死んでいく事しかできなかった前世の人生だったからこそ言える。


 『刀さえ振れるなら、私は無敵でいられる』と。


 チェーンソーなんて要らないわ。もし本当に居るのならば、神様だって斬ってみせる。


 懐から鉢金を取り出した。布の部分にはアイヌ模様の刺繍がある。旅に出る前に母が用意してくれたものだ。


 遠く異国の地にやってきても、私と家族を結ぶものの一つ。


 鉢金を額に合わせ、頭の後ろでぎゅっと結びながら、迫り来る敵意の波濤を睨みつつ―――笑みを浮かべる。


 ―――さあ、危険と踊ろう、死と斬り結ぼう。そして命を押し通そう。


 この世に蔓延る総ての死に教えてやる、私自身の積み上げた老い(人生)の他にはいかなる死神の鎌でも、今世の私を捕らえられはしない、と。


 











 ドパパッ、と炸裂するような音が、夜空からはっきりと聞こえてきた。


 聴覚の発達したクラリスでなくとも、しっかりと聞き取れる爆音。夜空を仰ぐと、百鬼夜行を先導するかの如く夜闇を泳ぐマガツノヅチの胸板に、頭に、そして腹に、赤い華が9つ咲き乱れ、戦いの火蓋が切って落とされる。


 機甲鎧パワードメイル隊の地対空ミサイルが全弾命中したのだ。


(ご主人様……どうか、どうかご無事で)


 ミカエルの無事を祈りつつ、クラリスは自分の事に意識を集中させた。


 彼女が潜伏しているのは半壊した廃屋の1階、かつてはリビングであったであろう部屋だ。その壁の穴からMG3の武骨な銃身を突き出して、暗闇の中で息を殺し、魔物たちが射程に入るのを今か今かと待ち構えている。


 彼女の目には、全てがはっきりと見えていた。


 暗闇の中、廃村へと殺到してくる魔物の一団。大地を埋め尽くさんばかりの勢いで迫ってくるのはゴブリンやハーピー、ラミアにヴォジャノーイの成体。それらの中には年齢を重ねて成熟した、いわゆる”エルダー個体”と呼ばれる大型の個体も含まれている。


 そっと、メイド服のポケットから起爆装置を取り出した。


『起爆は任せるヨ』


「了解です」


 リーファに返事を返し、起爆装置のスイッチを覆うガラスカバーを指で弾いた。露出した赤いスイッチに親指を這わせたクラリスは、躊躇もなくスイッチを押し込む。


 カチリ、とスイッチが押された途端、大地が爆ぜた。


 敵は目の前ぞと言わんばかりに全速力で突っ込んできた魔物たちは、さながら火山の噴火の如き爆発にそのまま呑まれた。ゴブリンの肉体があっさりと四散し、ラミアの蛇のような肉体が焼け、低空を飛んでいたハーピーの群れが煉獄の炎の中で黒い影と化す。


 地中に設置していたありったけの爆薬だ。対戦車地雷、障害物破壊用の梱包爆薬、対戦車手榴弾に安値で買い付けてきた古めかしいダイナマイト、ついには有り合わせの材料で自作したIEDに火炎瓶まで、とにかく使えそうなものは何でも詰め込んだ。


 その山のような爆発物を、ありったけのC4爆弾で一斉に起爆させたのだ。廃村を包んでいた静寂が、一瞬にして夏祭りのような喧騒に覆われ、空だけではなく地上でも戦闘開始のゴングが打ち鳴らされる。


 爆薬の一斉起爆により、陣形の先鋒を見事に突き崩された魔物たちであったが、しかし殺すべき標的を、あるいは喰らうべき餌を眼前にした野生の魔物たちはその程度では止まらない。炎が何だ、火薬が何だと言わんばかりに炎に飛び込んでは、火達磨になりながらも突撃を続行する。


 火達磨になりながらもなお走り続ける、一回り大きなエルダーゴブリン。そのヒトに限りなく近い爪先が、それこそ髪の毛のように細いワイヤーを弾いた途端、周囲のゴブリン諸共挽肉と化していた。


 草むらの中から飛来した無数の小型鉄球が、火薬の爆発によって得られた運動エネルギーを余すことなく標的へと叩きつけたのだ。


 クレイモア地雷―――アメリカ軍で使用されている、対人用の地雷である。


 傍から見ればオリーブドラブ、あるいはデザートカラーの飯盒にも見えるそれの中には、爆薬と鉄球がびっしりと詰め込まれている。ひとたび起爆すればその無数の鉄球が前方へとばら撒かれ、ワイヤーに引っかかるか、あるいは設置した者が起爆スイッチを押した途端に標的をミンチにしてしまうのだ。


 ボディアーマーを身に着けた人間の兵士ですらそれなのだから、防具という概念を理解していないゴブリンやラミア、そして低空を飛ぶハーピーが無事で済むわけがない。機関銃の射程に入る事すら叶わず、クレイモア地雷の餌食になった魔物たちは地上を血肉でべっとりと汚す事になった。


 ゴブリンとラミアの合挽の上を悠然と飛んでいくのは、飛竜ズミールの群れ。V時形の編隊を組みながら、驚異的な視力で廃屋の中のクラリスを発見し突撃しようとする彼らであったが、その眼前に放り込まれた40mmエアバースト・グレネード弾がそれを許さない。


 照準器により指定された距離で起爆したグレネード弾は、ガノンバルドのような強靭な外殻を持つわけでもないズミールの頭を容易く吹き飛ばした。爆風と破片が鱗を焼き、外殻を引き剥がし、鋭利な破片が柔らかい肉を刺し貫いていく。


 中国の11式狙撃グレネードランチャー、その輸出仕様であるLG5から放たれた、グレネード弾による遠距離砲撃である。


 編隊を崩されたズミールの群れに、今度は容赦のない7.62×51mmNATO弾の弾雨が牙を向いた。


 クラリスの持つMG3から放たれた、極めて濃密な弾幕だった。


 かつては”ヒトラーの電動ノコギリ”とも言われたMG42、その遺伝子を色濃く受け継いだ汎用機関銃の傑作。使用弾薬が7.92mm弾から7.62mm弾に変わり、時代が経過しても、その獰猛さに陰りは無い。


 むしろ、無数の獲物を前に奮い立っているようにも見えた。


 弾幕をまともに受けたズミールが血を迸らせながら墜落。5発に1発の割合で曳光弾が含まれた弾幕が、今度は隣のズミール目掛けて薙ぎ払われる。


 瞬く間に頭を蜂の巣にされ、2体目が墜落。立て続けに放たれるエアバースト・グレネード弾の支援でズミールの勢いが削がれていると判断したクラリスは、その汎用機関銃(MG3)の鎌首を地上へと向けた。


 轟々と立ち昇る爆炎の壁を突破した魔物たちが、なおも廃村へ足を踏み入れようと殺到してくる。その度に草むらの中のクレイモア地雷が炸裂して魔物を挽肉へと変えていくが、しかし戦力差は500対1……どれだけ火力を投射しても、トラップの数々で敵の数を減らしても、その戦力差は縮まらない。


 右側面のカバーを開き、早くも真っ赤に焼けた銃身を排出。耐熱シートの上に転がったそれを尻目に、予備の銃身をセットしたクラリスは、ふと『敵は無限に湧いて出てくるのではないか』という錯覚を覚えていた。


 それほどまでに戦力差は絶望的―――だがしかし、ここで引き下がるわけにもいかない。


 だから弾薬がある限り撃ち続けた。


 仲間たちの勝利を、ただただ信じて。













 L119A2のバースト射撃をもろに受けたゴブリンが、眠るように倒れていった。


 実際に銃を使って相手を撃つようになってから分かったんだけど、銃で撃たれた相手はアクション映画みたいに派手に倒れる事はない。まるで身体中に麻酔でも回ったかのように、すーっと眠るように倒れていく。


 一度眠れば二度と覚める事のない、死という永遠の悪夢に捕らわれる。


 ロシア製のスコープを乗せたおもちのPKP-SPが、低空を飛行しながら爪で切り裂こうとしてくるハーピーの一団を薙いだ。7.62×54R弾、第一次世界大戦どころか日露戦争の頃から今なお現役のフルサイズライフル弾。


 弾薬としては古いけれど、しかしその威力は未だ健在だった。まるで鶏を大口径のハンティング・ライフルで撃つかのように、茶色い羽根を散らしながら次々に落ちていくハーピーたち。


 そろそろ潮時ね、と思いながら、L119A2の召喚を解除。一緒に身に纏っていたチェストリグの重みも消失すると同時に、身体を白兵戦へと切り替える。


 鞘から刀を抜いた。月明かりと、派手な火柱に照らされて淡い朱色に煌めくのは、日本が誇る銘刀―――和泉守兼定。


 仕留めた動物の骨なのだろう、大きく白い棒状の塊を棍棒のように振り回してくるゴブリンをすれ違いざまに斬り捨てた。刀身が骨を断つ微かな抵抗しか手応えが無く、空振りしたかな、とちょっと心配になる。


 けれども背後で派手な血飛沫が噴き上がったのを感じ、そのまま次の標的へと攻め寄った。


 エルダーゴブリン―――通常のゴブリンよりも大型で、オークのような姿をしている老齢のゴブリン。長く生きているからか知能もそれなりに高いようで、手には鋭利な打製石器をいくつも埋め込んだ木製の棍棒がある。


『ゴアァァァァァァァ!!』


 雄叫びと共に振り下ろされたそれを、刀で受けるような愚は犯さない。


 日本刀は恐ろしい切れ味を誇るけれど、その刀身はとにかく華奢。手入れを怠り、荒っぽい使い方ばかりしていればやがて折れる。


 剣術とはただ単に相手を斬る事に非ず。


 今の私にとって、この手の中にある刀もまた私の一部―――掌を介して、得物たる刀にまで神経が達しているかのような、そんな錯覚まで覚えた。


 ごう、と空気を攪拌しながら振り下ろされた棍棒の一撃を容易く回避。攻撃力は脅威だけど、それだけだ。攻撃そのものは単調、見切るのは容易い。


 がくん、とエルダーゴブリンが膝をついた。見るまでもなく、何が起こったのかは分かる。


 後方で支援してくれていたおもちのPKP-SPから放たれた弾丸の数発が、エルダーゴブリンの太腿を射抜いたのだ。いくら体格が大きく知能が発達していても、7.62mm弾のストッピングパワーから身を守る事には繋がらない。


 体勢を崩したエルダーゴブリンの喉元に、体重移動の勢いを乗せ、刀を思い切り突き入れた。ガッ、と切っ先が脊髄を突き抜く手応えを感じ、捻ってから刀を強引に引き抜く。


 返り血を払い、次の獲物へ。前傾姿勢になりつつ、体重を乗せた剣戟でゴブリンを両断。返り血を浴びつつ直進し、私を喰らおうと突っ込んでくるヴォジャノーイ亜種の膨れた腹をばっさりと切り開く。


「あはははははっ!! 戦うと元気が出るわねぇ、おもち!!」


 彼女の方を振り向きながら言ったわけではないけれど、何となく彼女がいつものように肯定してくれたような気がした。


「死を意識するから、生きる事が実感できるわ!!」


 低空で何かが突っ込んでくる感覚―――獲物を見ている暇はなく、咄嗟に刀を振り下ろす。


 ズミールだった。火の粉舞う夜空を飛び回り、獲物を探していた飛竜ズミールが、何を血迷ったのか私を喰らおうと急降下してきたみたい。


 エゾクロテンはキュートな動物。けれどもその性格は獰猛そのもので、可愛い見た目に騙されてはいけないという一例でもある。


 案の定、ズミールの辿った運命は決まっていた。振り下ろした刀の刀身が外殻諸共、ズミールの首をバッサリと斬り落としてしまう。


 咄嗟の一撃だったから良く狙わずに斬撃を放ったけれど、普段であれば外殻の隙間―――僅か数センチの隙間を斬り付け、刀に負担をかけないような戦い方をするよう心掛けている。


 けれども今のは違う。外殻ごと力任せに叩き切るようになってしまったから、刀身が心配になった。


 ぬらりと血で染まった刀身。案の定、その刃にはいくつも刃毀れが生まれていた。いくら鋭利な刀といっても、弾丸すら弾く飛竜の外殻は戦車の装甲も同然。そんなものを強引に両断しようとすればどうなるか、言わなくても分かるわよね。


 ごめんなさい、と心の中で念じ、刀を地面に突き立てた。


 いくらかつての日本の銘刀と同じ姿、同じ名前、同じ切れ味を誇る業物といえど、これは本物ではない。転生者の能力で召喚した武器―――つまりは贋作(偽物)だ。


 だからこんな謝罪の念を胸中に抱く事はナンセンス―――そんな事は分かっている。


 けれども抱いてしまう、抱かずにはいられない。偉業を成し遂げた先人への畏敬の念を失ってしまっては、やがてはヒトではなくなってしまう。短い人生で何を後世に遺すべきか、それを選ぶ事の出来ない人間になってしまう。


 ゴブリンの攻撃を躱しながら後ろへと飛び退き、古びた荷馬車へと手を伸ばした。


 その荷台に隠していた刀―――千子村正を手に取り、鞘の中から白銀の刀身を引き抜く。


 



「―――斬る(Kill)わよ」





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