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闇に挑む者たち


 小型のラジオを片手に機甲鎧パワードメイル用の格納庫へと向かうと、既に俺専用の初号機は武装の搭載と改造が済んでいるようだった。


 回転式の銃身とバッテリー、そして大容量の弾薬タンクから伸びる金属製ガイド。M134ガトリング機関銃、いわゆる『ミニガン』と呼ばれる銃器が今回のメインアームとなるらしい。


 初号機の肩には3連装のミサイル発射機が両肩に1基ずつ、合計6発分用意されていた。スティンガーやTOWではない、それらとは異なる新たなミサイル。まさかね、と思いながらコクピットに入ろうとすると、ミサイルの弾頭を抱えたノンナとルカがせっせと最後の1発を装填しているところだった。


 何と言えばいいのか……たぶん、ミサイルと言われてみんなが想像するミサイルとは大きく異なる形をしている。


 先端部から、さながら英国料理として有名なスターゲイジー・パイの如く、ミサイルの弾頭が3つ露出しているのだ。何というか、”コレで狙ったからには絶対殺す”という、開発者の殺意の高さをひしひしと感じる見た目をしている。


 イギリスが開発した『スターストリーク』と呼ばれるミサイルだ。スティンガーのようなミサイルとは異なり、レーザー誘導、つまりは照準用レーザーを目標に照射し続ける事によって誘導する方式のミサイルなので、フレアによる攪乱は通用しない。


 マガツノヅチのブレスに反応したスティンガーの誘導が狂わされた事を受け、パヴェルが運用を提案したミサイルだ。マニュアルは既に読んでおり、運用方法は頭に叩き込んであるが……何しろ訓練する時間もなかったものだから、ぶっつけ本番である。


 自分も出撃するためなのだろう、予備機である3号機の方に向かうパヴェルに向かって、俺は問いかけた。


「パヴェル、テストは?」


「そんな暇あるか!」


 そりゃあそうですよねぇ……動作テストも無しにいきなり実戦投入とは、なかなか追い詰められている感じはある。


 初号機の頭部を見た。ユニコーンの角を思わせる通信用アンテナが装甲で覆われた頭部から伸びている。後頭部周りの装甲の一部は排除され、スターストリークの運用に必須となるレーザー誘導装置が、外部ユニットとして装備されていた。


 コクピットに座り、キーを捻った。素早く計器類をチェックし、燃料計も満タンである事を確認する。


『ミカ、先行くわよ』


「了解」


 一足先に出撃準備を終えたのだろう、モニカが格納庫のハッチの辺りでこっちに親指を立て、MG3を装備した2号機で一足先に出撃していった。


『もう壊すなよモニカ、造り直すの大変だったんだからな』


『ちょっとパヴェル、いつまでそれ言うのよ?』


「諦めろモニカ、多分ギルドを解散するか誰かが機体を壊すまで一生ネタにされるぞ」


『えぇ……?』


 まあ、そんなもんだ。


 コクピットのハッチから、ひょっこりとルカが顔を出した。点検用のチェックリストを片手に、整備状況の説明をしてくれる。


「ミカ姉、整備状況は万全だよ」


「ありがとう。何か注意すべき事は?」


「頭部にレーザー誘導装置を搭載したんだけど、これがないとミサイルの誘導は出来ないよ。それと、装置の搭載のために頭部の装甲の一部を排除してるから、頭への被弾は絶対に避けてね」


「分かった、ありがとう。それとルカ」


「なあに?」


 説明を終えて機体から離れようとするルカを呼び止めた。もふっとした髪を揺らしながらこっちを振り向いたルカに、真面目な表情で告げる。


「まあ、俺らに限ってそんな事はないとは思うが、万が一という事もある。もし防衛線が破られ、俺たちからの無線連絡が途絶したら、お前は列車を動かして逃げろ」


「ミカ姉……」


 正直、今回の戦闘は今までとは状況のヤバさがケタ違いだ。


 怒り狂ったマガツノヅチに魔物たちの百鬼夜行……その最後尾には、あの征服竜ガノンバルドの姿も確認されている。


 ざっと計算したところ、戦力差は500対1。1人につき500体は倒さなければ割に合わない計算だが、果たして今の俺たちにそれほどの戦いができるかどうかは疑問が残る。


 もちろん、負けるつもりなんかないが……。


「俺、信じてるから」


「ルカ……」


「だってミカ姉強いもん。絶対勝って帰って来るって」


「……ああ、そうだな」


 拳を握り、ルカが突き出した拳と軽く突き合わせた。


 こいつの手、いつの間にか俺の手よりも大きくなってる。


「勝つよ、絶対に」


「うん!」


 親指を立て、機体を離れるルカ。昇降用のタラップが外されたのを確認してからコクピットのハッチを閉鎖、機体のメインシステムを立ち上げる。


 閉鎖されたコクピットの内側のメインモニターに映像が表示されたのを確認してから、ハンドブレーキを解除して半クラからギアチェンを開始。一旦後進に入れて機体を後退させていると、3号機が先にハッチから外に出た。


 パヴェルの乗る予備機だ。普段は初号機と2号機をメインに使い、3号機が出撃する時は非常時に限られる。通常時は初号機と2号機の緊急修理を行うためのパーツ取り用として活用されているのが、予備機たる3号機である。


 それが出撃するという事は、つまりそういう事だ。


「よーし、出撃する!」


 ギアを前進に入れ、機体を思い切り加速させた。


 戦いの結果がどうなろうと―――この戦いで、範三の運命は決まる。


 これから始まるであろう地獄を、夜空から満月が見渡していた。



















 いったい何の因果なのだろうか。


 ”ぱわーどめいる”とやらの燃料を満載したたんくろーりーの上で揺られながら、腕を組み某はふと思った。


 銀色の、まるで磨き抜かれた鏡の如く美しい満月が照らす闇夜の中に浮かび上がるのは、今となっては誰も住む者の居なくなった廃村だ。手入れされる事の無くなった畑のうねは雑草に覆われ、納屋は半壊し、ボロボロになった風車が、夜風の中に佇んでいる。


 建物の建築様式こそ違うものの、その荒れ具合は某の故郷の村を思わせた。


 あの時もそうだった。マガツノヅチの襲撃を受け、完膚なきまでに破壊された故郷の村。生き残ったのは某ただ1人―――燃え盛る炎の中、母上の亡骸を抱きながら空を見上げ、天を舞うマガツノヅチを睨み復讐を誓った幼き日の事は、今でも鮮明に覚えている。


 よもやあの時に似た風景が、決戦の場とは。


 たんくろーりーが動きを止めた。半壊した納屋の前に停車するや、エンジンを切ったたんくろーりーの運転席からしゃもじ殿とおもち殿が降りてくる。


 それぞれ、手には武器があった。しゃもじ殿は刀を、そして背中には大きな金槌(”すれっじはんまー”と言うのだそうだ)を持ち、おもち殿は斧と、何やら鈍器のようなものを背負っている。


「こちらしゃもじ、タンクローリーは納屋の前に設置したわ。予備の弾薬と燃料はここにあるから、補給はセルフでやってね」


『了解』


 此度の戦は敵が多い。


 パヴェル殿の試算では、その戦力差は500対1なのだそうだ。


 さながら戦国時代の合戦を思わせる。某が生まれた頃には既に戦国乱世は終焉を告げ、天下を取った徳川の時代。今では鎖国も終わり、異国に追い付くべく倭国は生まれ変わろうとしているところである。


 たんくろーりーの上から飛び降り、近くにある風車の壁をよじ登った。壁に空いた穴に手をかけて昇り、回転を止めて久しい羽を躱しながら、尖った屋根の上に登る。


 夜空より大地を見下ろす白銀の満月―――倭国では、月には兎がいるという言い伝えがある。兎たちが月で餅をついているのだ、と。満月の夜になるとその姿が鮮明に見え、某もそう信じていたのだが、どうやらノヴォシアでは違うらしい。


 ノヴォシアの地では、月には大蛇がいると信じられているのだそうだ。遥か昔、それこそ神話の時代に大罪を犯した大蛇が神の手により月へと追放され、今なお許しを請うために這いずり回っているのだ、と。


 なるほど、こうして月を見上げてみると、確かに満月の表面に見える黒い筋が大蛇のようにも見えよう。倭国で見る月とはまた違った姿をしている。


 その美しい満月に異物が映り込んだのを、某は見逃さなかった。遥か夜空の向こう、傍から見れば小さな羽虫ほどの大きさにしか見えないが、某には分かる。


 やがてその羽虫のような大きさのそれがぐんぐんと近付いてくる。長大な尾と左右に張り出した胸板、そして退化しかけなのであろう、巨体に対してあまりにも小さすぎる四肢。伴侶を殺され怒りに震える魔の大蛇が、その赫々たる相貌にこれ以上ないほどの憤怒を滾らせながら、廃村目掛けて進撃してくる。


 そのはるか下の大地には、無数の魔物たちが見える。小鬼……とも違う、緑色の小型の魔物(”ごぶりん”と呼ぶのだそうだ。倭国には小鬼がいるが……)や鳥に似た姿の魔物、そして最後尾にはあの採石場で某が屠った、”がのんばるど”とかいう大型の飛竜が控えている。


 まるで百鬼夜行だ。無数のあやかしが列を成し、人々に害を成す倭国の言い伝え。魔物が大量発生した日によく目にしたもので、修行で薩摩を訪れた某も、百鬼夜行の殲滅に馳せ参じたものである。


 懐かしいものだ……戦は苛酷であったが、全てを終わらせた後の薩摩の酒は格別だった。


 刀を抜き、このまま一気呵成に突撃したくなるがそこは我慢する。このまま突っ込めば、健在なマガツノヅチの爆撃を受け瞬く間に餌食となってしまうであろう。


 百鬼夜行の先鋒を務めるのは、総大将たるマガツノヅチ―――まあ、それは仕方のない事ではある。地に足をつけて走るより、悠然と天を舞う方が速度は早かろう。総大将の身でありながら、百鬼夜行を置き去りにしてしまうのも頷ける。


 あるいは、一刻も早く某を討ちたくてうずうずしているのか。


 それは某も同じ事。マガツノヅチよ、貴様が伴侶を奪われたように、某も19年前に家族を失い、そして薩摩の地では師範と兄弟子たちを失ったのだ。互いに全てを奪われたというのならば、最後に己の命を賭けて雌雄を決するべきではあるまいか。


 ミカエル殿の立案した策はこうだ。まず先行するマガツノヅチを廃村の中へと侵入させ、分散配置したぱわーどめいるからの対空砲火で攻撃。傷を負わせて撃墜させる。その後は某の出番だ。廃村の中で彼奴との一騎討ちを行い、皆の仇を討つ―――。


 本懐を遂げるため、ここまで手を貸してくれたミカエル殿やパヴェル殿には感謝しきれない。


 ここまで支えてくれた血盟旅団の皆のためにも、負けるわけにはいかぬ。


『範三、聞こえる?』


「しゃもじ殿」


『私は皆と一緒に、百鬼夜行を食い止めるわ。くれぐれも無茶はしないように』


「承知した。ところでしゃもじ殿」


『何かしら』


 風車の下を見ると、これから配置につこうとしているしゃもじ殿と目が合った。


「……ノヴォシアには美味い酒はあるだろうか?」


『あるわよ、ウォッカっていう祝杯に向いたキツいやつがね』


「ふっ、それは楽しみだ」


 刺し違える覚悟でこのノヴォシアの地にやってきたが―――美味い酒があると聞けば、死ぬるわけにはいかなくなった。




















『目標、ポイントB-1に接近……まだだぞ』


 こんなにも自分の心臓の鼓動が大きく聞こえた事はない。


 半壊した納屋の中に機甲鎧パワードメイルを潜伏させ、息を殺しながら頭上を見上げる。ボロボロになり、いたるところから月明かりが差し込む納屋の屋根。さながら白銀の柱の如く、月明かりを通していたそれが、唐突に巨大な何かに遮られる。


 月明かりに照らされた黄土色の鱗―――マガツノヅチが、俺の真上を通過していったのだ。


 マニュアルに記載されていたスターストリークの使用方法は頭に入っている。座席のアームレストに搭載された折り畳み式のグリップを展開する事でランチャーがアクティブになる。その後は簡単だ、グリップにある発射スイッチを押し、コクピット内で標的を”直視し続ける”だけでいい。


 そうすればスターゲイジー・パイの如く3つの弾頭を露出させたそれが分離、多弾頭ミサイルとなって標的を直撃する。


 レーザー誘導装置は機甲鎧パワードメイルの頭部に搭載されているし、その頭部はパイロットの電気信号を拾う事で旋回したりするから、レーザー誘導はコクピット内で標的を直視し続けるだけという非常に便利なものだ。相手を見ているだけでミサイルが勝手に突っ込んで行ってくれる。


『各機、ミサイル発射態勢』


「了解」


『待ってました』


 マガツノヅチが俺に気付かず素通りしていったところで、機体を納屋の外へと出した。同時に両肩に搭載していたランチャーをアクティブにし、レーザー誘導装置を起動、メインモニターに映るレティクルの中心部にマガツノヅチの後ろ姿を捉え続ける。


3(トゥリー)2(ドゥーヴァ)1(アジーン)……発射アゴイ!!』


 右手で発射スイッチを押し込んだ。


 バシュ、とランチャーからスターストリークが発射される。白煙を盛大に吹き上げながら加速したそれは、ロケットモーターの燃料を使い果たしつつも加速するや、ロケットモーターを切り離してさらにマガツノヅチ目掛けて接近していった。


 ここでマガツノヅチが攻撃に気付いた。


 伴侶を殺した範三しか見ていなかったのだろう。慌ててミサイルの方を振り向き、口から拡散型ブレスを吐き出して迎撃を試みたマガツノヅチであったが、レーザー誘導方式のスターストリークはもうそれには惑わされない。


 二段目のブースターが沈黙すると同時に、先端部から露出していた3発の弾頭―――”ダーツ”と呼ばれるそれが発射され、マガツノヅチへと向かって飛翔を始めた。


 1発につき3発、合計9発の地対空ミサイルが、マガツノヅチ目掛けて突き進んでいく。


 回避しようにも、もう遅い。ミサイルはぐんぐん加速しながら、まるで捕鯨船から放たれる銛の如く直進していって―――。


 その直後、月夜に9つの紅い華が咲いた。




 

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