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燃え盛る大地の底で


「そんな馬鹿な」


 機甲鎧パワードメイルの狭いコクピットに、そんな自分の呟きが漏れた。


 どこまでも紅く染まった夕焼け空。血でもぶちまけたのではないかと思ってしまうほど紅い空の中に浮遊するのは、さながら空を舞う大蛇。


 全長300mを超える長大な身体と、左右に張り出した特徴的な胸板。爬虫類を思わせる相貌は怒りを滾らせ爛々と煌めいており、きつく閉じた口からは鋭利な一対の牙が覗く。


 そこに居たのは間違いなく―――マガツノヅチだった。


 その事に、頭が追い付かなくなる。


 だってマガツノヅチは、範三としゃもじたちが倒したはずではなかったか。今頃は採石場の、あの擂り鉢状の大地の底でマガツノヅチの亡骸を眺めている頃ではなかったか。


 恐る恐る視線を採石場の底へと向ける。確かにそこには巨大な亡骸があった。尾を断ち切られ、脳天を一刺しにされて絶命した巨大なマガツノヅチの亡骸が、まるで掘り進められた大地を埋めようとしているかのように横たわっている。


 では、あの上空に鎮座するマガツノヅチは―――もう1体のマガツノヅチ、という事に他ならない。


『馬鹿な、2体目だと?』


 この状況を見ていたのだろう、パヴェルの困惑するような声が無線機のマイクから聞こえた。


 入念な準備をし、作戦計画を綿密に練って挑んだ今回の討伐作戦。最後の最後まで計画通りに進んでおり、ついに討伐したかと思ったそのタイミングで―――計画を根本から覆されるとは、一体誰が想像した事だろうか。


 もう1体のマガツノヅチの眼前に、白い何かが形成されたのがここからでも見えた。


 メタンハイドレート―――例の可燃性のガスを使って形成した、燃える氷。天然のサーモバリック爆弾。


 さながら巨大な氷柱のような姿となったそれが、ドリルのように回転しながら、ついに採石場へと向かって撃ち込まれた。あっという間に加速したそれが採石場の底へと突き立つや、怒りに震えるマガツノヅチの口から炎の雨が溢れた。


 ドラゴンブレス弾、という弾薬がある。炎の散弾をばら撒いて攻撃する、ショットガン用の弾薬だ。名前の由来はまさにドラゴンが炎を吐いているように見えるからというものだが、正真正銘、エンシェントドラゴンが放った炎の散弾が採石場の底へと放たれる。


「拙い、逃げ―――」


 退避を促した頃には、もう既に爆炎が轟いていた。


 装甲に覆われたコクピットの中に居るというのに、それでもなお腹の中を掻き回すかのような衝撃。白い閃光に一瞬遅れるようにして響いてきたそれに、背筋が冷たくなるのを感じた。


 採石場の底にはまだ、範三としゃもじ、おもちの3人が……!


『警告、8時から11時方向より魔物の大群が接近中』


「なんだって」


 こいつは何の冗談だ、と悪態をつきながら、パヴェルが教えてくれた方向を向きつつカメラをズームアップ。向こうに広がる森林の樹々の間から、まるでスポンジから水が染み出すかのように、エルダー個体を含むゴブリンやハーピー、ラミアといったポピュラーな魔物に加え、飛竜ズミールの群れまでもが姿を現して、こっちに向かっている。


 まるで百鬼夜行だ。


 妖怪ではなく、魔物たちによる百鬼夜行。


 平原を埋め尽くすゴブリンにハーピー、彼らの頭上をズミールが固める編成。ズミールの数が10体を超え、まだまだ増え続ける気配を察したところで、俺は数えるのを止めた。


 一体奴らがどうしてこんなに大挙して襲ってくるのか、それは俺にも分からない。怒り狂ったマガツノヅチに触発されたか、それとも撃破されたマガツノヅチの肉を喰らおうと引き寄せられたか。


 いずれにせよ、このままここに留まって何とかなる状況ではない、という事は確かだった。


「パヴェル、どうする? 指揮官……!」


『落ち着け……あークソッ、各員に通達! アハトアハトを放棄、あの侍共を回収した後直ちに撤退する!』


「了解!」


 機体を旋回させた。今の指示はクラリスたちにも届いていたようで、高射砲の操作をしていたクラリス、リーファ、シスター・イルゼの3人は、天空へと砲口を向けたままの状態のアハトアハトにスモークグレネードのようなものを投げつけてから、一目散にトラック目掛けて走り出した。


 トラックの荷台に飛び乗る彼女たちの後方で、炸裂したスモークグレネードから血のように紅い煙が溢れ出る。パヴェルが培養した、金属を捕食し急激に錆びさせる微生物『メタルイーター』、それを不活化し充填したグレネードだ。例の”組織”が自分たちの兵器の鹵獲を防ぐために製造した代物らしい。


 酸素に触れて急激に活性化したメタルイーターは、目の前に佇む高射砲を即座に喰らい始めた。漆黒に塗装された高射砲の砲身が、そして台座が瞬く間にオレンジ色に染まったかと思いきや、そこから急激に劣化しボロボロと崩れていくのがここからでも見える。


 爆発的な勢いで金属を捕食していくメタルイーター。これで、少なくともアハトアハトや放棄した弾薬が第三者の手に渡る事は無くなる。


 爆走するトラックが、俺の機甲鎧パワードメイルのすぐ脇を通過していった。殿しんがりは任せろ、とパヴェルに短く告げ、左手をスティンガーミサイルのコントローラーへと伸ばす。


 ズミールにロックオンを合わせ、発射スイッチを押し込んだ。


 ボシュ、とランチャーからミサイルが飛び出す。機甲鎧パワードメイルから少し離れたそれは、後端部に搭載されているロケットモーターに点火するや、空中に白煙を描きながら凄まじい速度で飛翔、早くも機甲鎧パワードメイルに搭載した12.7mmガトリング機銃の射程に入ろうとしていたズミールの首筋を吹き飛ばした。


 ミサイルのロックオンと並行し、右手でコントローラーを握り発射スイッチを押しっぱなしにする。外付けされたバッテリーにより砲身が旋回を始めるや、ヴヴヴ、と重々しい銃声がコクピット内部まで響き、正面のメインモニター右上に表示されている残弾のカウントが凄まじい勢いで減っていった。


 ミサイルを放ち、左手を一旦コントローラーから離してシフトレバーへ。ギアを後進に切り替え、全力でアクセルを踏み込んだ。後ろ向きに向かって猛然とダッシュを始める機甲鎧パワードメイルのコクピットの中で、とにかく範三やしゃもじたちの無事を祈った。


 生きててくれよ、と。












 

 親の顔よりも見た天井が、目の前にあった。


 白く、ただただ白く塗り固められた真っ白な天井。清潔、と言えば聞こえはいいけれど、汚れ一つなくのっぺりとしたそれは、私にとっては監獄のようなものだった。


 だいたい2mくらいの、成人男性が横になる事を想定した病院のベッドは、前世の頃から小柄だった私には些か大き過ぎた。けれども病弱で、殆どをそこで過ごした私からすれば、このたった2m、幅に至っては1m程度の病院のベッドが、病に倒れた後の私の世界、その全てだった。


 心電図の音が聞こえてくる。無機質な機械の鼓動。ベッドの傍らには点滴治療用の器具が置かれていて、腕に繋がれた細く透明なチューブを介して、薬品が私の身体に送り込まれている。


 ああ、またか。


 いったいここで、自分の人生を何度呪ったか。


 両親の言葉も、医療スタッフの治療も、私の身体の中に巣食った化け物を殺すには至らなかった。


 ふとした拍子に、こうして前世の嫌な光景がフラッシュバックする事がある。


 例えば朝起きた時や頭をぶつけた時、夜に眠くなってうとうとし始めた時とか。


 手足を失った人は、時折激しい幻肢痛ファントムペインに苛まれるという。失った筈の手足が、もう既にそこには無い筈の手足が訴えてくる激痛。


 前世でのあの経験は、私にとっての幻肢痛ファントムペインなのかもしれない―――そんな事を考えている間に、意識が鮮明になってきた。


 鼻腔を突く、ニンニクのような臭い。ガス溶接とかに使用するアセチレンガスを思わせる、一度の呼吸で「あっコレ人体に良くないやつだ」って直感的に理解できるような悪臭が、周囲に立ち込めている。


 身体を起こし、周囲を見渡した。


 腹が激しく痛む。ちょっと動いただけで内臓を串刺しにされているような、生命の危機を本格的に感じてしまうような激痛が腹を、というか腸を駆け巡る。多分コレ肋骨折れてたり、さっきの爆発の衝撃波で内臓がダメージを受けてそうな感じなんだけど、まあなんとかなるわよね?


 食い縛った歯の隙間から溢れる血が、足元の砂利の上に紅い斑点を刻んだ。


「おもち……範三……無事……?」


 大声を出したいけれど、それは叶わない。


 お腹に力を込めようものならば内臓が破裂してしまいそうな、そんな感じがする。それだけは駄目だ、やっちゃ駄目だ、という事は、いくらブレーキ未搭載レーシングカーみたいな思考回路の私でも理解できた。


 砂利の中から、真っ白な尻尾が伸びている。よろよろと歩きながら砂利を掘り進めていくと、すぐにおもちの顔が砂利の中から出てきた。さっきの爆風で舞い上がった砂利の中に埋まっていたおもちを引っ張り出し、肉付きの良い身体を揺らしながら彼女の名前を呼ぶ。


「おもち、おもち……しっかりして」


「ぅ……」


 げほげほっ、と咳き込み、砂利の混じった唾液を吐き出すおもち。ゆっくりと開いた彼女の目と私の目が合うと同時に、いつもあまり感情を表に出す事のないおもちが、安堵したような笑みを浮かべた。


 よかった、生きてた……今まさに私が思い浮かべている言葉を、彼女もまた思っているような気がした。


 痛む身体に鞭を打って彼女をぎゅっと抱きしめる。


 あとは範三……範三は、彼はどこに……?


「……しゃもじ殿」


「範ぞ―――」


 聞き覚えのある低い声。


 無事だったのね、と振り向いた私の目に飛び込んできた範三は、とにかく無残な姿だった。


 朱色の袴は血でべっとりと紅くまみれ、爆発で飛び散ったと思われる鋭利な岩の破片が、胸板や肩口、腹に何本も突き刺さっている。そうして立っているだけでも大変だという事は、ぎゅっときつく食い縛った歯の間から鮮血が溢れ出ている事からも察することができた。


 今にも倒れそうな彼に肩を貸し、空を睨む。


 火の海と化した大地。血のような紅い空へと、さながら蛍のように舞い上がっていく火の粉の向こうには、確かに奴がいた。尾が異常に長い”空飛ぶ巨大ツチノコ”のような姿をした、倭国のエンシェントドラゴン―――マガツノヅチが。


 奴があんなにも怒り狂っている理由は分からない。私たちがついさっき倒したこの個体は、もしかしたら奴の伴侶だったのかもしれない。だとしたら辻褄は合うけれど、今ここでそんな事を調べる余裕は、もう私には無い。


 早く範三の応急処置をしなければ、と視線を後ろに向けた。


 Ripsaw EV3-F4は、さっきの爆発で完全にやられているようだった。履帯は外れ、エンジンのある辺りからは火の手が上がっている。周囲にはガソリンらしきものも漏れていて、いつ本格的に大炎上からの大爆発というコンボをキメるか、分かったものではなかった。


 さて、どうするか。これで”足”は無効化された……こっちは怪我人が3名、そのうち私と範三は重症(範三は確定、私は多分)。


 さっき無線機からノイズ交じりに撤退するという旨の指示が聞こえてきたけれど、ミカたちは引き上げるのかしら……なんて思いながら、とにかく採石場から離れようと足を動かし始めたその時だった。


 ガリガリと、擂り鉢状の採石場の岩肌を削るような勢いで、ウラル-4320が採石場へと突っ込んできた。ヘッドライトを爛々と輝かせながら突っ込んできたそのロシア製トラックは、私たちの姿を認めるなり減速、派手なドリフトをキメて傍らで停車する。


「乗って、早く!」


 助手席から身を乗り出したのは、白猫の獣人のモニカだった。お言葉に甘えて荷台(砲弾と高射砲は放棄したらしく荷台はがらがらだった)に乗り込む。高射砲の砲手を担当していた血盟旅団のスタッフに手を貸してもらい、範三を真っ先に荷台へと押し上げる。


「範三さん! なんてこと……」


「彼の治療をお願い……私は後でいいから……!」


「分かりました、全力を尽くします!」


 そう言うなり、シスター・イルゼは荷台の上で横になった範三に向かって両手を突き出す。その周囲に光の輪が十重二十重に浮かんだかと思いきや、暖かな光が彼の傷口へと注がれ始めた。


 ゆっくりとだが確実に、傷が塞がり始めている―――床に魔法陣を描く倭国式とは異なるノヴォシア方式の治療魔術なのね、と感心しながら見ているうちに、トラックは再び走り始めた。炎上するRipsaw EV3-F4の傍らを通過する際に、助手席のモニカがスモークグレネードのようなものを投げつけたけれど、それは一体何なのかしら?


 炸裂するなり紅い煙のようなものを撒き散らしていたけれど、あれが何なのかは……という疑問は、炎上しながらも急速に錆びていくRipsaw EV3-F4の姿を見てすぐ把握した。


 車体が、エンジンが、そして脱落した履帯が急激に錆びていく。すっかり錆びて朱色に染まった部分から、まるで砂の城のようにボロボロと崩れていくのが荷台から見えた。


 おそらくあれは証拠隠滅用―――この世界よりも進んだ技術が第三者の手に渡る事を防ぐためのものだと思う。


 という事は、放棄したと思われる高射砲もああやって処分したのかしら。


『こちらミカエル、こいつらすげえ数だ! ……くそ、くそっ、ガノンバルドまでいやがる!!』


『ミカ、無理すんな! こっちは範三たちを拾った、離脱しろ! ポイントB-3まで後退!』


『了解!』


 一体何が起こっているのか、私には分からない―――ガノンバルドが紛れているとはどういうことか?


 採石場の底から地表へとトラックが戻ってきた時、その言葉の意味が理解できた。


「―――」


 一瞬、その光景に理解が追い付かなかった。


 天を舞うマガツノヅチ。そして血のような夕日に照らされた大地を埋め尽くすかのように、無数の魔物が跋扈している。


 ゴブリンにラミア、ハーピー……時を重ねて成熟したエルダー個体も含んだ大量の魔物たち。その頭上にはノヴォシア原産の飛竜ズミールも居て、更にその奥には巨大な竜が見える。


 合計6本、退化しかけの前足も含めれば8本の足を持つ、黒曜石な外殻の飛竜―――征服竜ガノンバルド。


 倒しそびれた相手と、よもやこんなところで邂逅するなんて。


 妖怪ではなく魔物たちで構成された百鬼夜行が、採石場のすぐそこにまで迫っていた。


「何よコレ……あはは、笑うしかないわね」


 自分の吐いた血でべっとりと濡れた口元に笑みを浮かべながら、思った事を素直に口にする。


 確実に、状況は悪い方向へと向かっていた。




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