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鋼鉄の大蛇は天を睨む


 第二次世界大戦―――レーダーはあったものの、現代みたいなミサイルなんて便利な兵器が存在しなかった時代。空から襲い来る敵の航空機を迎撃する手段と言えばロケット弾をばら撒いたり、高射砲で砲撃したり、対空機銃で応戦するのがポピュラーな手段であったとされている。


 今ならば敵機をレーダーで捕捉してミサイルを発射したり、機銃や機関砲、速射砲で敵機を迎撃する時代だ。アナログな手段で空の覇者たる航空機の相手をしなければならなかった先人たちには脱帽である。


 そしてそれらの兵器は、俺たち血盟旅団にとっても大きな助けとなる。


 レンタルホームに停車する列車の脇、侵入防止用のフェンス(とはいっても壊れかけだ)を挟んだ向こう側には森が広がっているんだけど、そのフェンスと森の間にはちょっとした空き地がある。村人たちには駐車場だったり物置として活用されているようで、空き地の片隅には誰のものかも分からぬ荷馬車の荷台がででんと置かれ、そのまま放置されているようだった。


 俺たちの視線はそんなものより、空き地のど真ん中に召喚された兵器と車両に向けられている。


 オリーブドラブに塗装された、がっちりとしたフォルムの車体。荷台には予備の砲弾を満載したコンテナが積み上げられているが、あれだけの数であればほんの数十分以内に撃ち尽くしてしまうだろう。


 そういう兵器なのだ―――”高射砲”という兵器は。


 ロシアで製造された『ウラル-4320』と呼ばれるトラックから、視線をトラックの後端部に接続されている高射砲へと向けた。


 そこに佇む巨大な砲身は、それだけで圧倒的な貫通力と破壊力を秘めているという事を無言で告げている。俺たちの列車であるチェルノボーグが火砲車に搭載している、チハの57mm砲よりも大口径で尚且つ長大。圧倒的威力、という物騒な言葉が具現化したかのような威容がそれにはあった。


 正式名称『8.8cm Flak 36』―――通称【アハトアハト】。


 ナチスドイツが第二次世界大戦に投入、数多くの航空機だけでなく、連合国軍やソ連軍の戦車をも餌食にしてきた鋼鉄の大蛇である。


 元々は対空用の高射砲であり、本職は敵機を撃墜する事なのだが―――その圧倒的破壊力から対戦車戦闘にも転用されて効果を発揮、ついには改造され戦車の主砲にされてしまった経緯を持つ兵器である。


 あの有名な『ティーガーⅠ』などのドイツ戦車の主砲も、これを改造した派生型だ。


「まさか、アハトアハトを生で見る時が来るとは……」


 異世界の風を浴びながら佇むアハトアハトに指を這わせながら、そう呟いた。


 間違いなく、ドイツ軍と敵対する羽目になった多くの戦車兵にトラウマを植え付け、心をへし折り、対戦車戦闘をバランス崩壊のクソゲーへと変えた原因はコレと言っていい。


 その威力は圧倒的で、ソ連のT-34やアメリカのM4シャーマンの正面装甲を一撃で貫通、つまりワンパンするほどの威力を持っていた。おまけに命中精度はかなり正確で、遠距離からの一撃死の恐怖は敵対する戦車兵たちを震え上がらせた。


 もちろん弱点が無いわけではなく、その重量のせいで移動が大変だったというし、これを主砲としたティーガーも重量による機動力の低さや足回りがちょっとアレなせいで擱座したり故障したりしてたらしい……。


 そんなドイツの生んだ傑作兵器を、俺たちは本来の用途―――つまりは対空戦闘に使う。


 もちろん標的はマガツノヅチである。


《―――目標接近、対空戦闘用意》


 無線機からパヴェルの野太い声が聞こえてくる。それで身体のスイッチが入ったかのようで、リラックスしていた身体に一気に力が入った。


 彼の連絡を聞くと同時に、砲術要員に割り当てられた他の仲間たちもアハトアハトへ全力ダッシュ。まず最初に高射砲本体の下部にパヴェルが追加した大型ジャッキの固定を外して解放、折り畳み式のクランクを全力で回した。


 底盤がしっかり地面についたのを確認。これを怠ると、砲撃は出来るが反動でアハトアハトが動いてしまい、二度目の砲撃がとんでもない事になる。


 高射砲の固定を確認するなり、座席に腰を下ろして手元にあるハンドルを、それこそミカエル君のキュートな手が千切れ飛びそうな勢いでぐるぐる回した。それに呼応するかのようにアハトアハトの砲身が旋回、眠れる大蛇がその鎌首をもたげ、砲口が天空を睨む。


 旋回が止まると、88mm砲(アハトアハトの愛称はこれに由来する)の砲弾を砲尾へと装填。モニカが閉鎖機を閉鎖する金属音が聞こえ、クラリスが片手を発射レバーへと伸ばしていた。


 どうだ、と息を呑んでいると、無線機からパヴェルの残念そうな声が聞こえてきた。


《……1分27秒。せめて1分以内でやれるようにしろ。空の敵は待ってはくれんぞ》


「「「あぁ~……」」」


 なんと無茶な。


 いや、血盟旅団が人員不足だというのは分かる。だからこういう、運用に手間がかかり人員も必要な兵器の運用は可能な限り避けるようにしてきた。背伸びして強引に運用しようものならば、少人数での運用を強いられている人員に多大な負担がかかる事は想像に難くないからだ。


 実際、アハトアハトは10名前後の人員で運用する事が望ましい類の兵器。それを砲本体の固定(人力)から砲身旋回(人力)及び仰角調整(人力)、砲弾の装填に発射までの一連の動作を、たった3名で何とかしなければならないのだ。


 省人化とはまあ、合理的で聞こえはいい。だが人員を減らすという事は負担の増加を招くものだ。戦車だって、本来装填手を含めた4人での運用だったのに、自動装填装置を搭載し運用人員を3名とした戦車は特に野戦整備の際に戦車兵が地獄を見るという。


 人員を減らせばいい、というわけではないのだ。


 戦車よりも多くの人員が必要となる高射砲を、たった3名の人員で操る―――正気の沙汰とは思えないが、しかしやらねばならないのだ。


 全ては範三に、マガツノヅチを討たせ本懐を遂げさせるために。


 あくまで俺たちは彼のサポートに徹し、範三がマガツノヅチと対等に戦える環境を作り出す―――それが目的だ。


「はぁ……パヴェルの奴、後で覚えてなさい……!」


 ぜえぜえと息を切らしながら、砲尾の閉鎖機を解放して訓練用の砲弾を取り出すモニカ。限りなく実戦に近い環境下での訓練のため、砲弾の重さは実弾と同じに調整してあるらしい。


 ”本番”で使用する砲弾は対空用の炸裂弾―――最近では”近接信管”と呼ばれる、敵機の近くに到達すると信管が動作して起爆、砲弾の爆発と破片を敵機に浴びせるタイプの砲弾が主流になっている(太平洋戦争当時、アメリカが投入したこれに多くの日本のパイロットが餌食となった)。


 しかしパヴェルが用意した砲弾は、近接信管ではなく、より古典的な”時限信管”―――敵機との距離を計測し起爆するまでのタイマーを手動でセット、装填し発射する事で設定した時間が経過した後に砲弾が爆発するという、近接信管よりも使い勝手の悪い旧式の砲弾だった。


 敢えてこれを選択したのには、理由がある。


『いいかミカ、あくまでもマガツノヅチを範三に討たせるなら、俺たちは奴を追い立てる事に終始せにゃならん』


 パヴェルの言葉を思い出しながら、ハンドルを回してアハトアハトの仰角を水平に戻していった。


 そう、俺たちは追い立て役。狩りで言うところの猟犬ハウンドなのだ。獲物を吼えながら追い立て、ライフルを持った狩人ハンターの射程まで誘導する追い立て役。問題は獲物がウサギではなくいにしえの龍で、吼えて追い立てるのではなく高射砲で追い立てる、という事だ。


 マガツノヅチの性質で厄介なのが、その飛行能力だ。


 ズミールを始めとする飛竜よりも遥かに高高度を飛行し、そこからメタンハイドレートみたいな物体を投下、それにブレスで着火し、一方的に地上を爆撃してくる―――奴が高高度から一方的に攻撃してくる以上、まずは引きずりおろさなければ戦いは始まらない。


 そりゃあ、無茶をしてヘリなり戦闘機なりを飛ばして仕留めるという手もあるが、操縦できるまでに時間がかかりすぎるし、それに奴は範三に仕留めさせなければ意味がない。


 そこでパヴェル、しゃもじ、そして当事者たる範三を交えての会議で導き出した結論がこれだった。


 【アハトアハトの砲弾をマガツノヅチの頭上で炸裂させ低空へと追い立て、高度を下げた奴に集中砲火。地上へと叩き落し、範三との一騎討ちへ持ち込む】という、彼のための作戦だ。


 まあ、中身が転生者の俺、パヴェル、しゃもじの3人はともかく、範三は最後の一騎討ち以外はあまり理解できていないようであったが。


 一応、砲撃要員は血盟旅団全員ができるよう訓練を受けている。だから実質的に、定員3人の椅子取りゲームと化していた。


 パヴェル先生による座学と、マガツノヅチの情報収集と並行した抜き打ちの対空戦闘訓練。それはいつだろうと関係なく、食事中だろうがシャワーを浴びている最中だろうが、トイレ中だろうが就寝中だろうが、待機中の隊員にかかるスクランブルの如く訓練が始まる。


 今朝なんか食べかけのカーシャを放り出して食堂車を飛び出してきた。戻ってきたらカーシャにたっぷりとかけたバターが固まってて、随分とまあ……うん、アレな味になっていた。


「ご主人様、お水ですわ」


「ああ、ありがとう」


 クラリスからキンッキンに冷えた水を受け取り、水筒の蓋を開けて中身を呑んだ。口の中が凍てつくくらい冷え切っていて、一瞬これドライアイスなのではないかと錯覚してしまう。


 本番だったらここから砲撃、装填、照準修正、砲撃という流れになる。理想は砲弾をマガツノヅチの頭上で炸裂させ、低空へと追いやる事だ。


 ちらりと視線を列車の方へと向けた。ふんっ、ふんっ、と力むような声が聞こえてくると思ったら、列車の最後尾、格納庫のハッチの近くで、上を脱いだ範三が刀の素振りをしている。


 振り上げた刀を振り下ろす度に、ぶぉんっ、と大気を引き千切るような、刃物とは思えぬ重々しい音が聞こえてくる。そりゃあまあ、あんなに筋肉で覆われた身体なのだ。そこから放たれる本気の剣戟は竜をも殺すレベルだから、むしろあれくらいがっちりしていない方がおかしい。


 茶色い体毛で覆われた範三の身体は筋骨隆々、腹筋もバッキバキに割れている。格闘家のような体格で、割れた腹筋の表面は汗でうっすらと濡れている。


 クラリスからもう1つ水筒を受け取り、彼に手を振ってから駆け寄った。素振りを止めた範三は「おお、ミカエル殿」と親し気な笑みを浮かべ、差し出した水筒を受け取る。


「かたじけない」


「さすが、鍛錬は欠かさないか」


「うむ、日々の積み重ねが大事なのだ。……それにしても、ミカエル殿はなぜ某の復讐に手を貸すのだ?」


 純粋な問いを投げられて、ちょっと返答に戸惑った。


 彼が水を飲んでいる間に少し考え、言葉を整理してから人差し指を立てる。


「―――まず血盟旅団という組織としての理由。新種の龍を討伐したとなれば、その素材は高値で売れるし、俺たちのギルドも知名度が一気に上がる。名が売れるというわけさ」


「まあ、そうだろうな」


「そしてもう一つ、俺の個人的な理由」


 嘘偽りのない、血盟旅団としての理由を述べた後に、もう一つ―――こちらも一切嘘偽りのない、ミカエルとしての本音を口にする。


「範三が危なっかしくて見てられなかった。あのままじゃ死に急ぎそうだから手を貸したかった……これが個人的な理由」


 多分、範三の性格的に嘘が嫌いなのだろう。変に建前を述べるよりは、腹を割って本音で勝負した方が良いタイプの人間だと俺は思う。キリウを旅立ってからそれなりに人と接してきたおかげで、人を見る目はちょっとばかりは養われたと信じたい。


 どうやら目に狂いはなかったようで、理由を聞いた範三は面白そうに笑った。


「はははっ、なるほど。しゃもじ殿にも似たような事を言われたわ」


「しゃもじにも?」


「うむ。”もっと全力で生きてみろ”とな」


 全力で……ねえ。


 さすが、前世を病に蝕まれ、命の炎を燃やし尽くしてきた転生者の言葉だ。重みが違う。


 じりじりと近付いてくる死の瞬間。他人よりも短い命に、言う事を聞かない身体。生きたくても生きられない、何もできない。病院の清潔なベッドの上で、命が燃え尽きる瞬間をただただ待つだけの人生―――今のしゃもじが人生を楽しんでいるように見えるのは、そういう経験があるからだろう。


 死ぬために生きているのではない。


 死までの猶予期間を全力で楽しむために生きているのだ。


 範三としゃもじ、似ているようで考え方が対極に位置している―――だからしゃもじはそう諭したのだろう。


「まあ、奴に止めを刺す大役は範三のものだ。俺たちが追い立てる、きっちり決めてくれ」


「うむ、お任せあれ。一族の名に懸けて、必ずやあの忌々しい龍めを―――」


 意気込みを語り始めたところで、ホームの方から聞こえてきた大声がそれを遮った。


「ミカ姉、ミカ姉! 大変だよミカ姉!!」


「おールカか、どうした」


 背中にAK-102を背負い、息を切らしながらレンタルホームまで走ってきたルカ。手には冒険者管理局で発行している依頼書がある。


 この時点で、何となく察しがついた。


 ルカには1日に3回、管理局の掲示板をチェックさせに行かせていたのだ。


 ついに憲兵隊を餌食にしたマガツノヅチの存在は、やがてはベラシア中に知れ渡るだろう。未知の龍ともなれば依頼書が発行され、一攫千金を狙った冒険者たちが殺到してくる事は想像に難くない。


 一番乗りを逃さないためにも、結構な頻度で管理局をチェックさせていたのである。


 そんな彼が息を切らして列車まで依頼書を持ち帰ったという事は―――つまり、そういう事だ。


 依頼書にはやはり、奴の名があった。




【マガツノヅチの討伐】





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