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情報収集


 こんなにも達成感のない依頼は、後にも先にもミカエル君史上初であろう。


 168万ライブル+追加報酬というちょっとした銀行に強盗にでも入らなければ手に入らないような大金を五等分して、封筒の中に入っている札束の厚みと重みを手の中に感じてもなお、「勝った」という実感が沸いて来ないのは俺だけではない筈だ。


 格納庫のハッチが展開し、ウッドランド迷彩のヴェロキラプター6×6としゃもじたちのRipsaw EV3-F4を薄暗い格納庫の中へと迎え入れてくれる。バックで格納庫に停車したヴェロキラプター6×6がエンジンを停止させるよりも先に外へと降りると、オリーブドラブのツナギ姿のパヴェルが出迎えてくれた。


「おかえり」


「ただいま」


「……まあ、色々あって疲れてるだろ。飯準備してたから、荷物置いたら食堂車来い」


「ああ」


 荷台に積んである耐衝撃コンテナに、天井からするすると降りて来たクレーンアームが組み付いた。そのまま天井へと吊り上げていったかと思いきや、下に用意していた大型の台車の上にコンテナをゆっくりと下ろし始める。


 管理局に提出したガノンバルドの卵は5個中4個。うち1個は食材として、俺たち血盟旅団でもらい受ける事となった。入手困難な高級食材、堪能しない手はない。こういう長旅では食事もまた娯楽の一つなのだ。


 とはいえ、今夜ばかりはみんなでどんちゃん騒ぎ……というわけにはいくまい。


 荷台の上に乗りながら格納庫を興味深そうに眺めていた範三は、荷台から飛び降りて周囲にある工具を手に取り始めた。倭国にもこういう機械類はあるだろうが、剣術に身を捧げてきたからなのだろう、あまり馴染みが無いに違いない。


「あまり触るなよ、爆発するぞ」


 冗談交じりにパヴェルが言うが、彼が話しているのは標準ノヴォシア語。ロシア語にそっくりな異世界の言語である。


 範三はノヴォシア語が分からないからなぁ、と思いながら見守っていたが、しかし意外にも範三はその言葉に反応した。


『む、すまぬ』


「おう、気を付けな」


「ん?」


 なんだろ、ノヴォシア語と倭国語でのやりとりなのに、なんかちゃんと意思疎通が出来ているように思えるのだが?


「アンタか、ミカが言ってた倭国の侍ってのは」


『いかにも。某は市村範三と申す』


「おー、そうかい。俺はパヴェル・タクヤノヴィッチ・リキノフ。よろしく」


『パヴェル殿か。顔立ちは倭国人のように見えるが……?』


「まあ……あれだ、モーゴル系だったりジョンファ系だったり、その辺の血が入ってる。多分」


『おお、蒙古モーゴル中華ジョンファの混血であったか』


「待て待て待て。何でお前ら意思疎通できてんだ?」


 左からは標準ノヴォシア語が、右からは古風な言い回しの倭国語(しかも南部弁や薩摩弁の訛りが含まれている)がさながらASMRの如く聞こえてくるわけだが、文法構造も単語も発音も、何一つとして共通点のない他言語同士のやり取りでありながら、2人の会話はしっかりと成立しているのだ。


 これはどういうことか。頭の中に浮かんだ疑問が許容量を超えたところで尋ねてみると、パヴェルはポケットから端末を取り出した。


 赤黒いフレームの、あの使い古したスマホみたいなやつだ。


「あ、言ってなかったか。俺のコレには翻訳機能があってな」


「なんだそりゃ」


 翻訳機能付きとか便利すぎるだろ……。


 あの端末はパヴェルが作ったものではなく、異世界転生(パヴェルもまた転生者である)した際にポケットに入っていたものなのだそうだ。まあ、確かに翻訳装置は必須であろう。異世界の言語は前世の世界の言語ともまた異なるから、何も無しではコミュニケーションに甚大な影響が出る。


「それ、彼の分も作れるか?」


「翻訳装置部分を独立スタンドアロンさせた状態なら突貫工事で何とか」


「頼む。さすがにノヴォシア語が分からん状態ではな……」


 範三も大変だろう。


 ノヴォシア人とのやり取りは、身振り手振りで何とかやってきたらしい。が、やはり言語は一番手っ取り早いコミュニケーションツールである。相手の言葉が分かるというのは大きなアドバンテージだ。


 騙される事もなくなるし、小さなニュアンスも拾い上げて理解できるからな。


『とにかく、マガツノヅチに挑むなら準備が必要だ』


『む……確かにミカエル殿の言う通りだ』


『パヴェル、例の龍……マガツノヅチは追えてるか?』


 イライナ訛りのノヴォシア語ではなく日本語で問いかけると、パヴェルはちょっと驚いたような顔をしながら答えてくれた。


「ああ、自立型ドローンで常時監視と追跡を行ってる。奴の居場所なら特定しているし、色々とデータも取ってる」


『さすが』


「それとミカ、頼まれてた書物を部屋に置いといた。後で確認を」


「分かった。色々悪いね」


「マネージャーですもの」


 ノヴォシア語と倭国語による二ヵ国語の応酬。俺たちは別にそれで伝えたいことが伝わっているし、相手の言ってる事も理解できるから別にいいのだが、しかしそれを聞いてるクラリスやリーファたちはというと、まあ予想通りの反応だった。


 クラリスは目を丸くしているし、リーファは「??????」って感じで首をかしげている。まあ、しらん言語でのやりとりなのだから仕方あるまい。


 それじゃあ17時に食堂車に集合な、とみんなに言ってから、とりあえずは解散という事にした。


 どうすればいいか分からない、といった感じで戸惑っている範三を連れ、とりあえずは自室へ。武器庫へAK-19を返却してから連結部を通って食堂車を通過し、寝室のある1号車に戻る。自室のドアを開けると、窓のすぐ近くにある机の上に小包が置かれていた。


 包装を取り払ってみると、中から顔を出したのは魔物図鑑。しかもノヴォシア原産の魔物ではなく、外来種をメインに扱っているものだ。小包の中には2冊の図鑑が入っていて、片方が西側諸国編、そしてもう片方が極東編となっている。


 極東編の方をパラパラとめくってみると、やはり見た事もない魔物が数多く記されていた。今なお各地に生息し人々の生活を脅かしている魔物から、伝説上の魔物まで。中には神話の時代の古い魔物についての記述もあったが、嘘かホントか疑わしいところである。


『ミカエル殿、それは?』


『魔物の図鑑だよ、パヴェルに頼んでたんだ。マガツノヅチの情報も載ってるかなって』


 マガツノヅチ、という名前が出ただけで、範三の眉間には皺が浮かんだ。それほどまでに憎たらしい相手だという事はよく分かる。俺だって、家族を皆殺しにされれば復讐くらい誓うだろう。それが自分の生還を期さぬ、悲壮の覚悟の果てだったとしてもだ。


 だが、戦に勝つためには情報が必要だ。勝利を手繰り寄せるにはまず敵を知らねばならず、何も知らぬまま戦いを挑んだところで、それでは相手に勝利を献上するだけになりかねない。


 範三の気持ちも分からんでもない。その憎しみは相当根深い物だろう。何も知らず、何も失っていない、経済的に恵まれた環境で育った俺にはきっと一生理解できないものだ。それについて口出しするべきではないし、そんな権利は自分には無い、という理解はある。


 だがしかし、いくらその復讐のために技を磨いてきたといっても、飛び道具も無しに戦いを挑むのは無謀が過ぎる。


『……』


『戦に勝つにはまず敵を知る、だろ』


『……むう、一理ある』


「ご主人様、コーヒーをお持ちしました。ええと……こちらのお侍さんには緑茶グリーンティーでよろしかったでしょうか?」


「ああ、ありがとう。ほら、範三も』


 前半はノヴォシア語、後半は倭国語で言いながら、湯呑み(なぜか平仮名で”はらしょー”って書いてある。何故だ)を範三に渡した。湯呑みを受け取りながらも立っている彼に『まあ座りなよ』と促し、とりあえず座って休んでもらう。


 部屋の中を興味深そうに見つめていた範三は、そっと湯呑みに口をつけた。


『……この味、何年ぶりか』


『ノヴォシアで手に入れるのは苦労したってパヴェルが言ってたよ。この辺じゃコーヒーとか紅茶が主流だから』


『こーひーとは?』


『この黒いやつ』


 マグカップの中身を見せると、範三は奇妙なものを目にするような顔でまじまじとそれを覗き込んだ。


 黒いやつとは言ったが、マグカップの中身はミルクマシマシ砂糖多め、苦みを完全に糖分の暴力で上書きしたミカエル君仕様のクソ甘コーヒー。カフェラテなんてものじゃない、コーヒー風味の砂糖水と言ってもいいレベルの甘さ(ブラック派の皆さんごめんなさい)である。


 だってミカエル君甘いもの好きなんだもの。


 コーヒーを飲みながらページを捲っていると、ジョンファ編とチョソン半島編の次に”倭国編”と記載されたページがあった。読み進めていくと、ヤマタノオロチとか鬼とか、前世の世界でも馴染み深かった伝説上の生物が、かなーり誇張されたイラストと一緒に記載されている。


 どういうわけか秋田のなまはげもその中に記されていて、『倭国のアキタに生息する鬼の亜種である』と記載されている(なまはげは鬼ではないらしいのでこれは誤り)。


 こんなもんだから、正確な情報なのかどうかも怪しいところだ。第一、現時点で倭国は未だ詳細が明らかになっていない極東の島国であるようで、倭国の魔物についての情報も他人から聞いた話がベースになっている事も多いので信憑性はちょっとアレである。


 だがまあ、無いよりはマシだ。


 願わくば弱点とか能力とか、その辺の情報に誤りがない事を祈りたいもんだ……とページを捲ると、そこに求めていた情報があった。


【マガツノヅチ】


「……これだ」


 呟いてから範三の方を見ると、彼も図鑑を覗き込んで頷いた。


 掲載されているイラストは誇張が見られるが、蛇のような長大な身体に加えて左右に張り出した胸板、そして翼が無く手足が小さいという特徴はおおむね一致している。


【倭国の東北地方に生息する、蛇のような龍。一般的なドラゴンよりも古い時代から生息しているとされ、エンシェントドラゴンに分類される事も。翼を持たず、ふわふわと空中を自由に浮遊しながら移動する。不明な点が多く、一説によると神話の時代の生物であるという】


 エンシェントドラゴン。


 この世界に生息するドラゴンよりも更に古い時代に生まれた竜たちの総称だ。現代の竜や飛竜の起源とされており、その生態は明らかになっていない部分が多い。


 多くは神話の時代から確認されているものばかりであり、ノヴォシアを代表するドラゴンのズメイ(ズミー)もエンシェントドラゴンの一角であるとされている。


 飛竜やガノンバルドとは違う、更に古い時代からこの世界を生きている強敵だ。


 範三はそんな化け物を、それこそ神話の時代の英雄たちが立ち向かわんとしていた怪物とたった1人で戦おうとしていたのか。


『範三……あんた、こんなバケモノを1人で相手にするつもりか』


『左様だ』


『いくら何でも無茶が過ぎる。勝ち目は無いぞ』


『関係ない。その龍を屠るためだけに、某は剣術を磨いてきた。今が其の時よ』


 息を吐いた。


 範三の望み通り彼を1人で行かせれば、間違いなく返り討ちに遭うだろう。本人は単独での仇討を切望しているようだが……良くても一矢報いる程度で終わってしまうかもしれない。


 第一、マガツノヅチとの相性が悪すぎるのだ。


 確かに範三の剣術は凄まじく、採石場で死んでいたガノンバルドを倒したのは彼である可能性が高いという。俺たちがあんなに苦戦したガノンバルドを、たった一振りの刀で倒してしまうその技量には目を見張るばかりだが、しかしそれは相手は地に足をついて戦うタイプのドラゴンだったからだ。


 マガツノヅチは違う―――空を自在に舞い、天空からメタンハイドレートみたいな結晶体を飛ばしてきてブレスで着火することにより、さながら燃料気化爆弾(サーモバリック弾)のように地上を爆撃してくるのだ。


 爆風と、何よりも強烈な衝撃波による大地の蹂躙。


 戦時中、多くの日本人にトラウマを植え付けたB-29相手に竹槍で挑むようなものである。


「ダメだ、図鑑には何も詳しい情報が無い」


 なまはげの誤った情報が記載されている時点でちょっとアレだなぁ、とは思っていたが、その嫌な予感は的中したようだ。マガツノヅチに関しての情報は身体的特徴と起源についての複数の説に留まっており、どのような攻撃手段を持つのか、どのような生態か、といった討伐に必要な情報についての記載は一切ないのだ。


 こりゃあパヴェルが飛ばしているというドローンから得られる情報に頼らざるを得ないようだ……結局手探りか、と落胆する俺に、範三が言う。


『しかしミカエル殿の退くべきという判断はもっともだ。彼奴きゃつめは雲を好む』


 腕を組みながらそう言った範三の方を振り向き、俺は尋ねた。


『雲を好む? 何故?』


『それは某には分からぬ。だが、彼奴は雲一つない空には姿を現さんのだ。某は故郷の里と薩摩の地で二度相まみえたが、いずれも曇天であった』


 何か関係があるのだろうか。


 直射日光に弱いとか? いや、だったらあんな高度を飛んでいられるなんておかしい。第一、ガノンバルド討伐後に目にしたマガツノヅチは雲の切れ間を飛んでいて、日光にはもろに当たっていた。


 おそらくだが、あのメタンハイドレートみたいな物体……正確には可燃性のガスのようなものを体内で生成する能力を持っていて、雲を好むというのはそれに関連するような気がしてならない。


 雲を喰らっている?


 遭遇した時に牙の並びを見たが、あれは獲物を咀嚼して捕食するには向いていない歯並びだ。おそらくは蛇みたいに獲物を丸呑みするか、それ以外の方法で喰らうのだろう(そもそもマガツノヅチがまだ肉食と決まったわけではないが)。


 座ったまま、マガツノヅチが記載されているページを見つめる範三。本当ならばこんな事よりも、一刻も早くあの採石場に舞い戻って、マガツノヅチと戦いたいのだろう。


『気持ちは分かるが大丈夫だ。仲間が見張ってる』


『むう……』


『今はとにかく情報を集めて対策を練るべきだよ。できる限りのサポートはするさ』


『気持ちは嬉しいが、これは拙者の問題だ。あれは我が一族と兄弟子たちの仇、拙者が討たねば皆が浮かばれぬ』


『分かってるよ』


 とはいえ、マガツノヅチがあのまま採石場で大人しくしているとは思えない。


 いずれは活動を再開し、近隣の村や街を襲い始めるだろう。そうやって被害が出始めれば……いや、目撃者がいれば管理局を通して調査依頼が冒険者たちへ発令されるに違いない。


 異国のエンシェントドラゴンともなれば、報酬金額はかつてない額になるのは明白。金と名声目当ての冒険者が群がってくるのは想像に難くないだろう。急がなければ、範三の仇討ちも他者に掻っ攫われるかもしれない。


 どうすれば、と考えたところで、誰かの腹が鳴った。


『……』


 範三だ。


 腕を組んだまま、仏頂面でありながら気まずそうな雰囲気を発する範三。苦笑いしながら図鑑を閉じ、俺は席を立った。


『……とりあえずご飯にしようか』




どうでも良い話ですが、作者はコーヒー飲む時はブラックです。

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