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雪辱戦(リベンジマッチ)


 自分の弱さは分かっている。


 人を撃つ度胸が俺には無い―――銃を持ち、魔術を習得し、身体を鍛えただけで調子に乗っているただの転生者。そう、それが今の俺だ。


 まだまだ弱いのだ、俺は。クラリスに”守ってもらう”必要があるほどに。


 そんな自分の弱さがたまらなく憎たらしくなる。


 息を吐きながら呼吸を整え、頭の中で3つ数えた。心拍数が落ち着いていくのに反比例して、今度は外の音が明確に頭の中に入ってくるようになる。ピンと立ったケモミミ―――人間の耳よりも敏感な聴覚を持つそれが、外の音を鮮明に拾った結果だった。針葉樹の枝が夜風に揺れる音、鳥たちが驚いて羽ばたく音。そんな自然の音に混じって、明らかに敵意剥き出しの荒々しい足音が1つ、2つ……5つ。


 さて、ここで自問自答するとしよう。問題は『もし自分がこの建物を攻めるとしたらどうするか? なお、武装は前装式のマスケットに刀剣のみとする』。


 そりゃあ簡単だ。突入前に一斉射撃、その後間髪入れずに突撃し、白兵戦に雪崩れ込む―――マスケットが主流のこの世界において、白兵戦は未だに一定の地位を保ち続けていた。


 再装填リロードに1分も2分もかかるマスケットのもどかしい撃ち合いで勝負が決まる事など、実は意外と多くはない。大半はそのまま銃剣突撃、あるいは刀剣や銃床を用いた白兵戦へと移行するか、そうなる前に砲兵と騎兵が片付けてしまうか……そんなもんだ。


 では、砲兵も騎兵も居ない、ごく少人数での戦闘で雌雄を決する事となる戦いとは?


 そこまで考えてみれば、白兵戦に備えるのは当然の結果だった。


 クラリスも同じ結論に至ったらしく、唐突に身を屈めた。俺? 俺は150cmしかないチビだから、いちいち屈む必要が無いのだ。


 案の定、次の瞬間には夜の森の中で銃声が弾けた。ドパパパンッ、と黒色火薬の炸裂音が連鎖して、壁をぶち抜いた数発の弾丸が頭の上を突き抜けていった。夜の静寂が完全に破られ、第二ラウンドのゴングは荒々しく打ち鳴らされた。


 ドンッ、とドアが思い切り蹴破られ、私服の上に防具を纏った男たちが踏み込んでくる。当然ながら、夕飯を食べに来たわけでも、お茶会に招待されたわけでもない。こっちの身柄の拘束、あるいは殺害のためにやってきた殺し屋だった。


 その襲撃者と、俺の目が合う。


 向こうの得物は剣。それに対し、こっちは既にセレクターレバーが下段、つまりはセミオートに入ったAK-12。狭い室内での白兵戦とはいえ、剣の間合いに入るまでの数歩の距離は、こっちにとっては目と鼻の先―――引き金を引くだけで、事足りる。


「―――許せ」


 引き金を引いた。


 シュカッ、と随分大人しい銃声が響き、サプレッサーの中から5.45×39mm弾が躍り出る。サプレッサーによってガスを逃がされて減速しているものの、10m未満の距離にいる相手に対しての殺傷力は十分だ。憂慮するような間合いでもない。


 どうせ中には酔っぱらったスクラップ業者とか弱いメイド、そして小柄な貴族の子供しかいないだろうと高を括っていたに違いない。ニヤリと不気味な笑みを浮かべていた男の顔が、次の瞬間には苦痛一色に染まる事となった。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 右足の太腿と膝の付け根から血を滲ませ、先陣を切った襲撃者が崩れ落ちる。


 それを見ていたクラリスが、ハッとしながらこっちを振り向いた。


 ”殺すな”―――声に出すまでもなく、行動で示した短い命令。それを理解したクラリスは小さく頷き、購入した超大型ボルトカッターを手に襲撃者たちへと突っ込んでいく。


 そりゃあもう、その動きは圧巻だった。


 唐突に距離を詰めてきたメイドに焦りつつも、剣を振り下ろして攻撃する襲撃者たち。しかしその剣が直撃したのは彼女の胸板でも脳天でもなく、獲物に喰らい付くべく開かれた、鋼鉄の顎だった。


 本来、ボルトカッターとはケーブルやら番線やら鉄条網を切断するのに使う”工具”である。まあ、大きく刃を開いた状態で人体に押し付けてぎっちょんすれば武器にもなるのだろうが……よっぽどの非常時か物好きを除いて、そんな使い方はまずされない。


 しかしクラリスが持つ超大型ボルトカッターのサイズは明らかに、そういった”本来の用途”のためではない。あのサイズは番線やらケーブルではなく……人間をぎっちょんするための代物である。


 が、クラリスが最初に両断してみせたのは、開け放ったボルトカッターで受け止めた襲撃者の刀剣―――ノヴォシア帝国の騎兵もよく使う、”シャシュカ”と呼ばれるサーベルのような剣だった。


 斬撃を重視した華奢な刀身であったこともあってか、バチンッ、と鋼鉄の顎が閉じられる音と共に、美しい金属音を奏でながら落下するシャシュカの刀身。得物をバッサリと切断されて驚愕する襲撃者だったが、メイドさんは容赦しない。


 何が起こったのか理解できていない男の顔面に、腰の回転と肩の捻りまで乗せた、武道の達人が全力で放つような右の正拳突きがめり込んだのである。


 あー、あれは鼻いったな……。


 当たり前だが、空手などの武道においてはただ単に腕の力でパンチを放つわけではない。重心を落とし、腰を回転させ、肩の捻りも加える―――それ故に生み出される破壊力は、単なる素手の攻撃とは思えない域に達する。


 顔面にパンチをもろに受けた襲撃者は、鼻から大量の血を流しながら、後続の仲間を巻き込んで派手に吹っ飛んでいった。そのまま外にあった鉄道のレールにバウンドして地面をごろごろと転がり、無造作に放置された貨車に後頭部を強打してやっと止まる。


 待って? アレ生きてるよね? 死んでないよね?


「クラリスさん?」


「加減はしました」


「もっと加減して」


「ダメですか?」


「まだ死人が出るレベルだとミカちゃん思うの」


「生きてますよ……たぶん」


 たぶん。


 あ、大丈夫。うめき声上げてるから生きてる。


「この野郎、よくも!」


「!」


 正面からは無理だと判断したのか、俺から見て右側にある窓を突き破って入ってきた男が、銃剣付きのマスケットを槍のように突き出しながら突っ込んできた。


 さすがにいざという時は槍としての運用も考えられているマスケット、銃身が長い分リーチも長い。銃というよりは弾丸の出る槍みたいな、そんな感じの武器に思えてくる。


 が、それに反応できないミカエル君ではない。


 ガラスが割れる音を聴くと同時に、既に窓から離れていた。おかげで距離を稼ぐことができ、応戦する余裕が生まれたのである。


 ハクビシンの聴覚と瞬発力、舐めちゃいけない。


 スパイク型銃剣の穂先が届くよりも先に、AK-12が火を噴く。パスッ、とサプレッサーから解き放たれた5.45×39mm弾が敵の片足―――ではなく、左側の肩を穿った。


「ぎっ―――」


 本当は足を撃って動きを止めたかったんだが、その余裕が無かったので仕方がない。


 銃から両手を離し、鉄パイプに持ち替える。銃はスリングを付けているので、手放したところで床に転がることは無い。スリングが有るのと無いのでは利便性が全く違う。単純だが実用的、こういう装備が実戦では役に立つ。


 左肩に被弾し、激痛に苛まれながらも敵は踏み込んでくる。それくらいは予想できた事だ。戦闘で興奮状態となった人間は、信じがたい事に多少の被弾に耐える。脳が分泌するアドレナリンは、軍人を簡単に狂戦士バーサーカーへと変えるのだ。


 鉄パイプを横に振り、左斜め下からマスケットの銃身にぶち当てる。こっちから見て微かに右斜め上へとかち上げる軌道で振るったそれは、目論見通りに銃剣の狙いを狂わせ、主の命令に従う術を失ったマスケットの銃口はミカエル君の頭を右斜め上へと逸れた。


「!」


「にゃーお」


 銃剣突撃を空振りし、懐にも入られた襲撃者。距離を取るにも、得物を手放して殴りつけるにも、全てがあまりにも遅すぎた。


 既にミカエル君の手の中には、瞬間的に放出した魔力によって形成された電撃の塊―――”雷球”が形成されていたのだから。


 床を蹴り、更に距離を詰めた。手を伸ばせば相手の身体に手が届く距離。どう間違っても外しようのない、必中の間合いだった。


「このガキ―――」


 言葉を遮ったのは、スパークのような、何かが弾けるような、バヂンッ、という音だった。それよりも先に蒼い光が弾け、雷球を至近距離で受けた男の身体を蒼い電撃が這い回る。身体中の筋肉を一瞬ばかり硬直させ、けれども命に別状のないレベルの電撃は、こっちの目論見通りに彼の意識だけを奪い去る。


 がくりと崩れ落ちる襲撃者。2人目の敵を片付けたところで後ろを振り向いてみると、メイドさんが大暴れしているところだった。


「うわぁ」


 剣で斬りかかってきた襲撃者を殴り飛ばし、外から放たれた敵の増援の銃撃を当たり前のように回避して、姿勢を低くしながら外へと飛び出していくクラリス。こっちから迂闊に打って出るのは危険ではないかと思い、窓からせめて援護射撃でもとAK-12を構えるが……そんな必要はなさそうだった。


 左右から同時に斬りかかってくる襲撃者たち。しかしクラリスは動じずに真正面にいる敵をボルトカッターのフルスイングで殴打すると、それを地面に突き立ててから手放し―――何も防具を身に着けていない腕で、その斬撃を受け止める。


 両腕をバッサリ斬り落とされるのではないか、と肝を冷やしたが、聞こえてきたのは剣が女性の肌を切り裂く音ではなく―――ガギンッ、と鎧に受け止められるような、金属音にも似た音だった。


「え―――」


 シャシュカの刀身が切り裂いたのは、クラリスが腕に纏う白い長手袋だけ。


 切り裂かれたそれの下から露になったのは―――蒼いドラゴンの外殻に覆われた、彼女の両腕。


 なんだ、あの腕は。


 クラリスの腕は普通の人間の腕と何も変わらなかった筈だ。ではあの外殻は、今の攻撃を防ぐために一瞬で生成したものだとでもいうのか?


 皮膚が変質したものなのか、それとも表面に何かを纏ったのか、それは分からない。けれどもそのドラゴンの外殻は剣を受け止めるどころか、逆にへし折ってしまうほど頑丈なようで―――続く二度目の剣戟を弾くどころか剣の刀身をへし折り、敵の攻撃手段を奪ってしまう。


「ば、化け物……!」


 針葉樹の枝の隙間から、銀色の月明かりが漏れる。


 死神の鎌のような三日月を背景に、クラリスは告げた。


「私はクラリス―――ミカエルのつるぎ、クラリス」


 カッコいいけど勝手に二つ名を名乗らないでくれます? 恥ずかしいんだが……。


「これ以上の攻撃は、自らへの死刑宣告と知れ」


「く、くそ、退けっ」


 得体の知れない能力を目にし、勝ち目がないと判断した襲撃者たちが森の方へと逃げていく。足を撃たれたり気を失った仲間をちゃんと連れていくあたり、ヘマをした味方を切り捨てると言った非情な選択をしないプロであることが分かる。


 ともあれ、これで終わってよかった……戦闘モードを解こうとした俺たちを、森の中から容赦のない殺気が射抜いた。


 ぞわっ、と身体中が冷気に包まれたような錯覚を覚える。みぞおちの辺りが一気に冷たくなり、腹が重くなる。両足はまるでコンクリートで塗り固められたように動かなくなり、心臓の鼓動だけがただただ早くなっていくのが分かった。


 ヤバい奴が来る―――その確信と共に姿を現したのは、腰にピストルのホルスターを2つ下げ、両手にシャシュカを手にした隻眼の剣士だった。年齢はおそらく40歳前後。防具は必要最低限で、防御力より機動力を重視した装備であることが一目で分かる。


 頭から突き出た獣の耳の形状から判断するに、おそらくは狼の―――いや、狼犬ウルフドッグの獣人。


「なるほど、子供だからと甘く見ていたが……窮鼠猫を噛むとはこの事か」


 窮鼠? 冗談じゃない、こっちはジャコウネコ科だぞ。


 AK-12のセレクターレバーを弾いて中段―――フルオートに切り替える。こいつはセミオートで丁寧に撃っていられるような余裕を与えてくれる相手ではない。ならば弾丸をばら撒き、弾幕を張ってクラリスの援護に徹するべきだろう。


 剣の切っ先をクラリスと俺に向けながら、ウルフドッグの獣人―――襲撃者の長は告げた。


「貴様に恨みはないが―――狩らせていただく」













 薄暗い格納庫の中に足を踏み入れた襲撃者たちは、息を呑んだ。


 鉄道網が発達したノヴォシア帝国では、列車は身近な移動手段だ。ある時は乗客を乗せ、またある時は貨物を牽引し物流を支える帝国繁栄の要。輸送量が増えれば機関車に求められる馬力も増えていくのが当たり前で、最近の機関車は大型になっていく傾向がある。


 だから巨大な機関車には見慣れていたつもりではあったが……格納庫の中に眠るそれは、かつてソビエト連邦が『AA20』という型番を与え、問題をクリアできずに歴史の裏へ消えていった機関車のサイズは、ノヴォシアのどの機関車でも超える事はないだろう。


 それはまさに、鋼鉄の猛牛。


 7つ並んだ車輪と、車体側面に描かれた赤い星のエンブレム。こんなもので一体何を牽引するつもりなのかと凝視する彼らの前に、工具袋を腰に下げたツナギ姿の男が、酒瓶を片手に姿を現した。


 整備中だったのか、その顔や手足は機械油にまみれている。モスグリーンのツナギにも機械油は付着していて、まるで迷彩服のようにも見えた。


「んぁ、何だお前ら」


 襲撃者たちのターゲットに、この男は含まれていない。


 しかし、暗殺を生業とするギルド―――『クルーエル・ハウンド』には、”目撃者は消せ”という掟もある。最初の襲撃を目撃された以上、パヴェルもまた抹殺対象に他ならない。


 男たちが一斉にマスケットの銃口を向けるのを意に介さず、パヴェルは傍らにある木箱に腰を下ろしながら、手にしたウォッカの酒瓶を掲げて揺らしてみせた。


「おー、せっかくだ。一杯付き合えよ」


 得物を向けている相手に酒を奨めるとは、何とも舐めた態度である。


 それに憤慨したからなのか、彼の誘いに対する返答は荒々しい銃声だった。


 ドパンッ、とマスケットが吼え、ウォッカの酒瓶が砕け散る。


「……おー、おーおーおー、そうかいそうかい」


 ゆっくり立ち上がり、台無しになったウォッカの酒瓶を投げ捨てるパヴェル。空いた右手を腰の後ろへと伸ばした彼が引っ張り出したのは、工具袋に収まったスパナ―――では、なかった。


 それは何と表現するべきか。


 まるで、彼が内に秘める殺意が具現化したような、あまりにも攻撃的すぎる形状のナイフだった。死神の鎌、あるいは獣の爪を連想させる湾曲した刀身、それだけでも30cmはある。峰には鋸のようなセレーションが幾重にも穿たれ、より荒々しいシルエットを生み出していた。


 『カランビットナイフ』と呼ばれる、恐ろしい切れ味を誇る半面、扱いが難しいことで知られるナイフである。


 柄にあるリングに親指を通したパヴェル。彼の黒い頭髪の中から、ゆっくりと黒い角のようなものが伸び始める。


「お、お前、人間じゃ……!?」


「最後通告を無視したんだ、覚悟は出来ていると見做す。よろしいな?」


 それだけではない。


 ゆらり、とツナギの後ろから姿を現したのは、機械の尻尾だ。まるでケーブルのような、しかし先端部に3つのマニピュレータがある機械の尻尾。


 禍々しいナイフと角、そして尻尾を露にし、天窓から差し込む月明かりに照らされたそのシルエットはまるで―――”悪魔”のようだった。









「ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェェェェェェェェェム」











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