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採石場の戦い


 ”ズメイ(ズミー)の仔”という意味の名を持つ飛竜たちが、一斉に急降下に入った。


 人間のそれを遥かに上回る視力で、こちらを発見したのだろう。その視力の良さは驚くべきもので、一説によるとズミールたちには昼間でも星が見えているのだという。


 獲物を見つけたとばかりに吼え、後続の飛竜たちに先んじて加速するズミールに向け、俺はAK-19の引き金を引いた。いくら5.56mm弾とはいえ、飛竜の外殻をぶち破り、撃墜に追いやるのはかなり困難を極める。それこそ外殻の隙間だとか、眼球に弾丸が飛び込むようなラッキーヒット(幸運な一撃)でもなければ、この世界の飛竜はアサルトライフルで落とせない。


 反撃を受けたことに腹を立てたのか、それとも脅威と認識したのか、ズミールが進路を変えて俺の方に突っ込んできた。大きく開け放たれた口腔の奥に赤い煌めきが生じ、鋭い牙の並ぶ口から炎の奔流が躍り出る。


 それと同時に時間停止を発動。イリヤーの時計の能力により、たった1秒だけ世界は静止する。


 炎も、風も、あらゆる生命の鼓動が止まった世界。AK-19から手を放してスリングに預け、背負っていたRPG-7のランチャーを手に取った。


 ランチャー系の武器は前世の世界の国の数ほどあるが、中でもRPG-7は扱いに慣れている。ここまで来ればもう、勝負はついたようなものだった。


 素早く照準、引き金を引く。


 ボシュ、と装薬が目を覚ました。発射機先端部に搭載された弾頭が装薬で押し出されるや、ある程度離れたところでロケットモーターに点火。あと0.2秒で再びすべてが動き出す世界の中を、白煙をこれ見よがしに曳きながらするすると天へ駆け上っていく。


 それはさながら、蝋の翼で太陽を目指したイカロスのようだった。


 けれどもそれは、それの行き着く先に自由などない。


 あるのはただ、徹底的な破壊のみだった。


 ―――0。


 何もかもが静止した世界が解凍され、全ては再び動き出す。


 先頭のズミールからすれば、いきなり目の前にロケット弾が―――それも対戦車戦闘を想定した弾頭、”対戦車榴弾”が目の前に出現したようなものだ。避けようがない。


 まだ初期放射の段階のブレスを突き抜いたその一撃は、弾頭が融解するよりも先に炎の中を突っ切った。ここまではミカエル君も読み通り、むしろ我ながらよく無誘導のロケットランチャーを飛竜にぶち当てたもんだと驚いたけれど、ここから先はミカエル君も予想外だった。


 弾頭はよりにもよって、ズミールの口の中へと綺麗なホールインワンをキメたのである。


 すぽっ、とズミールの口腔へ入り込んだ対戦車榴弾が、喉の奥に弾頭をめり込ませたところで起爆した。膨れ上がった爆発が喉の肉を裂き、戦車の装甲よりも柔らかい肉をメタルジェットが無慈悲に刺し穿つ。


 喉の奥が破裂するかのように広がって、さながら針を突き刺したゴム風船のようにズミールの身体が割れる。なんともまあグロテスクな、グロ耐性のない人が見たらトラウマになりそうな光景が目の前で繰り広げられ、脳内に生息している二頭身ミカエル君ズが悲鳴を上げながら目を覆った。


 1機撃墜(スプラッシュワン)、なーんて行ってる場合じゃない。


 血の臭いに刺激され、飢えた飛竜たちはそいつ1体ではないのだ。他にも10体、さながらわんこそばの如く空からどんどん急降下してくる。


「うっひゃ」


 その勢いにドン引きしながらも、荒れ果てた大地を全力でダッシュ。RPG-7のバックブラストでうっすら抉れた地面を、ズミールの急降下の勢いを乗せた爪の一撃が更に深々と抉った。


 ポーチから対ガノンバルド用に持ってきた対戦車榴弾を引っ張り出し、すっかり寂しくなった発射機の先端部に装着。装薬が内蔵されている部分を規定位置までしっかりと差し込んだのを確認している俺の後ろで、ごう、と熱風が弾けた。


 ズミールのブレスかと思ったが、違う。ズミールが放ったブレスにしては、そこにヒトの殺気が宿っているようにも思えて―――まさかと振り向いた頃には、直視した者の網膜を焼くほどの赤い光が爆ぜ、天へとその穂先を伸ばしていた。


 炎というよりは熱線だ―――その発生源にいるのはズミールではなく、ある意味で予想通りの人物だった。


 アイヌ風の民族衣装に身を包んだ、エゾクロテンの獣人―――しゃもじである。


 熱線、というかもはやビームとしか言いようがないほど収束された炎属性の魔力は、今まさに彼女の元へと舞い降り噛み砕かんとしていた飛竜の頭から尻尾の先端までもを刺し貫いていた。飛竜の外殻だろうと鱗だろうとお構いなしに貫通、融解させ、触れた肉も、そして体液も瞬く間に炭化、蒸発させてしまう。


 見た事のない魔術だ(炎属性魔術が門外漢という事もあるが)。東洋の―――島国たる倭国で独自の発展を遂げた魔術なのだろうか。


 少なくとも、ノヴォシア帝国で目にする炎属性魔術とは系統が異なるようにも思える。


 早くもこれで2体目―――そう思っていたところへ、別の角度から回り込んだ飛竜ズミールがしゃもじへと迫った。


 他の仲間が攻撃を受けている間に奇襲してやろうという意図だったのだろうか。同胞をまんまと囮に使い接近に成功したズミールが、勝ち誇ったように咆哮を発し―――大きく開け放った口腔の奥深くから、マグマの如く滾る赤い光を迸らせる。


「しゃもじ!」


 あのままでは、とRPG-7を構えた。


 今ならまだ間に合うだろうか。下手すりゃしゃもじも爆発に巻き込みかねない―――そもそも敵の出現が急すぎて、照準が間に合うかどうか。


 盲点だった、と自分の不注意さを恥じたが、しかし奇襲を悟ったしゃもじに己の死を覚悟するような素振りはない。


 にい、と口端が持ち上がったのが、照準器越しに確かに見えた。


 ―――笑った?


 死を受け入れた、というわけではない。


 むしろ逆境を愉しんでいるような―――そんな感じだった。


 ズミールの口からブレスが放たれる。可燃性の体液に着火された、さながら超大型の火炎放射器ともいうべきブレスは、瞬く間にしゃもじの小柄な身体を呑み込んだ。


 耐熱合金製の防具だろうと何だろうと、その許容量を超過した熱量で焼き尽くす飛竜のブレス攻撃は、冒険者が最も警戒するべき攻撃の1つに数えられる。それは対魔物戦闘、特に飛竜との戦いにおいては初歩の初歩ともいうべき情報であり、それだけの脅威である。


 そんなヤバい攻撃を、しゃもじはもろに受けたのだ―――無事で済むわけがない。


「しゃも――――」


「大丈夫」


 彼女の元へ駆け寄ろうとした俺を止めたのは、随分と脱力した声音の―――おもちの一声だった。


 振り向くと、砂塵で薄汚れたガノンバルドの卵を抱えたおもちが、もっちゃもっちゃと何かを咀嚼しながら、採石場の底で燃え盛る炎をじっと見つめている。


「……しゃもじは、絶対に負けないから」


「え―――」


 彼女の言葉の意味―――そして何より、しゃもじが浮かべていた笑みの意味が、次の瞬間に明らかになる。


 荒れ狂っていた炎、それの放っていた熱風に変化が生じたのだ。


 何事だ、と視線を炎に戻すまでもなく、その正体を俺は理解する。


 燃え盛る炎―――火の海と化した採石場の底で、しかし炎が左右へと割れ、滑り、受け流され、正体不明の力場の輪郭を描き始める。


 その力場の中心に立つのは他でもない、しゃもじだった。


 獰猛な笑みを浮かべた、エゾクロテンの少女だった。


「よく見ておきなさい、ミカ」


 あれだけの業火に呑まれてもなお、傷一つないしゃもじはゾッとするほど冷静な、しかしその裏に獰猛さを隠した声で告げる。


テンは火難と戯れる(じゃれる)妖怪よ。剣術と比べたら確かにまあ、私の魔術はにわか仕込みだけど……甘く見ない事ね」


 そういえば、彼女は倭国で魔法所(魔術学校)に通っていた、と昨日言っていた。倭国の剣士であるのと同時に、東洋魔術の使い手でもあるという事か。


 文武両道―――彼女には、まさにその言葉がしっくりくる。


「江戸の大火もかくやの火の海に包んで火達磨にしてあげるわ。さぞいい焼き加減のステーキになるでしょうね」


 その殺意が、敵意が、威圧感が、俺に向けられていない事を神に感謝した。


 そして何よりも、それが飛竜たちに向けられている事をこの上ないほど憐れんだ。


 なるほど、確かに負ける気がしない。


 次の瞬間、しゃもじの周囲に3つの火球が唐突に生じた。さながら東洋の怪談に登場する鬼火のように、怪しく揺らめきながら彼女の周囲を浮遊し続ける。


 すっ、としゃもじが刀の切っ先を飛竜に向けた。例のステンレス刀だ。


 それを合図に、鬼火たちが目覚めた。ボウッ、と一際強く燃え盛ったと思いきや、火の粉と陽炎を軌跡として空気中に刻みながら急加速。ランチャーから放たれたスティンガーミサイルの如く、旋回して反復攻撃に移ろうとしていたズミールの顔面へ一気に突入する。


 ヘビー級ボクサーが、渾身のパンチを放ったかのようだった。急加速した3つの鬼火に顔面を強かに殴りつけられたズミールが体勢を崩す。鬼火の炸裂も凄まじく、頭部を覆うズミールの外殻は抉れ、焼け焦げ、融解した挙句変形してしまうほどだった。


 ズミールは炎属性への耐性を持っている。あの鱗と外殻が、並大抵の炎では焦げ目すらつかない程の防御力をあの恐るべき飛竜へと提供しているのだ。防御においてそれほどの優位性アドバンテージを持つ相手に対してその威力なのだ、耐性ナシの相手だったらどんな威力になる事やら。


 いつの間にか、しゃもじの姿が消えていた。


 どこに行った、と探すまでもない。


 体勢を崩しつつもなお飛ぼうとするズミールの、目と鼻の先にいた。


 しゃもじの頭上を通過するズミール。眼下の獲物をみすみす逃す(スルーする)事となった飛竜は屈辱に満ちた唸り声を発するが、しかしそれはやがて喉の奥に液体が溜まっているような、あるいは溺れているような、ごぼごぼと液体が泡立つような音に変わっていく。


 ずるり、とズミールの首が下へとズレた。下を向いたとか、そういう事ではない。外殻の繋ぎ目、ちょうど長い首を自由に振り向かせるため、外殻が生成されていない繋ぎ目の部分を境に―――その長い首が、あっさりと断ち切られているのである。


「まさか」


「うん、斬った」


 おもちの目には、今の一撃が見えていたのか?


 すれ違いざまの一撃―――頭上を通過していく飛竜の外殻の繋ぎ目、飛竜の部位の中では最も脆弱なそこへ、すれ違いざまに鋭い一撃を浴びせ、しまいにはその首を切り落とす。一体どれだけの修練を積めばそのような神業めいた剣戟が放てるというのか。


 頭を失ったズミールが墜落、がりがりと地面を削りながらなおも直進し、乱雑に積み上げられた砂利の山に断面から突っ込んで動かなくなった。


 首を刎ねられた飛竜を尻目に、しゃもじは空を見上げる。


「私を喰らいたいのでしょう? 殺したいのでしょう? うふふ、ならばりましょう? 生き残るために最善を尽くす、その相剋こそが戦いよ。殺し合いはどちらかの命を奪い合う非道……されど生きようという意志のぶつかり合い、至上の輝きでもあるのよ」


 返り血すらない刀を、その切っ先を、彼女は天へと掲げた。


「―――さあ(至高の者)よ、御照覧あれ!!!」


 彼女はきっと、今を楽しんでいるのだ。


 殺し合いという極限状態すらも、生きようという意志のぶつかり合い―――それを至上の輝きと呼び、楽しみを見出すまでに至ったしゃもじ。


 前世が病弱で、ベッドの上で衰弱していく毎日を送っていた彼女にしてみれば、確かに今は前世の分も”生きる事”を楽しむ絶好の機会なのであろう。


 物騒だが、確かにそこには輝きがあった。


 俺なんかでは絶対に到達しえない、狂気という言葉すらも遥か彼方に置き去りにしたその先に、彼女の追い求めるものが確かに垣間見えた。


 低空飛行で突っ込んできたズミールに、しゃもじはまたしても真正面から挑んだ。鋭利な牙の並ぶアギトで噛み砕かんとするズミール。だが、その牙が彼女の身体を捉えるよりも先に、その首筋に冷たく鋭利な刃が突き立てられる。


 外殻の隙間にステンレス刀を突き入れ、捻ってから引き抜くしゃもじ。認識できない程の速度で踏み込まれたばかりか、外殻の隙間という僅か十数センチしかない空白を的確に狙うその技量に、俺はただただ驚愕するばかりだった。


 喉を潰され墜落するズミール。もがき苦しみながらも立ち上がろうとする飛竜の姿に、そうこなくちゃ、と言わんばかりの笑みを浮かべながらしゃもじが迫る。


 






 ドッ、と重々しい音を奏でながら、氷のような物体がズミールの胴体を射抜いた。








 しゃもじの攻撃では……ない。


 止めを刺そうとしていた相手の唐突の死に、しゃもじも思わず立ち止まる。


 突然の攻撃を受けたのは、その飛竜だけじゃなかった。頭上を旋回し、奇襲する機を伺っていた上空のズミールたちにも、そして大地にも、次々に氷のような物体が突き刺さり、かつては採石場だった擂り鉢状の大地に縫い付けていく。


「……なんだこれは」


 氷……のように見えるが、しかし異臭もする。


 硫黄というか、メタンというか……うまく表現できないが、何かのガスのような悪臭が、その地面に突き立つ氷の槍のようなものから漂ってくるのだ。


 そっと、空を見上げた。


 鈍色の空―――曇天を背景に、長大な身体を持つ巨体が佇んでいる。


 それは簡単に言うならば、蛇―――いや、”ツチノコ”だ。


 頭の近く、胴体にあたる部分の一部が左右へと大きく突き出ていて、身体中は黄土色の鱗に覆われている。ガノンバルドやズミールのような、炎属性の攻撃をシャットアウトするような外殻の類は見受けられず、蛇のような質感の鱗が長大な身体を覆い尽くしていた。


 目測で200……いや、300mはあると思われる身体からは、退化しかけの四肢が伸びていた。巨体に対してあまりにも小さく、攻撃どころか歩行にも適さぬほどの小さな四肢。おそらくは獲物の捕縛や捕食、攻撃といった行為の為ではなく、どこかに着地する際のランディング・ギアとして機能するものなのだろう。


 爛々と輝く紅い双眸で大地を見下ろしながら、その異形の竜……いや、”龍”は天に佇んでいた。


「あれは……まさか」


 見間違うものか。


 あの時、雲の切れ間を飛んでいた異形の龍。


 そして―――範三が一族の仇と呼び、倭国からノヴォシア帝国まで追ってきた忌むべき存在。







「マガツノヅチ……!」








 

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