いざ作戦展開地域へ
「さて、お仕事しましょうか」
掲示板に張り出されている依頼書を剥がし、それをニコニコしながら持ってくるしゃもじ。なんだかイヤーな予感がしつつも依頼書を見てみると、やっぱりそうだった。
ニッコニコで、それこそ今にもスキップを始めそうなテンションでしゃもじが取ってきた依頼書は、やっぱりアレだった。ガノンバルドの卵回収である。
依頼主はミリアンスクに住むとある美食家。高級食材であるガノンバルドの卵が食べたいから調達して来い、という依頼内容だ。まあ、冒険者に依頼するようなクライアントの事情は十人十色。シリアスな理由からお前コレ冒険者頼る必要あんのかと言いたくなるような内容までさまざまである。
しゃもじがこの難易度の高さ故に受注する冒険者が居ない依頼書を持ってきた理由は、何となく察しがついた。
「お前ガノンバルドと戦うつもりだろ」
「よく分かったわね、その通りよ!」
「顔に書いてある」
倭国人って戦闘民族だっけ?
しゃもじがわざわざピャンスクからここまで追ってきた理由を考えれば納得である。
コイツ、多分(というか絶対)強い奴と戦いたいだけだ。
更なる高みを目指しているのか、それとも自分の限界を知るためか―――おそらく両方だろう。更なる高みへ、次の次元へ。そのために今の自分の限界を知り、その限界を打ち破るための糧とする。恐ろしいまでの向上心が、しゃもじからは感じられる。
彼女の前世での死因は病死だと聞いた。おそらく、痩せ細り、命が消えていく毎日の中でじわじわと近付いてくる死の感触をダイレクトに感じながら、彼女は足掻いていたのだろう。命の炎が消え去る最期の瞬間まで。
更なる高みを目指そうとする彼女からは、クレイジーなまでの向上心以外にも『前世で出来なかった事を思いっきりやろう』という、ある意味で人生を楽しんでいるような思いも感じられる。
おそらくそれは、しゃもじの前世を知らなければ薩摩武士じみた狂気にしか見えない筈だ。
「薩摩人に対する熱い偏見ねミカ。概ね事実だわ」
「何でみんな当たり前のように俺の心読むの?」
「ちなみに薩摩人とは坊津に行った時に遭遇したわ」
「話聞け」
「他にも薩摩人の知り合いがいるけど、彼は比較的上品な方だったわ。その上で言わせてもらううけれど、薩摩人に対する誇張された偏見の数々は概ね事実に対して上品さが誇張されているわね」
「もっとやべえって事か」
ひえぇ……。
なーんてやりとりをしている間に、朝からずっとヴォジャノーイのジャーキーをもぐもぐしていたおもちが依頼書を受付に持って行き、契約を済ませていた。
「すいません、5人で」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ちょ、おま」
「さあ行くわよ。準備しましょうミカ」
「俺らの意思は?」
「みんな乗り気じゃない?」
「ぇ」
そんなわけ、と思いながら仲間の方を振り向いてみると、仕事に同行する事となっていたクラリスは口からよだれを垂らしながら幸せそうな笑みを浮かべ、リーファは依頼書の報酬金額を見てすっげえニコニコしていた。
「ご主人様、卵は1個くらい持ち帰りましょう」
「お、おう」
「ダンチョさん、報酬すごいネ。168万ライブル、大金持ちなれるヨ!」
「いやだからガノンバルドは厳しいって……まあ、あくまで卵盗むだけだから何とかなるか?」
もうおもちが勝手に受注しちゃったしなぁ。仕方ない、やるか。
一応依頼書をチェックした。報酬金額は確かに168万ライブルという破格の金額となっているが、卵を追加で納品する事で卵1個につき50万ライブルの追加報酬を支払う、という記述もある。
まあ、相手はあのガノンバルド。九分九厘巣を守る雌の個体との戦闘になるのは想像に難くなく、一度ガノンバルドと交戦した事のある身として言わせてもらうが、そのくらいの報酬が無いと割に合わない。
「わかった、やろう」
「ヨシ!」
「回復アイテム類の補充は忘れないように。エリクサーは錠剤型と液体型、両方携行しろよ」
エリクサーには複数の種類がある。
代表的なのが錠剤タイプと液体タイプで、それぞれ効き目が違ったりする。この辺は調合する人だったり、製造しているメーカーによって異なる部分が大きい。
購入前には成分表だったり効果をちゃんと把握しておくことが望ましい。回復魔術師が居ない状況下では、回復アイテムがまさに生命線となる。
回復アイテムの補充のために売店に入る。小さな村の管理局だからそんなに品数はないんじゃないかな、と思いながら売店を訊ねたが、その予想をいい意味で覆してくれるほどの品ぞろえに、店主に全力で頭を下げたくなった。
「ご主人様、このエリクサーなんかどうでしょうか」
そう言いながらクラリスが商品棚から手に取ったのはガラス瓶に詰まった液体状のエリクサーだった。中には水飴みたいな粘度の、どろりとした緑色のエリクサーが詰まっている。
「あー……瓶詰の液体状エリクサーはやめた方がいい」
「なぜです?」
「戦闘中に割れる可能性がある。どうしても携行するなら耐衝撃容器とセットだ」
耐衝撃容器とセットとなるとどうしても割高になるので、大人しく錠剤タイプを選ぶのが吉……とミカエル君は考えている。
回復アイテム一式と安物のライターを購入し、仲間たちの買い物が終わるのを待つ間、スマホを取り出してパヴェルに短くメールを送る。
『今夜はガノンバルドのオムレツだ』、と。
クリップで5.56mm弾を装填したAK-19用のマガジンをチェストリグに詰め込んで、ポーチの中にRPG-7の対戦車弾頭を収めていく。あとは対戦車手榴弾を3つと、目くらまし用にフラッシュバンを3つ。サイドアームは久々のMP17を選んだ。
今回の依頼はあくまでも卵の回収、ガノンバルド討伐が目的ではない。なのであくまでもガノンバルドの注意を卵から引き離す囮役と卵の回収を行う回収役にチームを分け、回収完了後に一気に離脱、という作戦で挑むつもりでいる。
作戦展開地域は”旧ビリンスク採石場”。擂り鉢状に掘り起こされた採石場の底を、ガノンバルドは巣として選んだらしい。
格納庫に続く扉を開けた。しゃもじたちが森林を爆走してきた(信じられないだろうがマジらしい)Ripsaw EV3-F4と、血盟旅団の社用車であるヴェロキラプター6×6が仲良く前後に並んでいる。
卵の回収及び運搬はヴェロキラプター6×6が担う事となっており、荷台の武装は取り外され、代わりに耐衝撃コンテナが荷台に置かれている。開け放たれているコンテナの中には耐衝撃材が敷き詰められ、コンテナが勢いよく地面に激突しても中身を守り抜けるようになっている。
それは別に良い。
問題はパヴェルが施した武装だ。
荷台の武装の代わりのつもりなのだろう―――アメリカ製の大型ピックアップトラックのボンネットの上とルーフの上に、それぞれ2丁ずつブローニングM2重機関銃がマウントされている。
旋回式の銃座というわけではないらしい。重機関銃は戦闘機の機銃のように前方へ固定されているので、射角の自由度は著しく低い。その分、前方への4門斉射はかなりの威力になる事が想像できるが……。
それにしても絵面がアレである。荷台に武装を積んでいればまだ軍用車と言い張れる威容があったヴェロキラプター6×6だが、これではもう世紀末だ。おまけにグリル前方には障害物破砕用なのか、グリルガードにしては大き過ぎるサイズの衝角まで用意されている。
「おう、ミカ」
「なにこれぇ」
「ムシャクシャしたからやった。後悔はしていない」
ウォッカを飲みながら答えるパヴェル。お前コレもうちょっとマシな改造なかったのかと思いながら車両をチェックした。機銃の発砲は運転席から一括管理するようで、ハンドルには発射スイッチらしき赤いボタンが追加されている。
運転席の前にはタコメータがある。ハンドルの付け根の辺りに2つ、運転席の上に2つだ。おそらくは温度計なのだろう……機銃のオーバーヒートを防ぐための措置なのだろうが、果たして効果はあるのだろうか。
荷物を積み込み、助手席へと乗り込んだ。
ノヴォシア帝国の道路は原則として右側通行、つまりは日本とは逆だ。だから運転席は左側、助手席は右側にある。日本で生まれ育った身としては違和感が凄まじいが、異世界転生して17年9ヵ月もすれば慣れてくるものだ。
クラリスが運転席に、リーファが後部座席に乗り込む。
ガノンバルドの囮役は俺、しゃもじ、おもちの3人。卵の運搬はクラリスとリーファの2人に一任した。卵の回収後は対戦車兵器の一斉射撃で怯ませ、その間に囮役を回収、作戦展開地域より一気に離脱するという手筈になっている。
時間との勝負だ。ガノンバルド討伐を前提とした装備ではなく軽装だから、作戦が長引けば長引くほどこっちが不利になる。
制御室に入ったルカが格納庫のハッチを解放してくれた。黄色い警報灯が点灯しながら、ハッチが外へとゆっくり開いていく。
ワイヤーで吊り下げられたハッチが降りるや、前方でアイドリングしていたRipsaw EV3-F4が先に線路に出た。履帯を回転させながら早くも加速するRipsaw EV3-F4。ぼさっとしていると置き去りにされそうだ。
助手席から制御室のルカに親指を立てると、クラリスも負けじとアクセルを踏み込んだ。衝角とブローニングM2重機関銃4基を搭載するという世紀末仕様のヴェロキラプター6×6が、早くもトップスピードに達しつつあるRipsaw EV3-F4の後を追う。
踏切から道路へと入り、そのまま村を離脱。途中、対向車のドライバーや畑仕事をしている農夫の人が、この世界では珍しいRipsaw EV3-F4と大型ピックアップトラックを興味深そうに見つめてきた。
禁酒法時代のアメリカを走っていたような、丸いライトに箱型の車体が特徴的でレトロな車が普及しているこの世界では、確かに珍しいかもしれない。というか目立つ。空気を読んで俺たちもレトロな車を社用車にしようかと真剣に議論したほど目立つ(結局ギルドの宣伝にもなるし目立った方がいいという事でこのままになったが)。
さて、村が見えなくなり畑を抜けると、段々と森林が見えてくる。ベラシア地方名物の原生林だ。ベラシア地方はこういった原生林が数多く存在し、多種多様な生物が太古からの生態系を殆ど崩すことなく生息している事から、こうした原生林を伐採しての開発を制限する法律が多く施行されている。
唐突に、ヴェロキラプター6×6の前を走行していたRipsaw EV3-F4がハンドルを切った。道路は原生林を迂回するように伸びているのだが、そこからいきなり左にハンドルを切ったものだから、砲塔の無い戦車みたいな武骨な車両は盛大に原生林の中へと突っ込み、回転する履帯で倒木を踏み潰しながら、原生林の中に抉るような轍を刻んで進み始める。
いやいやいや、何してんのよアイツ。
地図を見た。確かに道路の通りに進んでいくよりも、原生林の中を突っ切っていった方が作戦展開地域となる採石場には近道になる。が、それにしたってちょっと乱暴が過ぎやしないだろうか。
嘘やろ、と思いながら地図を畳むミカエル君。ウチのメイドはさすがにそんなことしないでしょ、と思っていると、ぐんっ、とヴェロキラプター6×6も同じく進路を変えた。Ripsaw EV3-F4の刻んだ轍を追うように、原生林の中へと突っ込んだのだ。
どうやらウチのメイドさんも思考回路は同じだったらしい。いや、今思えば前からそんな傾向はあった。近道のためだったらちょっと離れたところにある橋を渡るより、川を車で突っ切ろうとするメイドさんだ。そこにあるのが川だろうが原生林だろうが変わらない、という事だろうか。
無線機のマイクに向かい、呼びかけた。
「しゃもじ? しゃもじさん?」
『わっはっはっは、環境破壊は気持ちいいZOY☆』
『ん、こっちのが近道』
相変わらず脱力した声でしゃもじに同調するおもち。基本的に全肯定なんだろうかと思っていると、ゴッ、と何かを撥ね飛ばすような音が聞こえてきた。
何だ今のはと視線を前に戻すと、爆走するRipsaw EV3-F4に撥ね飛ばされたと思われる小柄なゴブリンがヴェロキラプター6×6の進路上に落ちてくる。
車は急には停まれない。それは周知の事実だが、こっちに停まる気が無い場合はより悲惨な結果を招く事になる。まさか原生林に車が(しかも2台も)突っ込んでくるとは思っていなかったであろう哀れなゴブリンは、Ripsaw EV3-F4に撥ね飛ばされた後、後続のヴェロキラプター6×6の衝角に激突。そのまま車体の下に潜り込むや、不整地を走破するためのオフロードタイヤに踏み潰され、原生林の肥料と化した。
オーバーキルにも程がある。
「こ、交通事故……」
「相手が魔物だからセーフですわ」
いやいや、確かに”魔物を撥ねちゃダメ”という法律はないが……。
最近、ちょっと思う事がある。
俺の周囲の人、一部を除いてみんな頭のネジが適度に外れているような気がする。
きっとこれは気のせいなどではないだろう。




