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倭国からの転生者


「さて、と」


 空になった食器を返却口に戻し、席に戻った。既にテーブルには食後の休憩用にと、熱々のコーヒーの入ったマグカップが置かれている。多分淹れたのはクラリスだろう。ミカエル君好みの砂糖&ミルクマシマシ、コーヒー好きの人に見られたらぶん殴られそうなレベルのクソ甘Coffee(※ネイティブ発音)が、甘ったるい香りの湯気を立てている。


 向かいの席には湯吞みとマグカップが置かれていて、それぞれ熱々の緑茶とココアが注がれている。しゃもじとおもちの分だ。


 2人が席に戻ってきたところで、ちらりとクラリスに視線を向けた。人払いを頼む、という俺の意図を察してくれたようで、彼女はロングスカートの裾を摘まみ上げながらぺこりと頭を下げると、メイド服姿のノンナを連れて食堂車を出ていった。


 これからちょっと、”前世の世界”が絡む話になる。


 クラリスからすれば心配だろうが、カウンターの向こうではパヴェルが食器を洗いながらこっちの一挙一動に目を光らせている。いざとなればカウンターに隠してあるロシア純正AK-47が火を噴く事になるかもしれないが、まあそんな事にはならないだろう(というかなるな)。


 ちらりとカウンターの方を見た。パヴェルの奴、監視する気あるのだろうか。食器を洗いながらラジオでジャズを聴きつつ、ケツを振ってリズムを取っていやがる。しかも傍らにはウォッカの酒瓶……ああ! アイツ今酒飲みました! 勤務中に飲酒しました同志! 同志ィ!!


 まあいい、本題に入ろう。


「ガノンバルドについては教えたし、次はこっちの質問にも答えてほしい」


「どうぞ?」


 ずずず、とお茶を啜っていたしゃもじが、やっぱりそうきたかと言わんばかりの顔で答えた。隣に座っているおもちはというと、疲れていたのか、それともココアになんか薬でも入っていたのか(たぶん前者)、しゃもじの肩に頭を預けてすやすやと寝息を立てている。


「君は転生者なのか?」


「ええ」


 さらりと自分の正体を明かすしゃもじ。


 いや、分かり切った事ではあった。だって、レトロな車が普及しているこの世界で、Ripsaw EV3-F4なんて乗り回している時点で、こっちの世界の人間ではないという事が分かる。


 しゃもじもそうなのだろう。


 前世の世界で死亡し、そしてあの”自称魔王”から能力を与えられ、この異世界へとやってきた存在―――転生者フォーリナー


「人払いをしたから何を話すのかと思ったら、そんな事なのね」


「……」


 なかなか肝が据わっているというか、落ち着いているというか。


 なんだろう、変な話だが、俺にはしゃもじが狼狽している姿が全く想像できない。興奮エキサイトしている姿は想像がつく(さっきあんなテンションで問い詰められたからね)けれど、冷静さを失い慌てている姿が全く想像できないのだ。


 常に冷静で、自分の土俵でしか勝負しない……いや、必要とあらば相手の土俵にも土足で踏み込んでいくような凄みが、目の前で緑茶を啜るエゾクロテンの少女からは感じられる。相手の土俵だろうとお構いなしに自分の色に染め上げ全てを制するような実力が、彼女にはきっと備わっているのだ。


 それはつまりどういう事かと言うと、命のやり取りに慣れている、という事。


 ウチのギルドでいうとパヴェルもそうだ。


 これまでの人生でヒトを手にかけた者だけが発する、威圧感にも似た何かをしゃもじは発している。


 見た感じ、年齢は俺と同い年くらいだろう。大体17年前後のあまりに短い人生の中で、一体どれだけ苛酷な経験をしてきたのか……全くと言っていいほど想像もつかない。


 苛酷な経験だったら俺だって、とは思うが、こっちは苛酷だったとはいえ環境はそれなりに恵まれていたし、周りの人にも支えられて生きてきた。自分の尺度で相手を測るのはナンセンスにも程がある。


 おもちは眠っているし、パヴェルは元々転生者だから聞かれても問題なし。環境は整っている―――お互い、腹を割って話せる環境が。


「しゃもじ、君はこの世界で何を望む?」


「この健康な身体で自由に生きる事、かしら」


 ずずず、とお茶を啜り、そっと湯吞みをテーブルに置くしゃもじ。空になったそれの音を聞きつけ、パヴェルが厨房からこっちにやってきて湯呑みを持って行った。今気付いたけどあの湯呑みにひらがなで『はらしょ~』って書いてある。やめて、シリアスな話してる時に笑わせに来るのやめて。


 話を戻そう。


 健康な身体で自由に生きる……それが彼女の、生きる目的。


「私ね、病気だったの。満足に体も動かせず、病院のベッドの上で段々と痩せ細っていくだけの毎日……じわりじわりと、死神が這い寄って来る感覚がして、苦しくて苦しくてたまらなかった」


「それは……」


「何度も願ったもの。朝目が覚めたら病気が治ってますように、こんなの悪い夢でありますように、ってね。でも叶わなかった。朝目が覚めると見えるのはいつもの病室の天井で、末期になればそれに呼吸補助用のマスクの音も加わった。足掻いて、足掻いて、最期まで足掻いて、それで私の命は燃え尽きた」


 だとしたら、彼女の願望は叶った事になる。


 彼女は―――しゃもじは今、全力で二度目の人生を生きているのだ。前世で満足に生きる事が出来なかった分、思い切り走って、息を吸って、鼓動を繰り返して、命の炎をこれ見よがしに燃やしている。


「まあ、だからその分今は全力で生きてるわ!!!!!(300dB)」


「うんわかる生命力カンストしてるよね君」


 ”全力”って言葉の擬人化と言ってもいいかもしれないこの人。


「すぴー」


 あと今の爆音ボイスで良く寝てられるなおもち。


 パヴェルを見ろ、今の唐突の咆哮でびっくりしたせいで、ソ連のプロパガンダ写真に写る兵士みたいなポーズで固まってる。


「随分個性的な仲間ね。ロシア人?」


「日本人らしい」


「え、彼も転生者?」


「らしい」


 いつの間にかマジでソ連兵のコスプレをしたパヴェルが緑茶の入った湯呑みを持ってくる。何だこれ。


「変わってるわね彼」


「お前が言うな」


「失礼ね。私は異常よ!」


「胸張って言うな」


 何だこれマジで。この俺が防戦一方(ツッコミ担当)だと……?


「今日はもう夜遅い。1号車に空いてる寝室あるし、そこで寝泊まりしていくと良い」


「え、いいの!?」


「構わんよな、ミカ?」


「まあ、俺は別に。車中泊も辛いだろうし、この小さな村だ……ホテルもありそうにないしな」


「ありがとうミカ!」


「お、おう」


 ぎゅっ、と手を握るなり、すっげえ力でブンブン上下に振り始めるしゃもじ。テンションが限界に達したのか、なぜかそのまま左へとローリングを始めたせいで、ミカエル君の手首が悲鳴を上げた。


「ウギャァァァァァァァお前はワニかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「失礼ねエゾクロテンよぉぉぉぉぉぉぉぉ」


「すぴー」


 ゴロゴロとローリングするしゃもじ、それの餌食になる俺、そしてその隣で何も知らずに眠り続けるおもち。カウンターの向こうではパヴェルがウォッカの空瓶を流用して火炎瓶を作り始めている。


 何だこの空間。情報量が多すぎるってか手首がァァァァァァァァァ!!













「ここが2人の部屋ね」


 1号車の2階、客室の連なる車両に案内すると、しゃもじは感心したように部屋の中を見渡した。


 1号車は2階が団員の寝室、1階がパヴェルの部屋兼通信室、そしてブリーフィングルームというレイアウトになっており、1階と2階への往来は車両の前後にある階段を利用することになっている。前世の世界で生きていた頃に乗った、2階建ての新幹線みたいな感じだ。


 寝室の数は7つ。基本的に2人部屋で、2段ベッドと机、本棚がデフォルトで用意されている。窓は大きく、夜になれば星空を眺める事も出来る程だ。もちろんプライバシー保護のためにカーテンも用意されている。


「わぁー……こういう寝台列車って乗った事なかったのよねぇ。なんだか感激」


 部屋の中を見渡すしゃもじの後ろをぬるりと通過するおもち。何をするかと思えば、真っ先に二段ベッドの一段目にぼすっとダイブ、そのまま動かなくなった。


「……おもち?」


「やわらかい……すぴー」


 あ、寝た。


 寝るの早いなオイ……。


「なんだか申し訳ないわね。勝手に押しかけた上にご飯までご馳走になって、寝床まで用意してもらうなんて」


「いやいや気にすんなよ。同じ冒険者だし、転生者同士だからな」


 お互い助け合わないと。


 車から降ろしてきた荷物を机の上に置くしゃもじ。腰に下げていた刀をそっと置くと、椅子に腰を下ろしてから息を吐いた。


 そういえば、しゃもじって剣士なのか?


 初めて出会った時、彼女はブリーチャーバーとスレッジハンマーを使っていた。ブリーチャーバーをエルダーハーピーの脳天に突き立て、さながらアイスピックで氷を穿つかのごとく、それをスレッジハンマーで思い切り殴打して止めを刺したのである。


 そんな豪快な戦い方をしていたものだから、てっきり鈍器をメインに使う奴なのだと思っていたのだが、どうやら刀も使うらしい。というか、むしろこっちがメインなのだろう。


 椅子に座るなり、蒼白い鞘に収まっていた刀を抜くしゃもじ。梅の花と雪の結晶のがらをあしらった、武器を収める目的以外にも芸術的価値が高そうな鞘から顔を出したのは、ギラリと鋭利な輝きを発する白銀の刃だった。


 思わず息を呑んでしまう。


 敵を斬る武器―――用途をそれだけに限定してしまうのが勿体なさすぎる程無駄がなく、美しい形状の刀身。緩やかに反りがあるその刃には、ほんの小さな傷跡や曇りすらない。


 刀身を眺めながら手入れを始めるしゃもじの姿を、壁に寄り掛かりながら眺めていた。


「綺麗な刀だな」


「でしょう? ステンレス製なのよこの刀身」


「ステンレス製?」


「ええ、藤原兼永の大作よ。耐錆鋼刀、つまりはステンレス刀ね。私の持ってるこれは、その中でも特に優れているものよ。武器として史上最高の日本刀の一つと言っても過言ではないわ。残念ながら正式には日本刀ではないのだけれど、それは日本という括りがその程度の物である事を知らしめているに過ぎないわ」


 あっ……と、ミカエル君は何かを察する。


 こやつ、もしや刀剣専門のオタクなのかな???


 一応言っておく。ミカエル君は刀にはあまり詳しくない。日本刀なら日本刀、中国の刀なら柳葉刀、西洋の刀剣ならサーベルやらレイピアやら……と言った感じの大雑把なものだ。


 圧倒的な知識量に続き、このオタク特有の早口。間違いない。


 謎の確信を胸に、視線を鞘へと向けた。


 蒼白い、まるで冬の海を思わせる寒色系の色合い。それに真っ白な雪の結晶と梅の花の柄があしらわれていて非常に美しい。寒色系の鞘に、雪の結晶と梅の花の色合いがアクセントになっている。


 蒼と白のコントラスト、実に見事である。


 その視線に気づいたのか、しゃもじは鞘を拾い上げてから胸を張った。


「ふっふーん、いいでしょうこのお揃いの鞘! 冒険者の仕事でお金貯めて、鞘師に頼んであつらえたの!!」


「お、おう……」


 確かに綺麗ですが……。


 よく見ると、一緒に置いてある小太刀の方も同じデザインとなっていて、確かに統一感がある。


 こっちもステンレス刀なのかな、と思いながら手を伸ばすと、しゃもじはとんでもない事をさらりと言った。


「あ、それ妖刀だから迂闊に触らない方がいいわよ」


「ファッ!?」


 よ、よよよよよよ妖刀!?


 ちょっと待て、そんなフランクに曰く付きの得物を持ち歩くんじゃあない!!


「昔ねー、妖刀に魅入られてそのまま妖怪になっちゃった人斬り妖怪をバッサリ殺って手に入れた戦利品なの。うっかりすると精神を乗っ取ろうとしてくるから気を付けると良いわ」


「精神を乗っ取るってアレか、妖怪になっちゃう感じか?」


「いえ、アレよ。ついつい誘惑に負けてお菓子に手を伸ばし、無駄なカロリーを摂取しそうになるの。怖いでしょ」


「それただの食欲ゥ!!」


 や、やべえ……なんだコイツ、ツッコミ過ぎて喉が痛い……叫び過ぎて声帯に住んでる二頭身ミカエル君がぐるぐる目を回してダウンしちゃってるよコレ。過労死しないよね、大丈夫だよね?


 今までにないタイプのキャラに翻弄されたせいなのだろう、すっかり疲れてしまった。


「あー……喉痛い」


「大丈夫? 外から戻ったら手洗いうがい徹底しなさいよ?」


「誰のせいだよ」


 とりあえず、そろそろ部屋に戻ろう……着替えを取ってからシャワー浴びて、とっとと寝よう。明日も仕事がある。


「ねえミカ」


「んぁ」


「明日、一緒に仕事に行かない?」


「……ああ、いいけど」


「ガノンバルドを倒したあなたたちの実力、この目で見てみたいの」


「ああ、いいよ。それじゃあお休み」


「ええ、おやすみなさい」


 そっと彼女たちの部屋のドアを閉め、部屋へと向かう。


 まったく……とんでもない奴がやってきたもんだ。




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