エ ン カ ウ ン ト
エゾクロテン
アイヌ語で『カスペキラ』、意味は『しゃもじを持って逃げる』
こいつは驚いた。
大地に倒れ伏し、動かなくなったエルダーハーピー。よーく見るとかち割れた脳天には、強引にドアをこじ開けて突入するためのブリーチャーバーがさながらアイスピックのように深々と突き刺さっており、体毛の中から後端部がひょっこりと顔を出しているのが分かる。
ありゃあ脳味噌逝ったな、と思いながら、停車したヴェロキラプター6×6から飛び降りた。
さて、この時点で相手もこっちを訝しむような目で見てくるが、それは俺たちも同じだ。
右手にでっかいスレッジハンマーを持ち、返り血を浴びながら立っているイタチみたいな獣人の少女(アレたぶんエゾクロテンだと思う)。彼女と仲間が乗っている車両は、この世界で普及しているタイプの車とは大きくかけ離れた外見をしている。
この世界の車と言えば、大きくて丸いライトに流線型のシャーシ、クロームカラーの豪華なグリルに箱型の車体という、1920年代のアメリカを走っていたようなレトロな車である。黒塗りのセダンが走って来ようものならば、中からトンプソンを手にしたギャングでもぞろぞろと降りてくるのではないかと身構えてしまうような、そんなイメージがある。
しかし、彼女たちが乗ってきた車はどうだ。
そもそもタイヤではなく、戦車のような履帯がある。戦車から砲塔を取り外して、ガラス張りの運転席を取り付けたような、そんな感じの乗り物だ。果たして車に分類するべきか、軍用車に分類するべきか、それともトラクターに分類するべきか……どれにカテゴライズするのが最も適切なのか、判断に悩む姿をしている。
おそらくRipsaw EV3-F4だろう。その特徴的な外見は、一度目にすればかなり頭に残る事間違いなしである。
さてさて、そんな前世の世界の車(車……?)に乗っている連中が、只者であるわけがない。
ともあれ、お互いに警戒し続けるわけにもいかない。ここは警戒心を解いてもらうためにも、少しフランクに声をかけておくとしよう。ここで成果の取り合いになるのもこちらは望まない。
「凄いな、コイツを簡単に……ケガは?」
問いかけると、スレッジハンマーを手にした少女は警戒しながらも答えてくれた。
「ええ、何とか無事よ。もしかして横取りしちゃった?」
そう言いながらスレッジハンマーを肩に担ぐエゾクロテン(たぶん)の少女。戦いに慣れているのか、血の臭いを気にする素振りもない。
さて、そんな彼女の服装がミカエル君はちょっと気になっていた。
遠目に見ると和服に見えなくもないが、デザインが異なる。何というか、アイヌの民族衣装っぽさがあるのだ。学生の頃、写真で見たアイヌの民族衣装の事をおぼろげに思い出すが、確かあんな感じだったと思う。
まさかこっちの世界の北海道(エゾと呼ばれているらしい)からやってきたのではないだろうか。
今日はよく倭国人に会う日だ。範三といい、このアイヌっぽい感じの子といい、最近の倭国幕府は海外進出に積極的なのだろうか。
「まあ、そうなるけど……あはは。あ、俺はミカエル。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。冒険者やってるんだけど……君は? 変わった服だけどどこから来たの?」
敵じゃないよ、という事をアピールしつつ、さりげなく自己紹介。こういう時はこっちから名乗るのが礼儀だ。特に女性が相手の場合は男から先に名乗れ―――母さんから屋敷で教わった貴族のマナー、あまり守る事は無かったけど、今日は珍しく守ったからママ褒めて。
まあとりあえず相手の警戒心を解く事を目的にフランクに接したつもりだったのだが……ミカエル君の狙いは見事に外れてしまったらしい。
「ミカエル……ステファノヴィッチ……リガロフ……?」
小声で俺の名前を繰り返しながら、エゾクロテンの少女は目を見開いた。
何だ、どうしたんだ急に。
そんな拙い名前だったか? まさか倭国語でとんでもない言葉を意味する名前なのか、俺の名前って。そんなわけがない、倭国語は日本語と(たぶん)ほぼ同一の言語だからそんな変な名前ではないと思うんだが。
どふっ、とスレッジハンマーが地面に落ちた。
次の瞬間には、エゾクロテンの少女が大地を蹴り―――さすが獣人、と感嘆するしかないほどの瞬発力で、俺の目の前へと迫っていた。
「ご主人様!」
いや、違う。獣人特有の身体能力も絡んでいるが―――柔道や空手、剣道の踏み込みに通じるものがある。
小学1年生の頃から空手を習っていたミカエル君的には、そういう動きに見えた。少なくともそれが自分の身体能力をフル活用しただけのものではなく、武道の技術を応用した動きに思え、彼女の実力の証明となった。
アレ、俺倭国人になんか恨まれる事したっけ?
脳裏で走馬灯がアップを始めたが、しかしそれがエンドロールの如く脳裏を過る事は無かった。
ぽん、と両肩に手を置かれたと思いきや―――アイヌ風の民族衣装に身を包んだエゾクロテンの少女は、顔を近づけながら興奮気味に問いかけてきたのである。
「やっと見つけたわ! ガノンバルドを倒した異名付きの冒険者、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ!!」
「……ぁ?」
喉から出た情けない声。私のご主人様に何をするつもりか、と言わんばかりにホルスターからPL-15を引き抜こうとしていたクラリスも、肩透かしを喰らったように目を丸くしながら、ただただこっちのやり取りを見守るばかりである。
待って待って、何よあのいかにも「その首貰い受けたァ!!」的な勢いは。やる側は知らんが、やられる側はたまったものではない。なにこれ新手のドッキリ? パヴェルの差し金か? そうなのかパヴェル?
「ねえ、ねえ、話を聞かせて? ガノンバルドは強かった? どうやって倒したの? その時の作戦は? 損害は? 戦ってみてどうだった? ねえねえねえねえ」
がっくんがっくんと肩を揺らしながら、マシンガンの如き勢いで問いを全力投球してくるエゾクロテンの少女。なんでこの子俺たちがガノンバルドを討伐したことを知ってるんだと思ったが、つーか力強いなコイツやめてやめて首外れる。
「しゃもじ、揺らし過ぎ」
「あら失礼」
「ぷえぇ」
「ご主人様……」
ふらつきながらクラリスの方に倒れるミカエル君。平衡感覚が戻って来るまでメイドさんになでなでしてもらっていると、目の前にやってきたエゾクロテンの少女は何故かこのタイミングで胸を張りながら名を名乗った。
「自己紹介が遅れたわね! 私は”雪船ハナ”!! この子には”しゃもじ”って呼ばれてるわ!!」
「「「何故!?」」」
Whyしゃもじ?
しゃもじってアレじゃん、ご飯食べる時に使うアレじゃん。何でや……世界は謎に満ちている。
「あなたたちもそう呼んでくれると助かるわ、複数の名前で呼ばれると面倒くさいもの。あとこの子は……私は”おもち”って呼んでるわ」
「ふぁー」
「なんで!?」
アレか、もちもちしてるからか? そういや確かに肉付きは良い方……いかんいかん、そういう目で見てはいけない。頬とかもちもちしたくなる顔をしてるけど落ち着け、落ち着くのだミカエルよ。
おもち、と呼ばれた子(ホッキョクギツネっぽい獣人だ)は眠そうにあくびをすると、どこからか取り出した水筒の蓋を外し、中身をごくごくと飲み始めた。
なんだろ、しゃもじの方は活発だけど、おもちの方はマイペースというか、今にもそのまま眠ってしまいそうな感じがある。足して二で割ったくらいが丁度いいんじゃないだろうか。
「そ・れ・よ・り・も!」
「は、はい」
「ねえねえ話聞かせて聞かせて?」
「待て待て待て、とりあえず討伐報告の信号弾をだな」
こんないつ魔物に襲われるかも分からん場所で立ち話なんて自殺行為だ。全裸でアフリカの大自然に飛び込むようなものである(アマゾンでも可)。とりあえずは討伐報告信号弾を撃ちあげて、管理局の人に討伐作戦が終わった事を伝えなければならない。
詳しい話をするのは、その後でも良いだろう……つーかそうさせて、魔物がウヨウヨしている平原で立ち話とかマジで自殺行為だから本当に。
胸にある革製のホルスターからフリントロック式のピストルを引き抜き、銃口を空へと向けた。右手の親指で撃鉄を起こし、引き金を引く。
ガチンッ、と先端部に火打石の取り付けられた撃鉄が振り下ろされ、火花が火皿の中へと落ちた。点火用の火薬に一瞬で火がつくや、引き金を引いてから1秒ほど遅れて、ドパンッ、と破裂するような轟音が周囲に響く。
装薬に押し出される形で放たれたのは、80口径の銃口から放たれた専用の信号弾。それは空中で落下傘を開くと、燃焼するマグネシウムの輝きで空を照らし始めた。
後はこのまま、討伐確認に職員が来るまで待とう……。
「……なんか増えてる」
キッチンの奥で鍋の中をかき混ぜながらパヴェルが呟く。
いつもはパーティーメンバーやルカとノンナくらいしか利用しない、血盟旅団本部である列車、”チェルノボーグ”の食堂車。シャワールームと倉庫の上にあるその空間は窓が広々としていて、列車の中とは思えないほどゆったりとした場所でもある。
応接室も兼ねている食堂車のテーブルに、今日は見慣れない部外者がいるのだから、パヴェルがそう言うのも無理はないだろう。
窓の外には星と満月が輝いている。日本ではウサギが餅をついている姿が見える、と小さい頃に言われたが、ここノヴォシアでは蛇のような模様に見える。もちろん”月には巨大な蛇がいる”という言い伝えがノヴォシアにはある。
小さなメイド服に身を包んだノンナが、パームシベットの尻尾を揺らしながらぱたぱたとこっちにやってきた。メニューをそっとテーブルに置き、笑みを浮かべながらぺこりと頭を下げる。
「えへへ、どうミカ姉? 似合う?」
「おう、可愛いよノンナ」
「やったー♪」
両手を広げてくるりと回るノンナ。ちょっと長めのスカートがふわりと舞うその姿に、AK-102を背負いながら警備から帰ってきたルカが顔を赤くした。
「んー、色々あるわね」
「じゅる」
草原のど真ん中で立ち話なんてやってたら魔物が集まって来そうだったので、夕飯も兼ねてゆっくり話でもしましょうという事でこの2人を列車に招待したわけだが……いや、部外者をホイホイ案内し過ぎだと言われても反論できん。いやでも悪そうな奴らじゃないっぽいし、その辺はちゃんと見極めているというか、なんというか、ね?
「決まったわ」
「はい、お伺いしますっ」
「私は天ぷらうどん、おもちはサーロインステーキで」
「かしこまりましたっ」
「……あとミカエルにはカツ丼を」
「なんでや!!!」
取り調べか!
「かしこまりました、少々お待ちくださいねー♪ パヴェルさん、注文入りましたー!!」
なんだろ、いつからウチのギルドは飲食店になったのか(いやでもパヴェルの腕だったら普通に店開けると思うんだが)。
「さあさあ教えて? ガノンバルドってどんな奴だったの?」
「ええと……」
あの……しゃもじ警部、お願いですから人の顔をシュアファイアM600で照らしながら取り調べを始めないでくれますかね?
あっ、あ、ちょっ、リモートスイッチをカチカチすんな。点滅させんなマジで。目に悪い目に悪い。
猛烈な光に顔を片手で覆いながら、ポケットから取り出したスマホ(パヴェルお手製)の画像フォルダを開く。まさか異世界でスマホを目にするとは思っていなかったようで、しゃもじの顔に驚愕の色が浮かんだ。
出会った時から薄々勘付いていたが、おもちはともかくしゃもじの方は確実に転生者だろう。俺やセロと同じく、車両やら現代兵器やらを自由に召喚する事ができる、便利な能力を手にして人生二週目をエンジョイしている転生者に違いない。
そうじゃなきゃRipsaw EV3-F4を異世界で乗り回したり、あんな近代的な見た目のスレッジハンマーとブリーチャーバーでエルダーハーピーの頭をかち割ったりと、やりたい放題できるわけがない。
おもちの方は……多分違う、転生者じゃない。こっちの世界の人間だ。
「コイツ、ガノンバルドって」
「うわでっか」
討伐後に撮影した、ガノンバルドの死体の写真。大きさが分かりやすいように、すぐ隣にパヴェルのT-14Rを停車してもらい、大きさを比較しながら撮影したものだ。俺たちが倒した個体は76mだけど、これでも平均値を下回るサイズなのだとか。
ちなみに、今のところ確認された最大級の個体は130mらしいから本当に化け物である。
「どんな攻撃をしてきたの?」
「発達した前足を薙ぎ払ってきたり、地中の岩石を掘り起こして投擲してきたり。あとはブレス攻撃かな」
「ふむ……図鑑通りね。防御力はどのくらいだったのかしら」
「普通の銃弾じゃまず無理。戦車を持ち出してやっとだった」
しゃもじが転生者である、という確信はどうやら正鵠を射ていたらしい。戦車、という単語に疑問を感じることなく、頷きながら話を聞いていた。戦車ってなに、という異世界人ならではのリアクションは無い。
という事はやはりそうなのだろう。
しばらくそんなやりとりをしているうちに、料理がどんどん運ばれてきた。しゃもじの分の天ぷらうどんにおもちが注文したサーロインステーキ、そして何故か俺にはカツ丼。何だこれ取り調べか。
「「いただきまーす」」
「い、いただきます」
ぱかっ、と蓋を外すと、中からは黄金の卵に覆われた、いかにもジューシーそうな分厚いとんかつが。
まあいいや、転生者とは仲良くするに限る……世の中、敵を作らずに味方を作る方が得策なのだ。攻撃的に立ち回らなければ、敵を増やす事にはならないだろう。
そう思いながら、とんかつを一切れ口へと運んだ。
「うっっっっっっっっっっっま!!!!(210dB)」




