倭国の剣士、その名は範三
【悲報】
我が家のPS4、逝く
【速報】
作者、これを機にPS5購入
『いや、助かった。まさか異国の地で倭国の言葉を話せる者に出会うとは。地獄で仏とはこの事か』
祖国を地獄呼ばわりされるのもちょっとアレだが、だいたい合ってるのでそこにはツッコまないようにしよう。特に冬は地獄だ。
やはり彼はノヴォシア語がさっぱり分からないらしい。よくそんな状態で、しかも通訳すら連れずにやって来たものだとは思うが、何か事情があるのだろう。たまたま倭国からノヴォシアに流れ着いたとか、旅の途中で通訳とはぐれたとか。とにかく事情を聞かない事には始まらない。
『某は範三。”市村範三”と申す』
『俺はミカエル。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。よろしく、範三』
『よろしく、ミカエル殿。随分と倭国語が堪能のようだが、それはどこで学んだのだ?』
『独学でね』
『ほう、素晴らしい。ノヴォシアの言葉だけでなく倭国の言葉まで自在に操るとは天晴れだ』
注文した料理を待つ間、テーブルを挟んで繰り返される倭国語(日本語と同一の言語らしい)の応酬。それを理解しついていけているのは当事者たる俺と、範三と名乗った目の前のお侍さんだけ。
ノヴォシア語やジョンファ語、そして未知の言語を母語とする血盟旅団のヒロインズはというと、こいつら何言ってんだと言わんばかりに目を丸くしながら、俺と範三の方を交互に見つめている。
異世界転生して17年、封印推奨と思っていたかつての母語がこんな形で役に立つとは。人生とは何があるか分からないものである。
しばらくすると、ウェイトレスのお姉さんが注文した料理を運んできた。ピロシキにボルシチ、ドラニキにオリヴィエ・サラダ。ノヴォシアではよく目にするポピュラーな料理があっという間にテーブルを埋め尽くしていく。
ノヴォシアの地方の1つであるイライナ生まれのミカエル君としては、17年間も慣れ親しんだ味なのだが、しかし範三はそうでもないらしい。ノヴォシア語も知らずに異国の地へと渡ってきたのだ、こっちの文化にもさぞ疎いのだろう。目の前に並ぶ料理を腕を組みながら凝視し、これが食べ物なのかと訝しむように見つめている。
『こ、これはいったい……?』
『こっちがピロシキ、中に挽肉とか卵が入った揚げパンだよ』
『あげ……ぱ、ぱん? 何だそれは』
『あー……カステラっぽいやつ?』
『む、カステラというとあの南蛮から伝わったという焼き菓子か』
厳密には全然違うけど、一番近いのはカステラだろう。
もし倭国が日本と全く同じ歴史を歩んできた国家だとしたら、一応は戦国時代辺りにパンは日本に持ち込まれている。とはいえ、当時の日本には全く普及していなかったのでパンの存在を知らなかったとしても無理はないと思われる(普及したのは幕末辺りだそうだ)。
『これは?』
『ノヴォシアの味噌汁みたいなもん』
『ふむ……ん、箸がない』
『こっちじゃ箸はあまり使わないよ。スプーンを使う』
『む、匙か』
不慣れな手つきでスプーンを手に取り、ボルシチの皿を味噌汁のお椀を持つ時のノリで手に取る範三。そうやって食べるものじゃないんだけどな、とは思ったけれども、とりあえずは俺も料理に手をつける。
サワークリームの乗ったボルシチは好物の一つだ。
『む……このぼるしちとやら、やたらと赤いがまさか……血か?』
『いやいや、ビーツを使ってる』
『びーつ?』
『カブみたいな野菜だよ』
厳密には違うけれど。
興味深そうにボルシチを口へと運んだ範三は、初めて口にするのであろう異国の料理の味に頷きながら、二口目を口へと運び始める。どうやら彼の口には合ったらしい。
『ところで、範三はこのベラシアで何を?』
『む』
『ノヴォシア語が分からないのに、通訳も連れずにやって来るなんて只事じゃないと思ってさ』
道中で通訳とはぐれたか、それとも別の事情があるのか。
何か手助けできることがあれば教えてほしい……そんな気持ちを込めながらかつての母語で語り掛けると、ピロシキへと手を伸ばしていた範三の目つきが微かに鋭くなった。
『……某は今、とある龍を追っている』
『……龍?』
『左様』
カリッと香ばしく揚げられたピロシキを噛み千切るように咀嚼し、飲み込んでから範三は続けた。
『某の故郷を……村を焼き払った忌むべき龍、名を【マガツノヅチ】という』
『マガツ……ノヅチ……』
聞いた事のない名前だ。名前の雰囲気から察するに倭国原産の龍なのだろう。ガノンバルドのような強力な外来種なのかもしれない。
外来種の魔物と戦う事も今後増えるだろうからと、外来種を主に扱った魔物図鑑をこの前購入して勉強中なのだが、東洋の魔物はノーマークだった。全くわからん。
『彼奴を討ち果たすため、某は修行の旅に出た。薩摩式の剣術が最も強いと聞き、その力を手にして一族の無念を晴らすため、南部藩から薩摩藩までな……』
南部藩から薩摩藩まで。
もし倭国が前世の日本と全く同じだと仮定すると、現代で言うところの岩手から鹿児島までという事になる。倭国のインフラがどうなのかは知らないけれど、もし幕末と同水準とした場合、考えられない程の長旅ではないか。
力を求めるためにそこまでするか、とは言わない。俺だって自由になるために力が欲しかった。だから貪欲に勉強して、訓練を重ねた。彼もまたそうなのだろう。一族の敵を討つため、最強と名高い剣術を学ぶべく薩摩の地を目指したのだとしたら、その動機は真っ当なものと言える。
俺なんかよりもずっと、だ。
『それで……?』
『うむ。薩摩の地に辿り着いた某は、そこで薩摩式剣術を学んだ。毎日の素振り、兄弟子の胸を借りての稽古……どれも血反吐を吐くほど厳しいものだったが、そんなものはどうでも良かった。父上や母上、死んでいった兄上たちの仇討ができるのであれば、そんな苦難などぬるま湯同然よ』
『そしてノヴォシアにやってきた?』
『いや……稽古を重ね、師範からも腕を認められたある日の事だった。いつものように素振りをしていたところに現れたのだ……あの忌々しいマガツノヅチが』
当時の彼の姿が目に浮かぶ。
ここで会ったが百年目、怒りを滾らせ刀を握り、強大な龍へと果敢に挑んでいく範三の姿が。
『兄弟子たちと共に彼奴に挑んだ。もうあの頃の、奪われるばかりの拙者とは違うのだと、奴に見せつけてやろうと……そして何より、一族の仇を討とうと全力で挑んだ。が、奴には及ばなかった。手傷を負わせ撃退する事は出来たが、兄弟子や師範たちは……』
スプーンを手にする彼の手は、ぶるぶると震えていた。
恐怖ではない、怒りだ。
全てを奪われた者の絶望、そして怒り。その一部が範三という男の身体から漏れだしているかのようで、見ているだけで心が痛くなる。
『その後、ノヴォシアと交易をしていた商人から話を聞いた。手傷を負ったマガツノヅチは、傷を癒すべく海を渡りノヴォシアへと飛んだ、と』
『なるほど……それを追ってノヴォシアに』
さぞ憎かったのだろう。
さぞ無念だったのだろう。
マガツノヅチを倒す、という使命だけを胸に、倭国から遥々ノヴォシアへと渡ってきた範三。ノヴォシアの言葉も、地理も、文化も知らず、ただただ仇討のためだけに培った剣術と刀を引っ提げてここまでやってきた―――それだけで、彼の抱く怒りの強さが窺い知れるというものだ。
つまりは復讐目的、という事か。
「ご主人様、このサムライは何と?」
「……故郷を滅ぼした龍を追ってノヴォシアに来たって」
「復讐、ですか」
言葉が分からないからなのか、クッソ重い話をしている横で普通に料理を食べ進めていたクラリスたち。まあ、言葉が分からないのならば仕方がないが、なんというかもう少し空気をだね……。
『そのマガツノヅチというのはどんな龍なんだ?』
『蛇のような姿をしている。黄土色の鱗を持ち、胴体の一部は左右に膨らんでいるのが特徴だ。翼は無く、どういう原理か分からぬがふわふわと宙を自在に舞う面妖な龍よ』
蛇のような姿、黄土色の鱗。
何という偶然か。
未知の龍とばかり思っていたが……そんな事は全然なかった。
俺はそのマガツノヅチという龍を、見たことがある。
ガノンバルドを倒し終え、素材を剥ぎ取っていたあの時だ。雲の切れ間を自在に舞う、さながら空を飛ぶツチノコのような姿をした未知の龍。
範三の言うマガツノヅチの特徴と、あの時見た謎の龍―――特徴があまりにも一致し過ぎていたものだから、ドラニキにフォークをぶっ刺したまま凍り付いてしまった。
『どうした、ミカエル殿』
『……範三、俺……そいつ見た事あるかもしれない』
雲の切れ間に見えた朧げな姿―――確証は持てないが、おそらくはアレがマガツノヅチなのだろう。
そう告げた途端、範三の顔色が変わった。
『なんだと……ミカエル殿、どこで見た!? 奴は今どこに!?』
椅子から立ち上がり、テーブル越しに手を伸ばして俺の肩を掴む範三。いきなり掴みかかられて背中が背もたれに叩きつけられ、それを見ていたクラリスが一気に臨戦態勢に入る。
やめろ、と彼女を手で制し、範三の目を見た。
怒りが燃えている。
燃え、滾り、吹き上がらんばかりの怒りがその瞳にはあった。
マガツノヅチを討ち果たし、一族の無念を晴らす―――そのためだけに生きているかのような、さながら”生きた屍”とも言えるような哀れな姿。
『お、落ち着いて』
『あ……す、すまぬ……許せ』
『この前、ガノンバルドっていう飛竜を倒した後の事だよ。ヴァラドノ平原を北に向かって飛んでいた』
『北……ふむ、北か……』
すっ、と肩から手を放す範三。先ほどの煮え滾る怒りを宿した目は、腹を括った男の目に変わっていた。
『かたじけない、ミカエル殿。では、拙者はこれで』
『あっ、範三……』
『食事代はこれを』
そう言いながら財布を取り出し、そこから取り出した小判を1枚テーブルの上に置く範三。見た事もない異国の通貨、それも純金製の小判ともなればモニカが反応しない筈がない。案の定、困惑している間にモニカの手が伸びてきたかと思いきや、両目がお金のマークに変わったモニカがそれを掴み取り、まじまじと眺め始める。
いやいや範三、そういう事じゃなくて。
『あんた、ノヴォシア語も分からないのに大丈夫か?』
『うむ、身振り手振りで何とかなる。邪魔者は斬る。これで何とかなる』
辻斬りか。
『手助けできるならするよ俺たち』
『否、手出し無用。これは某の戦よ』
どうやら彼は相当に頑固な男らしい(実際、秋田犬も頑固な性格なのだそうだ)。
範三はそう言い残すと、駆け足で管理局の出口へと向かっていった。
一族の仇討のため、言葉も何も知らぬ異国の地まで追ってきたその執念と使命感には敬意を払わずにはいられない。だが……こんなにも危ういものなのか、復讐って。
モニカがキャッキャしながら眺めている小判をじっと見つめながら、俺はそう思った。
結局、仕事はエルダーハーピー2体の討伐を受けることとなった。
参加メンバーは俺、クラリス、シスター・イルゼ。作戦展開地域はバラドノフ村郊外の森林地帯で、近辺には通常のハーピーも確認されている。そこにエルダーハーピー2体を中核とした群れが住み着き、村人たちが困っているのだそうだ。
特に家畜を狙ってハーピーが村を襲う事もあるらしく、最近ではその被害が見過ごせないレベルにまで達しているらしい。小さな村にとって家畜と農業は貴重な収入源、それを失うことだけは避けたいのだろう。
弾薬箱から5.56mm弾の連なるクリップを取り出し、それをRPK-201用の60発入りマガジンに押し込んでいった。カチチッ、と金属音が連なる音が自室に響く。
RPKシリーズは簡単に言うと”デカいAK”のようなものだ。銃身を伸ばし、マガジンを大型化して機関銃としての運用ができるように仕上げた銃というべき代物である。
試し撃ちはしているし、操作方法も従来のAKシリーズとあまり変わらないので、AKユーザーであるミカエル君としては嬉しい仕様なのだが、如何せん重くて取り回しがアレである。アサルトライフルのノリで運用したら痛い目を見そうだ。
同じようにFA-MASに5.56mm弾を装填していくクラリスの方を見てから、葉巻を吹かしつつ作業を見守っていたパヴェルに何気なく尋ねた。
「なあ、パヴェル」
「んぁ?」
「復讐ってどう思う?」
「好きにやらせりゃいいんじゃね?」
ふー、と煙を吐き出しながら、どうでも良さそうに答えるパヴェル。彼も復讐を経験した男だから、範三の復讐について何か思う事があるのではないかと期待していたのだが……そんな事はないらしい。
「アレか、管理局で会ったっていう例の侍についてか」
「ああ」
「復讐ってのはなぁ、ミカ。結局は大切なものを失って絶望した人間にしか理解できないものなのさ。何も失っていない立場の人間が止めて良い物じゃないのさ」
「そういうものか」
「そういうもんよ」
「仮にそれが、復讐の果てに命を落とすような苛酷な道であったとしても?」
食い下がると、パヴェルは携帯灰皿を取り出し、すっかり短くなった葉巻を押し付けながら答えた。
「そもそも、復讐を誓った人間ってのは自分の生還なんて最初から考えてねーよ」
生還を期さぬ、報復のための戦い。
範三もそうなのだろうか。
故郷を滅ぼした龍―――マガツノヅチを、刺し違えてでも屠ろうというのだろうか。
「ミカ、侍の事が気になるだろうが……今は仕事の事を考えろ」
「あ、ああ」
さもなきゃ死ぬぞ、と言い残し、パヴェルは俺たちの部屋を後にする。
それは分かる―――俺たちだって、この苛酷な世界で生きるために必死なのだ。人助けをしている余裕もない、という事くらい俺にも分かる。
だが。
異国の地までやってきて復讐を成し遂げようとする範三の後ろ姿が、脳裏から消える事はしばらくなさそうだ。
※マガツノヅチの名前の由来
マガツ=古い日本語で『災厄の』、『災禍の』
ノヅチ=旧日本軍が捕獲していたとされるツチノコに付けた名称
つまり『災禍のツチノコ』




