私の獲物
道が無ければ作ればいい―――これ、私の持論。
道が無くて通れないなど、所詮は道を作る術を知らぬ弱者の戯言。道がないならば踏み均し、樹々が邪魔ならば薙ぎ倒し、河があるならば塞き止める。そうすれば自ずと道は目の前に姿を現すのよ。
そんな武士道というよりもフロンティアスピリッツに近い、というかフロンティアスピリッツを通過するかの如く(残念ながら私の思想は各駅停車じゃなくて特急なのよ。白線の内側だろうと吹っ飛ばしてやるから覚悟しなさい)過激な思想に支えられながら直進すること3日とちょっと。森林のど真ん中に、随分とまあお洒落な、それこそ倭国ではお目にかかる事のない建物の群れが見え始めた。
豊富な木材で造られたのであろう看板には、キリル文字に似た文字で『Пуанск(ピャンスク)』と記されている。
ここだ。
ここがガノンバルドの襲撃を辛くも退け、討伐依頼を発しているベラシア地方の都市、ピャンスク。
「おっきい……」
窓の向こうに広がる建物……というより、樹の幹を見上げながら、助手席に座って干し肉(この前立ち寄った村で購入したもの)を食べていたおもちが呟いた。
確かに大きい。周囲に屹立する樹々は当たり前のように50mくらいの背丈がある。けれども特徴的なのはそのサイズではなくて、そのクソデカ樹木の1つ1つが、内側をくり抜かれて建物として作り変えられている事だ。
よく見ると樹の幹の表面に窓ガラスが埋め込まれていて、その向こうには洋服を着せられたマネキン人形が見える。隣の窓にはおもちゃ売り場が、そしてその下の窓には食堂がある。きっとあの建物はショッピングモールか何かなのだろう、と思いながらRipsaw EV3-F4を走らせていると、後続の車両にクラクションを鳴らされた。
何ようるさいわね、ギアを後進に入れて踏み潰すわよ。
なーんて心の中で思いつつギアチェンしかける。危ない危ない、気を付けましょ。
本音と建前、本音と建前よ。心の中でぶっ殺したいと思っても、実際に殺しちゃダメなのよ。笑顔を浮かべて半殺し、このくらいでセーブしとかないと。
でも今のは私が悪いのかしら? こっちはちゃんと法定速度を守ってるし、追い越し車線をずっと走ってるなんて蛮行もない。法に定められた通り、法令を遵守して車道走ってるのよ? なんでクラクション鳴らされたのかしら?
なーんて考えている内に、後続車両が早く行けよと言わんばかりに車間距離を異様に詰めて蛇行運転を始めた。
煽り運転って異世界でもあるのね……。
呆れながらも気付かないふりをしてそのまま走行。だって仕方ないじゃない、前も大量の車がひしめき合っていて、追い越したり車線変更したりできないんですもの。そんな煽られてもねえ、って感じ。
とりあえず速度そのまま、進路そのままでラジオのボリュームを上げた。流れてくるのは優雅な感じのクラシック。というか、これアレじゃないの。ドビュッシーの月の光じゃないのコレ。
魔王様(仮)が聴いてたやつ……異世界でもクラシックってあるのね。私みたいな転生者がこっちの世界に持ち込んだものなのかしら?
煽り運転してくる後続車両を(後進して押し潰したい衝動を押さえつつ)無視して運転すること15分。冒険者管理局の看板が見えてきて、私はそこの駐車場にRipsaw EV3-F4を駐車して、エンジンを切ってから降りた。
ちゃんと鍵もかけたし、防犯対策はばっちり。もし盗もうとする不届き者が居たら斬るわよ。殺すじゃなくて、斬る。
斬って解決しない問題はないわよ。←これ私の座右の銘。
さて、ガノンバルドってやっぱり強いのよね? 征服竜って異名があるくらいだもの、弱いわけがないわ。弱かったら巣穴でママにしがみつきながらガタガタ震えるか死ぬかしかないもの。そうよね? 期待を裏切ったりしないわよね?
せめて戦場で戦う喜びを感じさせてくれるくらいには強い相手である事を祈るわ。そうじゃなかったら寿司のネタにしてやるんだから。
「しゃもじ、せめて火は通すべき」
「馬刺しだって生なんだし問題ないわ」
「ん、なら大丈夫」
最近おもちに心を読まれる。なぜ?
やっぱり以心伝心って事なのかしらね。うん、実に理想的なパートナー。
ウッキウキで管理局の中に入った。いきなりノヴォシア帝国では珍しい衣服―――アイヌの民族衣装を身に纏い、腰に日本刀を下げた美少女がスキップしながら入ってくれば、中にいる人たちの視線を集めてしまうのも仕方のない事ね。ちょっとそこの、何ガン見してるのよ斬るわよ? というか殺すわよ?
「なんだあの娘」
「知らん。変わった服だな」
「どっかの民族?」
「異国から来たのかもしれない」
なんか食堂でご飯食べてる冒険者(なんかパンケーキみたいなの食べてる)がぼそぼそと呟いてるのが、私にはばっちり聞こえていた。エゾクロテンの聴力舐めないでほしいわねホントに。
カウンターの前に行くと、ハクビシンの獣人のお姉さん(黒髪で、眉毛と睫毛、それから前髪の一部が白髪だった)が顔を出した。
「はぁ~い、ご用件をどうぞ」
「ガノンバルド討伐に参加しに来ました!」
独学で覚えたノヴォシア語(ちょっと倭国訛りがある)で元気よく、それこそ入社1年目の新社会人のように目を輝かせながら用件を伝えると、ハクビシンのお姉さんは誘惑するような笑みから一転、まるで困惑するかのような、けれども接客業だし笑みを絶やすわけにもいかないという板挟みに苦しんでいるかの如く、何とも言い難い笑みで私を見下ろしてくる。
え、私何か拙い事言ったかしら? 困惑はこっちにも伝染して、私は助言を求めるようにおもちの方を見上げた。
もぐもぐとさっきから何か食べてるなぁ、と思ったら、おもちは私の隣で干し肉(多分コレ3個目)を食べていた。しかも真顔、ちょっと眠そうな感じの真顔。私知りませんよ、何も聞いてませんよとでもいうかのように干し肉をもぐもぐするおもち。
ちょっと待って、さっきまでの以心伝心はどこいったの?
「おにくおいしい」
こんな時だけ以心伝心OFFするなぁ!
「え、ええと……申し訳ありません、ガノンバルド討伐の件ですが……既に討伐済みでして」
「―――ぇ?」
喉の奥から変な声が漏れた。きっとアレよ、私の喉に住んでる二頭身しゃもじちゃんが勝手にしゃべっちゃったのよ、きっとそう。
って、ちょっと待って。
「え、じゃあガノンバルドはもう……?」
「はい、その討伐したギルドの方が素材をほぼ全部持ち帰ってしまいました」
「ん゛の゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(250dB)」
遅かった! 一歩遅かった!
アレか! 事故ったせいか! 倒木のせいか! おのれ倒木、薪にしてくれるゥ!!
頭を抱えながら床の上をゴロゴロするけれど、そんな事をしたところでガノンバルドが生き返ってくれる筈もない。
大丈夫ですか、と困惑しながら声をかけてくれるハクビシンのお姉さん。勢いよく跳ね起きた私は、ばんっ、とカウンターの上に手をつきながら訪ねた。
「そ、そのっ、ガノンバルドを倒しちゃった冒険者って誰なんです!?」
「ええと、血盟旅団の方々です」
「血盟……旅団?」
「はい。団長はミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ氏。”雷獣のミカエル”の異名を持つ”異名付き”です」
みかえる・すてふぁのう゛ぃっち・りがろふ。
なるほどなるほど、そいつ率いるギルドが私の獲物……じゃなくてガノンバルドを倒していったと。
「ええと……討伐時のお話だけでも聞きたいのですが、ちなみにその、血盟旅団は今どちらに?」
「ノマドですので、もう既にピャンスクを発ちましたよ」
「ふえぇ!? い、いつ!?」
「今朝です。ミリアンスク方面に向かったと聞いていますが」
ノマド。
冒険者には2つのスタイルがある、とこの業界に入った時に学んだ。
1つは特定の地域に拠点を構え、仕事を請け負うタイプの冒険者。活動する範囲は制限されるけれど、地域からの支援も受けやすく、彼らを抱え込む地域からしても地元に定着してくれる貴重な戦力として共生関係となる。
そしてもう1つが、ノマドと呼ばれるタイプの冒険者。特定の活動拠点を持たず、各地を転々と移動しながら仕事をする冒険者の総称―――なるほど、遊牧民とはよく言ったものね。
例の血盟旅団はそのノマド。ミリアンスク方面という事は……北だ。彼らは今、北に向かっている。
「ありがとうございますっ!!」
「え、あ、はい」
まだ干し肉をもぐもぐしているおもちの手を引いて、駐車場のRipsaw EV3-F4まで爆速で戻った。運転席へと半ば飛び込むようにして乗り込み、エンジンキーを捻ってエンジンをかける。
「しゃもじ、どうするの」
「決まってるわ、私たちも北に向かうのよ!」
「追うの?」
「その通り! ガノンバルドがどんな奴だったか、せめて話だけでも聞いてみたいし……それに征服竜を倒したギルドが向かう先なんだから、きっとやべえ奴がたくさんいるに決まってるもの!」
ならば行く先はもうこれで決まりだ。
向かう先はベラシア地方最大の都市、ミリアンスク。
待ってなさい、血盟旅団!
目の前で、分解されたAK-47が組み上げられていく。銃身がするすると機関部の中へ入っていき、スプリングの収まったマガジンがライフル本体へと装着され、マズルブレーキが銃口へと接続される。
銃の分解結合―――特にAK系の小銃に慣れたミカエル君的には朝飯前、いつもやっている事である。
ただし、今回の分解結合はいつもと違う。
ミカエル君は手を一切使っていない。
使っているのは雷属性の魔力―――磁力操作の魔術のみである。
AKに使用されている金属製パーツを磁力で操作し、空中でライフルの分解結合を先ほどから何度も繰り返しているのだ。だから傍から見れば、『AKが宙に浮いた状態で分解結合を勝手に何度も繰り返している』という、ただの怪異現象にしか見えないわけだ。
もちろんこれも、魔術の練習の一環として最近やっている事である。磁界のコントロールや魔力の強弱といった、磁力操作魔術の基礎を鍛えるにはやはり回数をこなして体で覚えるしかない。手っ取り早く強くなる方法など存在せず、ただただ反復練習を繰り返し己の力として取り込む事こそが一番なのである。
「すぅ~」
「……クラリス」
「ふぁい」
「お前何してんの」
結合が終わったAKを磁力操作魔術で手元まで呼び戻し、キャッチしながらクラリスに問うた。
俺が座っているのは椅子の上……ではなく、椅子の上に座ったクラリスの上。彼女の太腿の上に腰を下ろし、背中にでっかい胸を押し付けられながら抱きしめられている格好だ。
そしてそのクラリスはと言うと、さっきから人が分解結合を繰り返している間、ずっと俺の髪に顔を埋めてその……なんか吸ってる。おかげで敏感なケモミミが鼻息で刺激され、何度か磁力のコントロールをミスりそうになった。
「ジャコウネコ吸いですわ」
「ジャコウネコ吸い」
「世の中では”ネコ吸い”という行為が流行っていると」
「うんそうらしいね」
「で、ご主人様はハクビシンの獣人。ハクビシンはジャコウネコ科と聞いております」
「うん」
「名前にネコって付いてるから実質ネコ科ですわ」
「そのりくつはおかしい」
言っておくがジャコウネコ科ってネコ科と殆ど接点ないわよ。近縁種ってわけでもないのでその辺間違わないように。
「すぅ~」
「ん゛ぁ゛~゛」
ついにはミカエル君を吸うだけに留まらず、空いた手で掌にある肉球までぷにぷにし始めるクラリス。彼女にもみくちゃにされながらもとりあえず魔術の練習はここまでで切り上げ、しばらくされるがままに。
ジャコウネコ吸いから解放されたのは、結局その2時間後だった。
その時、俺たちはまだ知らなかった。
なんか知らない人たちに、後を追われている事に。




