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死闘を終えて


 ガギッ、とナイフが欠けたのかと心配するような音が聞こえ、二度と動く事の無くなったガノンバルドの巨体から、黒曜石を思わせる黒い外殻が外れる。


 こうして見てみると、表面をちゃんと磨きさえすれば本当に黒曜石に見間違えてしまいそうなほど美しい。光沢があって、光を当てるとその光の色に染まる外殻。実際、今は夕日の光を浴びて、血のように禍々しいワインレッドの光沢を放っている。


 ドラゴンの外殻や鱗だけに留まらず、身体のいたるところが素材として重宝される。骨も、骨髄も、内臓に至るまで。肉に関しては(これは種類にもよるが)食用としても重宝される。


 竜に捨てる部位は無い―――大昔のイライナの冒険者が、ダンジョン調査中に書き残していた手記にもはっきりとそう書かれていたらしい。


 リスクは大きいが、得られるリターンも多い。それが飛竜狩りであり、太古より力の象徴であった竜を打ち倒した者は最高の栄誉を得る。


 今、その栄誉は俺たちのものだった。


 剥ぎ取った外殻をポーチに収め、額の汗を拭い去った。死体の処理だとか、こうやって外殻を切り取ったりするのは思いのほか重労働だ。単純に剥ぎ取るのが難しいというのもあるけれど、素材を傷付けずに取り外さなければならないので、とにかく神経と筋力を使う仕事である。


 やっとの思いで討伐したガノンバルド。その戦いには勝利したが、こちらも無傷ではない。仲間は皆疲弊しているし、貴重な戦力だった機甲鎧パワードメイル1機を失ったのは大きいだろう。まあ、パヴェルの事だからすぐ造り直すだろうから良しとして、モニカが無事だったのだからそれでいいではないか。


 彼女には言ったが、機械にはいくらでも替えがある。壊れたら買い直すなり、造り直すなりすればいい。けれどもモニカの命に替えは無い。もし死んでしまったら、買い直す事も、造り直す事も叶わないのだ。


 だから仲間の命が失われてしまうような事は、絶対にあってはならない。


「お肉っ♪ お肉っ♪」


 容器に収まったガノンバルドの肉(大変美味らしい)を両手に抱え、スキップしながら4号機の方へと向かうクラリス。今夜はドラゴンのステーキか、なーんて思いながら苦笑いしていると、その後ろを両手いっぱいに骨を抱えたリーファがスキップしていくのが見えて、脳内の二頭身ミカエル君ズがフリーズしてしまう。


 何かの素材にでも使うのだろうかと思ったが、リーファの事だから食材にでもするつもりなのだろう。確かに良い出汁がとれそうな気はするが……。


 外殻を取り外し、なるべく傷をつけないよう細心の注意を払いながらナイフの切っ先を鱗の縁に這わせる。ずぶ、と切っ先がガノンバルドの肉体に突き立てられ、そのまま切り取ろうとするが、これがなかなかうまくいかない。


 ぴったりとくっついているようで、なかなか取れないのだ。


 かといって力を込めたらナイフが折れそうだし、加減をミスったら鱗に傷がついてしまいそう。そうしたら素材として使いたい時にちょっとアレだし、余剰となった素材を売り払う時に高値で売れなくなってしまう。


 討伐例の比較的少ないガノンバルドの素材だ、売りに出せば買い手はいくらでもいるだろう。貴族連中やその手のコレクター、あるいは触媒の素材を欲しがっている冒険者やら傭兵、騎士団の指揮官……どんな連中にも言い値で売れるような、そんな代物だ。


 コイツの撃破にはかなり苦労したし、仲間たちが居なかったら勝負にすらならなかっただろうが……それに見合う、いや、見合い過ぎているリターンだ。


 それにしても……。


「……本当に魔境だな、ここは」


 やっとの思いで剥ぎ取った鱗をポーチに収めながら、思った事を口にした。


 正直、飛竜ズミールと戦ったあの時までは、この異世界の魔物や飛竜なんて現代兵器があれば楽勝だと思っていた。飛竜が来たらスティンガーなりブローニングなりで叩き落せばいいし、大型の魔物が来たならば対戦車ミサイルを撃ち込んで、そのまま地雷原にご案内……それで何とかなると思っていたし、これからもそうだと思っていた。


 が、コイツはどうだ。


 いったい何発ミサイルを撃ち込んだか。いったいどれだけ戦車砲を叩き込んだか。


 それでもなお、この竜は倒れなかった。


 ついには武装した機甲鎧パワードメイルを喪失する羽目にもなった。


 しかもこのガノンバルドは平均以下のサイズの個体。これからノヴォシアを旅するにあたって、さらに強力な個体に遭遇する事もあるだろう―――今回以上の苦戦が予想されるのは言うまでもない。


 あまり楽はしてられないな、と腹を括っていると、雲の切れ目から差し込む紅い夕陽の光に何か、黒い影が映り込んだように思えて、俺はふと顔を上げた。


「……?」


 燃えるように赤く、血のように紅い空の彼方。


 まるで刀で一閃されたかのように開いた雲の裂け目。夕日が差し込むその切れ目の中で、黒い影が踊っているのが確かに見えた。


 他の飛竜かと思ったが、飛竜にしては形状があまりにも特異すぎた。


「何だアイツ」


 ナイフを鞘に納め、潜望鏡を取り出す。


 覗き込んでズームアップすると、その特異な竜の姿がはっきりと見えた。


 最大の特徴として、まず”翼が無い”。


 飛竜と言えば大きな翼を使って縦横無尽に空を舞う姿が真っ先に思い浮かぶ生物である。ヒトの手が決して及ばぬ領域を自由に舞い、強大な力で大地を制する生態系の頂点、それが飛竜だ。


 しかしそいつにその翼は無い。


 というよりも、そもそも飛竜と呼んでいいものかどうか、少し躊躇してしまうような姿をしていた。


 身体の表面に外殻らしきものは見当たらず、黄土色と言えばいいのか、何とも言えない色合いの柔らかそうな鱗が表面をびっしりと覆っている。竜というよりも蛇に近い、というべきか。


 サイズがどのくらいなのかはここからははっきりと分からないが、かなりの大きさだという事は分かる。


 頭は蛇そのもので、閉じた口からは細長い舌が覗いている。二股に分かれたそれは、まさに蛇の舌だった。


 そして頭から胴体に下がっていくと、目につくのは大きく左右に膨らんだ胴体の一部だ。さながらツチノコのように、胴体の一部が左右に膨らんでいるのだ。


 膨らんだ胴体としなやかな尾の付け根からは、非常に小さな前足と後ろ足が生えているのが分かる。が、身体の大きさに対してそれは随分と小さく、歩行に適したものとは言い難い。あくまでも着地した際、飛行機で言うところのランディング・ギアとして機能するに留まる程度であろう。


 その空飛ぶツチノコのような奇妙な竜……いや、”龍”は空中でぐるりと輪を描くと、血のように燃える夕日の中へと消えていった。


 何だったんだろうな、アイツは。


 あれも外来種なのだろうか。


 この世界には、まだ人間に知られていない魔物たちが数多くいるという。今目にしたアイツもその一種なのだとしたら、ちょっと惜しい事をしたかもしれない。戦いの疲れからか、ぼーっと突っ立ったまま見送った事を、俺は少し後悔した。


 そこで写真の一枚でも撮影して管理局に提出していれば、新種発見として報酬がいくらか懐に入っていたかもしれないのに。


 ブロロ、と車のエンジン音が聞こえてきたのを、ハクビシンのケモミミが拾った。今になって管理局の人たちが駆けつけたのだろうかと音の聞こえた方を振り向くと、案の定、箱型の車体が特徴的なセダンがこっちに向かって走って来るのが見え、何とも言えない気分になった。


 まるで禁酒法時代のギャングが乗っていたようなセダンのドアが開き、例のハクビシンのお姉さんが降りてくる。以前に目にした時のような色気を出しているわけではなく、今回は真面目な表情だった。


「ま、まさか本当に……!」


 それもそうだろうな、とは思う。本来ガノンバルド討伐はBランクの冒険者に回されるような高難易度の依頼。現代兵器を全力投入したとはいえ、それをDランクの冒険者が討伐してしまったのだから、管理局側が驚くのも理解できる。


「え、ええと……討伐依頼はまだ出してないのですが……これは誰からの依頼で?」


「あー……ええと」


「―――俺だよ」


 直接契約、というよりも先に、いつの間にか戦車から降りて来たパヴェルが答えてくれた。四肢を戦車に接続した状態で自力で降りられたのか、とは思ったけれど、よく見ると義手と義足のデザインがいつも使っているものと比較すると簡易的なものだ。撃破された際、すぐに脱出できるよう、簡易的な義肢をすぐ装着できるような機構が備わっていたのかもしれない(というか脱出を前提としない兵器なんて非人道的にも程がある)。


 彼はこっちにやって来ると、義手をそっと俺の肩の上に置いた。


「ウチのギルドが保有してる列車の進路が危険に晒されそうだったんでね。身内からの直接契約という形で討伐させてもらった」


「あの、あなたは?」


「血盟旅団のマネージャーだよ」


 平然とそう言うが、パヴェルは血盟旅団の中で唯一Sランクにまで到達した冒険者である。ウチのパーティーにはゲームを全クリした猛者が1人紛れ込んでいるのだ。


「規定違反ではない筈だ」


「え、ええ、確かにそうですが……」


「で、アンタらは何しに来た?」


「ガノンバルドの討伐確認に来ました……いや、まさか本当に討伐してしまうとは」


 正直予想外だったのだろう。相手はあの征服竜ガノンバルド、今までに多くの街や村、集落を壊滅に追いやってきた大自然の侵略者である。数多の騎士団や憲兵隊が挑んでも太刀打ちできなかった強力な外敵を、つい最近活動を開始したような新興ギルドが単独で討伐するなど、彼らからすれば番狂わせもいいところだ。


 彼女と一緒に来たオコジョの獣人の職員が、大型のカメラを三脚の上に取り付けて写真を撮りはじめた。大きなストロボが光を発し、白黒のフィルムの中に、二度と動かなくなったガノンバルドの姿を焼きつけていく。


「この件、管理局上層部に報告させていただきます。もしかしたら、特例で冒険者ランクの上昇か、あるいは昇級試験が発注されるかもしれません。その時はお知らせいたします」


「分かりました。何卒、よろしくお願いします」


「ミカ、せっかくだ。記念撮影でもしてもらおうぜ」


「は? 記念撮影?」


 一体誰に、ときょとんとしていると、パヴェルの手に肩を引っ張られた。


「うわ、おっ、ちょっ、何だよお前」


「いいからいいから。おーい、勝った記念に写真でも撮ってもらおうぜ!」


 そう言いながら、討伐作戦に参加した仲間たちを集め始めるパヴェル。素材を剥ぎ取っていた仲間たちが集まったところで、彼は写真撮影をしていたオコジョの獣人に向かってウインクしやがった。


 いやいや、これ記録のための撮影なのでは……?


 ダメだろ、とは思ったが、しかし管理局の職員もノリの分かる人だったらしい。三脚の上に据え付けたカメラをこちらへと旋回させるや、「それじゃあ撮りますよー」なんて言いながら手を振り始める。


 みんなで銃を肩に担いだり、ピースサインをしたり、仲間と肩を組んだり、各々写真に写るポーズを決めたところで、でっけえラッパみたいなストロボが光を発した。












 本当に、竜に捨てる部位は存在しないらしい。


 ガノンバルドからの素材の剥ぎ取りが終わったのは、ちょうど日付が変わった辺りだった。大量の素材を持ち帰るのに戦車や4号機だけでは足りず、管理局に要請して金と素材をいくらか引き渡し、職員たちに協力してもらって素材をトラックに積み込みピャンスクへと戻ってきた。


 おかげで格納庫の中は素材を収めた木箱だらけ。もちろん肉やら骨といった食材に使える部位も冷蔵庫に入りきらなかったので、いくらかは干し肉や缶詰などにして保存食とし、それでも余った分はピャンスクのスラムでの炊き出しに使う事にした。


「ふっふっふー♪ コレで牛肉麺ならぬ”竜肉麺”作れるヨダンチョさン♪」


 ガノンバルドの骨がどっさりと入ったザルを抱えて厨房の方へとスキップしていくリーファ。アレか、蘭州拉麺的なアレなのか。アレをガノンバルドの食材でやるんだったらかなり味は期待できそうである。


 武器を武器庫に返却し、懐中時計を見た。もうとっくに日付は変わっていて、外は真っ暗だ。巨人みたいに屹立する樹々のせいで星空は見えず、夜風の中に揺れる大自然の天蓋のざわめく音しか聞こえない。


 飛竜の空襲に常に備える街、ピャンスク。飛竜が近くにいる場合などは灯火管制が敷かれるらしいんだが、今日はガノンバルドが周囲で暴れ回ってくれたおかげか飛竜の数は少ないらしく、樹をくり抜いて造ったお洒落な建物からは優しい光が漏れているのが見える。


 何となく夜風に当たりたかったので、車両の天井に備え付けられている銃座に上がった。タラップを上がり、戦車のハッチにも似たハッチを押し上げて外に出る。巨大な樹の間を吹き抜けてきた微かに冷たい風が頬を撫で、身体にまとわりついていた疲労感を拭い去ってくれた。


 これで星空が見えたら最高なんだけどな、と思うが、しかし樹々の枝の隙間から覗く満月というのもなかなか乙なものである。


 持参したタンプルソーダの栓を抜いて中身を口に含んでいると、ハッチがゆっくりと開き、中から真っ白な頭髪と猫のケモミミが顔を出す。


 モニカだ。


「あっ、やっぱりここにいた」


「モニカ」


 屋根の上に上がってきたモニカを隣に座らせた。彼女の手にもタンプルソーダの瓶がある。


「今日はお疲れ様、モニカ。おかげで助かったよ」


「いいのよ。それより、あたしこそ助かったわ。ミカが居なかったら今頃……」


 そこまで言いかけて、彼女は栓抜きで勢いよく王冠を外した。シュワ、と炭酸の弾ける音がして、夜風の香りにラムネの甘い匂いが混ざる。


「あんたは命の恩人よ」


「い、いや……そんな、俺はさ、その……ね?」


 あークソ、陰キャ特有の語彙力の無さがこんなところで。


 言いたいことは頭の中にあるのに、ちゃんと言葉として出力されない。思考回路がバグってる。


「本当に嬉しかったんだからね?」


「お、おう……とにかく無事でよかっ」


 ぐい、と彼女の手が背中に回されたかと思いきや、身体を引き寄せられた。


 咄嗟の出来事に困惑していると、額に暖かく柔らかい感触が押し付けられ、頭の中が真っ白になる。額にキスされたのだという事を理解した頃には、目の前に顔を微かに赤らめたモニカの笑顔があった。


「え……?」


「えへへ……これがあたしの気持ちよ、ミカ」


「モニカ……」


「今回は額だったけど―――もしアンタがあたしの気持ちに応えてくれる気になったら、その時は……ね?」


 唇に指先を這わせながらウインクするモニカ。


 これってつまりそういう事なのだろうか。


 いわゆるフラグが立ったということか。つまりアレだ、モニカは俺の事が……え、マジ?


 そこまで考えが至ったところで、頭がオーバーヒートした。


「―――きゅう」


「ミカ!?」


 あーもう駄目。


 まともな恋愛経験もない元陰キャにこれは効果抜群ですってモニカさん……。





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