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征服竜を討て


「爆裂ボルト点火。ロケットランチャー、投棄パージします」


 手元のキーボードをイルゼの白い指が弾くや、機体の外で小さな炸裂音が連鎖した。機甲鎧パワードメイル4号機の背中に、作業用の大型クレーンアームの代わりに搭載された16連装ロケット弾発射機―――カチューシャが、接続部に仕込まれた爆裂ボルトの炸裂によって切除されたのだ。


 発射機、とはいっても列車用のレールみたいな鉄骨をいくつも束ねただけ。けれどもそれにロケット弾を装着する事で、広範囲を制圧できる強力な支援兵器となる。


 メタルイーターの作用で発射機が急激に錆び、風化し、崩れていくのを背後の機外カメラでチェックし、あたしはニヤリと笑いながらイルゼに指示を出す。


「前進!」


「まったく、無茶をする方ですねモニカさんは」


「これがあたしよ、お行儀よく戦争ができるかっての!」


 前の操縦席に座るイルゼに呆れられながらも、フレキシブル・アームを介して接続されているミサイル用の照準器を展開。グリップにあるスイッチを操作して射撃モードへ。


 本当に、ルカ(ウチのおチビ)はよくやってくれたと思う。


 本来、この4号機は戦闘用ではない。背面の大型クレーンアームや各所に搭載されたサブアームを用いて、列車の改造や修理、あるいは廃品回収スカベンジングの際に大型のスクラップを回収するのに使う機体……つまりは作業用だ。


 だから装甲は無いし、武装も非搭載。更には戦闘に必要不可欠な火器管制システム(FCS)も、そしてそれらを運用するために必要なソフトウェアもインストールされていない。だから仮に急ごしらえの武装を搭載したところで、武器もまともに使えないただのデカい的でしかない。


 そんなとことん戦闘に向かない機体に武装を施し、戦闘用の簡易的なソフトウェアと追加装備をインストールする―――プロのメカニックでもそうそう簡単には出来ない作業を、ルカの奴はあたしになでなでされたいがためだけに、たった30分で仕上げてくれた。


 おかげであたしは、仲間の窮地に颯爽と登場する事が出来たってわけ。


 とはいえ……。


「ガノンバルド……なんて生命力……!」


 操縦席でアクセルを思い切り踏み込むイルゼが、モニターに映るガノンバルドの姿を睨みながら苦々しく呟いた。


 いったいここまで追い詰めるのに、どれだけの砲弾とミサイルを費やした事か。


 相手が軍用の戦闘人形オートマタだったら、今頃20体は廃棄処分にできるくらいの火力が、あのクソデカドラゴン1体に費やされている。だというのに、あのガノンバルドは追い詰められてこそいるものの、まだまだ簡単に倒れてくれる気配はなかった。


 だったらやるべき事はただ一つ。


「なら死ぬまでぶち込むだけよ!!」


 カチッ、と発射スイッチを押し込んだ。


 本来であれば作業用のサブアームがマウントされている右肩、そこにマウントされたTOWの4連装ランチャーから、1発のミサイルが発射される。


 フレキシブル・アームにマウントされた照準器を覗き込みながら、レバーを倒してミサイルの軌道を調整。発射機と接続されたワイヤーを介して、こちらの照準がミサイルに伝達され、ミサイルの弾道が微調整される。


 苦しそうに腕を振り回すガノンバルド。まるでボクサーのボディブローがガードをすり抜けてクリーンヒットするかの如く、ミサイルは剛腕の下をすり抜けて、人間でいうところの鳩尾を打ち据えた。


 今のは効いたのか、ガノンバルドが苦しそうな表情を浮かべたようにも見えた。黒焦げになり、ズタズタにされた口を大きく開きながら苦しそうな咆哮を発するガノンバルド。力任せに振り回した腕が地面を抉り、砕けた岩塊がさながら散弾のようにこっちに向かってくる。


 イルゼが機甲鎧パワードメイルの腕を盾のようにして構えつつ、機体を左へ回避させる。大部分はまともな装甲の無い4号機の脇を掠めていったけれど、微細な岩塊の破片が簡易装甲の表面に突き立てられて、今にも貫通されそうな頼りない金属音を発した。


「モニカさん!」


「こんなんでビビッてられるかってーの!!」


 負けじと第二射。ボシュ、と2発目の対戦車ミサイルが発射機を飛び出し、ガノンバルドの左の後ろ脚をメタルジェットで射抜いた。


 列車に残ってた対戦車ミサイルを全部積んできた。もちろん、あたしの独断で。だから勝てばお咎めなしだけど、負けたらパヴェルに拳骨されそう……。


 でもまあ、極東の倭国のコトワザにもあるらしいじゃない?


 『勝てばカングン、負ければゾクグン』って。


 要は勝てばいいのよ!


 体勢を崩したガノンバルドに、すかさずパヴェルの戦車が猛攻を加えた。目の前を横切る大胆なコースで接近したかと思いきや、左足を撃ち抜かれて立ち上がろうにも立ち上がれないガノンバルドの顔面に砲弾を叩き込み、おまけに機銃を何発も撃ち込んでから右へと抜けていったのだ。


 ガノンバルドの頭から生えている角が折れ、地面に深々と突き刺さる。


 あの恐ろしかったブレスも無力化され、今の奴にできる事は剛腕を振り回す事のみ。当たれば確かに怖いし、まともな装甲もない4号機では直撃すればただでは済まない。タンデム式のコクピットは容易く押し潰され、あたしたちは今度こそお陀仏……冗談じゃない。


 あのね、分かる? 痛いのよ内臓圧迫されるのって。「あっあたし今死にかけてる」ってすっげえダイレクトに認識できちゃうの。しかも圧迫されて折れた肋骨が内臓にぶっ刺さるおまけつき。


 あーもう、思い出したらイライラしてきたわ。


「だぁっしゃらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 モニカ様の痛みを思い知れ、と怨嗟を込め、本日4度目のミサイル発射。肉薄し、対戦車手榴弾での攻撃を試みるミカを吹き飛ばそうとしていたガノンバルドの首筋に、重い一撃が突き刺さる。


 撃ち切ったランチャーを投棄パージ。身軽になった機体が更に加速するや、操縦を担当するイルゼが近接防御用にとマウントしていたブローニングM2重機関銃でガノンバルドを攻撃し始めた。


 奴の注意が無防備なミカたちではなく、機動力に優れ回避が期待できるあたしたちに向くようにという計らいだ。その作戦通り、ガノンバルドは憎々し気な眼つきでこちらをぎょろりと睨むや、喉が張り裂けるのを承知の上で咆哮を発した。


 身体の奥底まで響き渡り、本能的な恐怖を思い起こさせる咆哮。あんな音圧の咆哮を至近距離で聞いていようものならば、鼓膜は容易く破れ、衝撃波と化した咆哮に脳を潰されていたに違いない。


 確かに恐ろしい敵だけど……でも。


 あたしたちは挑まなければならない。


 この苛酷な世界で生き延びるために。


 譲れないものを守り抜くために。


 岩塊を掴んだガノンバルドが、それをこっちに向かって思い切り投擲してきた。そんな単調な攻撃、とイルゼの完璧な回避を期待した次の瞬間、口から血を溢れさせていたガノンバルドが、これが最後の咆哮とばかりに二度目の咆哮を発した。


『ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!』


 自らの魂を賭けた咆哮―――その凄まじい音圧に包まれた岩塊が、あたしたちの脇を掠めようとしていたその瞬間に爆ぜた。


 咆哮で岩を割った―――そのすさまじさに驚愕している暇もなく、次の瞬間には機体を激しい揺れが襲った。ガガガガッ、と外から装甲に何かが突き刺さる音が聞こえてきて、立て続けに機内のモニターに警告のメッセージが表示される。


 やかましいアラームを切りながら、損傷状態を把握。右腕脱落、右足部装甲貫通、パワーパックからのエンジンオイル漏れ……パワーパックまでやられたか、と苦い表情を浮かべながら画面をタッチ。確かに損傷の影響を受けているようで、エンジンの回転数がなかなか上がらない。


 でも―――。


「それがッ……どぉぉぉしたぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 発射スイッチを連続で押し込んだ。


 正確な誘導が出来なくなる、という警告メッセージが照準器のモニターに表示されるが、お構いなしにTOWを連続発射する。


 あの巨体でこの距離なのだから、もう正確に誘導させる必要もない。撃てば当たるのだ、ミサイルがとにかく直進さえしてくれればいい。


 左肩にマウントした2基の4連装ランチャーから放たれる、合計8発の対戦車ミサイルたち。ガノンバルドの腹に、胸に、剛腕に、首筋に、そして顔面に面白いくらいミサイルが直撃し、爆炎の向こうで黒曜の外殻に覆われたドラゴンの巨体が揺らぐ。


 これで持ってきたミサイルは品切れ―――でも。


 キーボードを弾いて弾切れのランチャーを投棄。


 ダメ押しに、なんか格納庫に置いてあった大型の無反動砲を展開する。


 ルカが『60式106mm無反動砲』と呼んでいた、多分パヴェルがいつか使おうとしていたと思われる秘密兵器。


 ここに来るまでの間、ルカが用意してくれた手書きのマニュアルは熟読してある。


 使い方その1、『敵に向かって撃て』……以上!


 スイッチを操作し、武装の中から無反動砲を選択。レティクルがミサイル誘導用のものから無反動砲専用のものに切り替わり、発射準備が整う。


『ちょ、モニカおまっ―――それ俺が用意s』


「―――ど゛っせぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇいッ゛!!」


 あたしみたいな美少女が発するとは思えないほど力強い声が出て、自分でもびっくりしながら引き金を引いた。


 バオンッ、と106mm無反動砲が吼える。後部に向かってバックブラストが噴射されるや、砲口から躍り出た砲弾が、ガノンバルドの顔面を思い切り殴りつけた。


 キーボードを弾いて役目を果たした無反動砲を投棄パージ。攻撃を終え、機銃を撃ちながらギアチェンするイルゼの操縦に従い、4号機がガノンバルドへの突撃を中断し後退に移る。


 その直後、ごう、とあたしたちのすぐ目の前を、ガノンバルドの剛腕が薙いでいった。


 後退する4号機と入れ違いになる形で、小さな影がクラリスを引き連れて前に出る。


 ミカだ。


 あたしの命を救ってくれた人だ。


 男には見えない容姿だけど―――男なのよね、一応は。


 そんな事を考えると、ちょっとだけ顔が赤くなる。


 その恥ずかしさを紛らわすように、あたしは親指を立てながら、小さな英雄の突撃を見送った。


「やっちゃいなさい、ミカ!!」












 まったく、ガノンバルドの生命力には驚かされる。


 これだけの攻撃を受けてもまだ息があるとは……それも生態系の頂点に君臨する竜だからこそだろう。なるほど、先人たちがそれを力の象徴とし、その畏怖を一身に集めた存在は伊達ではないという事か。


 しかしそれも、あと少しだ。


 この一手で、全てが終わる。


『ゴアァァァァァァァァァァァ!!』


 怒り狂いながら剛腕をこちらに突き出してくるガノンバルド。あの質量をぶつけられれば、人体なんぞ簡単に砕け散ってしまうだろう。尻尾の一撃でモニカの機甲鎧パワードメイルが撃破されたことを考えれば容易に想像がつく。


 が。


 今まで、ただ何も考えずに戦ってきたわけではない。


 攻撃前の大きな動作に癖、その他諸々全部頭の中に叩き込んである。


 クラリスと同時にスライディング、姿勢を低くしつつ移動する勢いを殺さない。ごう、と頭上を剛腕が突き抜けていったのには肝を冷やしたが、それだけだ。どれだけ大きな質量が持ち味の攻撃であっても、当たらなければどうという事は無いのである。


 前傾姿勢になったガノンバルド。RPG-7の照準器の向こうに、無防備なガノンバルドの傷だらけの身体が大きく映る。


 スライディングを終えて立ち上がり、俺とクラリスは同時に引き金を引いた。


 バックブラストが後方の空間を抉り、装薬に点火された弾頭が発射機から飛び出す。


 ロケットモーターが目を覚まし、一気に加速した弾頭がガノンバルドの胸板を強かに打ち据えた。ガギュッ、と鉄板にドリルを押し当てたような音が響くが……その後に続く筈の爆音は、聞こえてこない。


 それもその筈である。RPG-7の弾頭には、射手の自爆を防ぐための安全装置が搭載されているのだ。一定距離を飛行してからでなければ起爆せず、このような至近距離での射撃で標的に命中させても、安全装置が作動して不発に終わるのである。


 これではただの質量弾―――何の意味もなさない。


 が、コレで良かった。


 役目を終えた発射機を投げ捨てるや、俺とクラリスは同時に右へとダイブ。空中で俺の小さい身体を抱き抱えてくれたクラリスが、全身を竜の外殻で覆い始める。


 地面に落下する寸前、確かに見た。


 銛にも似た形状の鋭利な砲弾が、今まさにガノンバルドの胸板を―――そこに突き刺さった2発の対戦車榴弾の弾頭を撃ち抜こうとしている瞬間を。


 パヴェルのT-14Rに搭載された152mm滑腔砲―――それから放たれた、なけなしのAPFSDS。


 不発弾と化した弾頭を撃ち抜いたAPFSDSがあっという間に外殻を直撃、規格外の圧力をかけられたそれは瞬く間に流体と化し、黒曜の外殻をゴリゴリと削って風穴を穿っていく。


 そこに一拍遅れて、強制的に起爆させられた弾頭2発分の爆発が牙を向いた。2つのメタルジェットが更に傷口を押し広げ、爆炎がガノンバルドの体内を焼き尽くす。


「やったか……?」


 あ、やべえ……これフラグ……。


 とは思ったが、しかし今回は期待を良い意味で裏切ってくれた。


 爆炎の向こうで、弱々しい呻き声を発しながら―――黒曜石のような外殻で全身を覆われたガノンバルドが、力なく崩れ落ちていく。特徴的な剛腕からも力が抜け、爛々と輝いていた紅い目からも光が消える。


 全てを喰らい尽くし、破壊し尽くす征服竜の覇気はもう、どこにも無い。


 どう、と巨体が大地に崩れ落ちた。


 血のような夕日で照らされた、泥濘の大地に。


 ゆっくりと起き上がり、呼吸を整えた。


 心拍数が元に戻ってから、無線機で仲間たちに告げる。





「目標撃破……みんな、お疲れ様」






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