反撃の時
ボムンッ、と152mm滑腔砲が吼えた。
サボットを脱ぎ捨て、さながら大海を征く白鯨を仕留めるべく投げ放たれた銛の如く、鋭利な槍にも、あるいは矢にも似た弾頭を露にした砲弾―――APFSDSが、ガノンバルドの剛腕、特に大きく発達した方の前足の付け根を射抜いた。
黒く、高級感あふれる光沢を発する外殻に着弾したそれは、瞬く間に金属の流体と化した。いわゆる”ユゴニオ弾性限界”を超えたのだ。凄まじい弾速で標的を打ち据えたそれは、過剰なまでの圧力をかけられ流体と化す―――APFSDSは、その流体と化した砲弾を利用して敵戦車の装甲をゴリゴリと強引に削る、という原理で敵を貫通するのだ。
それは巨大な飛竜、ガノンバルド相手であっても遺憾なく発揮された。着弾した部位の外殻が火花と共に散り、うっすらと白い煙が周囲を舞う。破片と共に飛散するのは血肉で、左肩を撃ち抜かれたガノンバルドが苦しそうな呻き声を発した。
自動装填装置が稼働、なけなしのAPFSDSを主砲へと装填していくまでの間、パヴェルが操るT-14Rが14.5mm重機関銃を執拗に撃ち込んでいく。それに合わせてクラリスもRPG-7を発射、ガノンバルドの首の付け根に対戦車榴弾を直撃させ、メタルジェットで小さな風穴を穿った。
やられっぱなしのガノンバルドではない。サイレンを思わせる、生物の声帯が発するとは思えぬ機械的な咆哮を発するや、傍らの地面から頭を覗かせていた巨岩を、右側の剛腕で鷲掴みにした。何をするつもりだと思っていると、ガノンバルドは右の前足の筋肉をはち切れんばかりに隆起させ、地面に埋まっていた直径10mほどの巨岩に爪を喰い込ませながら、地面から引き抜いてしまう。
『ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!』
「やべっ……!」
右腕を大きく振り回し、巨岩を投擲するガノンバルド。攻撃のモーションが大きく、どんな攻撃を繰り出すのかと想像するのは容易かったが、しかし攻撃範囲があまりにも広すぎた。直径10mの岩、それを投擲するだけのシンプル極まりない攻撃だが、しかしそんなのが命中すれば新型の戦車だろうとただでは済まない。直撃じゃなくとも、ほんの少し掠るだけで人体なんぞ簡単に引き千切られてしまう。
伏せろ、とリーファの頭を下げさせた直後、さながら砲弾のように上から降ってきた巨岩が、俺とリーファが対戦車ミサイルの発射位置として選んだ地点の5mほど手前に勢いよく着弾、地面を派手に抉りながらバウンドして、頭を伏せていた俺とリーファのすぐ上を飛び越えていった。
背後から地鳴りを思わせる低い音が響き、抉れた大地が返り血のように吹き上げた土が、俺たちの頭上から雨のように降りかかる。
戦争中の塹壕もこんな感じなんだろうか、と思いながらリーファを助け起こす。咄嗟に言ったからなのか、彼女が発した言葉はいつものカタコトのノヴォシア語ではなく、母語であるジョンファ語だった。
照準器を覗き込み、最後のチャンスに全てを賭けるために集中するリーファ。このミサイルを使い切ったら、RPG-7と対戦車手榴弾で何とか奴を倒さねばならない。
討伐とか、狩りとか、そんな崇高な言葉とは無縁の戦いに思えた。
もはやこれは”殴り合い”だ。互いに剛腕を振るい、どちらか片方が地に伏して動かなくなるまで続く殴り合い。
こちらの消耗も激しいが、しかしそれはガノンバルドも同じだった。左目を潰され、左の前足の1本を千切られ、身体中のいたるところにAPFSDSや対戦車榴弾、対戦車ミサイルを撃ち込まれて、傷口から溢れた鮮血を受けて奴の外殻は赤黒くギラギラと輝いていた。
そこにはもう、言語も理性も何もない。ただただ本能の赴くままに、火薬の導くがままに繰り返される破壊の応酬―――それが今の戦いだった。
先ほどから感じていた異様さの正体はこれか、と思う。
命を懸け、互いに破壊の力を振り回すだけの原始的な戦い。
だが、それに敗北するわけにはいかない。
食物連鎖の頂点の座は確かにヒトのものではないのかもしれない。
そこに君臨するに相応しい王者が、きっとどこかにいるのかもしれない。
しかし。
だからと言って、生きる事を諦めるつもりは毛頭ない。
食物連鎖、生きている以上は無縁でいられない自然のルール。
強き者が弱き者を喰らい、糧とし、生き延びる―――太古の時代から、それこそこの惑星に生命が芽吹いたその日から延々と繰り返されてきた、最もシンプルで飾り気のない唯一の掟。
しかし人間だけが、その掟に抗ってきた。
餌食にはなるまいと、種を後世まで残そうと、必死に足掻いて足掻いて、足掻き続けてきた。
だから俺たちもそれに倣うのだ。
それに続くのだ。
バオンッ、と152mm砲が火を噴いた。左の脇腹をAPFSDSで撃ち抜かれたガノンバルドが、憎たらしい敵を睨むようにパヴェルの戦車を視界に捉えるや、口を大きく開けた。
それを勢いよく閉じ、火花を発生させ―――次の瞬間、再び開け放たれた口の中から、地獄の業火としか思えない程赤々とした炎を吐き出し始める。
ブレスだ。
機関銃で応戦しながら左へと回避するパヴェルのT-14R。
これで残弾は6……それを撃ち尽くせば、あまり効果があるとは言えない機銃しか、パヴェルの手元には得物が残らなくなる。
それを補おうとしているのか、隙だらけのガノンバルドに肉薄したクラリスが対戦車手榴弾の安全ピンを引き抜いた。RKG-3EM―――ソ連製の対戦車手榴弾が、その真っ白な手から投げ放たれる。
空中でくるくると回転したそれから、柄がぽろりと脱落する。代わりに出てきたのは、回転する弾頭を安定させるためのドラッグシュート。やがて回転していた弾頭がぴたりと安定したかと思うと、パヴェルを焼き殺さんと火炎放射を続けるガノンバルドの背中で爆発を引き起こした。
『ゴアァァァァァァァァァァァ!!』
ちょうど巨体に反して小ぶりな一対の翼の間で起爆したそれは、黒曜石のような外殻の表面をメタルジェットで削り、ガノンバルドに小さくではあるがダメージを与えることに成功する。
が、しかしあくまでもそれは戦車に対する威力不足が早い段階で指摘され、後続の開発を待たずに歴史から姿を消した悲運の兵器。威力もたかが知れている程度のものであったが、しかしガノンバルドの注意を逸らす事には成功したらしい。
ブレスを中断し、クラリスの方を振り向くガノンバルド。彼女との距離がそう遠くないと理解するや、杭のような突起が突き出た尻尾を突き出して、クラリスを串刺しにしようとする。
機甲鎧すら一撃で薙ぎ倒してしまうほどの威力がある。そんなものが人体を直撃なんてしたら、いくらクラリスでもただでは済むまい。
ごう、と自分に迫る尻尾の薙ぎ払いをジャンプで回避するクラリス。そのまま空中で、右肩に抱えたRPG-7の弾頭をガノンバルドへと向けた彼女は、揺れる空中で引き金を引いた。
バムッ、とバックブラストが噴射するや、弾頭が発射機から解き放たれる。装薬で発射された弾頭は続けてロケットモーターに点火、ガノンバルドの頭部―――ティラノサウルスの頭を思わせるガノンバルドの左側面を直撃した。
さながらボクサーのストレートを思い切り喰らったかのように、ガノンバルドの巨体が大きく揺れる。対戦車ミサイルで潰された左目の周辺に、またしても対戦車榴弾を叩き込まれたうえ、激しく脳を揺さぶられたのだ。さすがの征服竜たるガノンバルドもただでは済まなかったようで、脳震盪を起こしたかのように身体をふらつかせる。
が、しかし奴にも竜としての矜持があったらしい。
『ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!』
痛みを振り払うように咆哮するや、右の剛腕で地面を抉りながら大きく薙ぎ払う。
あわよくばクラリスをそれで吹き飛ばそうというつもりだったのだろうが、そんな単調な攻撃はクラリスも見切っている。が、そこで脅威となったのは攻撃そのものの範囲や威力ではなく、地面を抉りながら放った事だった。
土や石、倒木の破片―――そういった微細な物体が、まるで散弾のようにクラリスに襲い掛かったのである。
「!!」
「クラリス!」
『いかん!!』
大したダメージではないが、クラリスの注意を削ぎ、次の一撃へと繋げるための布石としては十分すぎた。
予想外の攻撃に両手で頭を覆っていたクラリス。彼女が次の瞬間に耳にしたのは、まるで巨大な鉄板を勢いよくぶつけ合うような―――ガヂン、という金属音にも似た音だった。
ガノンバルドのブレス攻撃、その予兆。
絶望的な状態ではあったが―――しかし。
―――それは同時に、チャンスでもあった。
「―――撃て!!」
「放!!」
リーファが発射スイッチを押すや、TOWの発射機から虎の子の対戦車ミサイル―――そう、正真正銘最後の1発が、白煙をこれ見よがしに曳きながら躍り出る。
空中に白煙を描きながら飛翔したそれは、瞬く間に加速してクラリスの頭上を通過すると、彼女目掛けてブレスを吐こうとするガノンバルド―――大きく開け放たれたその口腔へと、吸い込まれるように飛び込んでいった。
吐き出される可燃性の体液が、牙を擦り合わせた事によって生じた火花によって着火。その火焔の中へと、対戦車ミサイルは何の躊躇もなく、リーファの照準通りに飛び込んでいった。
火炎を真っ向から受けることになったミサイルは瞬く間に爆散したが、しかしそれはガノンバルドの口の中。爆風や破片、そしてメタルジェットは、堅い外殻に守られているわけでもないガノンバルドの口腔をズタズタに引き裂き、撃ち抜き、焼き尽くしていく。
そして何よりも深刻だったのは、それが火炎放射の最中に放り込まれたという事だ。
体内の器官から可燃性の体液を分泌、それを肺から吐き出す空気と混合して放射するという事はつまり、奴の身体の中には可燃物……というより、危険物が一杯という事だ。
急激な爆発はいとも容易くガノンバルドの体内を逆流。無防備な体内から、征服竜の巨躯を焼き尽くしていく。
そう、これを狙っていたのだ。
ブレスを吐き出す瞬間―――最も恐ろしい攻撃だが、同時に最も大きなダメージを与えられるチャンスでもある。
TOWの最後の一撃が、ガノンバルドとの戦いの勝敗を決定的なものにした。
体内を焼き尽くされ、口から黒煙を吐き出しながら苦しそうに暴れ回るガノンバルド。大きく開いた口からは焦げた肉片を含んだ血が迸り、今にも倒れてしまいそうに見える。
が、しかし簡単には倒れない。命ある限り戦おうとでもいうかのように、剛腕を振り回し、尻尾を幾度も地面に突き立てながら、道連れを求めて、最後の贄を求めてこっちに突っ込んでくる。
『クソッタレが、まだ死なないのか!』
APFSDSを叩き込みながらパヴェルが悪態をついた。
いつも冷静で、的確な指示をくれる彼すらも悪態をつくほど、ガノンバルドの生命力は強靭だった。
「もう少しだ……だが火力が、あと少し火力が足りない……!」
もう一押し、である。
例えるならば、今のガノンバルドは断崖絶壁の縁で、辛うじて落ちぬよう踏み止まっている状態だ。ぽん、と手で一押ししてやれば勝敗は決まるというのに、こちらにはその”一押し”をお見舞いするだけの力が残っていない。
RPG-7で削るか、それとも……。
手持ちの火力で削り切れるのか、と不安になったその時だった。
『アンタたち、死にたくなかったら今すぐそいつから離れなさい!』
聞き覚えのある声だ。
脳が結論を弾き出し、それを言葉にする寸前―――風を切る音が空に響いた。
見上げると、先ほどまで頭上を覆っていた雨雲の裂け目を補おうとするかのように、真っ白な白煙が8つ……いや、その後方からさらに8つ、合計16発のロケット弾が俺たちの頭上を飛翔、暴れ回るガノンバルドの周囲に降り注いでいった。
一発一発の威力はそれほどでもなく、命中精度も悲惨なものであったが、しかしガノンバルドほどの巨体ともなればそんなものは関係なかった。背中に、剛腕に、尻尾に、首に、そして腹のすぐ近くの地面にロケット弾が突き立つや、立て続けに弾けて爆炎を生み出し、ガノンバルドを業火で焼いていく。
「カチューシャ……?」
さっきの声、そしてこの攻撃は……!?
後ろを振り向きながら潜望鏡を覗き込んだ。
攻撃が飛来したと思われる場所に、何かがいる。
鋼鉄の、丸みを帯びた装甲で覆われた機体。上半身はまさに人間のそれであるが、下半身は異形そのものだ。オフロードタイヤのついた大きな2本の足と、履帯を搭載された1本の後ろ脚、合計3本の足で走行する、戦車ともパワードスーツとも、ましてや重機とも言えぬ奇妙な乗り物だ。
腕には人の手のようなマニピュレータがあり、本来であれば背面に作業用の大型クレーンやサブアームが搭載されている筈だったが、しかしそれらしきものは見当たらない。
代わりに搭載されているのは、先ほどのロケット弾を放ったと思われるカチューシャの発射機と、少しでも空いてるスペースに詰め込みましたと言わんばかりにぎっしりと満載された、大量のTOW発射機という頭の悪そうな武器の数々。
見間違いでなければ、あれは機甲鎧の4号機。
そして、聞き違いでなければ今の声は―――!
「モニカ!」
『―――このあたしが来てやったわよ、感謝しなさい!』
間違いない、モニカだ。
モニカが戻ってきたのだ―――大量の、対戦車ミサイルを引っ提げて。
次回、ガノンバルド戦決着(予定)




