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死闘は終わらない


「それではこれより、ガノンバルド討伐会議を始めます」


 巨大な、それこそ飛竜よりも巨大な樹の幹の中をくり抜いて造られた……いや、樹をそのまま建物として作り変えた市庁舎の会議室。ピャンスク市の市長や市役所の職員に加え、地元の冒険者ギルドや管理局の職員、更にはガノンバルド出没の噂を聞きつけた冒険者ノマドや報道陣で、普段は記者会見に使っている会議室の中はごった返していた。


 ガノンバルド―――”征服竜”とも呼ばれる、聖イーランド帝国原産の大型飛竜。特定の縄張りを持たず、各地を転々と移動しながら、立ち塞がる他の生物全てを攻撃対象と見做し襲い掛かる危険生物。


 永いベラシアの歴史上、ガノンバルドの襲撃を受けた事例は今回が初めてではない。過去には130m級のガノンバルドが、ベラシア随一の大都市であるミリアンスクまで侵攻した事もあり、当時は帝国騎士団や憲兵隊、更には緊急依頼に応じて参集した冒険者たちの多大な犠牲を払い、辛うじて討伐に成功したのである。


 今回、ピャンスク郊外に出没したガノンバルドは全長76m―――現代では『ミリアンスクの惨劇』と呼ばれている130m級ガノンバルド襲撃と比較すれば状況はまだマシな方であるが、しかし即座に帝国騎士団と憲兵の大部隊を動員できるミリアンスクとは異なり、ピャンスクは地方都市でしかなく、動員をかけられる戦力にも限りがある。


 だからこそ、管理局を通して討伐依頼を出し、冒険者の力も借りて討伐、最低でも撃退し進路変更を強いるという方針となったのである。


「えー、皆さんご存じの通り、かの征服竜ガノンバルドがピャンスク市街地を襲撃しました。我らが憲兵隊の決死の反撃により撃退する事が出来ましたが、しかしいつまた襲ってくるかも分かりません。そこでガノンバルド討伐に、冒険者の皆様の力をお貸ししていただきたく、本日は参集していただいた次第です」


 市長による短い状況説明の後、会場の空気は一気に重くなった。


 征服竜ガノンバルド―――その危険度は、熟練の冒険者たちもよく知っている。


 自分以外は全て敵と認識する、極めて危険度の高い飛竜。それは同種も例外ではなく、自分以外の個体を発見するとそれが同性だろうと異性だろうと構わず襲い掛かるとされている。この特性を持つが故に繁殖方法は現在に至っても不明であり、調査に出た冒険者たちが無事に生きて帰ってきた試しはない。


「それでは質問時間を設けます。状況について質問のある方は手を挙げ―――」


 司会者が質疑応答に移る旨を伝えようと、マイクに向かって言ったその時だった。


 会議室の入り口を押し固めるかの如く集まっていた報道陣の人混みをかき分けるようにして、帝国騎士団の制服に身を包んだ隊員が会議室へとやってきた。何事か、と会議に出席していた騎士団の大尉が声を荒げると、会議室へと飛び込んできた帝国騎士団の観測員―――マイヤー・ペテルスキー伍長は「会議中失礼します!」と大きな声で告げる。


「第六観測所所属のマイヤー・ペテルスキー伍長であります!」


「ぺテルスキー伍長、何事かね? 今はガノンバルドの討伐について会議を―――」


「はっ、それが……ノマドの冒険者ギルドがガノンバルドへの攻撃を開始した模様です!!」


 その報告に、会議室の中はざわついた。


 冒険者ギルドが独断でガノンバルドへの攻撃を敢行した―――何者かによる直接契約でも受けたのか、それとも密漁目的による襲撃か。いずれにせよ、せっかくヴァラドノ平原まで後退し、大人しく眠るか餌を食べて体力回復を図ろうとしていたガノンバルドに余計な事を、というのが、市長や騎士団の指揮官たちの本音であった。


 確実に勝てるというのであればまだ良い。そのまま撃破してもらえれば、その冒険者ギルドはガノンバルドの素材を手に入れる権利を得ることができるし、ピャンスク市としても最大級の脅威が排除され、互いの利害は一致する。


 しかし、たった1つの冒険者ギルドだけで勝てる相手ではない。


 相手はあの征服竜ガノンバルド。ミリアンスクを襲撃した130m級と比較すると小ぶりな個体だが、しかしその危険度は本来Bランクの冒険者でなければ討伐依頼の受注を許されないレベルであり、小ぶりであっても危険な魔物である事に変わりはないのだ。


「どこの馬鹿だ、そいつらは!?」


「エンブレムは血盟旅団と一致しました。おそらくは……」


「血盟旅団?」


「何だそいつらは」


「聞いた事もない」


 どうせ新興ギルドだろう、と指揮官は腕を組みながら思った。


 冒険者界隈では珍しい事ではないのだ。意気揚々と冒険者ギルドの旗揚げをし、身の丈に合わぬ仕事で命を落とすか、序列上位のギルドと鎬を削る事も出来ずに中間層で停滞してしまう連中が。


 消えていくか、中間で立ち止まるか。


 その血盟旅団もいずれ消えゆく新興ギルド(ルーキー)なのであろう―――誰もがそう思ったその時、会議に招待されていた冒険者ノマドの1人が声を上げた。


「俺、知ってるぞ。その血盟旅団って連中」


「やべえ奴らなのか?」


「イライナ地方から来た連中だ。海賊共ワリャーグを殲滅して、アルミヤ半島を奪還した新興ギルドだよ!」


 偶然彼らを知っていた冒険者ノマドの言葉に、会議室内の誰もがざわついた。


 海賊であるワリャーグの手に落ちた半島、アルミヤ半島。


 帝国上層部が、アルミヤ半島の面する黒海の守りを軽視し戦力を多方面に引き抜いた事により、奪還は絶望的とされていた”見放された地”―――そのアルミヤを解放した冒険者ギルドが、単独でガノンバルドと戦っているというのである。


「馬鹿な、ワリャーグってあの……」


「ああ、キャプテン・ウルギンの一味だ」


「ウルギンをやったってのか? そいつらが?」


「それなら聞いたことがある……頭目の名は確か―――そうだ、ミカエルだよ。”雷獣ライジュウのミカエル”」


「しかも異名付き(ネームド)? 新興ギルドで?」


 ざわつき始めた会議室の中、市長は腕を組みながら目を細めた。


 彼らに賭けるべきか、それとも手を尽くすべきか。


 こうして会議に時間を費やしている間も、彼らは戦っている―――。













「雨、か」


 ぽつぽつと頬を濡らす雨水を拭い去りながら、ふと頭上を見上げた。


 あんなにも晴れていた空模様はどこへやら。いつの間にか忍び寄ってきた雨雲が空を覆い尽くして、鈍色の天蓋を形作っている。こりゃあ酷くなりそうだ。下手したら雷雨になるかもしれない。


 顔をしかめながら踵を返し、仲間の元へと戻った。エンジンをかけたまま停車しているT-14Rの傍らに戻るべく歩くと、ブーツの下からぐちゃぐちゃと泥を攪拌するイヤーな音が聞こえてきて、ブーツがどんどん重くなるのを感じる。


 ベラシアの大地は、イライナの大地程ではないが肥沃であり、農業に適している場所である。特にジャガイモの栽培が盛んで、ベラシア人の主食はジャガイモと言われる事すらある。


 そして同時に、春になると足元が泥濘に覆われるという特徴も一致している。


『これさぁ、後半戦でスタックしたりしねえよな』


 T-14Rの車内で、戦車と接続されたパヴェルが不安そうに言った。今の彼は脊髄と四肢を戦車に接続しているから、もし擱座なんてしてしまったら脱出する手段は(たぶん)ない。


 戦車の車体、正面装甲に寄り掛かりながら空を見上げていると、クラリスがドライフルーツの入った缶を持ってきてくれた。


「さあ、ご主人様。腹が減っては戦は出来ませんわよ」


 ぐう、とクラリスのお腹も鳴っている。


 ありがたく缶を受け取り、中身を掴んでから口へと放り込んだ。オレンジやリンゴ、ブドウなどのフルーツの優しい甘みが、噛めば噛むほど身体中に広がっていくような気がして、先ほどまで両肩に圧し掛かっていた疲労感が薄れていくのが分かった。


 まあ、確かに腹が減っていては戦はできない。


 ある程度食べてから、缶をクラリスに返した。彼女の方が、俺よりもうんと食べるだろうから。


 缶を受け取った彼女はと言うと、缶を持ち上げて口の前で傾け、どざー、と中身を全部口の中に流し込んだ。ミカエル君の見間違いだろうか、一緒に入っていた乾燥剤まで口の中に放り込んでいたように見えたんだが?


 もっちゃもっちゃと咀嚼してから飲み込むクラリス。いやあの、乾燥剤……。


 ……よ、良い子はマネしちゃだめだぞ! 


「にしても、なかなか打たれ強い竜ネ。骨折れるヨ」


「……リーファ、ミサイルあと何発あったっけ」


「次が最後の1発ヨ、ダンチョさん」


 ちらりとTOWのランチャーに視線を向けた。


 残る対戦車ミサイルはあと1発―――装填してある分で、最後だ。


「パヴェル、残弾は?」


『APFSDSが8発……すまん、ガノンバルド戦しか想定してなくてな、砲弾はこれだけだ』


 随分弾数少ないんだなとは思ったが、152mm砲ともなればこれくらい搭載可能弾数は減るものなのだろう。大型の主砲を搭載するならば、それで使用する砲弾の収納スペースも確保しなければならない。しかしそうなると表面積の増大に繋がってしまい、被弾のリスクが高くなってしまうので、そうなると搭載弾数というのは切り捨てられやすくなる。


 対戦車用の徹甲弾が8発、対戦車ミサイルが1発。


 対戦車地雷は使い果たし、対戦車手榴弾は8つ……俺が2個、リーファとクラリスが3個ずつ所持している。


 メニュー画面を召喚し、生産済みの兵器の中からRPG-7をタッチ。背中にずっしりとした重みが生じたかと思いきや、ソ連製の対戦車擲弾発射機が、対戦車榴弾を装着した状態で姿を現していた。


 まずそれをクラリスに手渡し、予備の弾頭をプラス3発支給。リーファにも同じく、RPG-7本体と弾頭を合計4発渡し、最後は自分の分を用意する。


 対戦車兵器といえばRPGをイメージする人も多いかもしれないが、今となってはコイツですら対戦車攻撃に用いるには火力不足とされている(とはいえ脅威である事に変わりはない)。TOWと比較すると威力は落ちるし、射程距離も命中精度も劣ってしまうが、しかし無いよりはマシだ。


『―――来やがった』


 ゆっくりと旋回しながら周囲を索敵していたパヴェルのT-14Rが、ヴァラドノ平原の東側を睨んだ状態でぴたりと止まった。


 カッ、と雨雲の中から蒼く輝く閃光が、薄暗くなりつつあった大地を照らし出した。


 泥濘に覆われつつあるベラシアの大地。どこまでも続く平原の向こうから、傷だらけの巨大な傷だらけの飛竜が迫り来る。


 黒曜石を彷彿とさせる、黒く、深く、艶のある外殻。その繋ぎ目からはまるで、赤々と燃え盛る溶鉱炉のような煌めきが漏れ出ている。それは単なる発光現象などではなく、実際に熱を伴っているようで、ガノンバルドの巨体に落下した雨粒が音を立てて瞬時に蒸発、漆黒の巨体の周囲にうっすらと蒸気の層を形成していた。


 残った右の眼が、ぎらりと紅い光を放つ。


『ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!』


「逃がす気はないみたいですわね」


「こりゃあ惚れられたか」


「人気者は辛いネ」


 軽口を叩きながらもRPG-7を背負い、腰のホルダーに予備の対戦車榴弾を押し込みつつ、観測用の潜望鏡を持って走り出した。リーファもTOWのランチャー(だからそれ重いって)をバズーカの如く肩に担ぎ、俺の移動に合わせて射撃位置に向かって移動を始める。


 クラリスもRPG-7を構えて対飛竜戦闘に入ったのを見るや、パヴェルのT-14Rも旋回を始めた。排気ノズルから灰色のガスを噴出、履帯を回転させて車体を旋回させると、一番槍の栄誉は我のものぞと言わんばかりにガノンバルド目掛けて前進を始める。


『各員へ、奴も手負いだ。一気に決めるぞ』


「了解だ」


 かかってきやがれ、ガノンバルド。


 生きるか死ぬかの戦いだ―――食物連鎖の頂点、そこに君臨するに相応しいのは誰か?


 ここで決着をつけよう。













「―――いっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 おそらく300dBはあろうかというほどの絶叫が、レンタルホームに停車する列車の中に響き渡った。


 乙女が発するにしてはあまりにも禍々しすぎる絶叫。思わず意識が飛びそうになるのを何とか堪えながら、シスター・イルゼは目を瞑って魔力の放出を継続する。


 列車の寝室、イルゼとモニカの部屋にある二段ベッドの下に寝かされたモニカの暴れようは凄まじかった。さながら釣り上げられたばかりの魚の如く暴れ回る彼女であったが、無理もない話である。


 生死の境を彷徨い、何とか生き延びたモニカ。意識が朦朧としていたおかげで痛みを感じる事は無かったのだろうが、しかしシスター・イルゼの発動した治療魔術によって意識も回復し始めたところに、治りかけの傷口が発する激痛が牙を向いたのである。


 ミカエルの読み通り、モニカは右脇腹周囲の肋骨と内臓を大きく損傷していた。さすがに内臓が破裂するほどではないものの、その寸前まで圧迫された内臓の一部は深刻なダメージを受けていたし、それに追い打ちをかけるかの如く折れた肋骨が内臓に刺さっていたのである。


 よく一命を取り留めたものだとシスター・イルゼは思う。これだけの傷を負っていれば、列車に戻って来る前に命を落としていてもおかしくはあるまい。それでも生き延びたという事は、死神を欺く事に成功したか、あるいは神に愛されているのか―――いずれにせよ、モニカの幸運には目を見張るばかりであった。


「OK、OK! 治った、治ったから!」


 そう言いながら飛び起き、傍らにあったエリクサーの錠剤をだばーっと口の中へ流し込むモニカ。風邪薬のように飲み込めば済むそれをぼりぼりと咀嚼し、そのまま飲み込んだ彼女の腹の中で、何かがもぞもぞと動いているのが外からでも分かった。折れた肋骨が元の場所へと戻っていっているのだ。


「はぁー……助かったわイルゼ、ありがと」


「いえいえ、礼には及びません」


「それじゃ、行きましょうか」


「……えっ?」


 予想外の言葉に、イルゼは目を丸くした。


「何してるの、ミカたちの援護に戻るわよ」


「いや、あの……でもあなた怪我人じゃあ……?」


「治ったわ!」


 ふふん、と誇らしげに胸を張りながら上着を少しめくり上げ、右の脇腹を見せつけるモニカ。すらりとしたお腹は見るからに健康そうではある。


「おチビ、機甲鎧パワードメイルで動かせる機体ある?」


「チビって言うな!」


「はいはい、分かったわよ。で、ルカ。機体は?」


 たまたま客車の通路を通りかかったルカの髪をわしゃわしゃと撫で回しながら問いかけるモニカ。やられているルカはまんざらでもなさそうな表情を浮かべながら正直に答える。


「さ、3号機はミカ姉の機体の修理でパーツ分解バラしてるから無理だよ。4号機しか……」


 ミカエル用の初号機は、彼の小柄な体格に合わせて独特な操縦機構を組み込んだ機体である。それ故に実質的なミカエル専用機となっており、他のメンバーも乗れない事はないが、座席に座るだけでコクピットの中は精一杯。両腕を動かす余裕すらない。


 そして残った4号機はそもそも戦闘用ではなく、列車の修理や改造、そして廃品回収スカベンジングなどで使用するための作業用の機体だ。装甲は無く、武装も搭載されておらず、戦闘用のソフトウェアもインストールされていない。


 しかしながら、独自設計となった下半身を除けば他のパーツの規格は戦闘用の機体と変わらない―――パヴェルが以前に行った説明を覚えていたモニカの頭の中で、キラリとアイデアが光を放つ。


「ルカ、4号機の作業用アーム全部外して」


「え?」


「ハードポイントの規格は共通でしょ? そこにありったけのミサイルやらロケットやら搭載して、簡易的な戦闘用ソフトウェアもインストールしてちょうだい。何分でやれる?」


「ふぇぇ!? い、いや、でもあれ戦闘用じゃないし……」


「いいからやって、何分で出来る?」


「い、1時間は……」


「30分で済ませたらおねーさんがなでなでしてあげる」


「ひゃい! やりまひゅ!!」


 ぴゅーん、と格納庫の方へ走っていくルカをニヤニヤしながら見送るモニカ。その後ろでは強引なやり方に苦笑いするイルゼが、困ったように腕を組んでいた。


 しかし、確かに正論ではある。パーティーメンバーが2人も離脱した今、戦場に残っている仲間たちは深刻な火力不足に喘いでいる筈だ。今すぐにありったけの武装を搭載し、戻って援護する以外の選択肢はない。


(待ってなさい、ミカ!)


 助け出された時の事を思い出したのだろうか。


 覚悟を決めるモニカの頬は、まるで恋を知った乙女のようにうっすらと赤かった。




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