フルボッコタイム
ロシアや中国をはじめとする東側諸国では、125mm滑腔砲が主流となっている。
西側諸国の120mm砲(みんな大好き自衛隊の戦車もこれを搭載している)よりも若干口径が大きく、更には大威力の対戦車ミサイルの発射にも対応しているという、攻撃的な装備だ。
かつての共産圏の国家がこんな主砲を開発したのには、戦車の恐竜的進化という理由が挙げられる。
第一次世界大戦で初登場した戦車の任務は、塹壕の突破から、段々と敵陣地の制圧及び敵戦車へとシフトしていった。それに従って戦車同士の戦闘という事例も増えていき、やがては『敵戦車の砲撃に耐え、かつ敵戦車を撃破できる攻撃力』が求められるようになる。
相手が装甲を分厚くすれば、それをぶち抜けるよう主砲は大型化する。そしてこちらが装甲を厚くし防御力を底上げすれば、仮想敵国はより巨大で大威力の主砲を戦車に搭載する。冷戦中はそういったイタチごっこがそれはもう長く続いた。
結局、今のところは120mmと125mmに落ち着いた(それでも一部では140mm砲搭載戦車も見られる)わけであるが、冷戦中、共産主義国家の首領としてアメリカと睨み合っていたソ連は、アメリカの戦車に確実に対抗するためにより強力な主砲の開発に着手していた。
その一つが、このT-14Rの主砲として搭載されている152mm滑腔砲である。
最強の矛たる事を期待して試作された152mm滑腔砲であったが、しかしそれが量産される事無く、歴史の闇に葬られる事となった―――ソ連にはお金が無かったのだ。
やっぱり共産主義は儲からねえのよ。
まあ……俺の”前の職場”は腐るほど金があったから、こういう質の装備を大量生産できたわけだが。
ドムンッ、と腹の底に響く炸裂音を轟かせ、152mm滑腔砲から砲弾が放たれる。装薬によって砲口から飛び出したその砲弾は、瞬く間に空気抵抗に晒されるや、弾体を覆っていたサボットが空気抵抗によって引き剥がされ―――銛を思わせる、鋭利な形状の砲弾が姿を現す。
『APFSDS』―――装弾筒付翼安定徹甲弾と呼ばれる兵器である。
ある意味で、コイツが戦車砲と装甲のイタチごっこに一時停止をかけた存在と言ってもいいかもしれない。
空気抵抗を受けて剥離したサボットから姿を現したAPFSDSが、咆哮するガノンバルドの頭上を飛び越え、翼の付け根の部分を直撃した瞬間を、俺は車外カメラの映像を介して見ていた。黒曜石な外殻の表面で火花が生じ、着弾したAPFSDSの先端部が流体と化す。そのままゴリゴリと強引に外殻を削り、押し退け、めり込んでいったそれは、巨大な飛竜の背中に致命的な傷を負わせてしまう。
『ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!』
苦痛故か、ガノンバルドが咆哮を発した。
そりゃあ痛いだろう。現代の戦車の徹甲弾、それも生半可な装甲では防御が難しいAPFSDSだ。152mmという大口径の試作砲に合わせてサイズアップされているのだから、威力もまた別次元である。
次弾装填、と頭の中で指示を出すと、T-14Rの大型化された砲塔内で自動装填装置が作動を開始した。クレーンアームが砲弾を引っ張り上げ、主砲へと装填していく……その過程が、まるで自分の身体の変化のように、手に取るように分かるのだ。
今やこの戦車は俺の身体そのものだ。俺は兵器と一体になった。
搭乗者の四肢を切断、および機械化し、部品同然に兵器と接続する―――倫理観や人権といった概念に中指を立てるが如き暴挙ではあったが、それが力に繋がる事に変わりはない。
懐かしいもんだ……あの頃の俺は力を求めていた。
仲間と苛酷な世界で生きるために。
そして、妹の復讐のために。
力は良い、良いものだ。
強ければ強いほど相手をぶちのめせるし、周囲にいる他者への抑止力になる。それを無視してなおも挑んでくるアホンダラは見せしめにぶち殺して、周りに己の力を誇示すればいい。
―――な~んて、あの頃は考えていたりもした。
過去の自分が目の前にいたら、きっとこう言うだろう。『随分と腑抜けたものだ』、と。
まあ、そうかもしれない。俺も戦場を離れて久しい。
―――でも。
今ばかりは―――仲間のためには、ガチになっても良い筈だ!
咆哮したガノンバルドが、ガヂン、と牙を鳴らした。微かに火花が散ったかと思いきや、大きく口を開け―――地獄の炎のようなそれを、こちらに向かって放ってくる。
単なるブレスでは……ない。
限界まで圧力をかけた、もはやビームと呼べるレベルの代物だ。高圧、超高速で煉獄そのものが迫ってくる。
右へ身体を傾けるイメージを思い浮かべると、T-14Rはそのイメージを現実にしてくれた。くんっ、と戦車が右へ回避し、そのすぐ左脇を超高圧のブレスが駆け抜けていく。
確かに恐ろしい攻撃だ……だが。
ガノンバルドの攻撃は、強力だが単調なものばかりだ。あの巨躯と圧倒的攻撃力、そして攻撃範囲に目を奪われがちだが、攻撃のモーションをよーく見ていればどの攻撃が来るか見切れるし、巨体故に死角も多い。
頭の中に、高温警告の電子音が鳴り響く。そりゃああんなブレスが脇を掠めたのだ、昔の戦車だったら直撃せずとも掠めるだけで装甲が融解していたかもしれない。
お返しにAPFSDSを発射。胸板に大穴をプレゼントしてやったところで、激痛に悶えるガノンバルドも、”征服者”としての意地を見せた。
『パヴェル!!』
「!」
ぐっ、と左の剛腕を引いたかと思いきや、地面を豪快に抉り―――地中に埋まっていた岩塊を、さながら砲弾のように飛ばしてきたのである。
アンダースローに似たフォームで投擲された岩塊。ちょっとした岩山みたいなサイズで、直径は10mくらいはあるだろうか。あんなもんを片手で放り投げるなんて、一体奴はどんな筋肉をしているのだと畏敬の念を抱きつつ、車体を左へ急旋回させて回避する。
ズンッ、と岩塊が後方に落下する音を置き去りにしつつ、次弾を装填。弾種同じくAPFSDS。
主砲同軸に搭載した14.5mm重機関銃を放ちながらなおも直進、前足を振るうガノンバルドの攻撃をすり抜け、そのまま股の下を通過する。
躊躇せずに全速前身。股の下を通り抜けたところで、奴の尻尾がこちらに狙いを定めてくる。
先端部から杭のような突起が突き出た、随分と太く長い大蛇のような尻尾だった。あの突起は尾骨が発達したものなのだろうか。鋭利な先端部には幾重にも傷が刻まれていて、この個体があらゆる激戦を制してきた強者である事を告げている。
なるほど、相手にとって不足なし。
ブレーキをかけつつ急旋回、地上でドリフトをかましながら、突き出された尻尾の一撃を紙一重で回避する。
砲塔のすぐ左脇にあった煙幕用の擲弾発射機を持って行かれたが、それだけだ。武器が1つ減っただけ、掠り傷に変わりはない。
152mm滑腔砲が吼え、APFSDSが背中に突き立てられる。
黒曜石みたいな外殻が弾け、血肉と外殻の破片が飛び散った。
『ゴアァァァァァァァァァァァ!!』
「中指でも立ててやりたい気分だ」
車内に持ち込んだラジオからは、相変わらずジャズが流れている。ピアノの流麗な、しかし速い旋律に、トランペットの情熱的で荒々しい音色が絡み合う。
やはりジャズは良い……戦闘中に聴くにはこれがベストだ。
前進から後進に切り替えて退避、うっとりしてる場合じゃない。大地に新たな轍を刻みながら後退したすぐ目の前を、ごう、とガノンバルドの尻尾が薙ぎ払っていった。後進が少しでも遅れていたら、砲塔から上をもぎ取られていたかもしれない。
何ともまあ無謀なスリルに背骨の凍る思いをしながらも、俺はニヤリと笑った。
俺に夢中になるのもいいが―――お前、俺に仲間がいるって忘れてねえ?
胸中で指摘した直後、こちらを振り向かんとするガノンバルドの左側頭部を、どこかから飛来したTOWが思い切り殴りつけていった。
「撃て撃て、ありったけの火力を叩き込め!」
双眼鏡で着弾を告げた俺の隣で、TOWのランチャーに次弾を装填するクラリス。ガゴン、と次のミサイルが装填されるや、今度は別の方角から飛来したミサイルが、ガノンバルドの横腹を思い切り突き上げた。
泣きっ面に蜂ならぬ、泣きっ面にTOWとかいう笑えない状況。メタルジェットで外殻を射抜かれ、地雷を踏み抜いて爆発に突き上げられ、砲撃で前足の1本を引き千切られた挙句、矢継ぎ早に放たれるTOWで袋叩きにされているのだ、プライドの高い飛竜ならばこんなワンサイドゲームに怒り狂うのも当然であろう。
天に向かって咆哮したガノンバルド。外殻の繋ぎ目がまるで燻るかのように紅く発光したかと思いきや、ガヂンッ、と再び勢いよく口を閉じ、鉱石に似た成分の牙を鳴らす。
ブレスが来る、と思って肝を冷やしたが、その動作の違いに俺は困惑した。
先ほどまでは縦に薙ぎ払うようなコースでブレスを吐くか、限界まで加圧したビームみたいなブレスを吐き出していた。筋肉の隆起具合から見ておそらく今回もビームみたいなブレスなのだろうが―――。
「なっ……!?」
「横薙ぎ―――」
首を大きく横に振り、右から左へと薙ぎ払う軌道でブレスを放ってきたのである。
クラリスの手を引き、咄嗟に身を屈めた。ギュンッ、と頭のすぐ上を熱線が通過していき、背中に燃えているかのような熱さが生じる。背中が発火してないか心配になったが、幸いな事に今の一撃でハクビシンの丸焼きになったわけではないらしい。
「クラリス、無事か!?」
「ええ、何とか!」
「移動するぞ! イルゼ、リーファ、援護を!」
『了解ヨ!!』
ヴェロキラプター6×6の荷台の上に据え付けられたTOWにミサイルを装填しながら答えるリーファ。俺たちに今まさに飛びかかろうとしているガノンバルドの左肩にミサイルを叩き込むや、シスター・イルゼの巧みなハンドル捌きでヴェロキラプター6×6がガノンバルドから距離を取っていく。
が、一度狙いを定めた相手以外に興味はないのか、それとも先ほどの一撃がよほど腹に据えかねていたのか、狙いを俺たちから変えるつもりはないらしい。
ならば、と右手を腰のポーチへと伸ばし、中から突き出ていた柄を掴んだ。そのまま、ポーチに収まりきらない程の大きさの代物を外へと引っ張り出す。
オリーブドラブのポーチから出てきたのは、同じくオリーブドラブに塗装された物体だった。一見すると棍棒とかメイスの類に見えるが、これはれっきとした手榴弾の一種である。
その中でも最大級の代物―――対戦車手榴弾、『RKG-3EM』だ。
ソ連が対戦車戦闘用に開発した大型手榴弾である。確かに昔は手榴弾でも戦車を破壊できる可能性はあり、そういった用途の手榴弾も盛んに開発されていた(日本も例外ではない)が、しかし『兵士が手で持って投げる』という兵器の性質上、装甲の分厚い戦車の装甲をぶち抜くには弾頭の大型化が避けられず、やがては兵士が投擲するのも難しい重さに達する事が目に見えていた事に加え、ロケットランチャーなどの対戦車兵器が発達していた事から廃れたカテゴリーの兵器である。
今では紛争地域で目にする程度だろうか。
主力戦車と奴の外殻、どちらが頑丈か試してみるのもまた一興というもの。
安全ピンを引き抜き、思い切り投げつけた。
回転しながら飛んでいったRKG-3EM。やがて弾頭部から柄が外れたかと思いきや、中から現れたドラッグシュートが展開して、回転していた弾頭を安定させていく。
でっかい缶詰みたいな形の弾頭は、ティラノサウルスみたいなガノンバルドの脳天を直撃。信管が作動し、頭のすぐ上で爆発を引き起こす。
『ゴウッ―――』
対戦車ミサイル程の威力はないとはいえ、多少は効いたらしい。
一瞬だけ動きが止まったその隙を、俺たちの仲間は見逃さない。
『隙あり!!』
モニカの元気な声が無線機から聞こえてきたかと思いきや、ヒュン、と風を切る音と共に飛来した1発のミサイルが、怯んでいたガノンバルドの側頭部を、まるで大槌でフルスイングするかの如く思い切り殴打した。頭を大きく揺らし、呻き声を漏らしながら体勢を崩すガノンバルド。
こうも立て続けに頭を攻撃されれば、さすがに脳震盪も起こすのだろう。平衡感覚が狂ってしまったかのように、ガノンバルドの巨体がふらつき始める。
『今ヨ!』
『りょーかい!』
ミサイルの再装填を終えたリーファにも促され、小高い丘の影からミサイルを発射していたモニカの機甲鎧も動き始めた。両手でしっかりと保持した九九式20mm機銃を連射、ガノンバルドの巨体に20mm弾を叩き込んでいく。
今回は炸裂弾ではなく、標的の外殻を貫通する事を期待して徹甲弾を装填している。が、20mm徹甲弾の掃射を以てしても、ガノンバルドの外殻を撃ち抜くには至らない。直撃した砲弾たちは虚しく火花を散らすのみだが、しかしそれも決して無意味ではない。
表面でこうして攻撃を弾いているように見えても、その外殻の内側では受けた衝撃で内部剥離を引き起こし、外殻の内側にある筋肉繊維を傷付ける可能性があるからだ。
もちろんこれは機甲鎧が被弾した場合でも起こり得る現象なので、血盟旅団の機体は全て装甲の内側に剥離した破片を受け止めるためのケブラー製の装甲を搭載している。
今まさにその現象が起こっているのか、ただ単に20mm弾の攻撃が煩わしいだけなのか、ガノンバルドが吼えながら滅茶苦茶に暴れ回り始めた。剛腕で地面を抉り、土の塊や岩塊をショットガンのように撒き散らし、先端部に杭のような突起を持つ尻尾を縦横無尽に振り回す。
その鞭のように振るわれた尻尾の先端が、モニカの機甲鎧を捉えた。
『あっ……』
何とも短く、呆気の無いモニカの声。
しかしその声は、装甲のひしゃげる音を最後に、ノイズに取って代わられる。
いやいやまさか、と視線を彼女の方へと向け、絶句した。
彼女が―――モニカが、そんな。
しかし死神は、どうやらモニカが気に入ったらしい。
視線の先には、モニカの機体があった。
いや―――モニカの機体”だったもの”があった。
正面装甲が大きく変形し、装甲のいたるところが剥がれ、スパークを散らした状態で大破した1機の機甲鎧。
それは間違いなく、彼女の機体だった。
モニカの機体だった。
「―――モニカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




