ガノンバルド討伐作戦
「ミカ、悪いがちょいと手伝ってくれ」
パヴェルに呼ばれ、T-14の車体の上へとよじ登った。ベラシアの植生に合わせたのだろう、モスグリーン、ダークグリーン、ブラウンの3色のデジタル迷彩(ゲームのドットみたいな模様だ)で塗装されたT-14の操縦席を覗き込むと、迷彩模様の短パンと黒いタンクトップ姿になったパヴェルがそこにいた。
彼のうなじの部分には、コネクタが3つ並んだ状態で埋め込まれている。T-14Rと呼んでいたこの改造型戦車の中にある座席には、彼が座ればちょうどうなじの位置に来るように、鋭利な形状のプラグが突き出ている。
まさかアレに接続するのかと思った瞬間、ウォッカの酒瓶の中身を飲み干したパヴェルは微かに顔を赤く染めながら(飲みすぎだバカ)座席に勢いよく腰を下ろした。プラグがコネクタの中へとぶっ刺さり、パヴェルは身体を震わせながら呻き声をあげる。
「っぁ゛あ゛ぃ……キくねえこの感触」
痛いのか、それとも気持ちいいのか―――まあ、多分前者だろう。
それにしても、変わった戦車だった。操縦者と兵器を接続して操縦する兵器なんて、SFの世界でしか存在しないと思ってたものだから、パヴェルがいきなりこんな兵器を持ち出したのは驚きだ。
シートで身体を固定した彼は、手慣れた様子で義足を外し始めた。工具無しで外せる構造になっているようで、僅か数秒で義足はあっさりとパヴェルの肉体から切り離されてしまう。
露になった断面にはやはり、プラグを差し込むためのコネクタがあった。
それを足元のプラグに接続していくパヴェル。両足まで戦車と一体になったところで、続けて左腕を彼は外した。
「……どうだ、醜いか?」
自嘲気味に言う彼に、俺は首を横に振った。
醜くなんかあるものか、と。
彼は元々兵士だったのだという。手足を失った経緯は定かじゃない(というか、この手の詮索はマナー違反である)が、大切なもののために戦って、傷ついて帰ってきた兵士たちが醜くなんかあるものか。
「アンタだって、大切なもののために命賭けたんだろ。それのどこが醜いってんだ」
「ハッ、嬉しい事言ってくれるねぇ」
左腕もコネクタに接続したところで、彼はラジオを手に取った。スイッチを入れてチャンネルを回し、音楽が流れている局を探し始める。
どうやらパヴェルはジャズがお気に入りらしい。トランペットの荒々しい演奏がラジオから流れ始めると、彼は笑いながら「やっぱり戦闘前はこうじゃなくちゃな」と言った。
「悪い、右腕外してくれ。ここを押してロック外しながら……そうそう」
彼の言う通りに義手を外すと、やはり同じくコネクタの埋め込まれた断面が顔を出した。パヴェルはそれを右側にあるコネクタに差し込むと、ふう、と息を吐きながらシートに背中を深く預ける。
次の瞬間だった。キーを回したわけでもなく、エンジン始動スイッチを押したわけでもないのに、格納庫の中で眠りについていたT-14Rのエンジンが唸りを上げたのは。
暗い操縦席の中、モニターに光が燈り―――未知の言語がそこに表示される。
英語のアルファベットに、キリル文字を散りばめたような異国の言語。おそらくはクラリスの母語なのだろう。
前から薄々思っている事だが、パヴェルとクラリスはおそらく無関係ではない。パヴェルはクラリスの何かを知っているのではないか―――そう思わずにはいられない。
だが、今それは重要じゃない。俺たちがやるべきなのは一刻も早くガノンバルドを討伐して、ピャンスクの街に平穏を取り戻す事だ。海の向こうからやってきた侵略者に鉄槌を下し、ベラシアの大地を守るのだ。
サンキュ、と言った彼にウインクを返し、操縦席から出てハッチを閉じた。
カスタム済みのAK-101を背負い、ヴェロキラプター6×6の助手席に乗り込む。荷台には既に九九式20mm機銃……ではなく、武装がTOWのランチャーに換装されていた。
通用しない事はないが、九九式20mm機銃では威力不足と判断されたのだろう。
シートベルトを締めつつ、ガノンバルドと一足先に交戦したパヴェルから提供してもらった情報を頭の中に整理する。
征服竜ガノンバルドは、聖イーランド帝国原産の竜だ。”征服者”の異名もあり、特定の縄張りを持たずに各地を転々と移動する習性がある。
それでいて性格は非常に獰猛で、自分以外の動く者は全て敵、あるいは捕食対象と認識するらしい。もちろんそれは同種も同じで、相手が自分と同族であっても躊躇なく襲い掛かっていくのだとか。繁殖とかどうやってるんだろうか。
無論、そんな強力な竜を手なずければ軍事力UPだと見込んだ学者が調教を試みたそうだが、成功例は今のところ1つもないらしい。そもそも巣から卵を盗み出すのも一苦労だし、運よく卵を持ち帰ったとしても孵化した幼体も既に凶暴で、生後間もない状態でありながら調教師2名と警備兵3名を食い殺したという恐ろしい記録が存在する。
食性はもちろん肉食。あれだけ身体が大きいのだから、それを動かすためのエネルギーもまた莫大なのだろう。個体差にもよるが、1日に少なくとも300~500㎏の肉を食べるのだそうだ。
体重はそもそも捕獲した例がないので測定不能、体長は幼体で平均2m、成長すると80m半ばほどまでのサイズになる。過去にはベラシアの首都ミリアンスクを、130m級のガノンバルドが襲撃した事もあるらしく、それと比較すれば今回の相手となる個体は随分と小型という事になる。
主な攻撃方法は突進、尻尾を使った刺突に薙ぎ払い、剛腕を用いた攻撃、噛み付き攻撃、そしてブレス。
オーソドックスだが、個体によっては地面を抉って飛ばしてきたとか、倒木を棍棒みたいに振り回してきたという記録もあるようで、知能は高い部類に入るだろう。
特徴的なのがブレス攻撃なのだそうだ。
一般的に、竜のブレスは火炎放射器のようなメカニズムとなっている。体内にある臓器から可燃性の液体を分泌、それを肺から吐き出される空気と混合させつつ圧力をかけて口から放射、それに口内の発火器官で生み出した火種を使って点火して、あのブレス攻撃を繰り出すのである。
ガノンバルドもそれに倣うようだが、着火のメカニズムが異なる。
飛竜ズミールは口内に着火用の器官を持つが、ガノンバルドは違う。
鉱石の成分を含んだ歯を勢いよく擦り付ける事で火花を生み出し、ブレスに着火するのだそうだ。火打石のようなものなのだろうか。
攻撃の際にはガヂンッ、と金属音のような音がするらしいので、それでブレス攻撃を察知できる。
さて、肝心な防御力だが……対戦車兵器であれば通用する、との事だ。
だからヴェロキラプター6×6の荷台にはTOWを積んでいるし、それ以外にも対戦車地雷やC4爆弾、後はパヴェルが用意してくれた即席の爆発物……いわゆる”IED”も多数用意してある。
モニカの乗る機甲鎧の2号機が、ウェポンラックから九九式20mm機銃を拾い上げた。彼女の機体の右肩には20mm機銃用の45発入りドラムマガジン、それ専用のマガジンラックが搭載されており、左肩にはTOWの4連装ランチャーがある。
他にも腰のパイロンには対戦車手榴弾や対戦車地雷など、対戦車兵器がこれでもかというほど搭載されていた。
今回の作戦には、血盟旅団のメンバーほぼ全員が出撃する事になる。だから列車には、ルカとノンナの2人しか残らない。
それは安全の面から考えて大丈夫なのか、とさっきパヴェルに問いかけたのだが、本人曰く「知り合いに警備を頼んだから大丈夫だ」との事だ。
知り合いって誰の事だろうか。いつも資金洗浄に協力してくれているという、取引相手の事だろうか。
それが何にせよ、背中を気にせず戦えるというのはありがたいものである。
しかし―――パヴェルもまた、何か大きな組織との繋がりがあるという事が、これではっきりした。
例の”組織”とも違う、別の組織。
どいつもこいつも訳あり、か。
まあいい、俺はやることをやるだけだ。
制御室でルカがレバーを操作、格納庫の最後端にあるハッチが解放され、真っ先にパヴェルの操るT-14Rが躍り出る。排気ノズルから排気ガスを放出したかと思いきや、彼の乗るT-14Rはあっという間に加速していった。
戦車で線路のレールの上に降りて大丈夫か、とは思ったが……どういうわけか、線路のレールは無傷だった。
どういうことか。あの戦車はそれほど重くない、とでも?
通常型のT-14の砲塔を換装し、更に武装を追加したモンスターみたいな戦車が……原型となった戦車よりも軽い?
装甲を削った様子はなかったよな、と思いながら、ルカに向かって親指を立てた。
続けてヴェロキラプター6×6が外に出る。アメリカ製のピックアップトラックらしい、荒々しいエンジン音とパワフルな加速で、一足先に出撃したT-14Rにあっという間に追い付いた。
遅れてモニカの操縦する機甲鎧も合流、驀進するパヴェルの戦車の車体後部、砲塔の後ろによじ登り、呑気にこっちに手を振ってやがる。
苦笑いしながら手を振り返し、スマホを開いた。
画面にはマップデータが表示されており、ガノンバルドの逃走ルートと奴の現在地が表示されている。戦闘後、パヴェルの飛ばした偵察用ドローンによって発見されたものだ。
ガノンバルドはピャンスク市街地から西に70㎞進んだ先にある”ヴァラドノ平原”に居る。そこで休眠と食事を摂り、傷を癒してから再度ピャンスクへと侵攻するつもりだろう。
なぜそうも執拗にピャンスクを目指してくるのかは分からない……奴に特定の地域を徘徊するという習性があるというのは分かっているが、進路上にあるというだけでピャンスクを執拗に狙うものか?
まあいい―――答えはすぐに分かる。
「シスター、運転は任せますわ」
「了解です」
一旦車を停め、運転をシスター・イルゼとバトンタッチするクラリス。彼女に合わせて俺もシートベルトを外してから助手席を降り、荷台の上によじ登る。
荷台に積み込まれていたTOWのランチャー(据え付けてあるTOWとは別に持ち込んだものだ)を担ぐクラリス。彼女と一緒に予備のミサイルと観測用の潜望鏡、それから大量の対戦車手榴弾の入ったバックパックを背負ってから、荷台の上から飛び降りた。
俺たちが荷台から降りたのを確認し、車を走らせていくシスター・イルゼ。ヴェロキラプター6×6のテールランプが徐々に小さくなっていくのを見送り、俺はクラリスと一緒になるべく気配を消しながら平原を歩いた。
天は俺たちに味方してくれているらしい。ガノンバルドが潜伏しているであろう地点から見て、俺たちの侵入ルートは完全に風下だった。これならば竜の嗅覚がいかに鋭くても、臭いによる索敵は意味をなさない。
余程のドジをするか、天の気が変わって風向きが逆にならない限り、こちらの接近は探知されないというわけだ。
ヴァラドノ平原は視界が良い。既にここからでも、平原のど真ん中で何かを食べているガノンバルドの巨体が見える。
この辺で良いだろう、とクラリスにハンドサインを出し、ここにTOWランチャーを設置してもらう。彼女が後ろでランチャーの設置作業をやっている間に、俺は持ってきた潜望鏡を伸ばして(これ双眼鏡でも良かったな)それを覗き込んだ。
ズームアップしていくと、そこには黒曜石のような質感の外殻で全身を覆われた、6本足の異形の竜の後ろ姿が見えた。折り畳まれた翼らしきものがあるのが分かるが、体格に対して翼があまりにも小さすぎる。一応は飛竜の仲間とされているガノンバルドだが、あれでは飛行は無理だろう。せいぜい、滑空中の安定翼として機能する程度なのかもしれない。
後ろ足2本と前足4本という、自然界ではあまり類を見ない身体をしていた。前足4本のうち、身体の真ん中から生えている2本は特に筋力が発達しているようで、後ろ足の3倍くらいは太い。もちろん指先には鋭い爪が生えていて、あんなものを振り回されたら戦車なんか簡単にひっくり返りそうだ。
どうやら今は食事中らしく、こっちに背を向けている奴の向こうには、餌食になったと思われる飛竜の死骸が転がっている。
「シスター、そっちは?」
『こちらは位置につきました』
「了解。モニカ、地雷の敷設はどうか?」
『こっちも準備OK、C4もIEDも設置したわ』
「了解した。パヴェル、状況知らせ」
『……こちらは予定通りの位置で待機中。あとはそっち次第だ』
「了解……派手にやるぞ」
潜望鏡に内蔵されているレンジファインダーでガノンバルドとの距離を計測。レティクルの右上に2.3㎞と表示されたのを確認し、仲間に指示を出す。
「攻撃用意……目標、征服竜ガノンバルド。距離2300、同時弾着」
ピャンスク市街地での交戦で、奴にTOWは一定の効果があったという。この一撃も奴には通用するだろうが、しかしこの程度で倒れる相手とは思えない。
こちらの存在を探知したら、すぐにでも距離を詰めてくるだろう……全長76mの飛竜だ、歩幅の関係もあってあっという間に距離を詰められるだろう。最初の攻撃後、どれだけ素早く離脱できるか。最初の関門はそこだ。
上手くやってやるさ、と腹を括り、命令を下した。
「発射!」




