新兵器
「一体何があった?」
格納庫で機甲鎧のエンジンを切り、コクピットのハッチを解放して外に出るなり、俺は出迎えてくれたパヴェルに真っ先に問いかけた。
飛竜討伐を終え、機体を一旦列車に格納してから報酬を受け取りに行く予定なのだが、街の中がやけに騒がしかったのを覚えている。飛竜狩りに行く前よりも、だ。まるで俺たちが仕事している間に、襲撃でもあったかのように。
街の外へと通じる街道には火の手が上がり、消防車がサイレンを鳴らしながら何両も俺たちの脇を通過していった。単なる交通事故……などではないだろう。
「ガノンバルドだ。奴が街を襲撃した」
葉巻を口に咥え、ライターで火をつけながらパヴェルはそう教えてくれた。
「ガノンバルド?」
「征服竜ガノンバルドだ、知らないか」
「いや、聞いたことが無い」
「聖イーランド帝国原産の竜でな。決まった縄張りを持たず各地を徘徊する習性があって、しかも同種だろうと敵と判断し襲い掛かるほどの獰猛さもあってかなり危険な魔物とされているんだ。その姿が他国を征服するようにも見える事から”征服者”と呼ばれる事もある」
なるほど、俺も聞いたことが無いわけだ。よりにもよって外来種だったとは。
ミカエル君が詳しいのはノヴォシア帝国原産の魔物くらいで、こういう外来種は専門外なのだ……もう少し知識を広げておくべきだろうな、とちょっと反省する。帝国内にだって外来種の魔物が生息しており、本来の生態系を脅かしているのだ。
ガノンバルドとやらもその1つなのだろう。
「倒したのか」
ちらりと機甲鎧の2号機の方に視線を向けながら問いかける。
隣にある2号機には、出撃した痕跡があった。装甲の表面には泥が付着し、肩には弾頭が2発残った状態のミサイルランチャーがマウントされたままになっている。基本的に機甲鎧は武装を全て取り外した状態で収納される規則になっている(パイロンへの負荷を軽減するためだ)ので、武装した状態で格納されている機体というのはつまり、これから出撃を控えているか、帰ってきたばかりという事だ。
武装を取り外しにかかっているノンナ&ルカの姿を見守りながら、パヴェルは携帯灰皿の中に葉巻の灰を落とす。
「いいや、殺し切れなかった」
「じゃあ撃退したのか」
「ああ。TOW2発と20mm弾45発、対戦車地雷1つに対戦車手榴弾1発を叩き込んでもピンピンしてやがった……こっちの世界の竜はしぶといなぁ」
「そんなに? 戦車1台を廃車にできる火力じゃねーか」
「参ったな、あんなに硬い竜はガルちゃん以来か」
「……ガルちゃん?」
「あっ……いや、なんでもない。こっちの話だ」
誰だガルちゃんって。
「ともあれ、ガノンバルドは執念深い。撃退した程度で進路を変えたりはしないだろう……またピャンスクに迫ってくる筈だ、管理局から討伐依頼が出ると思うから準備しておけ」
「わかった」
なんか強敵っぽいな……大丈夫だろうか。
ベラシアの飛竜も手強かったし、それ以上の相手となるとかなり骨が折れそうだ。
ベラシア地方初日、かなりの地獄である。そう、ベラシア地方に足を踏み入れて初日でコレなのだ。飛竜の大空襲から始まり、飛竜狩りの洗礼、そしておまけに超強そうな外来種との戦闘という3連コンボ。ミカエル君はもうへとへとです。
なーんて弱音を吐いてる場合じゃねーよな、と思いながらキャンディを口に放り込むと、2号機の武装の取り外しを終えて初号機の整備に入ったルカが、彼の声帯が心配になるような叫び声を上げた。
「ヴェアァァァァァァァ!? マニピュレータ逝ってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
やっぱりか。
多分あれだ、組み付いてきた飛竜を引き剥がそうと何度も顔面パンチを繰り返したあの時だ。警報を無視してひたすら殴り続けてたから、多分その時に逝ったのだろう。ごめんルカ。
「みっ、ミカ姉! 何やってくれちゃってんのさぁぁぁぁぁぁ!?」
ビントロング特有のもっふもふの髪を揺らしながらこっちにやってきたルカが、俺の肩を掴んでがっくんがっくんと揺らしながら涙ながらに訴える。コイツ背伸びたな……俺よりでけえ。
「い、いや、飛竜に乗られてヤバかったから咄嗟に殴った」
「マニピュレータ繊細だからねって何回も言ったじゃん!」
「お、おう、それはすまないと思っている」
だってだって、そうでもしなけりゃ今頃ミカエル君はジビエ料理にされてたし……。
そういや中華料理だと高級食材らしいよハクビシン。やったね。
ルカ君涙の訴えで分かる通り、機甲鎧のマニピュレータはかなり華奢だ。一応最低限の装甲は備えてあるけれど、構造上どうしてもここは脆くなりやすい。
そういう事もあって、パワードメイルには白兵戦用の装備は搭載されていない。白兵戦用の装備ともなればその分重量が加算されるしマニピュレータにも負荷をかけるので、そんな装備のためにペイロードを割くくらいならば射撃武装を充実させ、簡易移動砲台としての運用に特化させるべき、という回答が開発側からも運用側からも出ている。
「仕方ねえだろルカ、ミカだってきっと生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ」
「それはそうだけどさぁ……」
「とりあえず3号機のマニピュレータ外して持って来い、規格が同じだから合うだろ」
「へーい」
機甲鎧は今のところ、4機保有している。
ミカエル君専用機の初号機と汎用機の2号機、パーツ取り用の予備機となっている3号機に、列車の修理や作業用となっている複座型の4号機だ。
独自規格のパーツが多く、戦闘による損耗を想定していない4号機は別として、初号機から3号機までは共通規格のパーツを使用している。コクピット周りが独自構造となっている初号機でさえ、他の機体と9割近いパーツの互換性を維持しているのはさすがパヴェルと言いたい所である。
パーツも工具さえあれば簡単に取り外せる構造なので整備性も高い。
手慣れた様子でモンキーレンチとスパナを持って行くルカを見送りつつ、腕を組みながら初号機を見上げた。
随分やられたものだ、と思う。
やはり生息地が違うと獰猛さも違うのか、道中で遭遇した飛竜とは凶暴さが違うようにも思えた。それに加えあの数だ……ベラシアはイライナとはまた違った意味で、苛酷な大地と言えるだろう。
それに加えガノンバルドとかいう外来種の襲撃も受けているというのだから、そういった大自然の驚異を退けているベラシアの人々には脱帽である。
いくら何でもみんな屈強過ぎでしょ、と思いながらキャンディを口に放り込んでいると、ハッチが開いてクラリスがやってきた。いつものようにロングスカートの裾を摘まみ上げながらぺこりとお辞儀をしたクラリスが、やってきた用件を告げる。
「失礼します。ご主人様、冒険者管理局の方がお見えです」
「……噂をすればなんとやら、か」
ガノンバルドの件だろう。
「お客様はホームでお待ちです」
「分かった、すぐ行く」
ガノンバルド討伐依頼、早くも発注されたか。
一体どんな強敵なのかと思いながら外へ出ようとすると、クラリスだけではなく、何故かパヴェルも後をついてきた。
木材で造られたお洒落なホームには、やはりあの見慣れた紺色の制服に身を包んだ管理局の職員が居た。例のハクビシンのお姉さんかと思ったが、どうやら違うらしい。小さなケモミミに茶髪、可愛らしい瞳が特徴的な、イタチ系の獣人の女性だった。
オコジョだろうか。
「お疲れ様です。血盟旅団団長のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ様ですね?」
「ええ。ガノンバルドの件ですか」
「はい。本日13時より、市役所の会議室にてガノンバルド討伐会議を開催したいと市長が仰っております。冒険者の皆様の意見を広く聞きたいとの事で、こうして各ギルドに伺っておりました」
「会議だって?」
読みが外れたのか、パヴェルが聞き返した。
低い彼の声には苛立ちにも似た何かが含まれているような気がしたが、無理もない事だ。パヴェルがさっき言っていた事が事実なのだとしたら、ガノンバルドは何度でもピャンスクへと侵攻してくるだろう。今はまだ、彼との戦いで負った傷を癒すべく一時撤退しているだけに過ぎず、休眠を終えればまた再侵攻してくる事は想像に難くない。
会議なんてやってる場合か……パヴェルはそう言いたいのだろう。
「ぜひご出席ください。それでは」
ぺこり、と頭を下げ、管理局の職員は踵を返した。駅の改札口へと通じる階段を駆け上がり、線路の上を跨ぐ通路を通って、改札口の方へと消えていく。
駅前に停まっていた箱型の車体が特徴的な、禁酒法時代のアメリカを走ってそうな感じのセダンが走り出したのを見ながら、パヴェルは不服そうに葉巻に火をつける。
「遅すぎる」
「会議なんてやってる場合じゃない、か」
「その通りだよミカ。間髪入れず、すぐやるべきだ」
傷が癒え、万全な状態で再侵攻してくるであろうガノンバルド―――奴もパヴェルとの戦いで撃退され、人類側の手強さを理解した筈だ。次は最初から本気で……いや、殺す気でかかって来るに違いない。
だからそうなる前に、被害が拡大する前に行って狩ってしまえというのがパヴェルの主張なのだ。
しかし市長も、そして管理局も近隣の冒険者ギルド全てに討伐依頼を出し、大戦力で迎え撃つという選択をしてしまっている。
「こうなったらミカ、俺たちだけでやろう」
「俺たちだけで? 正式な依頼も来てないのに?」
「安心しろ、クライアントは俺だ。報酬も支払う」
ぎょっとして、俺もクラリスもパヴェルの方を見た。
彼自身がクライアント―――確かに、依頼は必ず冒険者管理局を通さなければならない、という規定はない。直接契約という、管理局を介さない契約の形式もある(この場合、クライアントと冒険者の間で何かしらの紛争があった場合は管理局は一切関与しない)。
「やってくれるか」
「……やったろうじゃねえの」
キャンディを噛み砕きながら、俺は答えた。
「呑気に会議してる連中に、討伐報告突きつけてやろうぜ」
格納庫の中に、見慣れぬ兵器があった。
社用車となっているヴェロキラプター6×6の前に立ち塞がる形で、武骨な装甲と履帯を搭載した車体に、大型の戦車砲を搭載した砲塔を乗せた兵器がある。
そう、戦車だ。
ロシアが開発した、最新型の主力戦車『T-14 アルマータ』である。
従来のT-72、T-90系列の戦車とは大きく異なる構造を持つ新兵器であるが、最大の特徴は乗員は全て車体前部の装甲カプセル内に搭乗し、砲塔は完全に無人化されているという点であろう。
砲弾の装填も自動化されているし、砲手は堅牢な装甲カプセルの内部で安心して砲弾の装填と照準、そして砲撃に専念できるというわけだ。砲塔内部の無人化により、砲塔から車長が身を乗り出して周囲を確認……という事は出来なくなったが、代わりにカメラで周囲の索敵を行う方式になったという。これで本当に周囲の索敵ができるのか、実戦投入しなければ分からないところも多いが、もし有効ならば車長は車外に身を乗り出さずに索敵を行えるから便利なのだろう。
そんなロシアの最新兵器がどうしてここに、とは思ったが、車体前部のハッチを解放して何やら配線の接続をやっているパヴェルの後ろ姿を見て納得した。コイツが召喚したのだ。
しかもよく見ると、このT-14は普通のT-14とは何だか砲塔の形状が違う。
通常型はステルス性を重視した、小ぢんまりとした砲塔を乗せている。おそらく砲塔内に人員が乗り込む必要がなくなった分、スペースを省いて小型化した結果そうなったのだろうが……目の前にいるこいつは違う。
アメリカのエイブラムスを思わせる形状の砲塔を乗せているのだ。東西の戦車を組み合わせたような見た目をしているが、何よりも目を引くのは砲塔正面から突き出ている主砲のサイズである。
一般的に、アメリカや日本などの西側諸国で広く採用されているのは120mm滑腔砲。ライフル砲を採用しているイギリスでも同じく120mmとなる。一方、ロシアや中国などの東側諸国では少し大きい125mm砲を採用している。
しかしこいつはどうだろうか。
搭載されている主砲のサイズは、明らかに120mm砲や125mm砲よりも大きい。140……いや、152mmはあるだろうか。
「パヴェル、これは?」
問いかけると、配線を繋ぎ合わせていた彼はこちらをくるりと振り向いた。
「T-14を改造した」
「改造?」
「”前の職場”で運用してた仕様のやつだ。『T-14R』っていってな」
「いや、それは……運用する人員はどうするんだ?」
T-14の乗員は3名。操縦手、砲手、そして指揮を執る車長の3名が、この兵器の運用には必須となる(外れた履帯の修理など、野戦整備での負担を考慮して4人がベストという意見もある)。血盟旅団の人員ならばまあ足りるが、問題は戦車の運用の訓練を受けた人員がパヴェルを除いて誰もいないということだ。
俺だって、戦車に乗った事はおろか、触った事すらない。
燃料と塗料の臭いが入り混じった格納庫の中で、この異形の戦車を見上げていると、パヴェルはいつもの調子で笑った。
「心配すんな、コイツは1人乗りだ」
「1人乗り?」
見てみろ、と言われたので、車体に上がって操縦席を覗き込んでみた。
確かに、装甲の内側に更に用意された装甲カプセルの内部には座席が1つしかない。
しかもその操縦席も異常で、背もたれの部分には機械のコネクタに接続するためのプラグが3本、等間隔に並んだ状態で突き出ている。アームレストもフットペダルもなく、あるのはただ必要最低限のモニターと……ちょうど人間の手足の位置に来るように搭載された、何かと接続するためのコネクタのみ。
「1人で全部やるのか?」
「ああ。俺がコイツで援護してやるよ」
そう言いながらウォッカの酒瓶を取り出し、アルコールを摂取するパヴェル。
今回のガノンバルド討伐、かなりの戦力になりそうだ。




