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征服竜ガノンバルド


 黒曜石のような外殻で覆われた巨体が、紅い炎に彩られる。


 ピャンスクの街へと向かう街道を塞ぐ形で並べられた、大砲の一斉射撃が生み出したものだ。ベラシア憲兵隊がこうした魔物の迎撃作戦に参加するのは日常茶飯事で、それ故に彼らの練度は極めて高いものとなっていたが、しかしそれは通常の魔物やエルダー系の魔物、そして飛竜に対してである。


 今回のような相手は、はっきり言って想定外としか言いようがなかった。


 ―――征服竜ガノンバルド。


 ピャンスクへと到達してしまった個体の全長は76m。それでも同種の中では小さい方で、記録によるとミリアンスク郊外にまで達した個体は全長130mもあったと記録されている。


 飛竜ズミールよりも大型の竜だが、信じがたい事にこれでもまだ成長途中なのであろう。


「や、やったか?」


 砲兵の1人が、遠方から轟く爆音の中でそう呟く。


 前文明の遺跡から発掘された技術により、大砲もまた大きな進化を遂げていた。今までの主流であった滑腔砲身ではなく、内部にライフリングの施された”ライフル砲”へと発展していたのである。


 ベラシア憲兵隊の保有する大砲も、工房に依頼し既に8割ほどがライフル砲へと置き換えられている。


 虎の子の37mmライフル砲による一斉射撃。これに耐えられる魔物など存在しない。


 彼らにとって魔物との戦いは、人類の技術こそが矛であった。


 ヒトの知恵が勝つか、それとも自然の猛威が勝つか―――少なくとも過酷な環境での暮らしを強いられるベラシア人にとって、大自然とは征服するべき敵でしかないのである。


 だが―――濛々と立ち昇る黒煙の向こうで赤く光を放つ双眸が見えた途端に、憲兵隊の砲手たちの士気は一気に挫かれた。


 やがて黒煙の中から、一際大きな剛腕が姿を現す。黒曜石を思わせる質感の外殻に覆われたそれには、37mm砲が直撃していたというのに傷一つついていない。大地を征く巨人が羽虫に刺されても動じぬように、ガノンバルドは今の砲撃を全く意に介していないようだった。


 いや―――”意に介していない”、という表現は誤りだったかもしれない。


 攻撃は通用していないものの、さすがに自らの歩みを妨害されれば気も立つのだろう。闇で塗り固めたような外殻、その繋ぎ目の部分に、燻るような赤い輝きが燈った瞬間に、憲兵隊の隊員たちは目を見開いた。


 外殻の隙間から漏れる光が全身へと広がると同時に、ガノンバルドは大きく口を開き、天へと向かって咆哮した。


『―――ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!』


 生物とは思えぬ、まるでサイレンのような咆哮。


 いったいどんな肺活量がそれを可能としているのか―――咆哮と同時に周囲に衝撃波が発生し、ガノンバルドの周囲にある地面が大きく抉れた。土煙が生じて再びその巨体を覆い隠し、頭上では樹々から伸びた枝がたわんで、緑色の葉を撒き散らしている。


 あんな咆哮を至近距離で放たれようものならば、難聴になる程度では済むまい。もはや砲撃と同じだ。直撃はせずとも、その凄まじい衝撃波で身体中の内臓を押し潰されて即死してしまうに違いない。


 結局、憲兵隊の先制攻撃は大地を突き進まんとする征服者を退けるどころか、半端なダメージを与えて逆鱗に触れる結果に終わったのである。


「じ、次弾装填急げ!」


「次弾徹甲!」


 榴弾ではあの外殻は穿てない―――ならば爆発の力で吹き飛ばす、あるいは圧力をかけて外殻を割るのではなく、単純な質量と弾速での貫徹を狙う他あるまい。


 指揮官の指示に従い装填手たちが徹甲弾を装填していくが、しかし戦闘モードに入ったガノンバルドの方が先に攻撃を開始する事になる。


 ナイフのような牙が幾重にも並んだ口を大きく開けたかと思いきや、それを勢いよく閉じたのである。


 ガヂンッ、と鉄板を叩き合わせるような金属音が響き、火花が生じる。次の瞬間には牙の隙間から炎が漏れ、砲手たちは背筋が冷たくなるのを感じた。


 再び口を開くガノンバルド。その口腔から吐き出されたのは、赤々と燃え盛る灼熱のブレスだった。


「た、退避ぃぃぃぃぃ!!」


 指揮官が命じるまでもなく、砲手たちは大慌てで逃げ出していた。道を塞ぐように配置した車に乗り込もうとすら思わず、一目散に走って逃げていく。


 退避が済み、周囲に誰もいなくなったライフル砲を、ガノンバルドのブレスが焼き尽くす。ライフル砲の砲身が瞬く間に赤く染まるや、形が崩れ始めるよりも先に周囲に用意されていた装薬が誘爆、ライフル砲の周囲は瞬く間に爆炎に呑まれる事となった。


 ガノンバルドのブレスもまた、飛竜ズミールと同じ原理だ。体内にある臓器で可燃性の体液を分泌、それを肺から吐き出される空気と混合させて吐き出すわけだが、異なるのは着火のメカニズムである。


 ズミールが口の中に火種を生み出す器官を持っているのに対し、ガノンバルドは鋭利な牙を擦り合わせることで火花を生み出して着火、それを吐き出すのだ。


 故にガノンバルドとの交戦経験が豊富な冒険者であれば、牙を擦り合わせる金属音でブレス攻撃を察知できる。逆に、不慣れな者にとってそれは死刑宣告にも等しい。


 炎は憲兵隊のセダンにも燃え移り、街道は瞬く間に炎に包まれた。


 火の海と化した街道に躊躇なく足を下ろし、溶けていくライフル砲の砲身を踏み潰しながら、ガノンバルドは歩みを止めることなくピャンスクの街へと向かっていく。


 彼らがこうして街を狙うのは、捕食が目的だからではない。


 ただ単に、進路上に街があるから―――それだけである。


 それが街を襲い、ヒトの領域を侵していくようにも見える事から”征服竜”とも呼ばれるようになった、というわけである。


 ガノンバルドの版図に、また新たな領域が加わる―――しかしそうなる前に、横合いから飛来した一撃が、ブレスを吐き終え、喉の側面にあったえらのような部位から放熱を行っていたガノンバルドの側頭部を強かに打ち据える。


『!?』


 それは着弾すると同時に金属の噴流―――メタルジェットを生じ、やっと初めてガノンバルドの左側道部に傷を穿った。


 ギロリ、と左側を睨むガノンバルド。爬虫類を思わせる紅い瞳に映ったのは、4連装の対戦車ミサイルランチャーを背負った1機の機甲鎧パワードメイルだった。













「ったく、何なんだこの街は」


 こうも頻繁に空襲警報を鳴らされては、おちおち夕飯の仕込みも出来やしねえし薄い本を読む時間もねえ。


 TOWが着弾し、被弾したガノンバルドがこちらを振り向く。さすがに37mm砲の攻撃よりも、対戦車ミサイルの攻撃の方が遥かに痛かったようで、爬虫類みたいな紅い瞳には憎々しげな色が浮かんでいた。


 そりゃあそうだろうとは思いつつ、露出させていた機甲鎧の頭部―――センサー部を収納、接近戦に備えつつ第二射を放つ。発射機とワイヤーで接続されたミサイルが放たれ、こっちの照準に従って何度か軌道を変えながらガノンバルドへと向かっていく。


 ガヂンッ、と牙を鳴らし火花を散らすガノンバルドだったが、こっちに向かってブレスを吐き出す直前に、下から顎を突き上げる軌道で飛来したTOWが着弾、今まさにブレスを射かけようとしていたティラノサウルスみたいな頭を大きく上へと突き上げさせる。


 ごう、と着火された体液が頭上へと撒き散らされた。それはさながら炎の雨、可燃性の液体が激しく燃えながら降り注いでくるこの世の地獄。自らが撒き散らしたブレス、その可燃性の体液を自分で浴びる羽目になったガノンバルドの背中が、まるで火炎放射を浴びたかのように激しく燃える。


 まだやんのかよ、と思いつつも、警戒心を強めた。


 ―――俺のいた世界の竜よりも、こっちの世界の竜の方が手強い。


 ”前の職場”に居た頃は飛竜なんて絶滅して久しかったが、その前は何度も交戦した。7.62mmクラスのライフル弾であれば撃墜が期待できるレベルだったが、しかしこっちの世界の竜は違う。


 頻繁に目にするズミールですら12.7mm弾、そしてあのガノンバルドに至っては対戦車ミサイルの直撃にも耐えるレベルだ。軒並みレベルが高いのは、やはり違う世界で違う進化を遂げてきた生物だからなのだろう。


 以前の常識は捨てて然るべきだ。


 3発目……と思ったが、怒り狂ったガノンバルドがこっちに向かって突進してきたのを見て、対戦車ミサイルの発射を急遽中断。腰にマウントした対戦車地雷へと手を伸ばし、左手でそれをフリスビーのように前方へ投擲しつつ左へ回避する。


 70m以上もある巨体のうち3分の1を占めてるのではないか、と思えてしまうほど逞しく発達した前足が、その対戦車地雷を何の躊躇もなく踏み締めた。真下からの爆発に驚愕するガノンバルドであったが、しかしその痛みよりも俺への怒りの方が勝っていたらしい。


 黒煙を迸らせながらも前進、突進の勢いを乗せて腕を薙ぎ払おうとする。


 左へジャンプして剛腕の薙ぎ払いを回避。まるで大木だ。あんなのを喰らったら、ビルの壁面なんぞ簡単にごっそりと抉られてしまう。


 ヤバいねぇ、一発でも喰らったら即死は確定という超絶ハードモード。


 ―――だからこそ、奮い立つというもの。


 今まで弱い敵ばかりだったし、ミカたちの世話ばかりだった。


 たまには”昔の自分”に戻ってもいいんじゃねえか。そう思える今の状況に、どういうわけか笑みが浮かんでしまう。


 右手にマウントした九九式20mm機銃を放ちながら後退、列車と都市部からこいつを引き剥がすべく意識を向けさせる。すっかり怒り狂っていたガノンバルドはその挑発にまんまと乗り、俺の後を追うように進路を変えてきた。


 杭のような突起が突き出た尻尾を薙ぎ払うガノンバルド。ジャンプして尻尾の上を飛び越えつつ、まだ火種が燻る背面へと20mm機銃を射かける。通常弾では貫通力不足のようだが、しかし痛みは感じているようで、ガノンバルドが小さく呻き声を漏らす。


 よし、いいぞ、と思いつつも、視線をちらりと残弾数のカウントへと向けた。45発入りのドラムマガジンの中身はそろそろ10発を切ろうとしている。このままでは弾切れだ―――舌打ちをしながら空になるまで20mm弾を叩き込み、腰部のウェポンラックから対戦車手榴弾を取り出す。


 ”RKG-3EM”―――ソ連が開発した、対戦車用の手榴弾だ。安全ピンを抜いた状態で投擲すると弾頭後部からドラッグシュートが展開、弾頭の姿勢を安定させつつ標的へと突入、戦車の装甲をメタルジェットで撃ち抜くという代物だ。


 もっとも、兵士が手で投げるという兵器の性質上、恐竜的進化を遂げる戦車の装甲を貫通できるほどの威力ともなれば大型化は避けられず、いずれ威力不足が指摘されるであろう事は明白だったから、この手の兵器は冷戦を最後に姿を消したわけだが。


 通常の手榴弾感覚でそれを投擲。ドラッグシュートが開き、炸薬を満載した弾頭がガノンバルドの背面、折り畳まれた翼の付け根辺りを直撃する。


『ゴアァァァァァァァァァァッ!』


 まだやるか、トカゲ野郎?


 コクピットから睨むと、今度は別の方向から飛来した砲弾がガノンバルドの身体を打ち据えた。


 徹甲弾―――37mm砲か、と思いながら射撃地点を睨むと、憲兵隊が37mm砲を必死に射かけている姿が見え、思わず舌打ちしてしまう。俺がすぐ近くにいて誤射の恐れがあるというのもそうだが、それ以上に獲物を横取りされたというのもあった。


 が、意地を張っても仕方がない。後方へと下がると、砲撃を嫌がるような素振りを見せたガノンバルドは咆哮を発し、踵を返し始めた。


 砲弾を弾きながら街道を戻っていくガノンバルド。コクピットを解放し、ニコチンを欲する肺のために葉巻を咥えて火をつけてやると、遠くからガノンバルド撃退に沸き立つ憲兵隊の歓声が聞こえてきて、それなりにイラっとした。


 漁夫の利とはこういう事だろうか……まあいい。


 ガノンバルドの事だ、この程度で諦めはしないだろう。いずれまたピャンスクに戻ってくる筈だ―――これだけ大事になれば冒険者管理局も討伐依頼を発注するだろうから、それはミカ達が戻ってきたら考えよう。


 とりあえず、列車に戻るとしよう。


 部屋に読みかけの薄い本をそのままにしてきてしまった……アカン、今ミカたちが戻って来たたら俺の性癖がバレてしまう。


 さっき投げ捨てた空のドラムマガジンを回収し、駅へと向かう。


 ガノンバルドの討伐依頼―――果たして、ミカたちにできるだろうか?


 いや、出来る筈だ。


 アイツらには可能性がある。俺なんかとは違うんだ。





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