竜を超えし者たち
グローブ型コントローラーを装着した両腕の動きをトレースするように、機甲鎧の両腕も動き出した。グリップと、増設されたハンドガードを握る腕が稼働して、九九式20mm機銃の砲口を空へと向ける。
ぐっ、と右手の人差し指を引いた。独特な角度のグリップ、その付け根にある引き金を機甲鎧の指が押し込んだかと思いきや、ドドドッ、と重々しい咆哮を奏でながら、20mm機銃の炸裂弾が立て続けに放たれ始めたのである。
こちらも近接信管ではなく時限信管。つまりは信管にセットした時間と敵との距離が噛み合わなければ空中炸裂弾としての効果は期待できない代物であり、利便性の面で言うとちょっとアレだが、しかし命中すれば飛竜だろうと何だろうと叩き落す威力はある。
曳光弾を含んだ弾幕が、急降下してくる飛竜の下を掠めた。弾丸や砲弾といった兵器は、SF映画に出てくるレーザービームとは違ってまっすぐに飛ぶわけではない。運動エネルギーを使い果たし、重力による影響を受ければ自然と弾道は下がり始めるのである。
照準器のど真ん中にピタリと当たってくれればなあ、とミカエル君は思う。
機外から響く20mm機銃の咆哮。正面にあるメインモニターの右上、残弾数のカウントがどんどんすり減っていくが、しかし敵に砲弾はなかなか当たらない。
いい加減落ちろよ、と悪態をつきながら照準を修正、砲弾を飛竜の進路上へばら撒く要領で攻撃を続けていると、急降下していた飛竜の背中から紅い霧のようなものが噴き上がった。
命中したのだ。今までは飛竜の周囲を掠めるばかりだった20mm弾が背中を直撃、外敵の攻撃を一切受け付けぬ堅牢な外殻すらも打ち砕いて、柔らかい筋肉の詰まった背中で信管が作動、炸薬の力を解放したのである。
さすがにミサイル程の威力は無いようだったが、それでも飛竜に致命傷を与えるには十分だったらしい。被弾した飛竜は苦しそうな咆哮を発しながらバランスを崩し、錐揉み回転に入った。そのまま対空戦闘を続けるミカエル君の頭上を通過するや、背後にあった地面を派手に抉りながら動かなくなる。
これで何体目だ?
数えるのも忘れる程の激戦に、いつの間にか息が上がっていた。心臓の鼓動も早くなり、グローブ型コントローラーに通している両手の掌にもじわりと汗が滲む。
『リロード、リロード!』
モニカの声だ。対空戦闘を続けていた彼女が、九九式20mm機銃の再装填に入ったのだ。弾幕が一気に薄くなる。カバーするためクラリスとシスター・イルゼがそれぞれFA-MASとG3A3で射撃を開始するけれど、それらの射程も、そして威力も、20mm機銃のものと比較すると大きく劣っていた。
この機を見過ごす飛竜たちではない。獲物からの予想外の反撃に多くの同胞を失う結果となった彼らだが、反撃の勢いが下火となった今が好機と言わんばかりに反転、高度を落とし、まるで敵艦の横っ腹を狙う雷撃機の如く低空飛行で突っ込んでくる。
それにいち早く反応し、20mm機銃を射かけた。
既にスティンガーの射程は過ぎている。ミサイルを使うにはあまりにも近いのだ。航空機は凄まじい速度で突っ込んでくるから、交戦を想定している距離に長時間留まる、という事はほぼあり得ない。
とにかく今は、20mm機銃の間合いであると同時に、それが最後の砦だった。
ガガガ、と砲弾を吐き出す九九式20mm機銃。飛竜の周囲を掠めるばかりの炸裂弾が、はるか後方で弾けるような炸裂音を発し、黒煙を空に描いていく。何とか直撃してはくれないものか、と思いながら照準を修正していたその時、ガギッ、と九九式20mm機銃が沈黙した。
「!!」
弾詰まり……ではない、弾切れだ。右上にある残弾数のカウントがゼロになっている。
慌ててドラムマガジンを切り離し、予備のマガジンを取り出すがもう遅い。飛竜は既に、ミカエル君のすぐ目の前にまで迫っていた。
『ギャォォォォォォォォォォッ!!』
「ひっ」
仲間を殺された復讐心か、それともここまで手こずらせた獲物への怒りなのか、いずれにせよ、飛竜ズミールの両目は地獄の炎のように紅く輝いていた。
ゴシャァッ、と金属がひしゃげるような音がすると共に、激しい振動が俺を襲った。まるで坂道を転がり落ちる車の中にいるかのように、あっという間に平衡感覚が消失する。シートベルトが無かったら今頃は座席から投げ出され、狭っ苦しいコクピットの中を上へ下へ、右へ左へと転げ回っていただろう。
墜落直前の航空機みたいなアラートがコクピット内に響き渡る。メインモニターには破損した部位が赤くハイライト表示されていた。正面装甲及び頭部通信アンテナ破損、右肩部装甲板圧損、左足部第二動力ケーブルB-33断線……おまけに背面にあるパワーパックからのエンジンオイル漏れの警告まで出ているが、今はそんな事はどうでも良い。
一番の脅威は、モニターの向こうに見える光景だった。
どうやら俺の機甲鎧は飛竜の突進をもろに喰らい、地面に押し倒されている状況らしい。その上に飛竜が覆い被さるように圧し掛かるや、止めを刺そうと口を大きく開き、今まさに至近距離でブレスを吐き出そうとしているのである。
機甲鎧はあくまでもパワードスーツの一種であって、歩兵では携行困難な重火器を運用するための簡易移動砲台、つまるところただの『でかい歩兵』でしかない。
防御に関しては7.62×51mmNATO弾、あるいは7.62×54R弾の徹甲弾から完全防護できる程度で、12.7mm以上の弾丸が被弾した場合は貫通されてしまう。この程度の防御力しかないし機動力もハンヴィーと同等かそれ以上、武装も『APC以上IFV未満』くらいだから、機甲鎧は戦車相手に無双できる兵器ではないのだ。
何が言いたいかというと、めっさ打たれ弱いという事。
おまけに動力源たるパワーパック、これに使っている燃料も問題だった。
パワーパックと呼んでいるが、要するに自動車のガソリンエンジンに小改造を施し、機甲鎧用に仕上げたものに過ぎない。使っている燃料はガソリンだから、もし背面に被弾したり火炎瓶などの攻撃で放火されようものならば、あっという間に燃料に引火して火達磨になってしまう。
昔の戦車と同じようなものだ。
というわけで問題です。
問1.そんな紙装甲の機甲鎧が至近距離でブレスを浴びるとどうなるか答えよ。なお使用燃料は一般的なガソリンとする。
こんなもん、考えなくても分かる。
『ご主人様!』
『ミカ、逃げて!』
「こん……のぉ!!」
グローブ型コントローラーを握り締め、左腕を振るった。動きをトレースした左腕が、その握り拳を飛竜の顔面へと叩きつける。
ゴッ、と兜をメイスでぶん殴ったような鈍い音がして、破損の警告メッセージに新たに『左腕部マニピュレータ破損警告』が追加されるが、知った事か。今ここで足掻かなければハクビシンの丸焼きが一丁出来上がってしまうのだ、左腕くらいくれてやるよ!
警告を無視しひたすら殴打、殴打。こうした白兵戦は一切想定していない設計だから、本来の運用方法ではない。これ列車に戻ったらルカとパヴェルが泣きながら整備するやつだ。
再三の殴打に飛竜も耐えられなくなったらしい。亀裂が生じた顔の右側から血を流しながら咆哮するが、次の瞬間にはもっと悲惨な運命を辿る事になった。
ゴッ、と右からクラリスの拳が、そして左からはリーファの本気の飛び蹴りがめり込んで、今まさにブレスを放とうとしていた飛竜の顔面が、さながらムンクの叫びみたいに縦に歪む。
うわぁ、と2人のパンチとキックの威力にドン引きしつつも、脳震盪を起こしてノックダウン寸前の飛竜に思い切り蹴りをお見舞いし、九九式20mm機銃を拾い上げる。残るはコッキングレバーを引くのみだったそれを引いて、ゼロ距離で引き金を引いた。
脳天に20mm弾を叩き込まれた飛竜が息絶え、動かなくなる。
「すまん、助かった」
『礼は後ネ』
『後で思い切り吸わせてくださいね』
「吸わせる」
アレか、ネコ吸い的なアレか。
ネコ吸いならぬジャコウネコ吸い……なんだそれは。
第一ハクビシンはネコとは違う分類の……ああもういいや。
背後を振り向いた。固定砲台と化しているヴェロキラプター6×6目掛けて、最後の1体の飛竜が急降下を始めている。既に大きく開かれた口腔からは赤く煌めく炎が芽吹いていて、ブレスの発射態勢は整っているようだった。
『ご主人様!』
「全力射撃!!」
ラスト1体の飛竜へ向け、仲間たちは一斉に手に持っている武器を射かけ始めた。
モニカと俺は九式20mm機銃を、クラリスはFA-MASを、シスター・イルゼはG3A3を、そしてリーファはQBZ-97Bをそれぞれ空へと向け、引き金を引く。
20mm弾、7.62mm弾、5.56mm弾が荒れ狂うベラシアの空。天空へと降り注ぐ砲弾と弾丸の集中豪雨に、飛竜はあっという間に絡め取られた。5.56mm弾と7.62mm弾が着弾、堅牢な外殻の表面に火花を散らせるが、それだけだ。貫通までは至らず、撃墜までは追い込めない。
が、俺の放ったものなのか、それともモニカの一撃かは定かじゃあないけれど、数発の20mm弾が飛竜の首筋に飛び込んで炸裂、飛竜ズミールの首元を大きく抉った。
血肉と、それからブレスに使う麦茶みたいな質感の体液を撒き散らしながら、最後の飛竜は錐揉み回転しながら俺たちの頭上を通過、そのまま平原へと墜落して動かなくなった。
これで終わりか、とは思いつつも念のため周辺を警戒。が、もう他の飛竜が襲い掛かってくる様子もなく、ベラシアの空には何事も知らぬかのように雲が浮かぶのみ。
「……クリア」
『終わりですわね』
「そのようだ。みんなお疲れ様」
その言葉が合図だったかのように、全員の身体から緊張が抜けていくのが分かった。
コクピットを解放すると、外はものすごく血の臭いが充満しているのが分かった。長時間吸っていたらむせてしまいそうで、反射的に口元を手で覆いながら顔をしかめる。
「ごめんイルゼ、合図をお願い」
「わかりました」
討伐終了の合図用にと渡された信号拳銃を手に取るシスター・イルゼ。カチ、と親指で撃鉄を起こした彼女は、それを空へと向かって打ち上げた。
こういう魔物討伐系の依頼では、規定数の魔物を討伐した後にこうやって管理局の職員に合図するのが決まりとなっている。作戦展開地域の周囲に潜んでいる職員がこの合図を確認して現場へと向かい、魔物の数がちゃんと規定数に達しているかを確認するのだ。
これは冒険者管理法にも規定されている。
しばらくコクピットに座って休憩しつつスナック菓子を食べていると、ブロロ、と遠くからオリーブドラブに塗装されたセダンが走って来るのが見えた。まるで禁酒法時代のアメリカを走っていたような、流線型のシャーシに箱型の車体が特徴的な車だった。
ボンネット側面には冒険者管理局のエンブレム(法律書を持つ竜)が描かれている。
俺たちの傍らにやってきた管理局のセダンからは、管理局に居た女性の職員の人が降りてきた。あのやたらとおっぱいのでっかい、ハクビシンの獣人のお姉さんだ。
あれってクラリスとどっちが大きいんだろう、なーんて下心丸出しの視線を向けていると、それを察知したのか、クラリスがこっちを振り向きながら「クラリスの方が大きいですよっ」と言わんばかりに胸を張った。
「あら~……25体も倒したんですねぇ」
動かなくなった飛竜の死体を見ながら、アシスタントの人と一緒にカメラを組み立て始めるハクビシンのお姉さん。笑い黒子が特徴的な彼女はこっちに向かってウインクすると、三脚の上に装着したカメラを使って現場を撮影し始めた。
「はぁ~い、確認取れましたぁ~。それではぁ、報酬を用意してお待ちしておりまぁ~す」
どこかふわりとした、伸びるような声でそう言いながら車に乗り込んでいくハクビシンのお姉さん。折り畳んだ三脚とカメラをトランクに積み込んだアシスタントはこっちにぺこりと一礼すると、運転席に乗り込んでエンジンをかけ、車をピャンスクの街へと向かって走らせ始めた。
遠ざかっていくエンジン音とテールランプ。これで仕事は終わり……と言いたいが、その前にやらなければならない事がある。
討伐した飛竜の死体の処理だ。このまま放置していたら、死体を目当てに別の魔物とか猛獣が集まってくるかもしれないし、なにより腐敗した死体は疫病の温床となる。ちゃんと焼いて処分しなければならない。
とはいっても、飛竜は耐火性の高い鱗に覆われているし、こりゃあ死体の処理に時間がかかりそうだ。
まあいい、報酬のためだ……ちょっと大変だが、最後にもう一仕事していくか。




