表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

202/969

飛竜ズミール


《遥か昔から、竜狩り(ドラゴンハント)は騎士たちにとって最高の栄誉だった》


 機内に持ち込んだラジオから流れてくるポップスをBGMに、無線機の向こうでパヴェルが語り始める。


 きっと転生者が広めたのだろう、可愛らしい感じの歌詞を歌い上げる女性歌手の可愛らしい歌声と、暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるような軽いメロディー。それをBGM代わりに語り始めるパヴェルの話の内容があまりにもミスマッチ過ぎて、苦笑いしながらチャンネルを変えた。


 流れてきたのはクラシック。こちらも転生者が広めたのであろう、チャイコフスキーのスラヴ行進曲だった。ポップスよりこっちの方が良いや、と思いながらラジオを傍らに置き、シフトレバーを操作してギアチェン。唐突に加速しやがったヴェロキラプター6×6の後を追う。


《子供向けの絵本でも、大人向けの演劇でもそうだ。ドラゴンとは常に力の象徴で、人類からすれば手の届かない絶対強者だった》


 それはそうだろうな、とは思う。


 子供の頃、母が読み聞かせてくれた絵本も6割くらいはドラゴンが悪役だった。お姫様を連れ去った悪いドラゴンを討伐するべく、白銀の鎧に身を包んだ騎士が旅をする物語は、きっとミカエル君の中身が転生者じゃなかったら憧れていたであろう。


 絵本だけじゃない。


 ノヴォシアの国章だって双頭のドラゴンをモチーフにしている。2つの頭はそれぞれ『絶対的な力』、『法の支配』を意味しており、双頭のドラゴンは右手に剣を、左手に法律書をそれぞれ手にしている。


 パヴェルの言う通り、古来から竜はあらゆる力の象徴であり、人類の畏怖を集める存在であった。ヒトの身では手が届かず、その力には決して及ばない。故に古来から人間は竜を畏れ、そしてそれを乗り越えようとしてきた。


《お前らもそれに続くんだ。竜を超えし者(ドラゴンスレイヤー)になってこい。同志諸君の健闘を祈る》


 竜を超えし者(ドラゴンスレイヤー)ねぇ……そういうのは、白銀の鎧に身を包んで剣を掲げた騎士が似合うと思うのだが。


 こちらの戦力は機甲鎧パワードメイル1機に、武装を追加装備されたヴェロキラプター6×6が1台、それとそれに乗り込むクラリス、モニカ、イルゼ、リーファの4人。


 普段であればパヴェル、クラリス、リーファのうち2人は列車で待機し、列車の警護に当たる事になっている。例の”組織”を敵に回している以上、いつ襲撃があってもおかしくないためこのような警戒態勢をとっているのだが、今回は依頼の難易度の関係で5人での出撃となっている。


 通常モードでの操縦を行うため、座席の前に設けられたハンドルを握りながら、俺はちらりと視線を左側へと向けた。身体の中を流れる電気信号を座席が検知して、俺の首の動きと連動して機甲鎧パワードメイルの頭部を左へと旋回させる。


 モニターに映ったのは、土煙を派手に吹き上げながら左隣を爆走するヴェロキラプター6×6。ブハンカに代わり、血盟旅団の社用車として採用されたアメリカ製の6輪ピックアップトラックである。


 エルゴロドからピャンスクにやって来るまでの間に、既にその車体はパヴェルの手によって改造済み……というか、魔改造が過ぎるというか。


 まず車両の機動性を損なわない程度に装甲化されている。拳銃弾や爆発の破片からは完全に防護できる程度だそうだ。さすがに小銃弾となると厳しいか。


 フロントガラスを除く窓は装甲板で塞がれていて戦車のような覗き窓が開いている程度。視界は悪化しているが、止むを得ない措置であろう。一応、車内には車外カメラの映像を映し出すモニターも積んでいるらしいが。


 後部座席のドアのところには”ガンポート”と呼ばれる穴が開いている。車内で待機している兵士が、携行した小銃の銃口をそこから突き出して外の敵を射撃する時に使うものだ。主に兵員を輸送する装甲車に搭載されていたものだが、近年では装甲強度低下の原因になるという事で廃止される傾向にあると聞いている。


 そして最大の特徴が、荷台に乗っている代物だった。


 俺の乗る機甲鎧パワードメイルがメインアームとして携行している、日本軍の九九式20mm機銃がマウントされているのである。45発入りのドラムマガジン付きのそれが荷台の上に搭載されていて、既にモニカが荷台の上で対空警戒を始めているところだった。


 荷台には20mm機銃の他に、荷台でそれを運用する射手が車外に転落しないよう、転落防止用のバーまで用意されている。


 元々はアメリカのピックアップトラック、パワフルでオフロードを走るにはもってこいのスペックの車両だった筈なのだが、その巨体に装甲と武装を追加するだけであんなにも「俺、装甲車ですが?」的な雰囲気を放つとは。これもフロンティアスピリッツの賜物か? ……多分違うと思うけど。


 視線を上へと向け、俺も対空警戒。そろそろ飛竜討伐で指定されている作戦展開地域に入る……いつ、奴らが襲ってきてもおかしくはない。


 作戦展開地域はピャンスク南東に広がる『バリジンスク平原』。平原、といっても森林がすぐ東側に広がっていて、どこまでも地平線が広がる……というわけではない。相も変わらず森林を覆い尽くす樹々は背丈が100mを当たり前のように超えていて、ここから見ていると森林までの距離感がおかしくなる。


 あれ樹齢何年くらいなんだろうか……レディーに年齢を訊ねるのは失礼だけども。


 ……ん、レディー?


 左手をグローブ型コントローラーへと伸ばし、止まれ、と機甲鎧パワードメイルの左手を動かしてクラリスに伝える。ヴェロキラプター6×6の暴走がぴたりと止まり、乗っていた仲間たちも戦闘準備に入った。


 コクピットのハッチを解放し、身を乗り出す。ガソリンエンジンの排気ガスの臭いが一瞬で地平線の彼方へと吹き飛んで、新鮮な空気が機内へと流れ込んできた。


 ―――血の臭いがする。


 森林の方から、うっすらと香る程度ではあるが……血の臭いが流れてくるのを、ハクビシンの嗅覚がキャッチしていた。


 俺でこれなのだ、特に嗅覚に優れるクラリスであれば既に、更に精密に察知しているだろう。


 風下に居るというのも理由の一つであろう。今この瞬間ばかりは、天が味方したとしか言いようがない。


 いや、血の臭いがするからと言って飛竜のものだと断じるのはまだ早い。もしかしたら他の魔物かもしれないし、獣の食べ残しが発する臭いかもしれない。


 だが……。


「……」


 機甲鎧パワードメイルを降り、草むらの中に転がっている”あるもの”に近付いた。


 血と、臓物の臭いを撒き散らす”それ”。


 かつては山羊と呼ばれていたもの。その”かつては”が1時間前なのか、それとも1日前なのかは分からない。胴体をあらかた喰い尽くされ、残ったのは僅かな骨と臓物、そして首から上だけだ。


 噛み千切られた断面から察するに、普通の肉食動物……ではないだろう。サイズがあまりにも違い過ぎる。よくアフリカに生息している猛獣が、仕留めた獲物を食い散らかす映像をテレビで見たことがあるが、そういうのではない。


 食い散らかすというよりも、”喰らう”という表現がこの生命いのちの残骸にはしっくりくる。


 肉食獣よりも遥かに巨大で獰猛な、絶対的な捕食者が平原に残した痕跡。そして微かに柔らかい地面に残された、明らかに獣とは異なる足跡も重要な証拠だ。


 一見すると鳥類を思わせる足跡だが、そんな可愛いサイズじゃあない。ヒグマやアフリカゾウが可愛く見えてしまうほどのサイズの鳥類など、果たしてこの世界に存在するのだろうか?


 それに当てはまる生物は―――奴らしかいない。


 風向きが微かに変わった。


 テリトリーに外敵が侵入したと思ったのか、それとも満たされぬ飢えから逃れようと獲物を追い求める本能故か―――森林の樹々が大きく揺れるや、空を塞がんばかりに広がる緑の天蓋を突き破るようにして、巨大な何かが飛び上がった。


 鳥のようにも見えるが、違う。


 猛禽類―――少し近付いたが、それでもない。


 猛禽類以上の鋭い爪と巨大な足。大きく広げた翼は、それだけで30mを超えるサイズにもなるだろうか。


 身体は堅牢な外殻で覆われていて、柔軟性が求められる関節の周囲は耐火性に優れた鱗で包まれている。それは尻尾の先端部まで続いていて、しかししなやかな尾は獣を躾ける鞭を思わせる。


 頭部はプテラノドン……ほど細面の鳥っぽい感じではなく、サイズは比較的コンパクトだ。くちばしは存在せず、形状は狼などの肉食獣に近いようにも思える。口の中にはサメのような牙が幾重にも生えていて、顎の筋肉の量から凄まじい咬合力を持つことが窺い知れる。その気になったら鉄板だろうと噛み千切ってしまうのではないだろうか。


 間違いない、飛竜だ。


 ノヴォシア原産の、『ズミール』という種類の飛竜だ。


 性格は比較的温厚だが、テリトリーと認識している範囲に立ち入った外敵に対しては容赦のない攻撃を加えるという性質を持つ。帝国騎士団でも多数のズミールを飼育していて、調教を受けヒトに慣れた彼らは頼もしい航空戦力として機能している。


 さっきも述べた通り性格は温厚だが、縄張りに入ってくる相手に対しては話は別だ。息絶えるまで執拗に攻撃してくる獰猛な一面も併せ持つ飛竜で、彼らが縄張りと認識している地域がヒトの居住区域と重なって(ラップして)いるとそりゃあもう悲惨な事になる。


 ベラシアの場合はそうなのだろう。ピャンスクの街も彼らの縄張りとして認識されているのか、それともあの時上空に集まった飛竜たちはヒトの肉の味を覚え餌と認識しているのか……それは定かではない。


 だがはっきりしている事は、この熾烈な生存競争を生き抜かない限り、ベラシアに住む獣人たちに未来はない、という事だ。


 余談だが、イライナ南部に広がる黒海には『ズミール島』と呼ばれる島がある。ワリャーグの連中と憲兵隊の境界線になっていた、あの無人島だ。かつてはそこにもズミールが住んでいたからその名前がついた、という説がある。


 イライナ語で『ズミー(ズメイ)の仔』を意味する飛竜たちが、一斉に森から飛び上がった。


 その数は―――5体。


 すぐにダッシュして機甲鎧パワードメイルに飛び乗った。コクピットハッチの完全閉鎖を待たず、マニュアルで読んだとおりにスティンガーミサイルの発射態勢に入る。


 座席から見て左側にあるアームレストから、トリガーを兼ねるレバーを展開。閉鎖を終えたばかりのコクピットハッチの内側に、ミサイル発射態勢に入った旨を告げるメッセージと共に、ミサイル照準用のレティクルが表示される。


 電子音の連鎖が始まり、ミサイルのロックオンがスタート。パヴェルの手により飛竜のロックオンも可能になった異世界仕様のスティンガーミサイルが、最初の標的に狙いを定める。


 ピー、と電子音がロックオン完了を告げ、レティクルが黄色からロックオンを意味する赤に変色。ここまで来れば、もうあの飛竜に逃げ延びる術はない。


「良い夢を」


 左手の親指が、発射スイッチを押し込んだ。


 バシュ、とミサイルがランチャーの1つから躍り出た。あっという間に機甲鎧パワードメイルから離れたと思いきや、10mくらい離れたところでロケットモーターに点火、白煙の軌跡を空に描きながら急激に加速していく。


 こっちに襲い掛からんとする飛竜もそれを察知したのだろう、大きく口を開け、喉の奥に赤く輝く炎を滾らせ始める。


 ブレスだ。体内で分泌した可燃性の液体を空気と混合させて噴出、それを口内の器官で生じる火花で点火させ相手へと吹きつける、というメカニズムになっているらしい。早い話が火炎放射器みたいなもんだ。


 それで焼き払おうというつもりらしいが、しかし空の覇者となった航空機に対抗すべく生み出された『毒針スティンガー』はその意図を簡単に覆してみせた。


 ブレスを吐き出すよりも先に、対飛竜用に調整を受けたミサイルが軌道を変えながら誘導ホーミング、急降下していた最中の飛竜の鼻っ面に、その弾頭をめり込ませていたのである。


 空で朱い閃光が芽吹き、それに一拍遅れて、ドンッ、と弾けるような爆音が響く。


 ソ連の誇るMi-24ハインドすらも容易く仕留めるミサイルが顔面に直撃したのだ、いくら飛竜とてただでは済まないだろう。案の定、爆炎の中から複雑な回転をしながら堕ちてきたのは、上顎から上をごっそりと捥ぎ取られ無残な姿と化したズミールだった。


 まず1体。撃墜マークでも描きたいところだが、それは依頼が終わってからだ。


 続けて2体目の飛竜にロックオンしたところで、ドドド、と重々しい発砲音が連なる。ヴェロキラプター6×6の荷台に据え付けられた九九式20mm機銃をモニカがぶっ放し始めたのだ。


 装填されている20mm弾はいずれも炸裂弾。命中せずとも炸裂し、その爆風と破片で標的にダメージを与えてくれる……とはいってもいわゆる近接信管、つまりは付近の標的を察知して起爆してくれる便利なやつではなく、第二次世界大戦で日本軍が使っていた時限信管だ。セットされた時間と標的との距離が上手くかみ合わなければ、その恩恵は受け難い。


 空に曳光弾混じりの砲弾が放たれていく。対空照準器を装備しているとはいえ、対空射撃ともなると標的に命中させるのは難しくなるものだ。モニカの放つ20mm弾の群れは迫り来る飛竜になかなか命中せず、はるか後方の空に黒い炸裂煙を生み出すのみ。


 しかし『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』とはよく言ったもの。それか、モニカが幸運の女神に愛されているのか、あるいは彼女の技量か。薙ぎ払うように撃っていた砲弾のいくつかが飛竜の翼の付け根、ちょうど脆弱な鱗の部分を撃ち抜いたらしい。


 さらにはめり込んだ砲弾の時限信管が無事に動作して炸裂、被弾した飛竜は左の翼を大きく捥ぎ取られながら錐揉み回転を始め、そのまま草原へと落ちていった。


 続けざまに俺も2発目のミサイルを発射したところで、トラックから降りたリーファがスティンガーミサイルの発射機を担いだ。ちゃんと耐熱手袋もしているし、念のため顔を保護するためのガスマスクも装着している。


 レンジファインダーで標的との距離を計測したシスター・イルゼから指示を受け、リーファも最初の一撃を放った。


 モニカの弾幕を掻い潜ろうと、地面すれすれを飛んでくるズミールたち。そのうちの1体の胸板を、最初に放った俺のスティンガーミサイルが突き上げるように強打する。マスケットや弓矢を弾く自慢の外殻も、さすがに現代兵器相手には役に立たないらしい。


 胸板を抉られて墜落する同胞を躱し、威嚇の咆哮を発した飛竜の口の中へと、リーファの放ったスティンガーが飛び込む。


 それはもうとにかく悲惨だった。体内にある可燃性の液体を分泌する臓器に引火したのか、口の中で炸裂したミサイルが飛竜の頭を吹き飛ばしたかと思いきや、身体が一瞬だけゴム風船みたいに膨らんで、次の瞬間にはバラバラに千切れ飛んだ血肉を含んだ赤い霧が空に生じていた。


「リーファお前……」


『うわ、ちょ、グロ……』


『アイヤー……やりすぎたネ』


 ルカとかノンナが見たらトラウマになるやつですわコレ。


 ドン引きしながら迎撃しているところで、双眼鏡を使い周囲の索敵をしていたクラリスから情報が入る。


『3時方向、新たな飛竜7! 突っ込んできますわ!』


「おかわりか」


 10体以上倒せば依頼は完了だが……どうせだ、追加報酬もがっぽり貰っていくとしようか。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ