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ジョーカーのカード


 なんともまあ、複雑な心境だった。


 C4爆薬で強引に破壊しこじ開けた宝物庫の扉を踏み締め、警報が鳴り響く宝物庫の中を物色しながら、私はそう思う。


 今までは冒険者として、魔物狩りや行商人の護衛、ダンジョンの調査や廃品回収スカベンジングで生計を立ててきた。それが本来の冒険者の仕事なのだが、よもやこのような……明確に法に触れる犯罪行為の片棒を担ぐことになるとは。


 罪悪感は確かにあったが、しかしやらねばならないという使命感もあった。


 バートリー家が目論んでいた計画―――私の友人、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの姉を妻として迎え入れるふりをして、黒魔術の生贄にするという計画を知った時は、どんな手を使ってでもこの外道共に鉄槌を下さねば、と心の奥底が怒りで煮え滾ったものだ。


 貴族階級が存在する諸国には貴族の特権というものが存在するが、ハンガリアもその例外ではない。ハンガリアにおいては『貴族には死罪を求刑できない』という特権があり、例え庶民では死罪が免れないほどの重罪を犯したとしても、貴族特権が盾となり幾分か軽い罪で済む、というものだ。


 貴族特権の剥奪も出来ない事は無いが、それは国王の承認が必要となるし、バートリー家ともなれば王都の大貴族との間に太いパイプも持っているだろう。金と権力で罪を有耶無耶にされる恐れもある。


 こういう下衆な連中が、そうやって特権を盾にのうのうと生きるなど、私には―――そして姉を生贄にされるところだったミカにも到底許せることではないだろう。


 法の裁きは下すが、それだけでは物足りない。


 だから盗んでやるのだ。財産を奪い、奴らの名誉に永遠に消える事の無い傷を刻む。それで初めてミカエルの報復は完成するのである。


 宝物庫の棚をバールで強引にこじ開ける。こういうやり方はスマートじゃなくて好きじゃないが、そんな贅沢は言ってられない。既にこちらの侵入は警備隊に察知されているし、憲兵隊も屋敷の正門前で待機している。盗みを働く時間はそれほど長くは無いだろう。強引だが、手っ取り早い方法が最適解である。


 中から出てきた金の延べ棒をダッフルバッグの中へと放り込み、宝物庫内の壁に飾られている絵画をバタフライナイフで切り取っていく。宝物庫の反対側で、目をお金のマークにしながら略奪行為をするモニカは芸術作品には一切手を付けていないようだが、それは相場が分からないからだろうか? それともただ単に興味が無いだけか……?


 一応私も富裕層の出身。幼少の頃から、両親の趣味もあってそういう芸術作品に触れながら育ったから、相場はある程度は推測できる(仮に偽物だったとしても買い手を騙して押し売りすればいい。お嬢には内緒だ)。


 金塊を一通りダッフルバッグに詰め込んだところで、宝物庫中心部にあるショーケースに向かった。強化ガラスのようだったが、力任せに振り下ろしたバールの一撃の前にそれはあっさり砕け散り、ダイヤモンドダストのような光を放った。


 中に収まっているのは、一目見ただけで金目のものだと分かるような宝石の数々だった。


 サファイアやルビー、エメラルドは序の口で、琥珀にダイヤモンド、クリスタルまである。いったいこれを売り捌けばどれだけの額になるのか想像すらつかない……これは作戦終了後の”分け前”が楽しみになる。


 まあ、一番の目標はバートリー家に痛手を与えてやる事だが。


 そろそろダッフルバッグの中身が一杯になる……というところで、空気の流れに不穏なものが混じったのを私は鋭敏に察知していた。どたどたと足音が迫って来るのを聞き取るよりも早く、MC51SDを構えて入口の方を振り向き、フルオート射撃をそこへとぶちかます。


 7.62×51mmNATO弾が、今まさに曲がり角から顔を出そうとしていた警備兵の目の前を通過、宝物庫への突入を目論んでいた警備隊の勢いを削ぐ。


 プススッ、とサプレッサー付きの銃を連射しながら私は叫んだ。


「バレット、時間はあまり無いぞ!」


「分かってるわよ!」


 ノヴォシア訛りの残るハンガリア語の返答と共に、バレット―――トリガーハッピーである事から名付けられたタックネームを名乗るモニカは機関銃へと手を伸ばした。


 盗品ですっかりパンパンになった彼女のダッフルバッグは今にもはちきれそうで、しっかり閉まり切っていないジッパーのところからは金の延べ棒が顔を覗かせている。どんだけ金に執着があるんだと思っている間に、彼女はスリングで下げていたHK13を腰だめで連射し始める。


 ドラムマガジン内の弾丸を豪快に消費し、宝物庫への突入を目論む警備兵の一団をすっかり釘付けにするモニカ。やはり戦闘における機関銃という存在は大きい。攻撃力もそうだが、相手にとって脅威に見えるのはその豪快な銃声と着弾音だ。


 どれだけ勇猛果敢な兵士であっても、凄まじい勢いで放たれる弾雨を目の当たりにすればその士気は容易く挫かれる。実際の火力以上に、機関銃による制圧射撃は敵に与える心理的影響が大きいのだ。


 しかもこっちの世界では未だ単発式のマスケットが主流で、機関銃なんてものは手回し式のガトリング砲くらい。弾幕に晒される、という経験に乏しい異世界人にとっては破壊力抜群だろう。


 モニカが押さえてくれている間に、私は金塊をいくつか手に取った。ダッフルバッグはすでにパンパンで、まるで筋トレ用のダンベルのようにずっしりと重くなっている。とりあえず宝石と金塊をいくつか、ポケットやダンプポーチに入る分だけ詰め込んでから、トントン、とモニカの肩を叩いて離脱に移る旨を告げた。


 が、しかし……。


 ミカの奴、大丈夫なのか……?













 右から飛来する剣を打ち払いながら、イシュトヴァーンは胸中で悪態をついた。


 なんとも小癪な攻撃をする相手だ……あの連発可能な銃、キャリコM960Aの弾幕に加え、縦横無尽に宙を舞う剣の斬撃の波状攻撃を繰り出されては、兎にも角にも距離を詰められない。


 小柄な襲撃者―――ミカエルの熾烈な攻撃に、今一つ攻め切れていないのが現状だった。


 何とか状況を打破できぬものかと考えを巡らせる一方で、イシュトヴァーンはある事実を見抜いていた。


 銃を主体とした戦闘スタイルに加え、あんなにも大柄な剣を持っていながら、それを魔術(おそらくは雷属性、磁力特性のものであろう)で宙を舞わせ遠距離から斬撃をお見舞いしてくる戦法を見て感じた違和感は、おそらく誤りではない筈だ。


 相手は―――ミカエルは、徹底して接近戦を嫌っている。


 確かに道理ではある。あの小柄な体格だ、体重もまた軽いのだろう。格闘術で多少は苦手を克服できても、持って生まれた身体的特徴に起因するその弱点はどうにもならない。身長の小ささはそれだけで手足のリーチの短さに直結するし、小柄な体格はすなわち、体重が軽い事を意味するからだ。


 スピードには目を見張るものがあり、本人もそれを強みと理解して活用しているのだろうが、しかしそれだけだ。体重が軽ければ踏ん張る力もまた弱く、近距離において放つ打撃や斬撃にも”重み”が乗りにくい。


 限界まで速度を上げ、その加速を武器とするという選択肢もあるが、それで相手を薙ぎ倒せるレベルに達するのにいったいどれだけの修練を必要とするのかは言うまでもあるまい。そんな芸当ができるのは、武術を極めた達人クラスである。


 接近戦において、身体の軽さは不利に作用する―――これは覆しようのない事実である。


 だからなのだろう、ミカエルは先ほどから接近戦を徹底して避け、距離を確保して銃撃と魔術で飛ばした剣で攻撃してくる。


 おまけにあの剣―――磁力で空中を縦横無尽に舞う”慈悲の剣”は、姿形こそ剣であれど、剣としての運用に難を抱えている。


 先ほどミカエルがイシュトヴァーンの斬撃を受け止めた際に、彼はそれを見破っていた。


 硬く強度は十分で堅牢無比、武器として扱うのにこれ以上適した頑丈さはないだろう。しかしあの図体でありながら、見た目に反して重量はそれほど重くはなく、ミカエルの体重の軽さもあって、相手の攻撃を一度受け止める事すら一苦労である。


 ならばこそ、活路は接近戦にある―――イシュトヴァーンが魔術による射撃戦に移行せず、執拗に距離を詰め圧力プレッシャーを与え続けているのはそれが理由だ。


 切っ先を振り上げて魔力を放射。斬撃をトレースするかのように紅い斬撃が迸り、血の衝撃波となってミカエルへと迫る。


 が、またしても奇妙な”ラグ”が生じた。目の前に立ちキャリコを構えていたミカエルが、まるでインターネット回線が劣悪な状態のオンラインゲームの如く、すぐ左へと瞬間移動しつつ弾丸を放ってきたのである。


 知覚できなければ攻撃を防ぎようもなく、咄嗟に剣を振るうが数発の弾丸がイシュトヴァーンの左肩を射抜いた。ドンッ、と肩を突き飛ばされるような衝撃に鋭い痛みが神経を駆け巡り、脳まで突き上がってくる。


 あまりにもの激痛に歯を食いしばり、呻き声を漏らしながらもイシュトヴァーンは止まらない。


 これは―――彼らの、イシュトヴァーン家の信仰を裏切った神への復讐なのだ。


 ダンッ、と床を蹴り大きく跳躍。空中という身動きの取れない領域へ舞う彼に向かい、ミカエルはここぞとばかりにキャリコの銃口を向け9mmパラベラム弾の弾雨を射かけてくる。


 天井にぶら下がるシャンデリアのすぐ脇を通過しつつ、切っ先をミカエルへと向けるイシュトヴァーン。バスタードソードの刀身の切っ先から赤黒い魔力が漏れ、さながら鮮血の彗星の如く尾を曳き始める。


 刀身に限界まで注入した魔力が飽和状態となって許容値を突破、剣の切っ先から漏れ出て生じた現象だった。真紅の流星となったそれは9mmパラベラム弾を振れるまでもなく腐食させ、重力の導きに従い落下していく。


 止められない―――そう察知したミカエルは時間停止を発動し回避に転じたが、この判断の僅かな遅れが戦局を動かす事になろうとは、彼は知る由もなかった。


 1秒のみ時間を停止し、後方へと飛び退く。その効果時間が終了すると同時に、加速したイシュトヴァーンが広間の床に落下して―――まるで隕石の衝突のような衝撃を、広間の全域に解き放ったのである。


 ごう、と空気が震えた。


 赤黒い魔力の波が衝撃に乗り、広間の全てを破壊し尽くしていく。床が抉れ、テーブルは粉微塵になり、ブロンズの像もあっという間に砕くその衝撃波を、ミカエルはもろに受ける羽目になったのである。


 小柄な身体が浮遊するのを感じた頃には、彼の視界は滅茶苦茶に揺さぶられた。上下左右、平衡感覚が完全に消失し、聴覚もその衝撃に許容量を超過して、キーン、と甲高い音を鼓膜の中に響かせている。


「あ……ぐ……ぅ」


 身体中を苛む鈍い痛みの中で、身体を起こそうとした彼の首を華奢な手が掴む。


 小さく、軽いミカエルの身体はあっさりと宙に浮いた。首をがっちりと押さえつけているのは他でもない、エカテリーナの夫である筈だったイシュトヴァーン・バートリー。


 無機質で、冷淡で、けれども憤怒が滲み出るかのような眼差しで睨んでくる彼を、ミカエルもまた同じように睨み返した。ここで屈しては駄目だと自らを奮い立たせるが、如何せん首を絞められ脳への酸素供給を阻害されたとあっては、その威勢も長くは続かない。


 胸が熱くなり、頭の奥底がぼーっとしていく感覚に生命の危機を覚えながらも、しかしミカエルは勝機を見失わない。


 そんな事は、彼の意思が許さないからだ。


 父の束縛を嫌って屋敷を出て、やっと自由になった身なのだ―――二度目の人生を、こんなところで終わらせてなるものかという意思は、常にその小さな身体の奥底で燃え滾っている。


『Jё nemhogy, mёlgas(やってくれたな、盗人め)』


 静かに怒りに震えるようなハンガリア語が、彼の口から溢れ出た。


 このまま首を絞めつけて殺すか、それとも一思いに首を刎ねるか―――選択肢は二つに一つ、そのどちらかがミカエルの末路だと思ったところで、イシュトバーンは唐突に剣を振り上げた。


 カァンッ、と軽い金属音が響き渡り―――先ほどまで宙を舞っていたミカエルの慈悲の剣が、ぐるぐると回転しながらどこかへと飛んでいく。


 最後の悪足搔きも意味を為さなかった事に、ミカエルは笑みを浮かべる。


 諦めの色が浮かぶ笑み―――勝利を確信したイシュトヴァーンは、大剣を投げ捨てて腰からダガーを取り出した。それで喉を切り裂き、一思いに殺してやるというのだろう。


 今まさに小さな命を摘み取ろうとしたイシュトヴァーンであったが、ミカエルが装着しているガスマスク―――スモークのかかったレンズの向こうにうっすらと映る銀色の瞳を見て、脳裏に違和感が浮かんだ。


 ―――この眼は何だ。


 果たして、これが死にゆく者のする眼だというのか?


 力尽き果て、死の運命を受け入れた者ならばこんなにも……こんなにも、力強く鋭い眼にはなるまい。


 むしろこれでは逆だ。己の勝利を確信し、自らの失策にも気付かぬ愚者を遥か高みから見下ろし嘲笑うような……。


 そこまで考えが至ったのと、ぎし、と何かが軋むような音が”頭上から”聞こえてきたのは同時だった。


「……Ya longhtmel koszom jol?(やっと気付いたか、間抜けが)」


 特徴的な巻き舌発音が抜け切らぬ、ノヴォシア訛りのあるハンガリア語。慣れぬ異国の言語での罵倒が、彼にとっては勝利宣言だったのだろう。


 ぎょっとしながら頭上を仰ぎ見たイシュトヴァーンは目を見開いた。


 先ほどの、彼の本気の一撃で広間の中が滅茶苦茶になってもなおぶら下がっていた特大のシャンデリア。黄金の装飾で飾り立てられたそれが、まるで見えざる手に引き抜かれるカブのように天井から抜け落ちるや、その矛先をイシュトヴァーンへと向けながら落下してきたのである。


 ミカエルの魔術属性は雷―――電撃を操る電撃系統と、磁力を操る磁力系統の2つの特性を内包するそれがあれば、不可能な芸当ではなかった。


 剣を磁力で操り宙を舞わせていたのを思い出せば、納得できる事ではある。


 しかしミカエルにとっては、それすらフェイントの一環でしかなかった。


 銃撃と宙を舞う剣の2つに意識を向けさせ、頭上にぶら下がるシャンデリアから意識を完全に逸らす事で―――磁力を使いシャンデリアを引き抜き、イシュトヴァーンへと落下させるという壮大な攻撃計画を、今の今まで隠匿していたのだ。


 獲物についに止めを刺せる瞬間―――己の勝利を確信し揺るがない、最も騙しやすい瞬間に、手元に残していたジョーカーのカードを放ってきたという事だ。


 確実に喉を切り裂くため、大剣を投げ捨てダガーに持ち替えていた事も仇となった。バスタードソードが手元にあれば、一撃で切り裂きミカエルの攻撃を頓挫させる事も出来ただろう。しかし脇差として用意していたダガーでそんな芸当をするのは不可能である。


 バヂッ、と手元で蒼い電撃が踊った。


 身体が痺れる感覚に、手から力が抜けてしまう。


 その間にするりとイシュトヴァーンの手元を抜け、距離を取るミカエル。忌々しげに彼を睨むと、ミカエルは最後までこの策を見抜く事も出来なかった愚かな相手へと中指を立てた。


 相手から受けた侮辱が憤怒に変わる暇もなかった。視界いっぱいにシャンデリアが迫り、派手な金属音が聴覚を殺した頃には、イシュトヴァーンの意識は混濁の海へと沈んでいったのだから。













「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 脳に酸素を送り込みながら、吹き飛ばされた慈悲の剣を拾い上げて鞘に納める。


 イシュトヴァーンにはまだ息があるようだった。というか、シャンデリアが落下してきた衝撃で気を失っているだけで、パッと見た感じ命に別状はないっぽい。


 こんな男の血で手を汚す気にもなれないし、コイツには法の裁きを受けてもらおう……全てを白日の下に晒されて、咎人トガビトの烙印を押されて生きるがいいさ。


 ふらつく身体に鞭を打ちながら歩き、広間の出口へと向かう。


 そういえば、自分の力だけで強敵を倒したのは、いつぞやのエルダーゴブリン以来だ……今までは仲間と一緒に強敵と戦う事が多かったけど、自分の実力だけで強敵に勝利できたのは、何気に冒険者になってから初めてではないか。


 日頃の努力が報われたのを実感しながら、俺はもう一度イシュトヴァーンの方を振り向いた。


「そこで寝てろ、クソッタレ」


 中指を立てながらノヴォシア語で罵り、広間を出た。


 あとは屋敷からの脱出のみ……。





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