初めての依頼
「さて、それでは早速依頼を受けてみましょうか、ご主人様」
パヴェルと別れてから2人きりになるなり、そんな事を言い出すクラリス。確かに冒険者たるもの、仕事をしなければ金はもらえない。普通の仕事のように安定した収入があるというわけではなく、仕事を受けた分だけ収入が入るという、随分と収入が不安定な仕事。餓死したくなきゃ働くしかないわけで、それはまあ資本主義の極致みたいな職だ。
汚れて使えない金以外にも自分で貯めた金があるけれど、さすがにこれだけでは心許ない。宿屋での宿泊費やアイテム購入費、その他諸々……冒険者をやっていく以上、そういった出費は避けられない。
というわけで依頼をこなして報酬を貰おう、というのは当然の流れになるわけだが。
「休まなくていいのか、クラリス?」
「?」
いきなり何を言い出すのです、とでも言わんばかりに首を傾げるクラリス、ちょっと可愛い。
「いやいや、だってお前……寝てないじゃん」
俺もクラリスのとんでもなくアクロバティックな運転のせいで寝れなかった、とは言わない。おかげでぐっすり熟睡出来ました、うん。何回も窓に頭ぶつけたけど。
「クラリスは大丈夫ですよ、元気ですっ」
そう言いながら胸を張るクラリス。おかげでGカップくらいはありそうな胸が強調され、視線がそっちに……って言うと思うじゃん? ミカエル君身長150cmなんだけど、クラリスは183cmくらいあるのよね。だから必然的に見上げる形になり、嫌でも彼女のおっぱいが視界に入ってしまうのだ。うはは、ミカエル君に隙は無いぜ。
まあ、問題はクラリスが全然休んでない、という事以外にもある。
―――クラリスは今、丸腰だ。
身に着けているのはメイド服くらいという有様で、拳銃1丁、ナイフ一本すら持っていないという有様。とはいっても素手でゴブリンの群れを全滅に追いやるくらい強いメイドさんだからそれでも支障は無いのだろうが、せめて何か武器を買い与えてあげなければ……。
銃の使い方、後で教えておくべきか。
そう思いながら腕を組んだ。
俺がもらった能力で生産できる銃は、この世界の銃と比べると何世紀も進んだ性能を誇る。そりゃあマスケット全盛期の時代に21世紀の突撃銃なのだ、勝負にならない。
だから銃撃戦におけるアドバンテージは圧倒的にこっちが上であり、それを仲間と共有できれば戦力の向上は間違いなく期待できるわけだが……それは俺を裏切る事の無い、信頼できる仲間だった場合に限られる。
進んだその兵器の存在に欲を出し、貴族に売りさばこうとしたり、俺を殺して全部奪っていこうとするような奴が居ないとも限らない。こういった力の共有は常に慎重になって然るべきである。
そういう観点から見ても、クラリスは信用するに値する―――いや、それどころじゃない。絶大な信頼を向けるべきパートナーと言っていい。
彼女をあのダンジョンから救出してからというもの、ずっと一緒に過ごしてきたクラリス。付き合いが長いからこそ分かる。彼女は俺を裏切らない、と。
「ご主人様?」
「とりあえず、クラリスが大丈夫ならそうしようか」
「はいっ!」
いずれ彼女にも銃を渡そう。とはいっても、射撃訓練は必要だ。銃を渡して使い方を教えただけでは不十分。弾道のクセから分解整備の手順に至るまで、みっちりと身体に叩き込まなければならない。
新しい銃を手に入れたからすぐ使える、というのはゲームの中だけである。
余談だけど、こういう経緯があるから、新しい小銃に更新する場合の軍隊では極力操作方法が似通った銃が好まれるのだそうだ。訓練の手間が省けるし、兵士も操作ミスを防ぐことが出来て一石二鳥というわけだ。
え、ミカエル君が使い慣れてる銃? そらもうAKよ。自分の一部と言うか生涯の伴侶と言うか、むしろ前世の自分という説まである。ごめん嘘、前世は岩手県民です。AKとは縁も所縁もございません。
依頼が張り付けられている掲示板の前には何人か冒険者がいて、パーティーメンバーと一緒に依頼内容を眺めているようだった。
依頼にはランクがあり、EからSまで用意されている。ランクが上がれば上がるほど難易度が高くなっていき、それに比例して報酬も巨額となっていく。
じゃあ最初から高ランクの依頼を受けるかとなりたくなるが、そうもいかない。何故かと言うと冒険者にもランクがあり、依頼の契約制限が発生するからだ。
登録したばかりの冒険者はEランクからスタートする事になるのだが、原則として冒険者は”同じランクの依頼しか受けられない”という事になるため、俺たちはEランクの簡単な依頼をコツコツこなしていくしかない。これは初心者が背伸びをして難易度の高い依頼を受け、依頼を放棄、あるいは仕事中に死亡する事態が多発したため、それを防止するために導入された規定なのだそうだ。
まあつまり、えっちな本は18歳からね、という事だ。何の話だろうか。
何度も依頼をこなして管理局から実力を認められた場合、昇級試験を兼ねたワンランク上の依頼を回してもらえる事がある。それをクリアできれば晴れてランクアップ、ワンランク上の世界にウェルカムというわけだ。
まずは下積みから。焦らずに落ち着いていこう。
「どれどれ……どんな依頼があるかな」
【薬草採取】
【ゴブリン退治】
【スクラップ回収】
……だいたいこんなもんか。多少の違いはあるが、大体似たようなもんだった。
ちらりと高ランクの方の依頼書を見てみるが、まあすごい。【古代遺跡調査】とか【城塞奪還】とか【ドラゴン討伐】とか【冒険者救出作戦】とか色々ヤバそうなのがずらり。よく背伸びしてあんなの引き受けようとする連中がいたものだ、馬鹿なのか?
「クラリス、どれにする?」
「このドラゴン討伐というのは……」
「ランクランク」
「むー……ではこちらにしましょう、薬草採取。お花を摘むだけで5500ライブルですよ」
まあ、なかなかの値段だな……掲示板から依頼書を剥がし、詳細をチェック。”イライナハーブ”と呼ばれる薬草を20本採取し持ち帰れば報酬が支払われる、というもの。規定数以上採取した場合はその数に応じて追加報酬が支払われるらしい。
依頼で指定されている地域は『バニヴロ森林』。ボリストポリの近くに広がる森林で、魔物の生息地としても知られる。多くの商人はそこを避けて通るようで、まあ……危険地帯ですわお嬢様。入念なお準備が必要でしてよ。
とはいえEランクの依頼である事に変わりはなく、出現する魔物もゴブリンやハーピー、ラミアといった危険度の低い(とされている)魔物ばかり。入念な準備と言ってもそこまでガチガチの準備はしなくても良いだろう。
「これにしようか」
「そうしましょう」
剥がした依頼書をカウンターへと持っていった。低ランクの依頼、肩慣らしにはちょうどいい。冒険者としての記念すべき第一歩だ、派手にやってやろう。
「すいませーん」
「はーい。あ、依頼ですね。お預かりします」
カウンターの向こうから顔を出したウサギの獣人の受付嬢がそれを受け取り、依頼内容を確認して手元の機械に内容を打ち込んでいった。タイプライターを弾く心地良い金属音が向こうから響いてくる。
「はい、契約は完了です。納品の期限は契約した日から起算して3日となりますのでご注意くださいませ」
「分かりました」
「それでは、お気をつけて!」
よーし、これで契約は完了。
早速出発……と行きたいところだが、最初に準備を済ませておこう。
幸い管理局内にはいろんな店が集まっている。冒険者向けの回復アイテム販売店や鍛冶屋の出張所など、冒険者の活動に必須と言える代物がずらりと並んでいた。
まず最初にアイテム販売店に入り、回復用のエリクサーを5つずつ購入。後は毒を使ってくる魔物―――バニヴロ森林の場合だとラミアが該当する―――に備えて解毒剤を5つずつ購入。出費は400ライブル程度だった。
お次は本命の鍛冶屋。丸腰のクラリスにせめて武器でもと立ち寄ったわけだが……。
いや、普通さ……武器って言ったらあれ選ぶじゃん。剣とかハンマーとか斧とか槍とか。そういうメジャーなやつ選ぶじゃん?
「あぁ……これ、これが良いです……!」
どういうわけかボルトカッターを手に目を輝かせるクラリス。知らない人のために一応述べておくが、ボルトカッターってアレだ、やけにゴツいペンチというかハサミみたいな工具である。番線とかケーブルとか鎖を切断する事ができる代物で、第一次世界大戦では鉄条網の切断とかにも使われたんだとか。
まあ、そういうわけで……その、武器というよりは工具だ。
鍛冶屋には何故か、それが置いてあった。しかも普通のサイズと比較すると明らかにデカい。刃はマチェットみたいな長さで、成人男性を容易にバッサリと殺れそうなサイズである。
「な、なぁにそれぇ……」
「見てください、”魔物相手にもおすすめ!”って書いてますよご主人様!」
あ、ホントだ……しかも”店主おすすめ”って書いてあるし半額の値札がある。お値段800ライブル……お手頃価格になってるけど、なんでこんなのおススメするんだ店主。ウォッカでもキメたのか店主。
「く、クラリス? 他にも剣とか普通の武器あるけど……これでいいのか?」
「クラリスはこれがいいです」
「わ、分かった……買お」
「ありがとうございますご主人様!」
ぎゅうっ、と抱き着いてくるクラリス。おかげで顔がね、見事におっぱいに当たってるんですけどね、滅茶苦茶柔らかいしいい匂いするしとりあえず人目につかないところでやってくれませんかねクラリス氏。
そんなこんなでクソデカボルトカッターを抱えたクラリスと一緒にカウンターへ。店主と思われるアナグマの第一世代型獣人の店主がひょっこりと顔を出し、カウンターの上に置かれたクソデカボルトカッターを見るなり呟いた。
「まさかこれが売れるとは……」
オイ店主今何つった?
何とも言えない顔で「は、800ライブルです」と言う店主。深く追求せずに言われた通り800ライブル出し、レシートを貰って購入。何だろう、隣でクラリスが大喜びしているというのに、ボソッと店主が漏らした一言が頭から離れない。
「ありがとうございますご主人様。大事にしますね!」
「あ、ああ……」
と、とりあえず、出発しよう。
バニヴロ森林までは車で20分くらいの距離だ。
「平和ですね、ご主人様」
「う、うん」
どんな魔物が出て来ようと蜂の巣にしてやるわと意気込んでいたのだが、バニヴロ森林に足を踏み入れて採取を始めること1時間と15分、今のところ何も起こらない。
聞こえてくるのは風で樹々の枝が揺れる音や小鳥たちの囀り程度。魔物が出てくる気配もなく、そんな平和な環境だったものだからイライナハーブはとっくに20本集まってしまった。
イライナハーブは白くて小さな花を咲かせるのが特徴であるとされていて、今でもイライナ地方では大自然の象徴、あるいは自然の恵みとして重宝されている。主な用途はこれを磨り潰してエリクサーの原料にする事だが、乾燥させて粉末状にしてお茶にしたり、サラダの具材に使ったりすることもある。
何度か食べた事があるけど、香りが強くて好みが分かれそうな味だった。イライナの郷土料理には欠かせない食材なんだとか。
「良い香りですわね、ご主人様」
「そうだなぁ……これ香水とかにしたら良さそう」
「あ、いいですわね」
食材にすると好みが分かれるが、香りだけならば……と思いつつ、倒木の影にあったイライナハーブを傷付けないようそっと引っこ抜いた。土を払い落してポーチに放り込み、これで37本目だと思ったところで、クラリスが森の奥をじっと見つめている事に気付いた。
クラリスの嗅覚や聴覚は獣人以上に敏感だ。視力はそれほどではないようで、普段は眼鏡をかけているクラリスだが、聴覚と嗅覚には驚かされる。まるで高精度のセンサーの如く何かの接近を正確に察知してくれるのだ。
そんな彼女が森の奥をじっと見つめたまま、直立している。敵の気配なのか……クラリスの長手袋に覆われた手が、背負っているクソデカボルトカッターへと伸びるのを見て、俺もAK-12へと手を伸ばした。セレクターレバーを下段まで弾いてセミオートに切り替え、ドットサイト”PK-120”を覗き込む。
「敵か」
「……分かりません」
風向きは……くそ、こっちが風上だ。これではクラリスの嗅覚は役に立たない。聴覚に頼った索敵になってしまう。
が、クラリスはそれ以外の何かを察知しているようだった。敵意、あるいは殺気……俺では知り得ない何かを、彼女は鋭敏に感じ取っている。
しばらくして、クラリスはそっと警戒を解いた。
「魔物か?」
「いえ、あれは……人のようでしたが」
「人?」
という事は憲兵か?
いや、でも……ボリストポリ憲兵隊がそんなに早く動くとは思えないし、隙だったらいくらでもあった筈だ。憲兵隊だったらとっくに踏み込んできている筈である。
では、何だ?
まあいい、長居は無用だ……早めに帰った方が良いかもしれない。
「帰ろう、クラリス」
「ええ、そうしましょう」
なんだか嫌な予感がする……早いところボリストポリに戻った方が良さそうだ。




