危惧
SMG、という銃が誕生したのは第一次世界大戦終盤だ。
元々は塹壕突入後、仲間とすれ違う事すら億劫になるほど狭い穴の中に潜む敵をテキパキと制圧するための兵器として開発された。命中精度よりも弾数とフルオート射撃を、というわけだ。
それからというもの、SMGは進化を遂げ、命中精度を度外視した”弾丸をばら撒くための近接武器”という扱いだったそれも適度な精度が得られる時代となった。この手の話になると必ず名前が挙がるのがドイツのMP5である。
さて、アサルトライフルの内部構造をベースにしたMP5が脚光を浴びる一方で、色々な問題と法律に止めを刺され日の光を浴びる事の無かった銃というのもまた存在する。
ミカエル君のミニマムサイズの手にあるこの銃がそれだ。
傍から見るとそれは、SF映画とかに出てくるレーザーライフルにも見えるかもしれない。最近の銃にありがちな下部に突き出たマガジンは見当たらず、すらりとした銃身とハンドガードには、さながら鞘に収まったレイピアのような優美ささえある。
『キャリコM960A』と呼ばれる、アメリカ製のSMGである。
一通り銃を眺め、コッキングレバーの位置やセレクターレバーの確認を済ませてから、最大の特徴となるマガジンを機関部上部にゆっくりと装着する。
マガジンと聞いたら、おそらく多くの人はすらりとした細長いやつか、緩やかにカーブしたマガジンを想像するだろうが、コイツのマガジンは違う。円筒状のタンクを思わせる、大容量の『ヘリカルマガジン』と呼ばれる代物だ。
「しっかしミカ、お前がそんなもんに手を出すなんてな」
扱い方の説明を終え、腕を組んで様子を見ていたパヴェルが何というか、変わり者を見るような目で見ながら呟く。
実際そうだろう、キャリコは変わった銃……ってアレか、銃じゃなくて俺の方が変わり者ってかふざけんなこの野郎。
とはいうものの、銃も、そしてそれを選んだ俺も変わり者である事に変わりはない。
キャリコには複数のモデルが存在するが、一貫している特徴はこのヘリカルマガジンを採用したことによる大弾数、である。
50発入りと100発入りの2種類が存在し、圧倒的な数の弾丸を敵にバラまくことが可能なのだ。まさにマシンガン、といった感じの兵器だが、ヘリカルマガジンに問題点も多く、既にSMGのシェアをMP5が独占していた状態の市場に入り込む事は出来なかった。
用意したキャリコは2種類。
まずはロングバレル、100発入りヘリカルマガジン装備の『キャリコM960A』。フォアグリップも搭載してあるし、ヘリカルマガジンを横から跨ぐ形でピカティニー・レールも追加装備しているのでドットサイトをここに乗せる事も可能だ。どれを搭載するかは後々検討するが、十中八九PK-120になると思う。
そしてレーンの前にある台の上には、ショートバレルに50発入りヘリカルマガジンを装着した『キャリコM950A』がある。こっちはSMGというよりもマシンピストルっぽい感じの銃(それでもミカエル君からしたら十分デカい)なので、その気になればサイドアームとしても携行可能だろう。
普通のピストルではなくマシンピストル、それも50発入りがサイドアームとはいったいどんな脳筋なのだろうか。
「なんでこれ使いたいと思ったのさ?」
「やっぱりSMGで100発入りという強みがあるからかなあ……」
それを聞いただけで、パヴェルはそれ以外の理由や運用用途も察したらしい。
お察しの通り、コイツは強盗の時とかに使えそうだ。強盗といっても俺たちがやる強盗には色んなスタイルがあり、中には相手に気付かれずに金庫の中身を盗んだりとか、そういうステルスが要求されるやり方もある。
そんな中でも、真正面から銀行に突入して客や店員を脅し、金庫の中身を奪って電撃的に逃げるという古き良き(良くあってたまるか)強盗スタイルで求められるのは一つ、”相手を威圧する事”だ。
要求を呑まなきゃこの火力をぶつけるぞ、と相手を屈服させうるだけの力を見せつけなければならない。小ぢんまりとしたピストルとか、単発式のライフルよりも弾数がいっぱいあるマシンガンをぶちまけた方が、銃に詳しくない素人でも一発で分かる筈だ。『こりゃ敵に回しちゃアカン』と。
そういう条件で今後運用する銃について考えていたら、キャリコに行きついたというわけだ。
レーンの前に立ち、安全装置を解除。セレクターレバーをセミオートに切り替え、アイアンサイトを覗き込んだ。
やはりというか、機関部上に筒状のマガジンが搭載されているというアングルの関係上、構えた時の感覚は独特だった。一応、背の高いフロントサイトがマガジンを前方から挟み込むように伸びているので視界は悪くないが……。
レーンの奥の標的に向かい、試しに何度か引き金を引いてみる。スパンッ、と鋭い銃声と共に9mmパラベラム弾が飛び出し、木製の的の外側を撃ち抜いた。
「どう?」
「意外と反動はないな」
「そりゃそうだ、9mmパラベラム弾をその図体で撃ってるんだからな」
銃の重さ、というのも反動軽減には一役買う要素である。銃が重ければその分反動を殺す事が出来るが、当然運用する側の兵士にも高い負荷がかかる。
次はセレクターレバーをフルオートに切り替え、引き金を引いた。
案の定、セミオートが大人しいだけだった。一発一発の反動が小さくても、それが立て続けに何度も襲い来れば話は別。ぴたりと的に合わせていたつもりの銃口は上へ下へ、左へ右へと暴れ始める。
左手で保持していたフォアグリップをぎゅっと握り、ストックを肩に押し付けて何とか堪えるが、それでも一度暴れ出したキャリコは止まらない。やがてヘリカルマガジンにたっぷりと装填した9mmパラベラム弾を吐き出し終えたキャリコM960Aは、まるで遊び疲れた子供のように大人しくなった。
「お、おう……」
「なかなか強烈だなコイツは」
ヘリカルマガジンを取り外し、安全装置をかけてレーンの台の上にそっと置いた。確かにこの火力が発揮されれば十分だし、強盗でも脅しには十分使えるだろう。
隠密行動が求められる作戦では他の銃を使えばいい……そろそろAKとかMP5以外の銃の扱い方も覚えるべきだろう。P90とか、あの辺は押さえておいた方が良いかもしれない。
用意したマガジンを全部使い切り、銃の射撃のクセと動作を身体に焼き付けていく。
この手の訓練の度に何度も述べているが、銃を完璧に扱うにはとにかく時間がかかる。どこにコッキングレバーがあるかとか、セレクターレバーがどこにあるかとか、操作方法以外にも射撃のクセや反動の大きさ、弾数などをとにかく身体に叩き込まなければならない。
頭が考えているよりも先に身体が動くレベルで、だ。
パヴェル曰く『夢にAKが出てくるレベルまで身体に叩き込め』。なにそれ怖い。
エジェクション・ポートに取り付けていた薬莢受けを取り外すと、熱々の薬莢を受け止めていた薬莢受けの中では早くも薬莢が朱色に変色を始めていた。事前に塗布していた、金属を捕食し錆に変える微生物『メタルイーター』の作用だ。
こうして薬莢を処分する事で、踏みつけて転倒したりといったアクシデントや、現場に残った薬莢で犯人を特定されるというミスを防ぐことができる。パヴェルの研究室では、このメタルイーターの培養が積極的に行われているのだそうだ。
「おー錆びてる錆びてる」
「すげえだろコレ」
「ああ。でもコレ金属にしか対応してないんだろ? プラスチックとか他の物質も食べてくれたら……」
「あ、それに関しては研究中だ」
「マ?」
「マジで。プラスチックに関してはそのうち実用化できそうだ。他にも布を喰うやつとかも面白そうだな」
布を喰うメタルイーター……ん、待てよ。
布……つまり服を着ている美女にそんなものを使ったら、よくエロ同人とかにある”服だけを溶かす謎成分”が現実のものになるという事か!?
「パヴェルそれ!」
「おうミカ分かるか!?」
「夢が! 夢がソビエト連邦!!」
「そうだぞ同志! この夢を全世界に広げるのだ!! えっちな強制脱衣革命の始まりだ!!」
「ハラショー!」
「 へ え 、 ど ん な 革 命 な ん で す ? 」
ガチャッ、と射撃訓練場のドアが開き、怒気を発しながら入ってきたのはみんなのシスター・イルゼ。気のせいでしょうか、いつもは光を放つ彼女ですが、今回に限ってはどす黒い復讐者みたいなオーラを纏っております。
あとその、その右手のメイス is 何?
アレか、メイスは聖職者の武器だって言われてるし、そういう事なのか。そりゃあイルゼも聖職者だし、彼女の得物もそういう事になるのかなぁ。あっはっはっはっはっ……イルゼさん?
「え、ええと、シスター?」
「ミカエルさん」
「ひゃい」
「小さい子もいるので、そういう卑猥な話は慎んでくださいね?」
「ぴゃい……」
聖母の如き笑みを浮かべながら、けれども発する威圧感は閻魔のそれである。なんだこのシスターは。
くるりと踵を返し、戻っていくシスター・イルゼ。俺とパヴェルは強張った顔を見合わせてから、もう一度扉の方に視線を向けた。
「こ、こわー……」
「やっべ……ウチの妻といい勝負かもしれん」
「え、パヴェルの奥さんってそんなにヤバいのか」
「怒らせるともうね……敵国の首都を丸々喰った事がある」
どんな妻だ。
敵国の首都を丸々喰ったって……いやいやさすがにジョークだろ、と言いたくなるかもしれないが、今まで身に起こった事を考えるとマジでそんな事をする人が居そうで怖い。
そういう化け物が敵に回らない事を祈ろう。ミカエル君はあくまでも普通の人間であって、クラリスとかパヴェルとかリーファみたいな化け物レベルの冒険者ではないのだ。
ぼく喧嘩弱いの。ハクビシンだし。
「―――あ、そういえば」
「「ぴゃいっ!?」」
ガチャッ、と再びドアを開け、訓練場に再登場するシスター・イルゼ。ちょっとびっくりしたけれど、さっきと違って怒気を纏っているわけではない。純粋に何か用件があってここを訪れたら俺たちが馬鹿な事言っててつい忘れてしまった、といったところか。
「パヴェルさん、例の無線機繋がりましたよ。今セロさんが出てます」
「おー、動作良好だな」
「ミカエルさん、折角ですしお話しされてみては?」
「あー、いいかもね」
まだ別れて間もないけれど、一応声は聞いておきたい。
シスター・イルゼに続いて射撃訓練場を出た。下の階へと通じる階段を駆け下り、連結部を飛び越えてそのまま1号車へ。
2階建ての客車の1階に設けられたブリーフィングルームに、その無線機はどどんと置かれていた。100㎞くらい先まで通信できるらしい。
座席には既にノンナが座っていて、「あのねあのね」とまるで学校の先生に昨日の出来事を話すかのように、無邪気な声を響かせていた。
「あ、ミカ姉!」
「おうノンナ、セロか?」
「うんっ。セロお姉ちゃん、ミカ姉に代わるね!」
彼女からヘッドセットを受け取り、ケモミミをぺたんと倒してから人間としての耳に押し当てた。ヘッドセットとかを使用する際は、ケモミミより普通の耳の方が使いやすいのだ。ケモミミは少々敏感過ぎるしアングル的にね……。
「もしもし」
『ああ、ミカ。元気か?』
「まあね、そっちは」
『こっちも何とか。食料、こんなにいっぱい貰って申し訳ない』
「いいっていいって、一緒に仕事した仲だからな。そっちはそれからどうする? ミリアンスクに行くのか?」
『そのつもりだ。向こうは仕事がたっぷりあると聞いた。ミカたちは?』
「俺たちもだ。姉上に挨拶も済ませたし、ここで日用品の補充を終えたらミリアンスク行きさ」
『ん、ミカお前お姉さんがいたのか』
「あー、言ってなかったか。うち5人姉弟でな、俺は末っ子だ」
庶子だけど、と付け足そうと思ったけどやめた。父親がついつい性欲をメイドにぶつけた結果生まれた不貞の証、なーんて自虐ネタにそのまま繋がりそうだったからだ。自虐ネタは虚しくなるので止めましょう。
『そうかそうか……ん、お姉さんに挨拶って?』
「姉上が結婚してな、その挨拶に」
『そいつはめでたい。で、お相手は?』
「ハンガリアのバートリーって貴族の息子だよ。イシュトバーンって名前の」
『……バートリー?』
バートリー、という名を聞いた途端、それまで姉上の結婚を祝福してくれそうな感じだったセロの声音が変わったのが無線機越しでもはっきりと分かった。
その声音の変化に、俺は思わず「何か?」と聞き返してしまう。
『いや……その、私もハンガリア出身だし富裕層の人間だから貴族の話もそれなりに聞いてるが……バートリー家にはあまり良い噂を聞かないな』
「なんだって?」
いくら父上でも、娘の結婚相手の事くらいは事前に調べておくものであろう。セロの言っている事が本当だったら、それについても調べていて然るべきである。
それが単なる噂話と一蹴できるレベルの話だったのか、それとも……。
『いや、私も噂話としか聞いていないんだが……曰く”バートリー家では女が消える”のだそうだ』
「なんだそりゃ」
『詳細は分からない。だが、バートリーの屋敷には主である”エリザベート・バートリー”以外に女は居ないのだそうだ』
「どういう事だ、使用人はみんな男ってか?」
『実際に見たわけじゃないから分からないが……ちなみにそのイシュトバーンという男、私の記憶違いじゃなければ過去に2人ほど妻を迎え入れている』
「で、その妻は? まさか消えたってわけじゃ……」
『……分からないが、それ以降の妻の話は聞かないな』
背筋が冷たくなった。
姉上は……エカテリーナ姉さんは……。
いや、コレが単なる噂話であれば良い。しかし、もしセロの言っている事が事実、あるいは限りなくそれに近いものであったのだとしたら。
―――エカテリーナ姉さんが、危ない。




