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2人の旅路


 エルゴロドに戻ってくる頃には、空はうっすらと明るくなりつつあった。闇の色から蒼く変わっていく空の向こう、地平線の向こうから登ろうとする日の光が見え、その周囲だけいつもの空の色になっているのが何とも幻想的だけど、そんな風景も俺たちの疲れ切った心を癒すには至らなかった。


 街を覆うグラスドームの中に入ってからやっと緊張が解けたようで、車内の空気が幾分か軽くなる。ここならもう大丈夫だろう、駅に着けばパヴェルたちがいる。


 まだ午前4時を過ぎた辺りだというのに、エルゴロドの街中は出発前と比較して何も変わらなかった。飲食店は相変わらず客で賑わっているが、夜勤明けの労働者なのだろうか? 中には仕事帰りの冒険者らしき男たちもいて、酔っぱらいながら陽気に歌う姿が何とも微笑ましい。


 やがて市街地のほぼ中心部にある駅が見えてくる。エルゴロド市街地を横断するように造られた巨大な鉄橋の上にそのまま駅を造ったらしく、2階と3階に列車の駅が、そして1階にタクシーやバス乗り場があるというなんとも機能的な造りになっているのが印象的だった。


 近くの踏切から線路に入り、そのままレンタルホームへ。”7”と表示されたプレートがある辺りに、見覚えのある列車が停車している。


 クラリスがクラクションを鳴らすまでもなく、最後尾に連結されている車両格納庫のハッチが開いていく。内部にある制御室でパネルを操作しているのはツナギ姿のパヴェルで、ブハンカの後をついてくるランドクルーザー70の方を訝しむように見ていたが、俺たちと一緒に行動しているのだから敵ではないと理解してくれたようで、いつものように軽いノリで手を振って出迎えてくれた。


 バックで格納庫にブハンカを停車させると、それに倣うようにセロもバックでランドクルーザー70を格納庫の中へと入れてくる。格納庫はスペースに随分と余裕があり、主力戦車(MBT)であれば2両くらいは格納できそうなほどだ。


 今は普通の車両の格納庫として使っているが、ゆくゆくは……と考えながら助手席から降りる。


「ただいま」


「おかえり。彼女たちは?」


「仕事で一緒になった」


「さ、お嬢」


「ええ」


 ランドクルーザー70の後部座席から降りてくるマルガレーテに手を貸すセロ。その背中にはGM6 Lynxがあり、それを見たパヴェルも事情は察してくれたらしい。


 本当、現代兵器を持っている奴は転生者という認識は分かりやすくていい。それが味方である場合は特に。


 なるほど、と短く呟いた彼に、俺は紹介する。


「仕事で一緒になったセロとマルガレーテだ」


「デッッッッッッッッッ」


「……パヴェル?」


 なんで俺と同じリアクションしてるの?


 いやまあ、確かにセロはデカいけど。身長も胸もデカいし、おまけに褐色肌で腹筋バッキバキという性癖の過剰積載だけども。


 う、ウチにもクラリスという性癖過剰積載メイドさん居るんだからねっ!!


「初めまして、冒険者のセロ・ウォルフラムだ」


「こちらこそ、血盟旅団マネージャーのパヴェル・タクヤノヴィッチ・リキノフだ」


「……マネージャー?」


 筋骨隆々で口元には葉巻を咥え、眼光が鋭い……というよりは人相が悪いパヴェル。どのくらい悪いかと言うとスーツ姿で出歩くだけで憲兵さんに職質されるレベルなんだとか。想像してみるが、確かに懐から今にも拳銃を引っ張り出しそうなマフィアの幹部っぽさがある。


 今ここに居るメンバーの中で一番軍人っぽい雰囲気を放っている男が裏方である事が意外だったのだろう、セロはパヴェルの爪先から頭までをじっと見てから、何でやと言いたげな表情を浮かべた。


 一体何があった、と聞かれるよりも先に、俺は彼に報告する。


「……アリク村に例の機械人間が居た。村民全員がそれにすり替わってた」


「―――こんなところにも奴らが」


「ミカ、お前ら何か知ってるのか?」


 話す必要はあるだろうな、と思いながらパヴェルの顔を見上げると、彼はゆっくりと頷いた。


「俺たちは、あの機械人間の持ち主―――正体不明の”組織”と敵対関係にある」


「”組織”?」


「ああ。詳細は省くが、帝国の裏側で暗躍している正体不明の組織だ。以前にもシスター・イルゼのいた村が奴らの手によって壊滅させられた」


 今回のようにな、と付け加えると、セロはぎょっとしたようにシスター・イルゼの方を振り向いた。ブハンカの後部座席から降りて話を聞いていた彼女は、辛い過去を思い返すような表情でセロに向かい首を縦に振る。


「目的は」


「……俺たちを消すためだ」


「馬鹿な」


「以前、ザリンツィクで冬を越した事があるんだが、そこで奴らの陰謀を色々と阻止したことがあってな……おかげで今や組織からは暗殺目標にされちまってる。おそらく今回もそうなんだろう……巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」


 もし今回の襲撃が本当に組織の手によるものなのだとしたら、セロたちを組織とのいざこざに巻き込む形となってしまった事は本当に申し訳ないとしか言いようがない。


「それはまあ……確かに巻き込まれたのはアレだが、元はと言えば同行を申し出たのはこっちだし、お互い生きてるんだ。気にしないでくれ」


「しかし……」


「それにしてもその”組織”の連中、お前たちを消すために村1つを潰すなんて……何という事を」


 目的のためならばどんな犠牲も構わない……組織のそんな思想が見え隠れして、なんとも不気味になる。しかも向こうの兵力は機械人間で、その機械人間もその辺の一般人に紛れ込んでこちらを監視しているのだとしたら、何とも恐ろしい事である。


「奴らは人間と機械人間をすり替える」


 腕を組みながら話を聞いていたパヴェルが言った。


「すり替えられた人間の記憶や細かな仕草まで、機械人間は完璧にコピーするんだ。好きな食べ物とか、ずっと一緒に過ごしてきた人間でなければ見抜けないような癖まで全部だ。外見上の特徴だけで見分けるのは不可能だろう」


「じゃあどうすれば」


「血だ」


「血……ああ、そうか」


 思い出したように納得するセロ。


 機械人間との戦いで、彼女も薄々気づいていた筈だ。機械人間の流す人工血液は、人間の流すそれとは質感の異なるものである、と。


「少なくとも仲間内では判別できるだろう。後ろから刺されたくなきゃ定期的にチェックしろ、俺たちもそうしてる」


「ああ、そうする」


 とはいっても、あの2人ほどの手練れがあっさりすり替えられるなんて可能性は低いが……。


「まあいい、ところで格納庫は冷えるだろ。詳しい話も聞きたいし食堂車に来い、軽食くらいは用意する」


 葉巻を携帯灰皿(偉い)に押し込みながらそう言ったパヴェルは、手を覆っていた作業用の手袋を外してその辺に放り投げ、肩を回しながら踵を返す。


 作業用手袋の下から顔を出した灰色の機械の腕を見て、セロの目が訝しむようなものに変わっていった。


「彼、傷痍軍人か?」


「色々と”ワケあり”らしい」


「ふうん」


 食堂車に案内しながら短く説明したが、パヴェルに関しては俺たちでも把握していない事は多い。分かっている事は腕が立つ上に機械の整備や家事全般も完ぺきにこなし、更には諜報活動まで当たり前のようにやりこなす万能選手だという事だ。


 とはいえ、アイツもクラリス並みに謎が多い。ワンチャン例の組織の関係者である可能性も有るが……もしそうだとして、ここまで俺たちに肩入れしてくれるものか?


 疑念は色々とあるが、とにかく何とか奴らの襲撃を切り抜けたのだ。これからの事を考えよう。


 その方が精神衛生的にも良い筈だ。













 夜が明けた。


 グラスドームで覆われたエルゴロドの空。透明なガラス越しに差し込む朝日が、街に朝の訪れを告げる。


 ミカエルたちが保有する列車は思っていたよりも大型で、設備も充実していた。そりゃあ列車を移動拠点として各地を旅しながら仕事をする冒険者ノマドなのだから、これくらい設備が充実していなければ仕事に出れないのだろう。


 車両を収納しておける格納庫に、パワードスーツみたいなメカの専用格納庫(アレちょっと欲しい)、そして武器製造が出来そうな工房に、その上の階の射撃訓練場。こんな列車で広大な帝国中を旅できるのだから、彼らは随分と恵まれている。


 格納庫に備え付けてあった給油用のホースを使ってガソリンを給油してもらい、ランドクルーザー70のトランクに水や食料品、それから分けてもらった日用品も積み込んだ。コレでしばらくは買い物をしなくて済むだろう。


「すまないな、こんなに分けてもらって」


「いいって。それよりこっちこそ、巻き込んでしまってすまない」


「気にするなよ、お互い生き残ったんだ」


 大したことのない相手とは言い切れないが、お互い生き延びたのだ。いつまでも引き摺るのは良くない。


 ちらりと視線を後部座席へと向けた。マルガレーテの定位置となっている後部座席には分厚いノートパソコンとかゲーム機を思わせる黒塗りの機械が設置されていて、それとケーブルで接続されたヘッドセットを、マルガレーテは興味深そうに眺めている。


 先ほど、彼ら”血盟旅団”から供与を受けた連絡用の長距離無線機だ。信じがたい事にパヴェルがその辺のスクラップから組み立てた(嘘だろ)らしく、最長で100㎞先の相手との通信が可能になるらしい。


 さすがに距離に制限があるし、この世界には人工衛星とかもないから機能は制限されるが、彼らとの連絡手段があるのは助かる。こちらも車で世界中を旅しながら活動しているのだ、いつかはきっとどこかで再会する日もあるだろうし、彼らに助けを求める事にもなるだろう。


 とはいっても、あの機械人間の襲撃だけはもう二度とごめんだが。


「それじゃあ、私たちはそろそろ行くよ」


「ああ……気をつけてな」


「ミカこそ、身体に気を付けて」


 ぐっ、と握手を交わした。相変わらずミカエルの手は小さく、私の手と比べると赤ん坊のようだ(本人は17歳らしいが)。


「お茶会には招待するから、その時は来なさいよ!」


「はいよ! その時はお菓子持参するわ!」


 後部座席から笑みを浮かべつつ言うマルガレーテにミカが応じ、小さな手を互いに振り合う。


 運転席に座ってエンジンを始動、シートベルトを締めてハンドサインを送ると、制御室に居た小柄な獣人(ビントロングの獣人らしい。珍しいな)が手元のレバーを操作して、格納庫のハッチを解放してくれた。


 もう一度ミカエルたちに手を振り、私はランドクルーザー70を走らせる。目の前にある線路に車を下ろしてから前進させ、列車が来ていない事を確認しながら、踏切から車道へと入った。


 エルゴロド駅が遠ざかり始めたところで、カーラジオのスイッチを入れる。流れてくるのは甘ったるいラブソングで、いつまでも君への愛を誓おう、なーんてありふれた歌詞が耳に入ってくる。


 愛、か。愛ねぇ……。


 車道をそのまま走り、グラスドームの外に出た。


 広大な湿原の中に切り開かれた、アスファルトで舗装された一本道。この道はどこまで続いているのか、それは地図を見なければ分からないが―――どこに辿り着くか分からないからこそ、旅は自由で楽しいものだ。


 60㎞/hくらいでランドクルーザー70を走らせながら、私は後部座席のマルガレーテに問いかける。


「さあお嬢、次はどちらまで?」



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