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冒険者になりました





 異世界に、自由などなかった。






 だから俺は、自由を求めて旅に出る事にした。














 屋敷から拝借した車の後部座席から、ボリストポリの街並みを見つめて息を呑む。


 ここもかつての旧イライナ公国領で、建物の建築様式や使われている言語の一部にかつての名残が見える。これがもっとノヴォシア帝国の首都に近付いていくとそれもがらりと変わるらしいが、実際はどうなのだろうか。


 そんな事を考えながら信号待ちしている車の中でじっとしていると、車道の上を跨いでいる鉄橋の上を、濛々と黒煙を吹き上げながら蒸気機関車が通過していった。大量の貨車を力強く牽引していく姿を見て、ほんの少しだけ感激する。


 前世の世界に居た頃は蒸気機関車なんて殆ど走っていなかった。それ以外では博物館にでも足を運ばない限り目にする事は出来ず、ごく稀に線路を走っているその姿を見て感激したものだ。


 日本の蒸気機関車と比較するとやけに車体が大きく、いかにもパワーがありそうな外見をしているノヴォシアの蒸気機関車。国内に鉄道網が張り巡らされているからこそ、物資の輸送は好調で今の繁栄がある。祖国の繁栄を支える彼らには脱帽だ。


「さっそく冒険者管理局に行きますか?」


「それもそうだな……さっさと登録して、ご飯でも食べよう」


 そう言えば腹が空いた。最後に食べたのは夕食で、献立はライ麦パンとボルシチ、それとミカエル君の大好物のフルーツタルト。一晩中追手から逃げていればそりゃあ腹も空くというものだ。


 一般的に、冒険者管理局の中には酒場も併設されている。そこで冒険者同士で飲んだり食べたりしながら受注する依頼を検討し合ったり、一仕事終えての打ち上げを行うのだ。とはいえ荒くれ者の多い冒険者である以上、他のギルドの連中との喧嘩もよく見る光景らしく、良い意味でも悪い意味でも騒がしい場所であるという。


 そういえば、こっちの世界に来てからはそういう場所で飯を食ったことが無かった。


 いつもは静かな屋敷の中か、スラムの近くで買ったものを食べる程度。どこかの飲食店に足を運んで食事するなどもってのほかという、随分と息苦しい環境だった。やっぱり自由は良い、抑圧は何も生まない。ただただ心が貧しくなっていくだけだ。


 さすがに街中でドリフトを決めたりとか法定速度ガン無視というお巡りさんブチギレレベルの危険運転をするつもりはないらしく、普通にゆったりと、実に優雅な運転で冒険者管理局の看板の案内通りに車を走らせるクラリス。しばらくすると駅前に大きなレンガ造りの建物が見えてきて、そこにこれ見よがしに『冒険者管理局 ボリストポリ支部』と記載されていた。目的地はここだ。


 ちゃんと左右を確認してから駐車場に入り、バックで駐車するクラリス。サイドブレーキを引いてからパーキングに入れ、エンジンを止めて運転席から降りた彼女は、後部座席のドアを開けて「どうぞ、ご主人様」と降りるように促す。そこまでしなくてもいいのにと思いながらも彼女の言葉に甘え、言われるとおりに車から降りた。


 盗品は置いていこう……と思ったが、やめた。念のため盗品入りのダッフルバッグは持っていた方が良い。


 何故かと言うと、ここは日本じゃないからだ。


 日本だったらまあ、貴重品を車の中に置いといても何事もなかったかのように残っていた、というのがほぼほぼ当たり前だと思われる。実際俺もそうで、車の中に財布やらスマホやら置いていっても何ともなかった。


 え、スーパーの駐車場で車上荒らしに殺されて異世界転生した人がいる? 一体誰なんでしょうね、ミカエル君知らない。


 けれどもここはノヴォシア帝国。治安は前世の日本ほど良くはなく、貴重品から目を離そうものならば盗難の被害に遭った、というのは良くある話。車の中においても鍵をかけておけばいいじゃないかと思うかもしれないが、窓を割られたりピッキングで強引に鍵を開けられて盗まれたりと言った被害もあるので油断はできない。


 せっかく盗んだ金塊やら宝石が盗まれるのは嫌なので、ダッフルバッグは持って行く事にした。まあ中身は結構な価値のある物ばかりだが、このままでは使えない。資金洗浄マネーロンダリングしてくれる業者を探したいところだが……。


 管理局の中に入ると、やけに美味しそうな匂いが胃袋に容赦なくボディブローをお見舞いしてきやがった。焼き上がったパンの匂いや肉の匂い、トマトソースの香りも漂ってきて、口の中に涎がすぐに溜まる。


 おいおいやめてくれ、こっちは昨日の夕飯から何も食べてないんだ……。


 湧き上がる食欲を押さえつけ、とりあえず最初に受付へ。カウンターの向こうに居たツキノワグマの獣人のお姉さんに声をかけると、受付嬢の制服を着た彼女はこっちに駆け寄ってきて笑みを浮かべた。


「はい、本日はどのようなご用件ですか?」


「冒険者登録をお願いしたいのですが」


「かしこまりました。では身分証明書の提示をお願いします」


 身分証明書ねぇ……。


 何かあったかと思ったが、ポケットの中に入っていたハンカチにリガロフ家の家紋が入っていた事を思い出し、それを取り出した。


 この世界では、貴族の家紋は身分証明書になるのだという。貴族の特権のようなものだ。ちなみに貴族が身分証明できれば、その従者―――メイドとか執事―――の身分証明は不要となり、一緒に登録する事が可能という規定がある。うん、権力万歳。


「これはリガロフ家の……?」


「ミカエルです。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ」


「ミカエル……ああ、クラーラが言ってた方ですね」


「クラーラ?」


「キリウの冒険者管理局で受付嬢をやってるんです、私の姉です」


 ああ、あの時の。


 キリウじゃ登録できないだろうから、ボリストポリに行くと良いと教えてくれた受付嬢の事を思い出す。あの人、ボリストポリ行きを進めるだけじゃなくて妹に紹介までしてくれていたのか……本当にありがたい。


「ではすぐにバッジを用意します、もう少々お待ちください」


 そう言ってから一旦カウンターの奥に引っ込んだ受付嬢。カウンターで待つこと3分、やがてトレイの上にバッジを乗せて彼女が戻ってきた。


「お待たせしました。こちらが冒険者バッジになります。身分証明になりますので、冒険者として活動する際は必ず身につけてください」


「分かりました」


「では手数料として300ライブルいただきます」


 財布の中から100ライブル硬貨を3つ取り出し、それをカウンターの上へ。冒険者登録の手数料は1人につき150ライブル、自動販売機でジュースが購入できる金額である。


 もらったバッジを襟につけた。バッジには冒険者の象徴でもある短剣が刻まれている。


「リガロフ様、複数人の冒険者で行動する場合はギルドを立ち上げる事も出来ますが、そちらの登録はいかがいたします?」


「あー……それはちょっと保留でお願いします」


「かしこまりました」


 そういえば触れてなかったけど、複数人の冒険者で一緒に行動する場合は冒険者ギルドを立ち上げる事も出来る。こちらの手続きも窓口で行う事が可能で、登録を済ませれば拠点となる事務所も貰える事がある。


 とはいっても、今のところ俺たちは2人で行動する事になるし、ギルドを立ち上げるといっても人数が少なすぎる。それに目指しているのはノマドの方なので、拠点は不要……というような理由もあって、今回は見送った。


 もし今後、一緒に冒険する仲間が増えてきたらその時に改めてギルド登録を済ませるつもりだ。


「では、手続きは以上です。今後のご活躍をお祈りします」


「ありがとう。行こうか、クラリス」


「はい、ご主人様」


 いやー、これでミカエル君も晴れて冒険者か。何だか本当に自由になったって感じがして良いねえコレ。政略結婚のために他の貴族の所に婿に出されるよりよっぽどいいわ。自分の人生なんだから自分で物事を決めないと勿体ない。


 さーてご飯でも食べよう……と思ったところで、ガチャアンッ、と食器が割れるような音が聞こえてきた。敏感なミカエル君はそっちの方に反応してしまったが、酒場で飲み食いしている冒険者たちはそんな事を気にも留めない。どうせ冒険者同士の喧嘩なんだろうが、そういうのは日常茶飯事なのだろう。慣れとは恐ろしいものである。


 見てみると、壁際のテーブルで随分と体格のいい獣人の冒険者に、同じく体格のいい冒険者が胸倉をつかまれているのが見えた。あー、やっぱり喧嘩か。それとも報酬の分け前で内輪揉めにでもなったか……?


「てめえ、いい加減な値段付けやがって! どう見たって40000ライブルはあるだろうが!」


「ヒック……でもねぇお客さぁん、これいくら何でも赤錆が酷すぎてねぇ……値段下がるのよ」


「ふざけんなよパヴェル! こちとら命懸けでダンジョンから拾ってきたんだぞ! もっと! 金を! 出せぇ!!」


「ちょっと待って、吐きそう……オロロロロロロロロロロロ」


 うわぁ。


 あのパヴェルって人、マジで吐いた。


「ご主人様、モザイクです」


「ありがと―――どこから出した」


「自主規制はクラリスにお任せを」


「うんそうじゃなくて」


 まあいいや、とりあえずモザイク。


 話を聞く限りでは、どうやらあのパヴェルという男はスクラップの買い手らしい。冒険者がダンジョンから拾ってきたスクラップを買い取っているようだけど、値段でちょっと揉めちゃった感じか。


 しかしなんか呂律回ってないなと思ったら、彼の片手にはウォッカの瓶が。テーブルの上にはもう5本くらいある。そりゃあ酔うわ。


「クソが……ん? お前、その首につけてる指輪、良い値段しそうじゃねえか」


「ふえぇ、それダメぇ」


「うるせえ、こっちは苦労に見合わねえ報酬で頭に来てんだ! 寄越しやがれ!!」


 冒険者の男はパヴェルが首に下げてる金の指輪を強引に奪い取ると、それを眺めてからポケットに放り込む。彼にとっては大事なもののようで、酔っぱらったパヴェルは奪い返そうとするが、すっかり酔っぱらった彼に抵抗など出来る筈もなく、あっさりと払い除けられてしまう。


「これに懲りたら次はもっとマシな値段で買い取りな!」


「……」


 満足そうに出口へと向かう冒険者。ちょうど俺たちの隣を通過するタイミングで、ミカエル君はそいつになるべく偶然を装いながらもわざとぶつかった。


「痛てっ……気を付けろ!」


「すいません」


 平謝りしてから、クラリスを連れてさっきのパヴェルとかいう酔っぱらいの元へ。さっき奪われた指輪はかなり大事なものだったようで、彼はテーブルに頬を押し付けながらかなーり落ち込んでいるようだった。


 うわあ、酒臭いんだけど……なにこいつ、アルコールの擬人化って言っても良いレベルで酒臭い。血の代わりにアルコールでも身体に流れてるんじゃないかってレベルである。


「ちょっと良いかい?」


「ふぇえ?」


 パヴェルと呼ばれた買い手の男が顔を上げた。顔つきはアジア人っぽい感じで、一見すると何の獣人なのかは分からない。傍から見れば人間のようにも見えるが……。


 アンタ誰、とでも言いたげな彼の目の前に、そっと指輪を差し出した。


「これ……俺の指輪……?」


「大事なやつなんだろ? 取り返しといたよ」


「あ、ああ……!」


 さっき、あの冒険者の男とぶつかった時にこっそり奪い返しておいた。ついでに財布も一緒に、だ。自分の思い通りにならず納得いかないからと他人に迷惑をかけたのだ、迷惑料くらい置いていくのが筋というものだろうに。


「ありがとう、ありがとう……!」


「いいって。それより……酒、程々にしなよ?」


「ははは……いやあ、気を付けるよ。ありがとう……ひっく」


 酒代の足しにしな、とさっき盗んだ財布の中身を全額パヴェルの前に置き、向かいにクラリスと一緒に座った。


「ところでここ、いいか?」


「ああ、構わないよ。せっかくだ、一緒に飯でも食おう」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 腹が減ってたのよね……さて、何を食べようか。













 マカールの無能がしくじってからというもの、ミカエルについての情報は全く上がって来なくなった。


 管轄がボリストポリ憲兵隊となっており、キリウ憲兵隊では動けないというのもある。申請すれば向こうでの活動も許可されるが、キリウ憲兵隊とボリストポリ憲兵隊は犬猿の仲。手続きにわざと時間をかけられる事もあるだろうし、妨害される恐れもある。


 ミカエルの奴め、なんと面倒な所に逃げ込んでくれたことか……。


 あいつは冒険者ノマドになると言っていた。特定の拠点を持たず、帝国各地を行き来しながら活動する遊牧民ノマドのようなスタイルの冒険者。移動が多くなる以上、本格的に活動し始めれば居場所を特定する事も困難となるだろう。


 そうなる前に、身柄を確保しなければなるまい。


 憲兵が役に立たないとなれば、こちらにも考えがある。


「よろしいのですね、リガロフ様」


 応接室のソファの上で、ミカエルについての個人情報を見ている隻眼の男がそう言った。腰には大型のレイピアを下げており、頬には古傷がある。


「目的はあくまでもミカエルの身柄の確保……なあに、生きていればいい」


「最悪の場合は」


「殺しても構わん」


 あまりリガロフ家の名に泥を塗るようであれば、殺害も致し方あるまい。リガロフ家に存在する筈の無い5人目の子供……それを闇に葬るというのも、賢明な選択肢であろう。


 奴が冒険者を目指すというのであれば、こちらも冒険者をぶつける。役立たずの憲兵隊よりもよっぽど有用だ。何故最初からこうしなかったのだろうか。やはり、マカールに任せたのは失敗だったようだ。


 まあいい。


 ミカエル、お前は私のものだ。勝手は許さん。


 これ以上父に逆らうというのならば、その命を以て償ってもらうぞ。




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[一言] 力也「ぶぇぇくっしょん!(ショックカノン並のくしゃみ)」 エミリア「うわぁ、汚だな!」
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