狂気からの脱出
こっちの世界に転生する前、休日に何気なくつけたテレビで放送していた映画を思い出した。
技術が発達した近未来、人と姿かたちの変わらぬ高性能ロボットが人間社会に紛れ込み、人々の個人情報を敵国へ随時流していた、という頭にアルミホイル被ってる連中が好きそうな、アメリカのB級映画だった。
あの時は何気なくソファに横になり、傍らにあった安物のスナック菓子をパクつきながら見ていたが……よもやそれに似たような代物を転生先の異世界で目にするとは、いったいこれは何の冗談か。
GM6 Lynxのフォアグリップを握りながら扉を蹴り倒すと、複数の銃口と目が合った。
宿泊先の空き家を出た先で待ち構えていたのは、ヴォジャノーイ狩りから帰還した私たちを出迎えてくれたあの村民たち。農村で鍬を手にし畑を耕しているような農夫たちが手にしているのは、農業に使うための道具ではなく―――戦場で敵の戦列歩兵を打ち倒すための、無数のマスケットだった。
外に出て来ようとしたマルガレーテを咄嗟に片手で突き飛ばし、扉を閉めて壁に隠れる。直後、ドガガガガガッ、と壁を無数の弾丸が穿つ音が響き、壁やドアを貫通した弾丸がいたるところで跳弾を繰り返した。
「きゃあっ……!」
「クソッタレめ」
思わず悪態をつきながら、呼吸を整え銃を構える。
村民に擬態したあの機械人間のような連中は、どうやら村長一家だけではないらしい。薄々感じていた事ではあるが……どうやらこの村の住民全員があの機械人間にいつの間にかすり替えられていたようだ。
一斉射撃でボロボロになった壁を蹴破って外に飛び出した。
マスケットは現代の銃と比較すると、命中精度と射程、そして速射性において大きく劣っている。
使用する弾丸が銃身の内側に密着していないから、黒色火薬の燃焼により生じる燃焼ガスの力をフルで受けられない上、弾丸が銃身の内部で幾重にもバウンドしながら飛び出していく関係上、命中精度はお世辞にも高いとは言えない。
そして弾倉もないから、一発撃った後に銃身内部の掃除と装薬、弾丸の再装填が必須となる。この関係上、1分間に1発ぶっ放す事が出来れば早い方だ。
それはつまり、一度一斉射を行ってしまえば後は隙だらけという事だ。案の定、外で待ち伏せをしていた農夫たちは一斉に銃身内部の清掃を行っている状態で、早い者でも黒色火薬の充填作業に四苦八苦している状態だった。
仕掛けてきたのはそっちだ―――覚悟しろよ、と目を細めながら、手にしたGM6 Lynxの引き金を引く。
アサルトライフルのように構えたそれが、ドガンッ、とまるで大砲のような轟音を発した。対戦車ライフルみたいな分厚い銃身が反動を受けて後退し、エジェクション・ポートから大型の薬莢―――12.7×99mmNATO弾の薬莢が、硝煙を纏いながら躍り出る。
技術レベルにおよそ200年の差がある銃器から放たれた弾丸が、せっせと黒色火薬を銃口から詰め込んでいた農夫の上半身をもぎ取った。「撃ち抜く」というよりは「抉る」ような一撃で、初老の農夫の腰から上が照準器の上から消失すると共に、やはりあの安物の塗料みたいな液体が血飛沫の代わりに飛び散った。
「こいつらやっぱり!」
間違いない―――機械人間にすり替えられているのは、村長一家だけではない。
今ので確信した。この村全体が私たちの敵になったのだ、と。
「だったら手加減は不要ね!」
躊躇する要素が全て無くなり、マルガレーテの心からも枷が消え失せたらしい。ステディカムを改造したそれに吊るしたMG42を腰だめで構えた彼女が、およそ1000発の8mmマウザー弾が装填されたバックパックと接続されたそれの銃口を農夫たちへと向け、引き金を引いた。
ヴァァァァァァァッ、と無数の8mmマウザー弾が薬室から解き放たれ、5発に1発の割合で装填されている曳光弾がその弾道を教えてくれる。
『ヒトラーの電動ノコギリ』の異名を持つ機関銃だが、私から言わせてもらえればこれは電動ノコギリなんて”生易しい”ものじゃあない。鉛弾の土砂降りさながらに、無数の鉛弾が運動エネルギーというドレスを纏い、立ち塞がる機械人間たちの肉体を次々に削り取っていった。
皮膚が千切れる音に金属製のフレームが折損する音。人間が発する音とは思えない金属音を響かせながら、マスケットを手にした機械人間たちが次々に倒れていく。
彼女に負けじと、遮蔽物の陰に隠れている敵をGM6 Lynxで狙い撃った。MG42みたいな連射速度は無いし、弾数でも負けているけれど、こっちにはマルガレーテの機関銃には無い貫通力がある。レンガの壁に隠れた農夫を遮蔽物諸共ぶち抜き、空になったマガジンを交換した。
2つ目のマガジンを装着し初弾を装填しながら、改めて敵の異様さに肝を冷やす。
まあ、相手は機械人間なのだから当たり前だが―――奴らには感情が無い。
マルガレーテの機銃掃射を受けて倒れていく奴も、そしてGM6 Lynxの重い一撃を受けて半身を吹き飛ばされている奴も、いずれも無表情なのだ。何も感じておらず、どこか虚ろでボーっとしているような、仮面じみた無機質な表情のまま倒れ、死んでいく。
痛みを感じる間もない、と言うのであればそれまでだ。苦痛を与えることなく相手を楽に逝かせているというのであればこちらも心は痛まないが、しかしそれでも被弾した仲間に救いの手を差し伸べる気配すらないというのも、こうして見てみるとなかなか異様な光景と言わざるを得ない。
マルガレーテの銃撃で足に被弾し、立つ事すらままならなくなった仲間が傍らに居るというのに、それを物陰へ引き摺っていって助ける様子も、そして被弾した側も仲間に助けを求める様子もない。お互いにただ淡々と、銃の再装填を進めて反撃してくる。
相手は機械、人間と違ってコストと資源が尽きぬ限りいくらでも代えは利く。おまけに人権もないから、非人道的な扱いをしても良心は痛まないし国際社会からの非難もない。そういう点において機械は人間よりも合理的で、効率を突き詰めていけばそれはもう理想的な殺戮マシーンに仕上がるのだろう。
しかし、なぜ。
奴らはなぜ私たちを狙う? 目的はなんだ?
唐突に、マルガレーテのMG42が沈黙した。もう1000発撃ち尽くした―――わけではない。銃身が寿命を迎えたのだ。
右側面のレバーを引いて銃身を解放。外れた側面のカバーから赤々と焼けた8mmマウザー弾用の銃身がするりと抜け落ち、彼女の小さな手が予備の銃身を代わりに装着していく。本当であれば銃身は冷却してから再利用するのだが、今はとりあえず敵の勢いを削いで逃げる事を考えなければならない。贅沢だが、銃身は使い捨てにするしかなさそうだ。
再び射撃が再開したところで、こちらを狙っていた老婆の上半身が吹き飛んだ。バギャッ、と金属が砕け散るような音を、まるで竜の咆哮を思わせる重々しい銃声が掻き消していく。
ミカエルたちが乗ってきたブハンカ、そのルーフに備え付けられていたブローニングM2が火を噴いていた。周りが暗くはっきりとは見えないが、断続的なマズルフラッシュでネコ科の動物を思わせるケモミミがある、という事だけは分かる。
おそらく彼女の仲間のモニカとかいう冒険者だろう。ヴォジャノーイ討伐の時もああやってブローニングをぶっ放していたから、本職は機関銃手なのかもしれない。一歩後方に控えて機関銃による支援射撃のポジションを確保、敵の側面から致命的な一撃を繰り出し戦況をひっくり返すのが彼女の役目なのだ。
機械人間たちの攻撃がこっちに集中していたものだから、横合いからの唐突な機関銃による射撃は機械人間たちを混乱させるに十分だった。
機械の動きは精密で、ヒューマンエラーとは無縁であるというイメージがあるかもしれない。確かにそれはそうだろうし、人間と違って疲れを知らないのも機械の強みではあるのだが、それはあくまでも事前にインプットされたプログラムの範疇である場合のみに限られる。
唐突な側面からの奇襲に、機械人間たちが混乱するのがはっきりと分かった。攻撃目標としていた相手が目の前に居るというのに、下手をすればそれ以上の脅威となりかねない攻撃が側面から飛来している―――いったいどっちを優先して対処するべきなのか、プログラムが正確な判断を下せていないのだ。
エラーでも起こしているのではないか、と思ってしまうほどに混乱している敵の攻撃が、モニカの放つ機関銃の断続的な射撃だけで一気に弱まったのが分かった。この機を逃す手はない。
「お嬢!」
「ええ!」
マルガレーテの手を引き、家の裏手に停めてあるランドクルーザー70へと走った。ここからエルゴロドとかいう街までは70㎞くらいあるらしく、そこまで魔物がうようよしているであろう平原を突っ走る事になるが、この際形振り構っていられない。こんな村に居座っていてもいつかは機械人間の物量に屈する未来が待っているだけなのは明白で、彼らがこちらの降伏を受け入れてくれるとは思えない。
せめて車が無事でありますようにと祈りながら家の裏手に回ったところで、紅い光が見えた。火炎瓶だ。ガソリンか何かの可燃性の液体を充填した酒瓶を、マルガレーテと歳がそう変わらない子供たちが手にして、それを今まさに車に投擲しようとしているところだった。
銃口を向けるマルガレーテの目に動揺が走るが、私は意外と気にはしなかった。それには自分でもびっくりしていて、てっきりあの子供たちとマルガレーテを重ねて見てしまい判断でも鈍るのではないかと思っていたものだから、こんなにも素早く判断し行動できた事にはただただ驚くばかりだった。
スリングで下げたGM6 Lynxから手を放し、代わりにマチェットを引き抜いた。鞘から引き抜いた勢いのままに左から右上へと振り上げ、今まさに火炎瓶を投げつけようとしていた子供の背中を勢いよく斬り付ける。
左の脇腹に食い込んだマチェットの刃が、安物の塗料を思わせる人工血液に塗れた。バチッ、とスパークする音を響かせながら、火炎瓶の投擲を目論んでいた子供の姿をした機械人形が、まるで電源を切られた機械のように動かなくなる。
その隣で火炎瓶を手にしたままこちらを振り向いた子供を思い切り蹴り倒す。せいぜい体重40kgに届くか届かないかくらいの少し痩せ気味の子供だ、体重100㎏以上である上に鍛え上げた肉体から放たれる蹴りに踏ん張って耐えられる道理もなく、サッカーボールのようにあっさりと吹っ飛んでいく。
なおも火炎瓶を投げつけようとするその右手をブーツで踏みつけ、逆手持ちにしたマチェットの切っ先を眉間に突き立てた。ガッ、と皮膚の下のフレームに切っ先が当たる感触がしたけれど、それでもマチェットの刀身は屈せずにそれを貫いたようで、びくん、と身体を痙攣させるなり子供の姿をした機械人間は動かなくなった。
どうして子供相手にここまでやれたのか、自分でも分からない。普通の兵士だったらこれに罪悪感を覚え、後でPTSDを発症しているやつではないか?
相手は機械人間であって人間ではない、と割り切る事が出来ていたのか、それともこちらの命がかかった状況で気にしている余裕がなかったのか。
頭の中が思ったよりも落ち着いているという事は前者なのだろう、という事で自分を納得させつつ、マルガレーテを助手席に乗せて私も運転席へと飛び乗り、ランドクルーザー70のエンジンをかけた。
OKP-7のシンプルなレティクルの向こうで、半透明の紅い飛沫が噴き上がった。
眉間に5.56mm弾のヘッドショットを受けた機械人間が機能を停止し、後続の機械人間がまたマスケットを向けてくる。けれどもいくら優秀な制御ユニットを搭載しているとはいえ、マスケットの命中精度の悪さを補うには至らないようで、散発的な射撃はいずれも俺たちを捉えるには至らない。
濛々と立ち込める黒色火薬特有の白煙を目印に、こっちは5.56mm弾をガンガン撃ち込んだ。微かな風で流れていく白煙と発砲のタイミングから、機械人間の頭の位置を推測して撃ち返すが、当たっているかどうかは分からない。
空になったマガジンを外し、ダンプポーチに放り込んでからチェストリグの新しいマガジンを引っ張り出す。それを前方に傾けた状態で装着しコッキングレバーを操作、初弾を薬室へと送り込んだところで、ガガガッ、と力強い銃声と共に足元の地面が爆ぜる。
「ガトリング砲!」
奴らあんなものまで、と悪態をつきたくなった。空き家の向こうに広がる畑、その畝の向こうに荷馬車が放置されているんだが、その荷台の上に手回し式のガトリング砲がどどんと設置されているのだ。
こりゃあ拙い、と思うと同時に、反射的に右へと飛んでいた。ヒュヒュンッ、と黒色火薬で撃ち出された弾丸がミカエル君のすぐ脇や頭上を駆け抜け、身体を凍り付かせる。
こっちに遮蔽物は無い―――塀の陰に隠れても、盾としては期待できそうになかった。
ならば、と腰の鞘から慈悲の剣を抜き、それを空中へと放り投げた。主の手を離れた片刃の直刀はくるくると回転しながら宙を舞うが、やがて地面に落下するよりも先に、空中でぴたりとその動きを静止させた。
左手を突き出し、雷属性の魔力を放出。頭の中で磁界の動きをイメージすると、空中で静止していた慈悲の剣がまるでプロペラのように凄まじい速度で回転を始めた。
ガガガガッ、と飛来した弾丸が回転する刃に弾かれ、脇にある木箱や塀にめり込んでいく。
―――練習の成果はちゃんと出たらしい。
雷属性の魔術には、大きく分けて電撃系統と磁力系統の2つがある。俺の適正では限界があるが、これくらいの剣を空中に浮遊させ、磁界を操作して自在に操るくらいならばなんとかできる。
が、実戦で披露するのはこれが初めてだった。
ガトリング砲の射撃を、磁力で浮遊させた慈悲の剣の回転で防いでいる間に、俺と共に時間稼ぎのために残ったシスター・イルゼのMP40が火を噴いた。パパパパンッ、と軽い銃声が連鎖したかと思いきや、荷馬車の上でクランクを回していた機械人間の肩口や胸板から紅い人工血液が噴き上がり、暗闇の中で機械人間が倒れていく。
「ナイス!」
指を指揮棒のように振るって剣を側へと呼び戻しつつ、俺もAK-101で射撃。なおもマスケットを散発的に撃ってくる機械人間を撃ち抜いたところで、車のライトの光が近付いてくる。
「ご主人様!」
「待たせたわね! 乗って!」
運転席に座るクラリスと、ルーフの銃座でブローニングを撃ちまくるモニカに促され、先にシスター・イルゼを後部座席に乗せた。いわゆるレディーファーストというやつだ。一応ミカエル君も貴族なので、こういうマナーは徹底している。
仮にそうじゃなくても、俺は冒険者ギルド『血盟旅団』の団長。戦場に一番最初に足を踏み入れるのは俺で、一番最初に戦場を去るのもまた俺でなければならない。
シスター・イルゼが乗り込んでいる間、セレクターレバーを弾いて中段のフルオートに。そろそろ村を立ち去るのを良い事に、マガジンの中身を敵の居るあたりに全部ぶちまけてやった。
バンッ、と後部座席のドアが閉まる音を聞き、俺も助手席に飛び込んだ。ガンガンッ、と窓からルガーで反撃している間に、クラリスがブハンカのアクセルを思い切り踏み込んでバンを加速させていく。
何度かタイヤが地面で空転したものの、ブハンカはマスケットの銃撃の中を順調に加速していった。一足先に離脱していたセロたちのランドクルーザー70のテールランプを目印に、どんどんスピードを上げていく。
不整地故に車の中は激しく揺れ、随分とまあ酷い有様ではあったけれど、とにかくこれで助かった。
安堵しながらシートベルトを締め、窓を閉めてルガーをホルスターに戻す。
「……彼女たちを巻き込んでしまうとは」
「仕方がない事です、ご主人様。ご自分を責めないでくださいまし」
セロたちを組織との闘争に巻き込みたくはなかったのだが……。
その件はエルゴロドに到着したら包み隠さず話そうとは思うが……それにしても、組織がこんなところにまで機械人間を送り込んでくるとは。
帝国の中枢にも、もしかしたら組織が浸透しているかもしれない。
そんな最悪な予想をしたところで、腹の辺りが重くなるのを感じた。




