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デカけりゃ良いってもんじゃない


 戦場において、機関銃ほど理不尽で、かつ圧倒的な火力を見せつける銃器は無いだろう。


 大口径のライフル弾を絶え間なく放ち、遠距離からそれをばら撒き歩兵を制圧する機関銃は、水冷式の大型重機関銃を経て細分化されていき、今では歩兵が携行して持ち運べるのが当たり前となった。


 それは異世界においても例外ではない……いや、異世界でのほうが、より理不尽さが際立っているように思えた。


 何しろ前世の世界であれば、敵兵だって銃を持っているのだからまあある程度は平等だ。条件としては申し分ないだろう。しかし異世界であったならば話は別で、敵は銃も持てぬ魔物で人間ほどの知力もない。機関銃の圧倒的火力の前にその柔肌は鎧としては機能せず、こちらに対抗するには不意を突くか物量で押し潰すどこぞの某ソビエト連邦のような人海戦術に頼らざるを得ないのだ。


 着弾した8mmマウザー弾が水面に波紋を……そんな”波紋”なんて生易しいものではなかった。あれは水柱だ。無数の爪が凄まじい勢いで水面を引き裂いているかのような、そんな荒々しさがある。


 相手が潜んでいるならばこっちから仕掛ければ良い―――脳筋的な、戦術とも呼べぬ力押しではあったが、単純であるが故にそれは適切な局面であれば恐ろしい破壊力を発揮するものである。


 目の前の惨劇を目にすれば、そう認めざるを得なかった。


 荒れ狂う水面の飛沫がやがて赤々とした生々しい色合いに変わったかと思いきや、飛び散る飛沫に混じって千切れ飛んだカエルの手足や内臓、眼球までもが沼の水面に散らばり始めたのである。


 身体的特徴とサイズからして、通常のカエルではない。間違いなくこのアレスク沼を住処とするヴォジャノーイ―――それの成体の残骸だった。


 水中で息を潜め、ぬけぬけと水面に近付いた瞬間を襲う手筈だったのだろう。しかし予想外の先制攻撃で出鼻を挫かれ、早くも5体近くのヴォジャノーイが8mmマウザー弾の猛射を受けてつみれと化した。


 このままスープの具材のようにバラバラになった骸を水面に漂わせるか、それとも肉食生物としての矜持プライドに従って真っ向から戦うか―――逆に奇襲を受ける事となったヴォジャノーイたちが選んだのは、後者だった。


『ギョロロロロロロロ!!』


 なんともまあ気色の悪い声を響かせながら、数体のヴォジャノーイが水面から大きくジャンプ。ぎょろりとした眼を大きく見開きながら、水掻きのある手を大きく広げて飛びかかってくる。


 爪の長さはおよそ20㎝―――ちょっとしたナイフみたいな鋭利さがある。あんなので切り裂かれでもしたら致命傷は確定だろう。接近戦は御免被りたい。


 次の瞬間、真ん中の1体の眉間に風穴が開いた。


 クラリスの持つQBZ-97―――中国製アサルトライフル、その西側規格弾薬に対応した輸出仕様から放たれた1発の5.56mm弾が、ヴォジャノーイ1体の命をあっという間に刈り取った瞬間だった。


 ヴォジャノーイはあくまでも表面を柔らかい皮膚で覆われているだけであり、ドラゴンのように硬い外殻は持ち得ない。確かに獰猛な魔物として恐れられているが、あくまでもそれは地中を自在に泳ぐ幼体と、成体の獰猛さ、そして形成される大規模な群れが原因である。


 個々の戦闘力は意外とそれほどでもないのだ。


 パパパッ、とシスター・イルゼのMP40も火を噴く。第二次世界大戦中、ドイツ軍の兵士たちが使用した旧式のSMGではあるものの、その殺傷力は今なお健在である。すらりとした優美な銃身が9×19mmパラベラム弾を吐き出す度にヴォジャノーイの身体に弾丸がめり込んでいき、紅い血を撒き散らしながらまた1体のヴォジャノーイが沼の中へと送り返されていった。


 2人の射撃を潜り抜けて着地したヴォジャノーイだったが、その頭が唐突に弾け飛ぶ。ドパンッ、と破裂するような音を響かせながら上顎から上が吹き飛んで、それはそれはもうグロテスクな断面を覗かせながら仰向けに崩れ落ちていった。


 7.62×51mmNATO弾―――小口径弾薬が主流となった現在では、バトルライフルやマークスマンライフル、スナイパーライフルの弾薬として使用される大型の弾薬である。反動は大きく、その扱いは難しくなるが、しかし威力と射程は5.56mm弾には無いものがある。


「なるほど、ミカの読みは当たっていたようだな!」


 MC51SDでヴォジャノーイの頭を吹き飛ばしながらセロが言う。


 やはりそうだ、読み通りだ。この沼がアリク村を襲うヴォジャノーイたちの巣窟だったのだ。沼を満たす大量の泥水の中から次々に飛び出してくるカエルのバケモノ共を撃ち殺しながら確信する。


 この湿気と泥濘、そして近隣に存在するヒトの住む場所。ヴォジャノーイたちからすればこれ以上ないほどの優良物件だろう。住みやすく、餌もすぐ近くにある物件。ここを放っておいたらとんでもない事になる。


 既にヴォジャノーイ討伐の規定数は超えている。今でだいたい25……いや、30体は屠ったか。平穏だった沼の周囲が銃声と鮮血の臭いに満たされ、驚いた鳥たちが一斉に飛び上がっていく。


「!」


 弾切れになったAK-101を再装填リロードしようとしたところで、唐突にミカエル君の小さな左手にピンク色の触手が巻き付く。ぬるぬるとした粘液に覆われたそれを目で辿らなくても、これが何なのかは瞬時に理解できた。ヴォジャノーイの舌だ。


『ギョロロロロロロ』


 そのまま絡め取って引き寄せようというのか、1体のヴォジャノーイが大きな口を開け、その中に収まっているカメレオンみたいな舌を伸ばしているのだ。


 思ったよりも力が強く、思わず体勢を崩してしまう。唐突な襲撃にテンパる元陰キャのミカエル君だが、咄嗟に魔力を放出して魔術を発動させる。


 雷属性初級魔術『放電』。その名の通り、雷属性に変換した魔力を体外に放出するだけのシンプルな術だが、シンプルであるが故に投入する局面を選ばない。突然電撃を流されたヴォジャノーイがたまらず舌を放したところで、クラリスのQBZ-97による連続射撃がそのヴォジャノーイの眉間に小さな穴を穿った。


「ご主人様!」


問題ない(もーまんたい)!」


 舌で腕を絡め取られただけ……ではあるが、ヴォジャノーイの舌には鋸状の細かい突起が生えている。獲物に巻き付かせるだけではなく、それを獲物の身体に突き刺して脱出を困難にさせるための、なんともタチの悪い代物だ。


 ポーチの中に入ってる瓶から例の薬草を引っ張り出し、ヒマワリの種みたいな模様の葉脈が特徴的なそれを1枚、口の中へと放り込んだ。うへぇ……このパクチー臭ミカエル君苦手……。


 腕についた小さな傷が緩やかに塞がっていくのを一瞥し、別のポーチに手を突っ込んだ。中にはタンプルソーダとウォッカの瓶が3つ収まっている。


 中身はもちろん世界が誇るアルコール度数最高峰のお酒に美味しい炭酸飲料……ではない。瓶の中にはまるでブランデーのような、琥珀色に着色された液体が収まっている。


 ガソリンだ。


 ノヴォシア帝国では水やその他の液体との混同を回避するため、ガソリンはこのような琥珀色に着色する事が法令で義務付けられているのだ(しかし今度はブランデーと間違って誤飲する人が多く社会問題化しているらしいが)。


 ガソリンが充填されたそれには、着火用のハンカチも用意されている。ポケットから取り出した安物のライターを引っ張り出してからハンカチに着火、元々は何の変哲もない酒瓶だったそれを空中に放り投げる。


「マルガレーテ!!」


「!!」


 こうしろ、と指示を出すまでもなく、彼女はこちらの意図を汲み取ったらしい。小柄な身体に見合わぬ巨大な機関銃で弾をばら撒いていた彼女は、腰だめに構えていたMG42の銃口を上へと向けた。


 ヴァラララララララッ、と8mmマウザー弾の雨が火炎瓶を呑み込んだ。鉛の集中豪雨の中で火炎瓶は砕け、収まっていた琥珀色のガソリンが炎に触れて燃え広がる。


 それはさながら、炎の雨だった。


 沼の上に降り注いだ炎が、今まさに飛びかからんとしていたヴォジャノーイの群れを派手に焼いた。随分と苦しそうなカエルの大合唱が聞こえ、その効果の大きさを確信したところで、更なる矛が彼らを襲う。


 ドドドドドッ、と重々しい銃声が聞こえてきたかと思いきや、目の前で次々にヴォジャノーイたちの肉体が”爆ぜて”いったのだ。さながら電子レンジの中で破裂するトマトのように爆裂し、沼の畔に広がる泥濘に赤い飛沫やピンクの肉片を撒き散らしていく。


 後方に停車させたブハンカ、そのルーフの上に備え付けられたブローニングM2重機関銃による支援射撃だった。


 あれの使用弾薬はアサルトライフルとはわけが違う。12.7mm―――いわゆる50口径の弾丸を、普通の機関銃のノリで連発してくるのだ。昔の”重機関銃”の定義は大弾数で、その名の通り持ち運びに適さぬ防衛用の兵器というものだったらしいけれど、今ではああいう大口径の弾丸を使用する設置型の機関銃という定義に代わりつつある。


 眼球保護用の防塵ゴーグルを装着したモニカが、何故か笑いながらブローニングを連射している。トリガーハッピー疑惑のある彼女(MG3の連射で逝きかけてるから確信していいだろう)からすれば発砲もまた快楽なのだろうが、敵からすればたまったものではない。コンクリート壁だろうとレンガの壁だろうとお構いなしにぶち抜いてくる弾丸の雨霰あめあられ。生身の人間が喰らえば風穴が開くではなく”身体が吹き飛ぶ”レベルの代物だ。


 そんな質量と運動エネルギーの暴力に、堅牢な外殻を持つわけでもないヴォジャノーイが耐えられる筈もない。フルオートで薙ぎ払われる12.7mm弾の豪雨の前に、肉片の山を量産していくのみだ。


 このまま押し切ればいけるのではないか―――勝利が見えてきたところで、しかし天から俺たちを見守っているであろう勝利の女神の気まぐれが、予想外の現実を呼び寄せる。


 唐突に水面が盛り上がった。どろりとした沼の泥水が膨らんだからと思いきや、沼を満たす重い泥水の層を突き破って―――巨大な化け物が、その姿を現す。


「予想はしていたが、よもやこのような……」


『ヴォロロロロロロロ……』


 沼から露出している上半身だけで5mはあるだろうか。


 体表は緑色の皮膚に覆われていて、茶色い斑模様がうっすらと浮かぶ。さながら天然の迷彩模様だな、と思う。このような泥濘であんな模様の生物が居たら、まず早期発見は困難だろう。そうやって気配を消しながら相手に近付き捕食する―――なるほど、ヴォジャノーイが”泥濘の捕食者”と呼ばれる所以である。


 姿を現したのは巨大なヴォジャノーイの女王―――『ルサールカ』だった。


「なんだコイツ!?」


「気を付けろ、ルサールカだ!」


「ルサールカ!?」


 ヴォジャノーイは繁殖期になると、大量の卵を住処に植え付ける。


 個体差はあるものの、平均で500~800個の卵を産むといわれているのだが―――その中で雌として生まれてくるヴォジャノーイは、意外な事に例外なく1体しか存在しないという。


 その雌の個体が成長する事で、次の世代の群れを統率するカエルの女王『ルサールカ』となる。


 ルサールカは食欲旺盛で、体格も他のヴォジャノーイと比較すると一回りも二回りも大きく、その戦闘力は並みの冒険者でも対処が難しいとされている。


 このような特性からヴォジャノーイは蟻や蜂のような社会構造を持っているのではないか、と生物学者の中で度々議論されているが、今はそんな事はどうでも良い。


 食うか食われるか―――今はそれだけが全てだった。


『ヴォォォォォォォォォ!!』


 周りを見渡し、自分の同胞―――働き蟻に相当するヴォジャノーイたちの死に慟哭するかのように、ルサールカが吼える。


 次の瞬間、その胸板に7.62mm弾と8mmマウザー弾の豪雨が牙を剥いた。ルサールカも通常のヴォジャノーイと同じように、体表は柔らかい皮膚と保湿のための粘液で覆われているのみで、堅牢な外殻を持っているわけではない。だから弾丸が容易にその体表を穿ち、体内組織をズタズタに引き裂いた。


 女王に容赦なく弾丸を浴びせたのは、セロとマルガレーテの2人。その2人に負けてなるものかと言わんばかりに、モニカのブローニングM2重機関銃も唸りを上げる。


 怒り狂いながら出てきたばかりの女王であったが、瞬く間にその身体の表面は風穴と、自らが流した紅い体液で染まっていった。


 デカけりゃあいいってもんじゃない、という事の一例である。そりゃあ確かに身体が大きければ、生物というのは本能的に危機を察知するものだが―――そういう威圧が効果がない相手とか、あるいはそれを打ち破れるだけの手段を持つ相手には意味がない。


「的がデカくなっただけだな」


 マガジンを交換しながら、セロが言う。


 まったくもってその通りだ―――手榴弾の安全ピンを引き抜きながら、心の中で彼女の意見に同意した。あれだけ大きければ、初めて銃に触れた素人でも百発百中であろう。現代兵器、特に戦車や装甲車といった地上の兵器に”表面積の小型化”が求められる理由が良く分かる。


 手榴弾を放り投げた。安全ピンを外され、信管が動作したそれはもはやポーチの中で眠っているだけの金属の塊ではない。敵だろうと味方だろうと、加害範囲内全ての物体を吹き飛ばす獰猛な狂戦士バーサーカーである。


 空中に放り投げられた手榴弾がルサールカの頭上で起爆した。


 ちょうど脳天の真上で起爆したものだから、ろくな防御力もないルサールカはひとたまりもない。爆風と無数の破片に脳天を割られ、頭を串刺しにされた巨大な魔物は、ぎょろりとした眼球から血の涙を流したかと思うと、そのまま力尽きて泥濘の中へと沈んでいった。


 これで女王は死んだ―――残るは有象無象のみ。


「制圧戦だ、これで決めるぞ!」


 AK-101を構えながら叫び、射撃を再開した。


 俺たちの勝利は目前だった。




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