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第三の転生者


 こんなに短い間隔スパンで、3人目の転生者との邂逅を果たすとは思わなかった。


 セロ・ウォルフラム―――第二世代の狼の獣人であり、おそらくは、というよりほぼ確実に俺と同じ転生者だ。そうじゃなきゃ、MC51SDなんて得物なんか持っているわけがない。


 あっちの背の小さい方(セロは”マルガレーテ”と呼んでいた)が主人なのだろう。セロはその付き人なのか。屋敷で雇われているメイドか、あるいは単なる護衛か。いずれにせよ、この2人がかなりの実力を持つ事は確かだ。


 ハンティングナイフでヴォジャノーイから足の肉を切り取りながら、ちらりと後ろを見た。後方でQBZ-97を抱えながら警戒を続けるクラリスの傍らでは、セロがすっごい目でこっちを見ている。


「……なあ、ミカエルだったか」


「ミカでいいよ」


「そうか……なあミカ、そんな化け物の肉を切り裂いて何してるんだ?」


「いや食用に」


「しょ、食……っ!?」


 なんでそんな驚いてるんだ、と思ったが、よくよく考えれば彼女はハンガリア出身者。向こうにはヴォジャノーイを食用とするという文化が無いのかもしれない(そもそもハンガリアにヴォジャノーイが生息しているかどうかも怪しいが)。


 アレだろう、外国人が日本で生魚を食べる文化がある事に驚いたりするようなものだろう。自分たちに馴染みのある文化は抵抗なく受け入れられるが、全く別の国で異なる形で育まれてきた文化というのはそう簡単に受け入れられるものではない。


 日本人だってそうだ。刺身とか寿司とか、生魚を躊躇なく口にするが、昆虫を食べるのには(一部地域の住民を除いて)物凄く躊躇する事だろう。ちなみにミカエル君も無理だ。カブトムシの幼虫を喰えと言われたらね、もうね……。


 一応ハクビシンは昆虫も食べるらしいけど、ミカエル君は無理である。できれば甘いものだけ食べてたい。特にフルーツ類。


「ま、待て待て! ノヴォシア人はカエルを喰うのか!?」


「知らないのか、コイツの足の筋肉は絶品なんだぞ」


「え、えぇ……?」


「焼いて良し、揚げて良し、つみれにしてスープの具材にしても良し……こないだなんかヴォジャノーイのケバブも売ってたからな」


「ウソだろ……?」


 切り取った肉を保存容器に入れて、それをポーチの中へと押し込んだ。


 さて、ここだけでもざっと10体くらいのヴォジャノーイを倒したが……これであと10体、とはならない。


 あくまでも対象となるのは”アリク村周辺の”ヴォジャノーイとなる。だからここでいくらヴォジャノーイを討伐しようと、規定の討伐数にはカウントされないのだ(実際に道中で討伐した魔物を既定の数にカウントし、嘘の親告をする冒険者もいるらしい)。


 ミカエル君はまあ、誠実な冒険者なのでそんな事はしないが。


「俺たちはこれからアリク村に向かうが……セロはこれからどうする?」


「ん」


 カルチャーショックを受けているセロに問いかけると、彼女はハッとしたように視線をこっちに向けた。


「さっきも言ったとおり、俺たちはアリク村に向かってヴォジャノーイを討伐するわけだが……」


「ああ、それについて考えたんだが、その討伐依頼に私たちも同行していいだろうか?」


「一緒に来るのか?」


 同行する、とセロが言った途端、クラリスの目が鋭くなったのがはっきりと分かった。


 冒険者管理局の規定では、依頼中に人数の変更があった場合、依頼を受注した管理局を次に訪れた際に申告すればOK、とされている。その辺のルールは意外と緩いので融通が利くのが便利だが、そうなると報酬山分けの原則により俺たち一人一人の取り分は減る事になる。


 だが、クラリスが気にしているのはそんな事ではないだろう。


 クラリスはとにかく警戒心が強い。というか、自分が仲間だと認識していない人間をそう簡単に信用しない。まあ、それくらい警戒心が強くあるべきだというのは認めるが。


 つまりクラリスは、まだセロを完全に信用しているわけではない。リーファやモニカを仲間に引き入れる時もこうだったなあ、と昔の事を思い出してちょっと懐かしくなりつつ、セロの言い分に耳を傾ける。


「ああ。冒険者になったとはいえ、まだ私とお嬢……マルガレーテはノヴォシアに来たばかりでな。土地勘が無いんだ」


「なるほど」


「ご主人様……」


 もっと警戒してくださいまし、とクラリスが目で訴えてくる。彼女の言っている事はもっともだが……。


 ちょっと来て、とセロを手招きすると、彼女は狼のケモミミをぴょこんと立ててからこっちにやってきた。クラリスもついて来ようとするが、クラリスは待っててとアイコンタクトすると、何故か彼女はショックを受けたようにがっくりしながら踵を返してブハンカの方へ。


 ああ……後で謝っとこう。


 ちょうど近くにあった木の影にセロを連れ込むと、何だ、と言いながら木の幹に背を預け腕を組んだ彼女が言った。大きな胸(クラリスの胸よりデカいんじゃないかアレ)が組んだ腕の上に乗り、苦しそうにその膨らみを主張している。


「変な事聞くけど……セロってこの世界の人間じゃないだろ」


 単刀直入に言い放った言葉は核心をぶち抜いたようで、メガネの奥のセロの瞳が見開かれたのが分かった。


 図星、か。


「やっぱりお前も……?」


「どうやら”同類”らしいね、俺たち」


 ポケットから棒付きのキャンディを2つ取り出し、片方を口に咥えつつもう片方をセロに差し出した。甘いものは嫌いじゃないようで、セロは棒付きキャンディを受け取るとそれを口に咥えて空を見上げる。


 こうして見てみると、身長2m超えのでっかいお姉さんが煙草を咥えているようでなかなか様になる。さながら映画やアニメに出てくる大人の女性といったところか。


「じゃなきゃ、MC51SDなんて持ってるわけがない」


「そういうミカもか」


「そ。長期休暇を利用して岩手の実家に帰る途中にね……俺の実家って沿岸部で、内陸からは峠を越えて行かないといけないんだけど、その峠道で対向車が突っ込んできやがって……」


 異世界転生ってのはいきなり突っ込んでくるトラックが一番人気じゃあなかったのか? 変なところでオリジナリティを出そうとした結果が今のミカエル君なんだけどね。


「私も事故でね。峠道でバイクを避けようとしたら車がスピンして、ガードレールをぶち抜いて谷底に真っ逆さまだよ」


「なんだ、今の異世界転生のトレンドは峠道での事故か?」


「ハハッ。違いない」


「なんだかまあ……”同類”に会えて安心したよ。俺だけじゃないんだってさ」


「私もだよ」


「それでさっきの件だが、同行をお願いしても良いか?」


「いいのか? そっちのメイドさんは警戒してたみたいだけど」


 クラリスの警戒心は、きっちり彼女に伝わっていたらしい。そりゃあ一歩引いた距離から見張られていれば誰にだって分かるか。


「彼女は俺が説得するよ」


「大丈夫か? 彼女、けっこう頑固そうだけど」


「ああ。おかげで今まで仲間を勧誘するのには苦労した」


 特にモニカとかリーファとか。


 まあいいさ、彼女の説得には慣れている。それにこれはDランクの依頼とはいえ、いつ予想外の事態に発展するかも分からない。依頼の最中に、遥かに危険な魔物が乱入して冒険者が全滅した、という事例も珍しくはないのだ。


 いつぞやのエルダーハーピーの一件もそういう類のアクシデントである。管理局の情報収集の怠慢を責めたくなるが、自然界の状況というのは刻一刻と変わるもの。あまりにも不定期で予測不可能なその変動に完璧に対応しろとは、理不尽にも程があるというものだ。


 そういう事も考慮すると、戦力は多い方が良い―――俺はそう判断している。


 というのも、今年は例年よりもヴォジャノーイの様子がおかしいらしいのだ。


 異例に大量発生に加え、生息地が本来のアレーサ近辺から西部へと大きく移動しているのである。生息地の変化と大量発生、このヴォジャノーイの一件には何かカラクリがあると見て良いだろう。


 予想外の事態に見舞われる事も十分に想定できる。もし最悪の予想が現実となった時、たった4人でそれに対処できるかと問われれば、疑問符が付くと言わざるを得ない。


 戦力は多い方が良いだろう。


 さっきの戦いを見て分かったが、セロは間違いなく手練れの冒険者だ。銃の扱いに周囲の警戒能力、そして瞬間的な判断力がいずれも素早く正確なのだ。ああいう的確な動きは毎日の訓練の積み重ねに加え、実戦を数多く経験していなければできない芸当である。


 訓練で大まかな形を作り、実戦という砥石で感覚を研ぎ澄ましていく―――少なくとも戦闘能力というのは、そういう過程を経て高められていくものだと俺は解釈している。どれだけ訓練を積んでも実戦経験が無ければ対処する事は出来ず、実戦経験を積んでいても訓練で基礎を学んでいなければ応用は出来ない。


 どちらかだけ特化、というわけにはいかないのだ。仮にうまくいっても長続きしない。


 その点、セロはそういう経験が豊富なようだった。身体もよく鍛えられていて、戦闘経験も豊富となれば俺たちにとっても大きな助けとなるだろう。向こうも同行を申し出ている以上、断る手はない。


「ミカ達の報酬も減るぞ」


「大丈夫、規定以上のヴォジャノーイを討伐すれば追加の報酬が出る。減った分はそれで稼ぐさ」


「ハッ、強かな奴だ」


「冒険者ってのはそういうものだろ」


「違いない」


 ぐっ、と互いに握手を交わす。


 心強い仲間が、一時的にだが2人も増えた。














「うう……ひどいですわご主人様……クラリスを除け者にするなんて……」


 ずーん、とドチャクソ落ち込みながらブハンカを運転するクラリスを見ながら、止むを得なかったとはいえ彼女抜きで話を進めた事を後悔した。いや、俺が転生者だってことはパヴェルとセロくらいしか知らないし、セロも転生者だってことは俺と彼女のパートナーのマルガレーテしか知らない……筈だ。


 混乱を避けるためにもその点は避けておきたいので、止むを得ない措置だと思っていたのだが。


「ご、ごめんて……」


「ご主人様、まさかクラリスを要らない子だと……!?」


「待て待て落ち着け。落ち着けクラリス、俺はそんな事一言も言ってないぞ」


「だって、だって……!」


 ちらりとサイドミラーを見た。後方にはハンガリアナンバーのランドクルーザー70が映っていて、なんだか申し訳なさそうに適切な、それはそれはもう適切過ぎる車間距離を開けてブハンカの後をついてくる。


 運転席に座るセロのケモミミが申し訳なさそうに垂れ下がって見えるのは幻覚だろうか?


「あのなクラリス……こんなに主人のために尽くしてくれる、優しくて強くて可愛いメイドさんを要らない子だなんて言うわけないだろ」


「えっ本当ですかご主人様???」


「立ち直るの早いなオイ」


 ちょっと食い気味に問いかけてくるクラリス。コレもしかしてアレか、演技だったのか? 俺にこれを言わせるための演技だったのかクラリス?


 いや、でもなあ……落ち込み方がわりとマジでガチだったからなぁ……どっち?


「えへ、えへへ……優しくて強くて、か、可愛い……えへへ」


 あっ可愛い。


 喜んでるクラリス可愛い、と隣にいる彼女に見惚れていると、クラリスはこんなまともに舗装もされていない道路を走行しながらハンドルから両手を放し、自分の頬を押さえながらデレデレし始める。


「わ゛ー! 前前!!」


「えへへ、可愛い……えへへへへ♪」


「か、カムバーック! クラリスカムバーーック!!」


 戻ってこい、現実に戻ってこい!


 お前運転中にハンドルから手を放しちゃダメって習わなかったのか……ってそういやコイツ教習所行ってないんだった。無免許運転だったわコレ。


 自分の世界に入り込みデレデレするクラリスに代わりましてミカエル君がハンドルを握りますが、周囲は先ほども述べた通り舗装もされていない剥き出しの道路。地面から突き出た石にタイヤが乗り上げた時にはもう悲惨なほど車内は揺れるわけでして。


 どったんばったんとブハンカが揺れる。それを見て事故を悟ったのか、さりげなく車間距離を開ける後続のランドクルーザー70。


 おいセロ、見捨てるなよコラ。


「ちょっとクラリス、ちゃんと運転しなさいよ!!」


 天井の機銃についているモニカが猛抗議するが、しかし自分の世界に入ってるクラリスにその言葉は届かない。


「えへ、えっへへへ」


「クラリス!? クラリスさぁん!?」


 オイオイこれ大丈夫か……?


 アリク村まであと5㎞……とりあえず、事故らずに到着する事を祈るとしよう。





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